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どっちの方角に? 1

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 覚悟、というものが、どういうものか、ルーナは、わからずにいる。
 ユージーンとの婚姻に必要だと言われたのだから、必死で考えてはいた。
 けれど、生まれてこのかた、覚悟なんて意識したことがない。
 
 どういう種類の覚悟なのか。
 なんのための覚悟なのか。
 
 それすら、わからず、頭を悩ませている。
 誰かに相談すればいいのかもしれない。
 さりとて、相談できる相手がいないのだ。
 
 両親には、ルーナの気持ちを話していないので、相談以前、驚かれるだろう。
 反対されることだってあり得るのだから、まだ言いたくなかった。
 自分より年下の友人たちに、相談するのは気が引ける。
 しかも、同じ女性という立場なのは、ジークの妹のシンシアティニーだけだ。
 12歳の彼女に、相談すべき内容でないのは確か。
 
 もちろん大叔母にもレティシアにも、相談はできない。
 大叔母は、ユージーンがレティシアを好きだったことを知っている。
 レティシアは、当事者だ。
 そんな2人に相談するのは、どうにも気まずかった。
 
 ルーナは、ローエルハイドの屋敷から転移で帰っている。
 自室で考えようとしたのだが、落ち着かず、庭を歩いていた。
 ローエルハイドの屋敷に比べると、庭は、あまり広くない。
 ウィリュアートンは、屋敷の面積が広いからだ。
 
 城のような造りになっている。
 元は城塞として使われていたのを改装し、屋敷にしたと聞いていた。
 だから、中はそうでもないが、外から見ると、非常に物々しい。
 
 ルーナ自身、入ったことのない部屋が、いくつもある。
 父から、地下に行ってはいけない、と強く言われてもいた。
 迷路のように道が入り組んでいて、出られなくなるから、だそうだ。
 言われなくとも、地下になんか行きたいとは思わない。
 とはいえ、転移で戻れるので「出られなくなる」心配などしていなかった。
 
 その物々しい屋敷の外観を横目に、ルーナは庭を歩きつつ、考えている。
 婚姻に関わることであるのは間違いないのだけれども。
 
「婚姻……ジーンと私が婚姻したら、どうなるのかって、こと?」
 
 婚姻は、2人だけの問題ではない。
 家同士の結びつきでもある。
 だからこそ、政略的な婚姻が横行していると言えた。
 下位貴族は、こぞって上級貴族と婚姻関係を結びたがる。
 
 仮にキャラック公爵家の下位貴族であるコンラッド・ラスキンが、リディッシュ公爵家の娘ベアトリクスと婚姻した場合、ウォーレンはコンラッドを顎で使う真似はできなくなるのだ。
 ラスキンに嫁いだとしても、公爵家の令嬢であることは変わらない。
 逆に、コンラッドがリディッシュに養子に入れば、ウォーレンと同格になる。
 
 だが、上級貴族も、同じ爵位の、より「格上」の者と婚姻したがるものだ。
 上級貴族ほど「見栄っ張り」になると、ユージーンに教わっていた。
 従って、「あの」ベアトリクスがコンラッドと婚姻するなんてあり得ない。
 父が、ラドホープ侯爵家の娘であるルーナの母を、正妻に迎えたことのほうが、稀な状況なのだ。
 
「ジーンは貴族じゃないんだから、そういうのは問題にならないと思うけど」
 
 ユージーンは王族だ。
 即位をしなくても、宰相をやっていても「殿下」だった。
 周りも、そう呼ぶ。
 貴族の持つ爵位とは違い、剥奪されるような立場ではないのだ。
 
 そのため、王族がなにか「やらかした」際は、蟄居ちっきょや幽閉となる。
 さりとて、ユージーンは王太子を辞しただけで、悪いことはしていない。
 むしろ、宰相として国のために働いていた。
 
「だって、ザカリーおじさんは、平民のジョーおばさんを、正妃に迎えてるもん」
 
 平民の女性を正妃とするのは、相当に大変なことらしい。
 ルーナにとっては、あたり前に存在していた2人なので、あまり大変さは、感じられないが、一般的でないのは、わかる。
 ただ、この2人には、ユージーンと大公がついていた。
 結果、誰も文句は言えない状態にしてしまったようだ。
 
「一応……私は、公爵家の娘だし……そこまで難しくはないよね?」
 
 意識したのは、これが初めてかもしれない。
 ルーナを取り巻く環境で、爵位を持ち出したり笠に着たりする者はいなかった。
 ルーナが「ウィリュアートン」の名が、どれほどの力を持っているかを知らないのも、そういう理由からだ。
 
 王族を動かせるのは、ウィリュアートンぐらいのもの。
 
 そう言われていることも知らずにいる。
 もしユージーンとの婚姻を「ごり押し」したいのなら、実際、できなくはない。
 トラヴィスに欲があれば、ルーナの気持ちがどうあれ、ねじ込んでいたかもしれないのだ。
 
「うーん……家絡みじゃないのかも……王族に嫁いだあとのこと?」
 
 王族に嫁いだ女性は、王族扱いとなる。
 ザカリーの正妃ジョゼットも、嫁いだ瞬間から王族となった。
 そのためローエルハイドの屋敷に、顔を出すことはない。
 滅多に、実家にも帰れないくらいなのだ。
 
「そっか……それかも……」
 
 ユージーンと婚姻をすると、表面上は、ウィリュアートンとの縁は切れる。
 両親とも滅多に会えなくなることも考えられた。
 ルーナは立ち止まり、物々しい屋敷を見上げる。
 この屋敷にも、ほとんど帰っては来られなくなるのだろうか。
 いくら転移が使えたとしても。
 
 ルーナは1人娘だ。
 両親が寂しがるのは、目に見えていた。
 とくに、母は体が弱い。
 寂しさから、さらに体調が悪くなることだってあり得る。
 
「ん……? でも、ジーンって、普通に、ウチやローエルハイドに来てない?」
 
 くどいようだが、ユージーンは王族だ。
 王族には「公務」というものがある。
 にもかかわらず、ユージーンは、あまり公務にいそしんでいない。
 季節ごとの大きな式典に出席する程度だ。
 
 そして、王族は、特定の貴族とは懇意にしない、というのが慣例でもあった。
 が、ユージーンは、特定の貴族と、平気で「懇意」にしている。
 ルーナの世話を13年もしてきたことが、その証拠だ。
 ウィリュアートンでも、ローエルハイドでも、いえのように振る舞っていた。
 
「だったら、私だけ帰れなくなるってことはないんじゃない?」
 
 少なくとも、ルーナがせがめば、ユージーンはルーナを同行させる。
 さりとて、そもそもユージーンが「里帰り」を認めないとも思えなかった。
 
「家のことでもない。王族になることでもない。だったら、覚悟って、なに?」
 
 社交だの王族としての振る舞いだのであれば、問題はない。
 貴族には、ウォーレンやベアトリクスのような人物が多いので、それなりに苦労するかもしれないが、覚悟をするほどではなかった。
 だいたい、そんなことで大公が、わざわざ忠告するはずもないし。
 
「全っ然、わかんない! もっと分かり易く忠告してほしかった……」
 
 がくっと、ルーナはうなだれる。
 同じ台詞を、昔、ユージーンが大公に向けて口にしていたとも知らず。
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