放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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冤罪の功罪 3

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 ここまで辿り着ければ、あとは予定通りに事を運ぶだけだ。
 隣に座っているシェルニティは、間もなく、正妻ではなくなる。
 ならば、あと少しの間、不快さに耐えればいい。
 クリフォードは、不快な気分を紛らわせるために、手順を思い浮かべていた。
 
「皆様、お集まりになられましたので、これより審議を始めさせていただきます」
 
 宰相リカラス・ウィリュアートンの言葉により、審議が開始となる。
 口は挟まないまでも、その場には王族の面々も集まっていた。
 謁見の前に、国王の姿を目にすることができたのは幸いだったかもしれない。
 面識があれば、謁見当日の緊張が和らぐ。
 
「このたびの審議はクリフォード・レックスモア侯爵からの、婚姻解消の申し立てによるものです。間違いありませんか?」
「ええ、間違いございません」
 
 シェルニティは、驚いているはずだ。
 なにしろ、説明もなしに、ここに連れて来ている。
 が、それも策の内だ。
 言い訳を考える余裕を与えないことで、状況を有利にしたかった。
 
(どうせ、この女のことだ。うなずくくらいのことしかできないだろうが、念には念を入れておくべきだからな)
 
 クリフォードは、向かいの席に並ぶ重臣たちに、軽く視線を走らせる。
 目を合わせはしなかったが、イノックエルの姿があることには気づいた。
 イノックエルは、当事者の父であるため、本来、この場には呼ばれないはずだ。
 が、娘が呼ばれていると知り、無理に捻じ込んで来たに違いない。
 
(あいつは、そういう奴だ。狡猾で、傲慢な男。この場に来たことを後悔するほど大恥をかかせてやる)
 
 再び、目を合わせないようにしつつ、イノックエルを見てみる。
 顔を赤黒く染め、明らかに憤慨している様子だった。
 内心で、クリフォードは、イノックエルを嘲る。
 自分が勝つのが、彼には見えていたからだ。
 
「婚姻は、簡単に解消できませんが、相応の理由があるということですね」
「もちろんです、宰相様」
 
 よく知りもしない相手だろうと、宰相としての立場を尊重する必要はあった。
 心象を悪くして、こちらの不利になるよう審議を進められても困る。
 クリフォードは、慎重に言葉を選びながら、説明を始めた。
 
「彼女は14歳で嫁いでまいりました。私は、28歳でしたから、彼女より大人であったと言えるでしょう。ですから、彼女が、私を拒んでもしかたがないと考えていたのです」
「拒む、というのは、侯爵様との生活において、でしょうか?」
「それもありますが……妻は、日がな部屋に閉じこもっておりまして……ですが、それより、妻としての役目をですね、果たすことを拒絶してきたのです」
 
 ガタンっと音を立てて、イノックエルが立ち上がる。
 と、同時に怒鳴った。
 
「それは、貴様が、誘わなかったからだろう!」
「ご静粛に、ブレインバーグ公爵様。国王陛下の前ですよ」
 
 うっと呻き、イノックエルが、イスに腰を落とす。
 イノックエルに向ける重臣たちの目も、冷たくなっていた。
 審議の場に身内が呼ばれないのは、当事者でもないのに口を挟んでくるからだ。
 きっと「口は挟まない」とでも言って、立ち合いを許可させたのだろう。
 その約束を破ったがために、周囲からは非難のまなざしを向けられている。
 
(いいざまだな、イノックエル。こんな、みっともない姿をさらして、体裁を取り繕うこともできはしないぞ)
 
 クリフォードは、自分が優位にあることで、気が大きくなっていた。
 実際、イノックエルの言ったことは当たっているのだが、当事者でない者の言葉は、審議に影響を与えない。
 
「事実は、どうなのですか?」
「彼女が14歳の頃には、誘いませんでした。まだ幼く、心身ともに準備が整っていないのだろうと、私なりに配慮をしたのです。しかし、16歳になっても変わることはなく、18歳になった今でさえ、彼女は私を拒み続けています」
 
 重臣たちが、ざわめく。
 彼女の容姿を見て、イノックエルの言葉は、あながち間違いではないのだろうと思っていた者もいたはずだ。
 が、彼女の態度が、クリフォードの発言の信憑性を高めている。
 
(お前は、いつも、うつむいているからな。思った通りだ)
 
 シェルニティは、屋敷にいる時と変わらず、うつむいていた。
 その姿は、まるでクリフォードの言葉に、うなだれているかのように見える。
 彼の言葉が「事実」だ、との印象を持たせるには十分だった。
 でなければ、顔を上げ、憤慨した様子くらいは見せる、と重臣らは思っている。
 
 彼らは、シェルニティを知らないので。
 
 そして、クリフォードの予測した通り、きっと彼女はうなずくことしかしない。
 内容に間違いがあろうがなかろうが、シェルニティが反論しないと知っていた。
 
「それでも、彼女は18歳でしょう? 時間がないとは思えませんが? それに、先ごろ、侯爵様は側室を迎えられたとか?」
「宰相様のお考えは、ごもっともです。後継ぎの件だけであれば、まだ時間は残されておりますし、側室との間に子が成せれば、問題はございません」
「にもかかわらず、審議の申し立てをしたのは、より重大な問題を、かかえているからですね」
 
 クリフォードは、わざと悲痛な表情を作ってみせる。
 宰相は、その「より重大な問題」を知っているのだ。
 だからこそ、審議が受け入れられている。
 
「これは、侯爵様より提出されたものにございます、皆様」
 
 クリフォードが送った封書の中身が、王族を始め、重臣たちにも配られた。
 一気に、場がざわめく。
 そして、イノックエルは顔面蒼白になっていた。
 
「私を拒み続けておきながら、彼女は、不義をはたらいていたのです」
 
 配られたのは、模画かたがと呼ばれる魔術で撮られた「写真」だ。
 シェルニティと平民の男が映っている。
 2人で馬に乗っているものもあれば、手を繋いでいるものもあった。
 とはいえ、それだけでは「不義」とまでは言えなかっただろう。
 
「けしからんっ!!」
 
 ばんっ!と、大きな音と声に、一同が、そちらを見る。
 国王がイスの肘置きを、繰り返し叩いていた。
 そして、怒鳴っている。
 
「このような不逞ふてい、許されるはずがなかろう!!」
 
 激昂している国王に、重臣たちは動揺していた。
 王族は、立ち合いはしても、審議の裁定には関わらない。
 これは、明確に法によって制限されている。
 が、それで重臣たちが、国王の顔色を窺わない、ということにはならないのだ。
 
「確かに、これは不義ですな」
「侯爵が、申し立てるのも無理はない」
「己の夫を遠ざけ、平民の男と不義をはたらくなどと、貞淑さに欠けている」
 
 口々に、重臣たちが、シェルニティを責め始めた。
 国王は、写真を見つめ、まだ肘置きを叩いている。
 その1枚だけは「不義」とされてもしかたのないものなのだ。
 
 シェルニティの体を男が抱き締めていた。
 そして、今にも口づけしそうな雰囲気が、写真からでも伝わってくる。
 2人が「親密」なのは間違いない。
 
(こんな女でも、平民であれば、相手にするのだな。貴族の女というだけで、十分だったのかもしれないが)
 
 場は、クリフォード優勢に大きく傾いていた。
 そこに宰相の声が響く。
 
「それでは、裁定をくだします。皆様?」
 
 全員が、重々しくうなずいた。
 つまり「婚姻の解消」が認められた、ということだ。
 クリフォードの心に、優越感が沸き上がってくる。
 小さく体を丸め、縮こまっているイノックエルを見て、鼻で笑った。
 
(どうだ。私ではなく、お前のほうが、もう私と目を合わせられないだろう)
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