放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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ご迷惑様 2

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 クリフォードは、すっかり満足していた。
 うとましいシェルニティは屋敷にいないし、麗しいリリアンナは隣にいる。
 本来、正妻とは、こうあるべきなのだ。
 ベッドをともにしたくもない正妻など、無意味であり、無価値だった。
 
(子を成してこその妻、だろう。かなり先の話になるとしても、後継者は必要だ)
 
 彼は、子がほしくないわけではない。
 むしろ、何人かはほしいと思っている。
 とくに、男子だ。
 3人から5人ほどもうけ、互いに競わせたいと考えていた。
 
 クリフォードは、長男だが、下に3人の弟がいる。
 彼の父には、正妻のほかに側室が2人いたのだ。
 父も放蕩な性質たちで、正妻を迎えたのが、45歳を過ぎてからだった。
 翌年、正妻にクリフォードが産まれ、同じ年に最初の弟が産まれている。
 その翌年に次の弟、さらに翌々年に3人目の弟が産まれた。
 
 あまり歳は離れていない。
 彼が、正妻の子であり、父が隠居を考え始めた2年前には、すでに婚姻していたことから、なんの問題もなく、当主に選ばれている。
 さりとて、ほんの少し父が迷っていたと、感づいていた。
 
(正妻があれではな。危ういところだった)
 
 クリフォードと同じく放蕩をしていた父は、正しく状況を理解していたはずだ。
 父は、婚姻の手続きの際、シェルニティを見ている。
 このような女を抱けるのかと、その目が疑問を呈していた。
 実際、父の疑念は当たっている。
 
(あんな女とは、口づけすらしたくない。いや、できない)
 
 思いながら、隣で横になっているリリアンナの髪を撫でる。
 こうしてベッドをともにすると、ますます彼女への愛情が深まっていた。
 男性を知らない女性を相手にしたのは初めてだ。
 サロンでは、所詮、行きずり。
 婚姻する相手として見てはいないのだから、後腐れのない手慣れた女性のほうが都合がよかった。
 
(だが、彼女の知る男が私だけ、というのは悪くないな)
 
 恥じらう彼女をなだめながらの行為には、なにか新鮮なものがあったのだ。
 まるで、自分が女性を守るべき騎士のように感じられた。
 もちろん、リリアンナは、彼が守るべき女性だ。
 側室だからといって、ないがしろにされたり、迫害されたりすることのないよう注意しておかなければならない。
 
「私、クリフ様に、ご満足いただけなかったのではないでしょうか?」
 
 少し、しょげたように言う彼女が、愛しかった。
 肩を抱き寄せ、額に唇を落とす。
 
「そんなことはないよ。素晴らしかった」
「でも、手慣れたかたとは違ったでしょう……?」
「それほど気に病むことはないさ。これから、私は、日々、ここに通うことになるのだからね」
「本当に?」
 
 リリアンナは、気後れした様子を消し、目を輝かせた。
 が、すぐに、うつむく。
 視線を下げ、なにか不安そうな表情を浮かべていた。
 
「なにか気になることでもあるのかい?」
「あ、いえ……クリフ様が、私のところに通われていると知れば、シェルニティ様が傷つかれるのではないかと……」
「お前は、優しいな。彼女のことなら心配いらないさ。今までだって、彼女の元に通ったことなんかないし、向こうも期待はしていないだろう」
 
 期待されたって、ごめんだが、と彼は考える。
 そもそも、その気にならないし、シェルニティを抱くと自分にまで、あの「痣」がうつる気がして気持ちが悪くなるのだ。
 
 クリフォードは、外見に、強いこだわりがある。
 あんなものが自分の顔にできたらと思うだけで、寒気がした。
 シェルニティが、ちゃんと身なりを整えている時ですら、見たくもない。
 正直、同じ屋敷にいるのも、不快なほどなのだ。
 
「なにも心配することはないよ、リリー。私の愛は、きみだけのものだ」
「私も、クリフ様だけをお慕いしております」
 
 リリアンナが、微笑む。
 周りが明るくなり、またクリフォードは満足感を覚えた。
 リリアンナであれば、どこの夜会に連れて行っても恥ずかしくない。
 大手を振って、街に買い物にだって行ける。
 
「次の夜会には、一緒に行こう」
「嬉しいですわ。きっと華やかなのでしょうね」
「ラウズワースの夜会だ。まずまず華やかだと思うよ? あの家は、夜会で見栄を張るくらいしかできることがないからね」
 
 ラウズワースは、女性の立場が、非常に強い家風の公爵家だった。
 女児が産まれることが多く、その全員が一定の水準以上の美貌の持ち主なのだ。
 ラウズワース公爵令嬢の嫁ぎ先は、有名どころが多い。
 かくいうクリフォードも、リリアンナと知り合っていなければ、ラウズワースの誰かと婚姻するつもりだった。
 
 ブリッジで負けさえしなければ。
 
 さりとて、今となっては興味も薄れている。
 リリアンナは、ラウズワースの令嬢たちよりも美しいからだ。
 その上、謙虚で、自分に尽くしてくれる。
 
「クリフ様、お礼に……といったほど、たいしたことはできませんけれど、私にもお祝いをさせてくださいね」
「祝い? なにを祝ってくれるのかな?」
 
 リリアンナが、きょとんとした顔をした。
 それから、小さく吹き出して笑う。
 
「クリフ様ったら、お忘れに? 再来月には、王宮に行かれるのでしょう?」
 
 言われて、ハッとなった。
 リリアンナを口説くのに夢中になっていて、忘れていたのだ。
 彼が当主になったことについての、祝いの言葉をもらう予定になっている。
 
 国王から。
 
 1年も待たされた謁見の日が、再来月に迫っていた。
 一気に、冷や汗が全身にまとわりついてくる。
 謁見は正式な場であり、リリアンナは連れて行けない。
 そして、婚姻していれば、当然に「正妻」を伴わなければならないのだ。
 
(あのような“もの”、連れて行けるはずがない! どうすればいいのか……)
 
 クリフォードは、ベッドから体を起こし、顔を両手で覆う。
 隣で、リリアンナも体を起こす気配がした。
 肩に、彼女のやわらかな手がふれてくる。
 
「どうなさったの……?」
「正式な場には、正妻を伴わなければならない」
「シェルニティ様をお連れになれば……」
「そのようなことができるわけがないだろう! あの……あの痣は、化粧をしても誤魔化せないのだから!」
 
 クリフォードは、絶望的な気分になった。
 シェルニティを公の場にさらせば、今後の自分の人生は嘲弄と蔑みの中に沈む。
 夜会に顔を出すこともできなくなるだろう。
 面と向かって言われずとも、影でひそひそと嘲笑われるのだ。
 
 あんな醜い女を娶るなんて、クリフォードは奇怪な嗜好の持ち主だ、などと揶揄され、馬鹿にされるに決まっている。
 
「私……私に、できることはございませんか? シェルニティ様の代理……いえ、成りすます、とか」
「それは……」
 
 シェルニティの姿を知っているのは、互いの家の者だけだ。
 貴族の間では知られていない。
 彼女の両親も、必死で隠してきたようだった。
 
 が、それでも「成りすまし」はできない。
 リリアンナが、ミルター男爵令嬢であることが知られているからだ。
 それでも、追い詰められたクリフォードの頭に、あることが浮かぶ。
 
(謁見までの間に、なんとか婚姻の解消をし、リリアンナを正妻にすれば……)
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