放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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「めっずらしー」
 
 声にも、彼は驚かない。
 声の主がいることは、すでに知っていたからだ。
 そして、どうせ、なにか言われるだろうと予測もしていた。
 
「ずいぶんと、彼女に懐いていたようだね。きみの、あの姿のほうが、よほどめずらしいのじゃないかい、アリス」
 
 彼は、自分の座るべきソファに、先に座っていた青年へと肩をすくめてみせる。
 相手は、両膝を左右に開き、体の前で両足首を組んで座っていた。
 その足首を両手で握って、少し前かがみになっている。
 まさに、前のめり、といったふうだ。
 
 ブルーグレイの髪と瞳。
 青年の名は、アリスタス・ウィリュアートン。
 
 今年で27歳になった。
 アリスが産まれた時からのつきあいだ。
 アリスは、魔術とは違う、特殊な能力を持っている。
 アリスの知っている、どんな生き物にも姿を変えることができるのだ。
 
 アリスは5歳の頃から、すでに、その「変転」という能力を自在に使っている。
 蝶になったり、蛇になったり。
 
「アンタが、ひでーこと言っても、あのが、オレを褒めてくれたからサ」
「酷いことなど言った覚えはないな。すべて事実だ」
 
 最も気に入っているのは烏のようだが、馬になったりもするのだ。
 彼女とともに乗った馬は、変転したアリスだった。
 
「オレが、始終、オンナの尻を追っかけてるみたく言ってたけど、オレは、オレに気があるオンナの尻しか追っかけてねーよ」
「追いかけているのは事実じゃないか」
「そーだけど! 言いかたってもんがあるだろ? 呼びつけといて、あれはない。初対面のオンナの前で、あんまりじゃんか」
「そうかい」
 
 彼は、アリスの軽口を受け流す。
 つきあっていると、軽口の「掛け合い」が終わらないからだ。
 アリスが、キツネのように尖った目を、さらに細めて笑う。
 爽やかな雰囲気は消え、意地悪な顔つきになっていた。
 
「妬いちゃった?」
「理由がないね」
「そーかなあ。オレを呼んでまで、送ってくなんて、相当じゃねーか? しかも、次の約束までしちゃってサ」
「ああでも言わなければ、彼女が1人で森に入ってきそうだったからだよ」
「へえ」
 
 意味有りげに含み笑いをされても、彼は相手にせずにいる。
 実のところ、彼自身、なぜ次の約束をしたか、明確な答えを持っていないのだ。
 
「きみは、昔から、生意気なガキだったが、これ以上、無駄口をきくなら、尻尾の毛に火がつくのを覚悟したまえ」
「わぁかった。降参!」
 
 アリスが、両手を足首から離して、上げてみせる。
 彼は、よろしいとばかりに、軽くうなずいた。
 とたん、ひょいっと、アリスはソファから立ち上がる。
 入れ替わりに、彼がソファへと座った。
 その彼の正面に、アリスが立つ。
 
「すっげえ可愛い子だったよなー。それに、あの髪。なかなかいないぜ?」
「きみときたら、どうしようもないね。目端が利くようになった代わりに、教養や礼儀は、どこかに落としてきたらしい」
「ああ、そーいうのは、リカにくれてやったんだ」
「まったく気の毒さね」
 
 アリスには、リカラスという名の、双子の弟がいる。
 が、リカは「変転」の能力を授からなかったのだ。
 2人とも魔術を使えないが、変転の能力を持つアリスは好き放題。
 対して、リカは、いつも屋敷に置き去り。
 
「いいんだよ、リカは。あいつはウィリュアートンの当主。仕事すんのは当然」
「きみたちは、2人で一人前だと、わかっているだろう?」
「まぁね、わかってんだけどね」
 
 ウィリュアートンは、由緒ある家柄で、大派閥の公爵家。
 代々、男の子が少ない家系でもある。
 そのため、後継ぎ問題で、常に危機に瀕していた。
 そんな中、前当主は、双子の男の子を授かったのだ。
 
 性格は、正反対と言える。
 アリスは自由奔放、リカは堅物。
 足して割るのが、ちょうどいい。
 
「ていうか、話をすり替えようったって、そうはいかねーぞ」
「わかっていることを、いちいち言う必要があるのかい?」
 
 アリスは、礼儀を軽んじてはいるが、非常に頭の回転が速かった。
 それは、堅物のリカが、どれほど必死に努力しても追いつけないほどの、大きな差がある。
 だからこそ、2人で一人前なのだ。
 
 ここロズウェルドでは、いつ頃からか、ウィリュアートンの当主が宰相をするのが慣例となっている。
 22歳の若さでリカは、この国の宰相を任じられた。
 そこから5年、アリスはリカに、必要に応じて、都度、耳打ちをしている。
 
 ならば、アリスが当主となり、宰相をすればいいのだろうが、そうはいかない。
 アリスには「礼儀」の素質が、まったくないからだ。
 口の利きかたから、些細な「貴族的」様式美もわきまえてはいなかった。
 それでは、貴族で構成されている重臣を動かすことはできない。
 この国のまつりごとを正しく調整し、平穏を保つためには、ウィリュアートンの「双子」が必要なのだ。
 
「オレは、笛を吹かれたら踊るだけサ」
「わかっているじゃないか」
 
 彼女に渡した笛は、特殊な魔術道具だった。
 音は鳴らないが、呼んでいることが、彼とアリスには伝わる。
 
「ま、オレは“放蕩”な馬だから、いいけどね」
 
 呼ばれたら、馬となり、彼とともに、彼女を迎えに行くことになると、アリスはわかっているのだ。
 いちいち言わなくても。
 
「あの娘、レックスモアの奥様なんだよな?」
「そのようだね」
「その割には、貴族令嬢らしくなくね?」
「そうだね」
「聞いてると、なんか幽閉されてるみたく感じたんだけど、どう思う?」
 
 アリスの言うことは、彼も感じていた。
 屋敷の切り盛りはしていないし、客が来ても、挨拶をするどころか、部屋に閉じこもっているという。
 でなければ「叱られる」から、だ。
 
「それと、婚姻してんのに、嫁に手を出さねーなんて有り得るのか?」
 
 彼女を家に連れて来ると決めたあと、彼は、アリスを呼んでいる。
 話をすっかり聞かれてしまっていても、しかたがない。
 さりとて、アリスが他言をするとは思っていなかった。
 アリスも、女性関係はともかく、人と関わるのを好まないのだ。
 貴族とのつきあいは、完全にリカに任せている。
 
「レックスモアの当主って、目ぇ腐れてんじゃねーの? あんな可愛い……」
「アリス」
「わぁかってるってば! アンタのお気に入りの尻……は、さわっちまったけど、あン時、オレは馬で、乗せたのはアンタなんだから不可抗力だぜ?! ま、すげえ気持ちよか……」
「アリス!」
「手は出さねーよ。でも、頬っぺた、舐めるくらいはいいだろ? あの娘だって、喜んでたじゃん? そのくらいの役得がねーと、オレ、やる気になんねーもん」
 
 彼は、大きく溜め息をつく。
 本当に、アリスには「礼儀」の素質が皆無。
 王族であり、かつて宰相もしていた、ユージーン・ガルベリー編纂の「民言葉の字引き」と、その後に出された「民言葉の字引き その2」にしか、アリスは興味を持たなかったらしい。
 民言葉の字引きには、貴族言葉にはない、様々な表現方法が記されている。
 表現を豊かにしているのは確かだが、俗語的な部分も少なくなかった。
 そのため、公のものとしては扱われないのだ。
 
「きみの尾に火をつけるかどうかは、検討の余地を残しておくとして、ひとつだけ訂正しておく。彼女は、私の“お気に入り”ではない。彼女は、人妻だ」
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