放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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愛というのは 4

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 帰りも、のんびりとアリスに乗り、家に帰ってきた。
 夕食をすませ、彼は、シェルニティとソファに座っている。
 左横に座る彼女は、少し眠そうだ。
 この家に来てから収穫や釣りなど、外に出る生活はしている。
 とはいえ、今日は遠出をしたので、さすがに疲れたのだろう。
 
「絵本……おとぎ話を読んだことはある?」
「子供の頃には、読んでいたね」
 
 眠いからか、シェルニティの口調は、ゆったりとしたものになっていた。
 思考も、あちらこちらと揺らいでいるのかもしれない。
 考え、考え、話をしている節がある。
 
「おとぎ話は、たいてい、お姫様や王子様が……出てくるでしょう?」
「悪い魔術師が出てくることもあるよ」
「でも、問題が起きても……解決するわよね?」
「最後にはね」
 
 ロズウェルドには、子供向けの本が、あまり多くはない。
 ほとんどは絵本であり「おとぎ話」と言われているものだ。
 そのため、十歳を過ぎる頃には、史実や文献、伝承などの本を読むことになる。
 年齢問わず、人気なのが「民言葉の字引き」というほど、平易な文章で書かれた本は少なかった。
 
「私ね……すごく不思議に思って、いるの」
「なにをだい?」
「お姫様と王子様は、末永く、幸せに暮らしました」
 
 おとぎ話は、だいたい、そんな調子で締めくくられることが多い。
 定番の結末だ。
 彼は、彼女が、それのなにを不思議がっているのか、予測できずにいる。
 彼女は、彼の予測を越えてくることも多いので。
 
「そこから先の……続きが、ないから、わからないでしょう?」
「わからない?」
「2人が“末永く”幸せに暮らせたかどうか、なぜ、わかるのかしら?って」
 
 おとぎ話には、結末はあっても、結末の先はない。
 そこで、ぷつりと終わってしまう。
 だから、お姫様と王子様が末永く幸せに暮らしたかどうかなど、わからない。
 シェルニティは、そう言いたいようだ。
 
「末永くというのは……ずっと、ということよね」
「たぶんね」
「でも、ずっと……なんて、ないの」
 
 彼女の言葉に、彼は、言葉を返せずにいる。
 彼にしても、シェルニティに「ずっと」は、あげられないからだ。
 遠出をした際、彼女にも、その話はしている。
 いずれシェルニティは、ここを去る。
 彼女の言うように「ずっと」は、ないのだ。
 
 不意に、シェルニティが、眠そうな顔つきをしながらも、笑った。
 寂しそうでも、落胆しているふうでもない。
 むしろ、少し楽しげに見える。
 
「なぜ笑っているのかな?」
「だって、あなた……すごく、困った顔を、するのだもの」
 
 彼は、シェルニティに「ずっと」をあげられないことに、いくばくかの罪悪感をいだいていた。
 この家で末永く2人で暮らせばいい、と言えたら良かったのだけれど。
 
「心配しなくても大丈夫……私は、あなたに……婚姻をせがみは、しないわ」
「そうなのかい?」
 
 彼女は、少し、うとうとし始めている。
 さらに、口調が、ゆったりとしていた。
 
「そうよ……だって……私……あなたを……愛していないもの……」
 
 胸の奥が、きゅっとなる。
 彼も、シェルニティを「愛してはいない」のだ。
 彼女から同じ言葉を返されても、問題はない。
 むしろ、シェルニティの心が明確であったほうが良かった。
 彼女に勘違いをさせてはいないかと、心配せずにいられる。
 
 なのに、なぜか感情がざわめいていた。
 
「私は……婚姻したけれど……言われたら従うのが、あたり前だった、だけで……
 愛は、関係、なくて……」
 
 シェルニティの体が、ぐらりと揺れる。
 すでに目は伏せられていた。
 シェルニティを支え、彼は、自分の膝の上に、彼女の頭を乗せる。
 
「……末永くとは……いかなかったから……」
 
 彼女の長い髪を、ゆっくりと撫でる。
 バサバサだった髪は、徐々に艶を取り戻していた。
 手触りも、やわらかなものになっている。
 
「たぶん……お姫様と王子様が……末永く幸せでいられたのは……愛が関係しているのよ……だから……あなたには……せがまない、の……」
「私を、愛していないからだね?」
「そう……もし……ずっと、があるなら……愛も……ないと……駄目……」
 
 ことん…と、シェルニティが、顔を横に向けた。
 すっかり寝入ってしまったようだ。
 その寝顔を、じっと見つめる。
 
 昼間のことを思い出していた。
 なぜ、シェルニティに、あんな話をしたのか、彼自身、わからずにいる。
 実際、楽しい記憶ではないし、忘れようと努めてきたことでもあった。
 彼女を不愉快にはさせたとはいえ、あえて話す必要はなかったのだ。
 
 彼は「愛を失った」「元々、愛があったのかわからない」と言い。
 彼女も「愛がどういうものかも、わからない」と言った。
 
 共通して、2人には「愛」の持ち合わせがない。
 
 だから、シェルニティに、改めて「愛していない」と言われても、驚くことではないはずだった。
 ましてや、胸に痛みを覚えるなど、どうかしている。
 ある意味、当然だったからだ。
 
「私は、きみを見くびり過ぎていたかな」
 
 シェルニティの髪を撫でながら、苦笑いを浮かべた。
 予想を遥かに越え、彼女は成長している。
 すでに、自分の足で歩き出すことを考えているに違いない。
 この家を、明るく去る姿が想像できた。
 
 シェルニティは、傷つかない。
 
 それは、彼女の境遇によるものだが、悪いとばかりとも言えなかった。
 そういう境遇だったからこそ、手に入れられたものもあるのだろう。
 屈託のない強さとか。
 
 とはいえ、シェルニティを守りたい、との気持ちは変わっていない。
 今は傷つくことを知らなくても、感情の成長とともに、知ることになる。
 彼女には、明るく笑っていてほしかったのだ。
 
 『いつか、自分で見に行くわ』
 
 意思を持ち始めたシェルニティの瞳は、きらきらと輝いていて、美しかった。
 その瞳に「翳り」を、宿らせたくはない。
 彼は、しばし、彼女の寝顔を見つめ、微笑む。
 それから、シェルニティを抱き上げた。
 階段を上がり、彼女の部屋のベッドに寝かせる。
 
「ゆっくり、お休み。シェリー、私のお気に入り」
 
 シェルニティの額に、軽く口づけをした。
 王子の口づけで目覚める姫の「おとぎ話」が思い浮かぶ。
 が、自分は「王子様」ではない、と思った。
 
「きみには、きみを愛してくれる王子様が現れるよ、きっとね」
 
 言い残し、彼は、シェルニティの部屋を出る。
 そう、彼女には「末永い幸せ」を約束できる王子様が似合うのだ。
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