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もう大人なので 4
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彼は、神妙な顔をして座っているルーナに、穏やかな笑みを浮かべてみせる。
ルーナの聞きたがっていることに、察しはついていた。
なにしろ、小ホールにいるのは、彼とルーナだけだ。
ジークも彼の妻もいない。
ルーナが、それを望んだからだった。
ジークにも、彼の妻にも聞かれたくないこと。
ならば、推察するのは、非常に簡単。
彼の妻とユージーンとの関係についてに違いない。
むしろ、今に至るまで聞かれなかったのが不思議なくらいだ。
(最近になって、彼から聞かされたのかもしれないね)
ユージーンは、頭はいいが、間の抜けたところがある。
話のついで、というと語弊があるが、軽い気持ちで話したのは間違いない。
それは、ユージーンにとっては、すでに終わったことだからだ。
本人には自覚があるため、重く受け止められるなんて思わずにいたのだろう。
「あの……大公様……」
いつになく、ルーナは言いにくそうにしている。
彼女が、2人の関係を、重く受け止めている証拠だった。
本来なら、ユージーンがルーナに、きちんと話すべきことだ。
だが、ユージーンに、そんな繊細さを求めるのは、猪にまっすぐ走るな、と言うようなもので、かなり無理がある。
やろうとすれば、できなくはない。
以前、彼は、ユージーンに「女性への接しかた」を教えたことがあった。
その際には、それなりにできていたようだ。
さりとて、無理をしていたのも、知っている。
ユージーンには、そもそも、紳士としての素質がない。
幼い頃に教育されたことというのは、そう簡単には直せないものなのだ。
ユージーンは王太子としての教育を受けている。
自分が中心で、周りのことは気にしない。
良くも悪くも、ユージーンは「王」に成長した。
(我が道を行く点においては、私も彼のことは言えないが)
彼も、たいして人に対して関心を持たない。
本音を晒せば、妻にしか興味がないのだ。
ただ、妻が大事にしている者たちは、彼も大事にしている。
妻を悲しませたり、困らせたりしたくないから、との理由で。
「レティと彼のことを知りたいのかい?」
あまりにも、ルーナが困り果てた顔をしているので、彼のほうから水を向けた。
あからさまにルーナは、ホッとした表情を浮かべる。
そして、小さく、こくりとうなずいた。
「ジーンはレティ様を好きだったって、言ってて……」
彼の推測は、おおむね正しかったらしい。
ルーナは、ユージーン自身に、直接、聞かされたのだ。
ローエルハイドの屋敷内では周知の事実であるがゆえに、話題にならない。
ユージーンをからかう種くらいの扱いになっている。
そのため、ルーナが耳にすることもなかったはずだ。
「そうだね。彼は、レティを好きだったよ」
ハッとしたように、ルーナが目を見開いた。
それから、膝にある両手を、ぎゅっと握り締める。
唇が、わずかに震えており、動揺が見てとれる。
「……ジーンが、婚姻しないのは、まだレティ様を好きだから……?」
「それはないな。彼は、とっくに気持ちに整理をつけているね」
「本当に……なんとも思ってないの……?」
ルーナは、とても不安そうだった。
ユージーンの心に、女性がいるなんて、考えたこともなかったのだろう。
実際、今のユージーンの心に、レティシアはいない。
彼には、それが、わかっている。
「彼は諦めの悪い男ではあるが、人妻を想い続けるほど愚かでもないよ」
ユージーンは、非常に諦めが悪く、厄介な男だ。
けれど、同時に潔くもある。
本当に不可思議なことに、ユージーンの中には、矛盾なく、その2つが混在しているのだ。
同様の事柄が、いくつもあった。
諦めの悪さと潔さ。
図々しさと謙虚さ。
頑なさと素直さ。
頭の良さと間抜けさ。
言葉にすると、矛盾だらけの人物のように聞こえる。
なのに、ユージーンには、矛盾がない。
要は、ユージーンは自己中心的だということ。
己が納得するか否か。
それを、軸に物事を思考している。
むしろ、そこでしか判断しないのだ。
彼とは、まったく違う基準で、己の言動を決定づけている。
そういうユージーンだからこそ、彼も認めていた。
「心配することはないよ、ルーナ」
ルーナの年の数だけ、あれから月日が経っている。
しばらくは失恋に苦しんだかもしれないが、時が癒してくれたはずだ。
そう思ってから、彼は、自らの思考を否定する。
(時が癒したのではないかもしれないな)
ルーナを大事そうに抱きかかえていたユージーンの姿が、思い浮かぶ。
少し笑ってしまいそうになった。
なにしろユージーンは、ルーナの取れかけたボタンまで縫い付けてやっていたのだから。
(ルーナが起きる時間だと言って、薪割りを中断するくらいだったからね)
熱心過ぎるほど、ユージーンは仕事熱心。
集中し過ぎて、食事を忘れることも、しばしばあったのだ。
それが、ルーナの世話をするようになって、変わっている。
ある意味では、ユージーンの生活の中心がルーナになっていた。
「それなら……どうして、ジーンは、今まで婚姻しなかったの?」
彼にとって、答えは明白。
だとしても、ルーナに伝えるのはユージーンの役目であり、自分ではないと彼は思っている。
ユージーンの問題を、勝手に話すことはできない。
「それは、私には、どうとも言えないね。直接、彼に訊いてみてはどうかな」
ルーナに話すかどうか。
それもまた、ユージーンが決めることだ。
ルーナとの婚姻を明確に意識したなら、避けては通れない道なのだから。
「だがね。少なくとも、レティに心を残しているから婚姻しなかったのではない。それだけは、私が断言しよう」
ユージーンは「王」としての決断をする。
とても重い選択を迫られることもあるのだ。
彼は、ルーナに、伝えておくべき言葉を口にした。
「ルーナ、彼との婚姻には、きみの覚悟が必要なのだよ」
ルーナの聞きたがっていることに、察しはついていた。
なにしろ、小ホールにいるのは、彼とルーナだけだ。
ジークも彼の妻もいない。
ルーナが、それを望んだからだった。
ジークにも、彼の妻にも聞かれたくないこと。
ならば、推察するのは、非常に簡単。
彼の妻とユージーンとの関係についてに違いない。
むしろ、今に至るまで聞かれなかったのが不思議なくらいだ。
(最近になって、彼から聞かされたのかもしれないね)
ユージーンは、頭はいいが、間の抜けたところがある。
話のついで、というと語弊があるが、軽い気持ちで話したのは間違いない。
それは、ユージーンにとっては、すでに終わったことだからだ。
本人には自覚があるため、重く受け止められるなんて思わずにいたのだろう。
「あの……大公様……」
いつになく、ルーナは言いにくそうにしている。
彼女が、2人の関係を、重く受け止めている証拠だった。
本来なら、ユージーンがルーナに、きちんと話すべきことだ。
だが、ユージーンに、そんな繊細さを求めるのは、猪にまっすぐ走るな、と言うようなもので、かなり無理がある。
やろうとすれば、できなくはない。
以前、彼は、ユージーンに「女性への接しかた」を教えたことがあった。
その際には、それなりにできていたようだ。
さりとて、無理をしていたのも、知っている。
ユージーンには、そもそも、紳士としての素質がない。
幼い頃に教育されたことというのは、そう簡単には直せないものなのだ。
ユージーンは王太子としての教育を受けている。
自分が中心で、周りのことは気にしない。
良くも悪くも、ユージーンは「王」に成長した。
(我が道を行く点においては、私も彼のことは言えないが)
彼も、たいして人に対して関心を持たない。
本音を晒せば、妻にしか興味がないのだ。
ただ、妻が大事にしている者たちは、彼も大事にしている。
妻を悲しませたり、困らせたりしたくないから、との理由で。
「レティと彼のことを知りたいのかい?」
あまりにも、ルーナが困り果てた顔をしているので、彼のほうから水を向けた。
あからさまにルーナは、ホッとした表情を浮かべる。
そして、小さく、こくりとうなずいた。
「ジーンはレティ様を好きだったって、言ってて……」
彼の推測は、おおむね正しかったらしい。
ルーナは、ユージーン自身に、直接、聞かされたのだ。
ローエルハイドの屋敷内では周知の事実であるがゆえに、話題にならない。
ユージーンをからかう種くらいの扱いになっている。
そのため、ルーナが耳にすることもなかったはずだ。
「そうだね。彼は、レティを好きだったよ」
ハッとしたように、ルーナが目を見開いた。
それから、膝にある両手を、ぎゅっと握り締める。
唇が、わずかに震えており、動揺が見てとれる。
「……ジーンが、婚姻しないのは、まだレティ様を好きだから……?」
「それはないな。彼は、とっくに気持ちに整理をつけているね」
「本当に……なんとも思ってないの……?」
ルーナは、とても不安そうだった。
ユージーンの心に、女性がいるなんて、考えたこともなかったのだろう。
実際、今のユージーンの心に、レティシアはいない。
彼には、それが、わかっている。
「彼は諦めの悪い男ではあるが、人妻を想い続けるほど愚かでもないよ」
ユージーンは、非常に諦めが悪く、厄介な男だ。
けれど、同時に潔くもある。
本当に不可思議なことに、ユージーンの中には、矛盾なく、その2つが混在しているのだ。
同様の事柄が、いくつもあった。
諦めの悪さと潔さ。
図々しさと謙虚さ。
頑なさと素直さ。
頭の良さと間抜けさ。
言葉にすると、矛盾だらけの人物のように聞こえる。
なのに、ユージーンには、矛盾がない。
要は、ユージーンは自己中心的だということ。
己が納得するか否か。
それを、軸に物事を思考している。
むしろ、そこでしか判断しないのだ。
彼とは、まったく違う基準で、己の言動を決定づけている。
そういうユージーンだからこそ、彼も認めていた。
「心配することはないよ、ルーナ」
ルーナの年の数だけ、あれから月日が経っている。
しばらくは失恋に苦しんだかもしれないが、時が癒してくれたはずだ。
そう思ってから、彼は、自らの思考を否定する。
(時が癒したのではないかもしれないな)
ルーナを大事そうに抱きかかえていたユージーンの姿が、思い浮かぶ。
少し笑ってしまいそうになった。
なにしろユージーンは、ルーナの取れかけたボタンまで縫い付けてやっていたのだから。
(ルーナが起きる時間だと言って、薪割りを中断するくらいだったからね)
熱心過ぎるほど、ユージーンは仕事熱心。
集中し過ぎて、食事を忘れることも、しばしばあったのだ。
それが、ルーナの世話をするようになって、変わっている。
ある意味では、ユージーンの生活の中心がルーナになっていた。
「それなら……どうして、ジーンは、今まで婚姻しなかったの?」
彼にとって、答えは明白。
だとしても、ルーナに伝えるのはユージーンの役目であり、自分ではないと彼は思っている。
ユージーンの問題を、勝手に話すことはできない。
「それは、私には、どうとも言えないね。直接、彼に訊いてみてはどうかな」
ルーナに話すかどうか。
それもまた、ユージーンが決めることだ。
ルーナとの婚姻を明確に意識したなら、避けては通れない道なのだから。
「だがね。少なくとも、レティに心を残しているから婚姻しなかったのではない。それだけは、私が断言しよう」
ユージーンは「王」としての決断をする。
とても重い選択を迫られることもあるのだ。
彼は、ルーナに、伝えておくべき言葉を口にした。
「ルーナ、彼との婚姻には、きみの覚悟が必要なのだよ」
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