15 / 80
外の景色は 3
しおりを挟む「めっずらしー」
声にも、彼は驚かない。
声の主がいることは、すでに知っていたからだ。
そして、どうせ、なにか言われるだろうと予測もしていた。
「ずいぶんと、彼女に懐いていたようだね。きみの、あの姿のほうが、よほどめずらしいのじゃないかい、アリス」
彼は、自分の座るべきソファに、先に座っていた青年へと肩をすくめてみせる。
相手は、両膝を左右に開き、体の前で両足首を組んで座っていた。
その足首を両手で握って、少し前かがみになっている。
まさに、前のめり、といったふうだ。
ブルーグレイの髪と瞳。
青年の名は、アリスタス・ウィリュアートン。
今年で27歳になった。
アリスが産まれた時からのつきあいだ。
アリスは、魔術とは違う、特殊な能力を持っている。
アリスの知っている、どんな生き物にも姿を変えることができるのだ。
アリスは5歳の頃から、すでに、その「変転」という能力を自在に使っている。
蝶になったり、蛇になったり。
「アンタが、ひでーこと言っても、あの娘が、オレを褒めてくれたからサ」
「酷いことなど言った覚えはないな。すべて事実だ」
最も気に入っているのは烏のようだが、馬になったりもするのだ。
彼女とともに乗った馬は、変転したアリスだった。
「オレが、始終、オンナの尻を追っかけてるみたく言ってたけど、オレは、オレに気があるオンナの尻しか追っかけてねーよ」
「追いかけているのは事実じゃないか」
「そーだけど! 言いかたってもんがあるだろ? 呼びつけといて、あれはない。初対面のオンナの前で、あんまりじゃんか」
「そうかい」
彼は、アリスの軽口を受け流す。
つきあっていると、軽口の「掛け合い」が終わらないからだ。
アリスが、キツネのように尖った目を、さらに細めて笑う。
爽やかな雰囲気は消え、意地悪な顔つきになっていた。
「妬いちゃった?」
「理由がないね」
「そーかなあ。オレを呼んでまで、送ってくなんて、相当じゃねーか? しかも、次の約束までしちゃってサ」
「ああでも言わなければ、彼女が1人で森に入ってきそうだったからだよ」
「へえ」
意味有りげに含み笑いをされても、彼は相手にせずにいる。
実のところ、彼自身、なぜ次の約束をしたか、明確な答えを持っていないのだ。
「きみは、昔から、生意気なガキだったが、これ以上、無駄口をきくなら、尻尾の毛に火がつくのを覚悟したまえ」
「わぁかった。降参!」
アリスが、両手を足首から離して、上げてみせる。
彼は、よろしいとばかりに、軽くうなずいた。
とたん、ひょいっと、アリスはソファから立ち上がる。
入れ替わりに、彼がソファへと座った。
その彼の正面に、アリスが立つ。
「すっげえ可愛い子だったよなー。それに、あの髪。なかなかいないぜ?」
「きみときたら、どうしようもないね。目端が利くようになった代わりに、教養や礼儀は、どこかに落としてきたらしい」
「ああ、そーいうのは、リカにくれてやったんだ」
「まったく気の毒さね」
アリスには、リカラスという名の、双子の弟がいる。
が、リカは「変転」の能力を授からなかったのだ。
2人とも魔術を使えないが、変転の能力を持つアリスは好き放題。
対して、リカは、いつも屋敷に置き去り。
「いいんだよ、リカは。あいつはウィリュアートンの当主。仕事すんのは当然」
「きみたちは、2人で一人前だと、わかっているだろう?」
「まぁね、わかってんだけどね」
ウィリュアートンは、由緒ある家柄で、大派閥の公爵家。
代々、男の子が少ない家系でもある。
そのため、後継ぎ問題で、常に危機に瀕していた。
そんな中、前当主は、双子の男の子を授かったのだ。
性格は、正反対と言える。
アリスは自由奔放、リカは堅物。
足して割るのが、ちょうどいい。
「ていうか、話をすり替えようったって、そうはいかねーぞ」
「わかっていることを、いちいち言う必要があるのかい?」
アリスは、礼儀を軽んじてはいるが、非常に頭の回転が速かった。
それは、堅物のリカが、どれほど必死に努力しても追いつけないほどの、大きな差がある。
だからこそ、2人で一人前なのだ。
ここロズウェルドでは、いつ頃からか、ウィリュアートンの当主が宰相をするのが慣例となっている。
22歳の若さでリカは、この国の宰相を任じられた。
そこから5年、アリスはリカに、必要に応じて、都度、耳打ちをしている。
ならば、アリスが当主となり、宰相をすればいいのだろうが、そうはいかない。
アリスには「礼儀」の素質が、まったくないからだ。
口の利きかたから、些細な「貴族的」様式美もわきまえてはいなかった。
それでは、貴族で構成されている重臣を動かすことはできない。
この国の政を正しく調整し、平穏を保つためには、ウィリュアートンの「双子」が必要なのだ。
「オレは、笛を吹かれたら踊るだけサ」
「わかっているじゃないか」
彼女に渡した笛は、特殊な魔術道具だった。
音は鳴らないが、呼んでいることが、彼とアリスには伝わる。
「ま、オレは“放蕩”な馬だから、いいけどね」
呼ばれたら、馬となり、彼とともに、彼女を迎えに行くことになると、アリスはわかっているのだ。
いちいち言わなくても。
「あの娘、レックスモアの奥様なんだよな?」
「そのようだね」
「その割には、貴族令嬢らしくなくね?」
「そうだね」
「聞いてると、なんか幽閉されてるみたく感じたんだけど、どう思う?」
アリスの言うことは、彼も感じていた。
屋敷の切り盛りはしていないし、客が来ても、挨拶をするどころか、部屋に閉じこもっているという。
でなければ「叱られる」から、だ。
「それと、婚姻してんのに、嫁に手を出さねーなんて有り得るのか?」
彼女を家に連れて来ると決めたあと、彼は、アリスを呼んでいる。
話をすっかり聞かれてしまっていても、しかたがない。
さりとて、アリスが他言をするとは思っていなかった。
アリスも、女性関係はともかく、人と関わるのを好まないのだ。
貴族とのつきあいは、完全にリカに任せている。
「レックスモアの当主って、目ぇ腐れてんじゃねーの? あんな可愛い……」
「アリス」
「わぁかってるってば! アンタのお気に入りの尻……は、さわっちまったけど、あン時、オレは馬で、乗せたのはアンタなんだから不可抗力だぜ?! ま、すげえ気持ちよか……」
「アリス!」
「手は出さねーよ。でも、頬っぺた、舐めるくらいはいいだろ? あの娘だって、喜んでたじゃん? そのくらいの役得がねーと、オレ、やる気になんねーもん」
彼は、大きく溜め息をつく。
本当に、アリスには「礼儀」の素質が皆無。
王族であり、かつて宰相もしていた、ユージーン・ガルベリー編纂の「民言葉の字引き」と、その後に出された「民言葉の字引き その2」にしか、アリスは興味を持たなかったらしい。
民言葉の字引きには、貴族言葉にはない、様々な表現方法が記されている。
表現を豊かにしているのは確かだが、俗語的な部分も少なくなかった。
そのため、公のものとしては扱われないのだ。
「きみの尾に火をつけるかどうかは、検討の余地を残しておくとして、ひとつだけ訂正しておく。彼女は、私の“お気に入り”ではない。彼女は、人妻だ」
11
お気に入りに追加
626
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる