放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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来客に困惑 4

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 リリアンナが帰ったのは、ついさっき。
 彼は、リリアンナを夕食には招かなかった。
 やはり、父に対してとは態度が違う。
 穏やかな彼を知っているシェルニティからすると、不思議でならない。
 
(最初、釣りの邪魔をした時だって、あんなふうではなかったわ)
 
 今より口調は厳しかったが、それでも、彼は親切だった。
 食事をする頃には、ほとんど打ち解けていたように思う。
 たった1度「貴族への偏見」から冷たい口調になりはした。
 だが、それだって、ちゃんと「偏見」だったとし、謝罪を示してくれている。
 
 リリアンナに対する言動は、その時以上のものがあった。
 そっけない、程度ではない。
 とても冷淡で、シェルニティですら彼がリリアンナを完全に拒絶しているのが、わかったほどだ。
 
 2人は食堂で、遅い夕食をとっている。
 もちろん彼の手料理だ。
 今日は、朝から来客が多かったため、出かけられなかった。
 さりとて、目の前には、魚と肉がバランス良く配分された皿が置かれている。
 
「彼女とは、どういう話をしたのかな?」
 
 食事をしながら、彼が聞いてきた。
 シェルニティも料理を口にしつつ、答える。
 当然、飲み込んでから、だけれども。
 
「私が、レックスモアに戻るのを望んでおられる、という、お話だったわ」
「それは、クリフォードの意見かい?」
「旦那様は……」
「おっと、きみ、忘れちゃ困るよ? きみは、もう彼の妻ではない」
「そうだったわね。そうとしかお呼びしたことがなかったから、うっかりしたの」
 
 そうだった、と思う。
 婚姻は解消されたのだから、自分はもうレックスモアとは関わりがない。
 婚姻解消では、そもそも「婚姻していなかった」とされる。
 すなわち、経歴上、シェルニティは嫁いでいないことになるのだ。
 
「それで?」
「クリフォード様は、私が戻るのなら受け入れてくださる、ということだったわ。望まれているとは、到底、思えないのだけれど、戻ることについては、許すという立場を取られるのでしょうね」
「それは、なかなか剛毅なことだ。彼の寛大さに、敬服せずにはいられないな」
 
 言葉とは逆に、彼は眉をひそめている。
 クリフォードの態度を、良くは思っていないのだろう。
 
「でも、私、帰ろうとは思わなくて」
「未来を見通す目を持っていなくても、断ったきみの姿が、はっきりと見える」
 
 シェルニティは、小さく笑った。
 彼の、ちょっぴり皮肉交じりな言い回しを、彼女は気に入っている。
 貴族教育の中で教わった「飾りのついた言葉」と似ているようでいて、まったく異なる印象があった。
 言いかたとしては、遠回しなのだろうが、内容は、とても率直なのだ。
 
「そうよ。断ったの。ただ、彼女、なかなか諦めきれない様子で……」
 
 シェルニティは、少し迷う。
 彼が、気にしないことやなんかはわかっていた。
 さりとて、言えば「告げ口」をすることになる気もする。
 彼女は、リリアンナを悪く思っていない。
 そのため、悪者にするような発言は控えるべきかもしれないと考えたのだ。
 
「かまわないから、言ってごらん。根も葉もあることに違いないからね」
「彼女は、私を心配してくれていたのよ」
「わかっているさ。だからこそ、きみに真実を告げたのではないかな」
 
 彼には、リリアンナがなにを言ったか、予測できているようだ。
 それなら、黙っているより、きちんと話したほうがいいだろう。
 たとえ予測できていても、想像が必要以上に悪く広がることもある。
 
「あなたが、長く放蕩をしていた、というようなことだったわ。一夜限りのお相手も多くて、私との関係も、長くは続かないだろうって」
「それだけかい?」
「私が、弄ばれて、捨てられるのを見ていられないと、心配をしてくれていたわ。あなたは、物慣れた女性が好きだから、すぐに面倒に思われるのだそうよ?」
 
 彼が、やれやれというように、肩をすくめた。
 怒っているようでもなく、むしろ、面白がるように口元を緩めている。
 
「思っていたよりか、根と葉が多かったな。それで、きみは?」
「とりあえず、捨てられるまでは、ここにいるつもりだと答えたの」
 
 瞬間、彼が、声を上げて笑った。
 危うく、手にしていたフォークを取り落としそうになるほど、笑っている。
 
「いや、彼女は、きみの、その大胆な発想に、さぞ驚いただろうね」
「そのようだったわ。しきりに、捨てられてからでは遅いと言っていたから」
 
 かなり長く、リリアンナはシェルニティを説得しようと試みていた。
 けれど、シェルニティの意思は変わらず、最後には諦めてくれたのだ。
 彼女は、それを、とても申し訳なく思っている。
 
 途中、何度か、リリアンナの気遣いを受け入れようかとも思った。
 あまりにリリアンナが気にかけてくれるので、心苦しかったからだ。
 とはいえ、シェルニティは、すでに知ってしまっている。
 人目を気にせず、うつむかずにいられる暮らしを。
 
(仮に、捨てられるとしても、今日、明日ということはないはずよね。それなら、ここにいられるうちに、自分でできることを増やしておかなくちゃ)
 
 ブレインバーグの領地にも、閑散とした場所がある。
 その辺りに家だけ用意してもらい、1人で暮らせばいい。
 父も、彼女が1人で「隠遁」するぶんには、文句は言わないだろう。
 どの道、実家にいた時も、人と会うような生活はしていなかったのだから。
 
 畑や釣りをしながら、彼は1人で暮らしてきた。
 やりかたさえ教わっておけば、自分にだって、できるはずだ。
 人目を気にして閉じこもっているより、人のいない場所であっても外に出られる生活がしたかった。
 
 リリアンナは、彼に捨てられたあとの生活を気にしてくれているようだった。
 けれど、シェルニティは、どちらの屋敷にも戻らないことを選んでいる。
 できれば、この家にずっと居られればいい、とは思っていた。
 
(だけど、“ずっと”なんてないもの。それは、わかっているわ)
 
 シェルニティの中に「ずっと」はない。
 むしろ、あり得ないことなのだ。
 両親も、乳母も、家庭教師も、夫であったクリフォードも、みんなが、彼女を、手放したがっていたと、知っている。
 そんなシェルニティが、彼だけは違うと、どうして思えるだろう。
 
 彼が自分を捨てるのは、ある意味、「あたり前」に感じられる。
 信じるとか、信じないとかいうことではない。
 それが、彼女にとっては、自然な流れだった。
 
 シェルニティは「捨てられる」ことに慣れている。
 
 産まれながらに、捨てられていたからだ。
 衣食住を与えられてはいても、それだけだった。
 知識や教養は身につけさせてもらえたが、それだけだった。
 誰も、彼女に寄り添う者はいなかった。
 
「シェリー、いいかい?」
 
 いつの間にか、彼は笑いをおさめている。
 そして、真剣なまなざしに、シェルニティを映していた。
 
「いずれ、きみがここを去る日が来たとしても、きみは1人にならない。うつむく必要のない暮らしを続けられると、断言するよ。私が、きっと、そうする」
 
 ほんの少し、胸が痛んだような気がする。
 やはり、彼との「ずっと」はないのだ、と確信した。
 彼は、嘘はつかないのだ。
 できない約束も、しない。
 
「その時は、畑の苗木を分けてもらえると助かるわ」
「それより、もっと良いものを用意するさ」
 
 シェルニティは、先のことを考えるをやめる。
 彼の言う「いずれ」が来るまでは、ここでの暮らしを楽しみたかったからだ。
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