放蕩公爵と、いたいけ令嬢

たつみ

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いつもの不幸せ 3

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 小柄で華奢な、可愛らしい女性が、夫の隣に座っている。
 けれど、シェルニティは、動揺しなかった。
 来るべき日が来た、と思っている。
 
(彼が当主になられて1年だものね。こうなるのは、わかっていたわ)
 
 クリフォードは「一応」婚姻しており、レックスモアの長男。
 本物の婚姻と言えるかはさておき、当主としての条件は満たしていた。
 彼の父は、1年前、当主の座をクリフォードに譲っている。
 婚姻後も、彼が放蕩していたと知ってはいただろうが「嫁」がこれではしかたがないと諦めてもいたようだ。
 
 婚姻の手続きの際、両家で顔合わせをした。
 その時以来、義両親とは会っていない。
 もとより、貴族屋敷は広いのだが、元辺境伯の屋敷となると、さらに広かった。
 
 辺境伯とは、辺境の地を守る役目を任じられた貴族に与えられていた爵位だ。
 すなわち、屋敷も「辺境」にある。
 住んでいる者は多くないが、土地だけは余っていた。
 そして、役目柄、屋敷は城塞となっている。
 
 城はいくつもあり、親子や兄弟で、分散して住んでいるのだ。
 義両親は別城で暮らしており、あえて当主棟に来る必要はない。
 だから、会わなくても不自然ではないのだが、自分に会いたくなくて、顔を出さないのだろうことは察している。
 
「奥様などと、お前が言うことはないよ、リリー」
「でも、正妻でいらっしゃるわけですし……」
 
 クリフォードが、見たこともないくらいに、優しげな表情を浮かべている。
 よほど、隣にいる女性に入れ込んでいるのだろう。
 
(この人が、側室になるのね。可愛らしくて、きれいな人……それに若いわ)
 
 きっとシェルニティより年下だ。
 透けるような淡い金髪に、白くて瑞々しい肌。
 ぱっちりとした大きな目は、明るい緑色をしている。
 小柄で華奢な印象だったが、よく見ると、とても肉感的な体つきだった。
 見た目の無邪気さとはそぐわない、なまめかしさがある。
 
(旦那様は、このかたを好まれておられるのでしょうね)
 
 でなければ、屋敷に連れてきたりはしない。
 シェルニティは、クリフォードが放蕩をしているのを知っていた。
 彼女は、たいてい部屋にいる。
 その部屋の窓からは、屋敷の門がよく見えるのだ。
 
 夜な夜な、夜会服に身をつつみ、出かけていく夫。
 時々は、レックスモア以外の馬車が待っていることもあった。
 見ていて、気づかないはずがない。
 
 さりとて。
 
(私では“つとめ”は果たせそうにないし、これで安心できるわ)
 
 クリフォードが、けして、彼女とベッドをともにしないと、わかっている。
 そして、シェルニティも、彼とベッドをともにしたくない、と思っている。
 
 この婚姻が、彼女を追いはらうための父の策だったのも知っていた。
 政略的な婚姻ですらないのだ。
 ただ、シェルニティにとっては、どちらの屋敷も大差ない。
 なので、婚姻自体に、異議はなかった。
 
 とはいえ、クリフォードと親密な関係になるのだけは嫌だったのだ。
 倫理的な理由からではない。
 
 子供ができるのが怖かった。
 
 自分の外見は、人から忌み嫌われるものだ。
 もし、それを子供が受け継いでしまったら、と考えてしまう。
 クリフォードは、贔屓目に見なくても、非常に見た目に優れている。
 彼に似れば問題はないが、可能性は五分五分なのだ。
 
 どこか少しでも、自分に似るようなことがあれば、自分の二の舞になる。
 それが、怖かった。
 シェルニティは、両親や夫だけはでなく、勤め人や、出入りの商人にまで、目をそらされてしまう存在だったので。
 
 ただ、2人がどう思っていようが、レックスモア侯爵家には、後継ぎが必要となる。
 クリフォードは32歳で、まだ当主になったばかりだ。
 それでも、貴族にとって、後継者は大きな課題となる。
 
 その上、彼は「一応」婚姻しているのだから、いつまでも子ができないとなると外聞も悪かった。
 彼自身に「なにかしらの問題がある」と疑われかねない。
 婚姻後、1度もシェルニティとベッドをともにしていない、なんて周りに言えることではないからだ。
 
 そんなことが広まれば、実家のブレインバーグの面目は丸潰れ。
 彼自身も「妻を抱かない」ことで、馬鹿にされる。
 どれだけ放蕩していても、妻に配慮するのが「紳士」としての務めだと、貴族は口を揃えて言うのだ。
 ひと月に1度だろうが、嫌々だろうが、務めは果たすべきとされている。
 
「シェルニティ、彼女はリリアンナ。ミルター男爵の三女だ。このたび、私の側室として迎えることにした」
「奥様、どうぞリリーとお呼びくださいませ」
「だから、お前が、奥様などと呼ぶ必要はないと言っただろう? シェルニティと呼べばいいのさ、リリー」
「でも……私は側室ですもの……なんだか、気が引けて……」
「かまわないのだよ、彼女は気にしない。そうだろう?」
 
 2人での会話をしながら、クリフォードがシェルニティに同意を求めてきた。
 どうしようかと、少しだけ迷う。
 彼が、シェルニティのほうを見ていなかったからだ。
 これでは、うなずいても返事になるかどうか。
 しかたなく、彼女は小声で答える。
 
「かまいませんわ。リリー様の……」
 
 瞬間、クリフォードが、シェルニティを睨んできた。
 冷たい口調で、ぴしゃりと言われる。
 
「誰が、お前に、彼女の名を愛称で呼ぶことを許した? お前は、リリーをきちんと呼べ。爵位が上だからと言って、彼女をないがしろにすることは許さない」
 
 今度は、彼がこちらを向いていたので、黙ってうなずいた。
 クリフォードは、すぐにリリアンナのほうに顔を戻す。
 この屋敷で暮らすようになってから、夫は、たいてい、こんな具合だ。
 本当に、彼女の返事など期待してはいないのだ。
 彼は「決定事項」を伝えているに過ぎない。
 
(用事がこれだけであれば、お呼びになられなくても良かったのに)
 
 メイドに伝えさせれば、事足りる。
 呼ばれたことで叱られるはめになったので、損をした気分だ。
 シェルニティとしては、夫が側室を迎えて、子供をもうけてくれるのであれば、それに越したことはないのだから、文句もない。
 
「それでは、シェルニティ様、どうかよろしくお願いいたします。私は、男爵家で育ちましたから、高位のマナーを存じません。いろいろと教えてくださいませね」
 
 もちろん、シェルニティは高位貴族としての振る舞いを身につけている。
 両親は、彼女を放置していたわけではなく、教育は受けさせていた。
 ただ、すべてを人任せにしていただけで。
 
「爵位は上でも、立場は、リリーのほうが上だと思っておけ、いいな」
 
 また彼は、こちらを向いていない。
 会話をする気がないのなら、せめて「うなずく」のを確認してほしいところだ。
 
「かしこまりました」
 
 シェルニティは、心の中で思う。
 きっと2人の子は、さぞ愛らしいに違いない。
 リリアンナは子を成すことに、なんの躊躇ためらいもないはずだ。
 それが、羨ましかった。
 
(でも、私は、もう18歳。25歳までは、子を成せるけれど……)
 
 ロズウェルド王国での、出産の適齢は16歳から18歳とされている。
 14歳で嫁いで4年、彼女は適齢を過ぎようとしていた。
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