放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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わけがわからず 3

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 シェルニティは、不思議な気持ちになっていた。
 帰ってきた時、彼は機嫌が悪く、そして、たぶん怒っていたのだろう。
 そう思うのは、さっきの彼の態度が、クリフォードと少しだけ似ていたからだ。
 クリフォードの場合は、もっと分かり易く、シェルニティを「不快」だと感じていることを表していたけれども。
 
(彼のは、ちょっと違う感じがしたわ。怒っているのに、怒ってはいないような、なにか、おかしな具合だったわね。でも、やっぱり怒ってはいなかったのかしら? 私が口を挟むのを、とがめなかったもの)
 
 彼に言ったように、途中から、シェルニティは、わけがわからなくなっている。
 会話と言えるものだったかはともかく、会話についていけなかったのだ。
 彼が、なにを言っているのか、聞こえてはいても理解できなかった。
 意味のひとつを紐解こうとしている間に、次々と新しい言葉が降ってきて、対処しきれずにいたからだ。
 
 クリフォードと似た雰囲気に、返事は期待されていないかもしれないと思った。
 思いながら、それでも、シェルニティは口を挟んでいる。
 言いたいことがあれば言う、というのが、これまで彼の示してきたスタンスだ。
 そして、シェルニティも、ここでは、そうしてきた。
 
 結果、彼は、やはりクリフォードとは違うと、シェルニティは結論している。
 ちゃんと彼女の話を聞いてくれたし、返事も求められていたのだ。
 
(少し、アリスには厳し過ぎるけれどね)
 
 なぜだか、彼は、アリスの「躾」には、うるさいようだった。
 ちょっぴり口づけたくらい、どうということはない。
 アリスは「馬」なのだから。
 
「まずは、きみに、おめかしをしてもらわなければならないね」
「このドレスでは駄目なの?」
「駄目だね。それは、レックスモアであつらえたものだ」
 
 審議の時に着て行ったもので、あの時は、まだレックスモア侯爵夫人だった。
 当然、屋敷で用意されたドレスだ。
 シェルニティは、ドレスにも、たいしたこだわりはない。
 人に見せる機会はないのだから、こだわる必要がなかった。
 用意されたものを着ていただけだ。
 
「きみは、もうレックスモア侯爵家とは、無関係の人間なのだよ? それなのに、レックスモアが用意したドレスを着て行くのは、筋が通らないだろう?」
「確かに、そうね。このドレスも返すべきだったわ」
「その機会は、近いうちにもうけるとして、だ。今夜は、別のドレスを着たほうがいい。レックスモアの世話にはなっていない、と示すためにもね」
 
 彼に黙って出かけようとしていたため、このドレスにした。
 これしかなかったので、選びようがなかったのだ。
 ここでは、民服しか着ていない。
 シェルニティ自身、ドレスより民服を好んでいる。
 ドレスが欲しいとか新調しようとかは、考えていなかった。
 
「心配しなくても、私が用意をするよ」
「あなた、ドレスも持っているの?」
「着る趣味がなくても、用意することはできるさ」
 
 そういえば、シェルニティに用意してくれた民服も女性用だ。
 彼自身が着るのでなくとも、保管されているものはあるのだろう。
 彼は、婚姻をしていたのだし。
 
「お借りしても良いものかしら?」
「貸す?」
 
 首をかしげたあと、彼が苦笑いをもらした。
 ほんの一瞬、彼の瞳が翳りを帯びたが、すぐに消える。
 
「ほかの女性が着たものを、きみに着せる気はないよ」
「でも、これから用意するのは、難しいでしょう?」
 
 オーダーメイドでないにしても、王都まで行かなければ、洋服屋はない。
 彼は魔術師なので、一足飛びに王都に行けるのだろうが、この時間に空いている店はないだろう。
 
「私は、好んで、この家で暮らしているが、実は、王都に屋敷がある」
 
 すっかり忘れていたことを、思い出す。
 彼はローエルハイド「公爵」なのだ。
 王都に、屋敷を持っていないはずがない。
 
「今日も、そちらに顔を出していたのだよ」
 
 出かけて来る、と言った彼に、シェルニティは「どこに行くのか」とか「なにをしに行くのか」とは問わなかった。
 問うものではない、との刷り込みがされていたし、いずれにせよ彼は、この家に帰ってくる。
 だから、シェルニティにとって「どこ」「なに」は、重要ではなかったのだ。
 
「そうだったの。てっきり、どこかで放蕩しているのかと思っていたわ」
「遊蕩はしていないが、放蕩ではあるかもしれないね、ある意味では」
 
 彼が、軽く肩をすくめる。
 シェルニティも知識として「放蕩」に、様々な意味がこめられていると、知っていた。
 ほとんどは「遊蕩」を意味するが、娯楽や趣味にかまけることも「放蕩」とされることがある。
 自分に課せられた義務や責任を後回しにして、遊び呆けている、という意味で。
 
「それはともかく、元々、きみのドレスをあつらえさせていたのさ」
「なぜ? ここにいれば、民服で十分でしょう?」
「だとしても、1度くらいは夜会に出ておこう、と考えてはいたのでね」
「今回のこととは別に?」
「まったく関係なく、だよ」
 
 彼が、今も「放蕩者」かはともかく、夜会を好むようには思えなかった。
 シェルニティと一緒にいる時の彼は、民服の似合う、釣り好きの男性だ。
 自然の中に溶け込んでいて、夜会でダンスに興じる姿など想像できない。
 
 シェルニティの頬を、彼が撫でる。
 あの黒い瞳ではなかったが、彼の瞳には、シェルニティが映っていた。
 
「きみは1度も夜会に出たことがないだろう?」
「ないわ」
 
 貴族の令嬢であれば、14歳で社交界デビューとなる。
 その際、お披露目のため、舞踏会に出席するのだ。
 けれど、シェルニティは、あたり前のように無視されている。
 声をかけられもしなかった。
 
 シェルニティが16歳の年、その舞踏会に出席していたクリフォードから、妹のエリスティが社交界デビューを果たしたと聞かされた。
 クリフォードが、ひとしきりエリスティを褒めていたのを、覚えている。
 
「私も、それほど夜会は好きではない。だが、きみの、最初のダンスパートナーとしての栄誉にあずかりたくてね」
「それで、ドレスの用意を?」
「今夜になったのは想定外だったとしても、ドレスの準備はできている。本当は、もっと、きみに相応しい、立派な夜会に連れだすつもりだったのになあ」
 
 ひどく残念そうに言う彼に、笑ってみせた。
 
「初めての夜会が、あまりに立派だと気後れするわ」
「それなら、レックスモアあたりが、ちょうど良かったかもしれない」
 
 にっこりされ、彼女も微笑み返す。
 彼は言外に、レックスモアの夜会が「たいしたことはない」と言っているのだ。
 おそらく、シェルニティの気持ちをほぐすためだろう。
 
 行きたいとも思っていなかった夜会が、楽しいものに思えてきた。
 彼と一緒であれば、うつむかずにいられる気もする。
 人に、ジロジロ見られても、かまわない。
 きっと、彼だって気にしないだろうから。
 
「もう迷惑だなんて思っていないね?」
「思っていないのが、不思議なくらいよ?」
 
 彼が、シェルニティの右頬に口づけてから、立ち上がった。
 それから、片目を軽く、つむってみせる。
 
「そこで、少し待っていておくれ。シェリー、私のお気に入り」
 
 言うと、彼は、パッと姿を消した。
 きっと、王都にある屋敷に行ったに違いない。
 
 シェルニティは、自分の胸を両手で押さえる。
 なんだかとても、心臓が、どきどきしていた。
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