放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

文字の大きさ
上 下
23 / 80

冤罪の功罪 3

しおりを挟む
 ここまで辿り着ければ、あとは予定通りに事を運ぶだけだ。
 隣に座っているシェルニティは、間もなく、正妻ではなくなる。
 ならば、あと少しの間、不快さに耐えればいい。
 クリフォードは、不快な気分を紛らわせるために、手順を思い浮かべていた。
 
「皆様、お集まりになられましたので、これより審議を始めさせていただきます」
 
 宰相リカラス・ウィリュアートンの言葉により、審議が開始となる。
 口は挟まないまでも、その場には王族の面々も集まっていた。
 謁見の前に、国王の姿を目にすることができたのは幸いだったかもしれない。
 面識があれば、謁見当日の緊張が和らぐ。
 
「このたびの審議はクリフォード・レックスモア侯爵からの、婚姻解消の申し立てによるものです。間違いありませんか?」
「ええ、間違いございません」
 
 シェルニティは、驚いているはずだ。
 なにしろ、説明もなしに、ここに連れて来ている。
 が、それも策の内だ。
 言い訳を考える余裕を与えないことで、状況を有利にしたかった。
 
(どうせ、この女のことだ。うなずくくらいのことしかできないだろうが、念には念を入れておくべきだからな)
 
 クリフォードは、向かいの席に並ぶ重臣たちに、軽く視線を走らせる。
 目を合わせはしなかったが、イノックエルの姿があることには気づいた。
 イノックエルは、当事者の父であるため、本来、この場には呼ばれないはずだ。
 が、娘が呼ばれていると知り、無理に捻じ込んで来たに違いない。
 
(あいつは、そういう奴だ。狡猾で、傲慢な男。この場に来たことを後悔するほど大恥をかかせてやる)
 
 再び、目を合わせないようにしつつ、イノックエルを見てみる。
 顔を赤黒く染め、明らかに憤慨している様子だった。
 内心で、クリフォードは、イノックエルを嘲る。
 自分が勝つのが、彼には見えていたからだ。
 
「婚姻は、簡単に解消できませんが、相応の理由があるということですね」
「もちろんです、宰相様」
 
 よく知りもしない相手だろうと、宰相としての立場を尊重する必要はあった。
 心象を悪くして、こちらの不利になるよう審議を進められても困る。
 クリフォードは、慎重に言葉を選びながら、説明を始めた。
 
「彼女は14歳で嫁いでまいりました。私は、28歳でしたから、彼女より大人であったと言えるでしょう。ですから、彼女が、私を拒んでもしかたがないと考えていたのです」
「拒む、というのは、侯爵様との生活において、でしょうか?」
「それもありますが……妻は、日がな部屋に閉じこもっておりまして……ですが、それより、妻としての役目をですね、果たすことを拒絶してきたのです」
 
 ガタンっと音を立てて、イノックエルが立ち上がる。
 と、同時に怒鳴った。
 
「それは、貴様が、誘わなかったからだろう!」
「ご静粛に、ブレインバーグ公爵様。国王陛下の前ですよ」
 
 うっと呻き、イノックエルが、イスに腰を落とす。
 イノックエルに向ける重臣たちの目も、冷たくなっていた。
 審議の場に身内が呼ばれないのは、当事者でもないのに口を挟んでくるからだ。
 きっと「口は挟まない」とでも言って、立ち合いを許可させたのだろう。
 その約束を破ったがために、周囲からは非難のまなざしを向けられている。
 
(いいざまだな、イノックエル。こんな、みっともない姿をさらして、体裁を取り繕うこともできはしないぞ)
 
 クリフォードは、自分が優位にあることで、気が大きくなっていた。
 実際、イノックエルの言ったことは当たっているのだが、当事者でない者の言葉は、審議に影響を与えない。
 
「事実は、どうなのですか?」
「彼女が14歳の頃には、誘いませんでした。まだ幼く、心身ともに準備が整っていないのだろうと、私なりに配慮をしたのです。しかし、16歳になっても変わることはなく、18歳になった今でさえ、彼女は私を拒み続けています」
 
 重臣たちが、ざわめく。
 彼女の容姿を見て、イノックエルの言葉は、あながち間違いではないのだろうと思っていた者もいたはずだ。
 が、彼女の態度が、クリフォードの発言の信憑性を高めている。
 
(お前は、いつも、うつむいているからな。思った通りだ)
 
 シェルニティは、屋敷にいる時と変わらず、うつむいていた。
 その姿は、まるでクリフォードの言葉に、うなだれているかのように見える。
 彼の言葉が「事実」だ、との印象を持たせるには十分だった。
 でなければ、顔を上げ、憤慨した様子くらいは見せる、と重臣らは思っている。
 
 彼らは、シェルニティを知らないので。
 
 そして、クリフォードの予測した通り、きっと彼女はうなずくことしかしない。
 内容に間違いがあろうがなかろうが、シェルニティが反論しないと知っていた。
 
「それでも、彼女は18歳でしょう? 時間がないとは思えませんが? それに、先ごろ、侯爵様は側室を迎えられたとか?」
「宰相様のお考えは、ごもっともです。後継ぎの件だけであれば、まだ時間は残されておりますし、側室との間に子が成せれば、問題はございません」
「にもかかわらず、審議の申し立てをしたのは、より重大な問題を、かかえているからですね」
 
 クリフォードは、わざと悲痛な表情を作ってみせる。
 宰相は、その「より重大な問題」を知っているのだ。
 だからこそ、審議が受け入れられている。
 
「これは、侯爵様より提出されたものにございます、皆様」
 
 クリフォードが送った封書の中身が、王族を始め、重臣たちにも配られた。
 一気に、場がざわめく。
 そして、イノックエルは顔面蒼白になっていた。
 
「私を拒み続けておきながら、彼女は、不義をはたらいていたのです」
 
 配られたのは、模画かたがと呼ばれる魔術で撮られた「写真」だ。
 シェルニティと平民の男が映っている。
 2人で馬に乗っているものもあれば、手を繋いでいるものもあった。
 とはいえ、それだけでは「不義」とまでは言えなかっただろう。
 
「けしからんっ!!」
 
 ばんっ!と、大きな音と声に、一同が、そちらを見る。
 国王がイスの肘置きを、繰り返し叩いていた。
 そして、怒鳴っている。
 
「このような不逞ふてい、許されるはずがなかろう!!」
 
 激昂している国王に、重臣たちは動揺していた。
 王族は、立ち合いはしても、審議の裁定には関わらない。
 これは、明確に法によって制限されている。
 が、それで重臣たちが、国王の顔色を窺わない、ということにはならないのだ。
 
「確かに、これは不義ですな」
「侯爵が、申し立てるのも無理はない」
「己の夫を遠ざけ、平民の男と不義をはたらくなどと、貞淑さに欠けている」
 
 口々に、重臣たちが、シェルニティを責め始めた。
 国王は、写真を見つめ、まだ肘置きを叩いている。
 その1枚だけは「不義」とされてもしかたのないものなのだ。
 
 シェルニティの体を男が抱き締めていた。
 そして、今にも口づけしそうな雰囲気が、写真からでも伝わってくる。
 2人が「親密」なのは間違いない。
 
(こんな女でも、平民であれば、相手にするのだな。貴族の女というだけで、十分だったのかもしれないが)
 
 場は、クリフォード優勢に大きく傾いていた。
 そこに宰相の声が響く。
 
「それでは、裁定をくだします。皆様?」
 
 全員が、重々しくうなずいた。
 つまり「婚姻の解消」が認められた、ということだ。
 クリフォードの心に、優越感が沸き上がってくる。
 小さく体を丸め、縮こまっているイノックエルを見て、鼻で笑った。
 
(どうだ。私ではなく、お前のほうが、もう私と目を合わせられないだろう)
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

処理中です...