19 / 84
こんなことになろうとは 3
しおりを挟む
レオナルドは、ウォーレンがルーナに近づいているのを、ただ見ている。
その動きを目で追ってはいたが、あえて距離を取っていた。
ウォーレンやコンラッドと、行動をともにしようとは考えていない。
一緒にいて、いらぬとばっちりを食うのはごめんだ。
彼らは、ルーナの後ろ盾が誰なのかを知らずに、行動を起こそうとしている。
レオナルドにとって、それは愚かに過ぎた。
つきあいをする気にもならない。
課題を肩代わりするのとは、わけが違う。
代償の大きさを思えば、関わらないのが身のためなのだ。
舞踏会に出席しているだけでも危ういと感じている。
それでも、ここにいるのは、2人のためではない。
下位貴族としての義理でもなかった。
レオナルドは、興味があったのだ。
ルーナの身に「何か」が起きた際、どうなるのか。
その状況を見物したくて、危険な領域に足を踏み入れている。
(できれば、あの人が来てくれるといいのだけれど。それは、無理かな)
レオナルドが大公の姿を見たのは、あれきりだった。
もちろん、ローエルハイドの屋敷は王都にあるのだから、会いには行ける。
とはいえ、屋敷を訪ねる貴族は、ほとんどいないのだ。
貴族であっても、ローエルハイドは独立独歩。
ほかの貴族連中とは異なる法則の中にいる。
たとえ、それを苦々しく思っていたとしても、誰も何も言えない。
この国の平和は、ジョシュア・ローエルハイドによって保たれている。
それがロズウェルドという国の常識だった。
40年以上前に起きた隣国との戦争を、たった1人で終結させた英雄。
今もって近隣諸国への抑止力ともなっている存在。
それが、唯一、大公の地位を与えられている理由でもあった。
ロズウェルドで、大公と言えば、ジョシュア・ローエルハイド、その人なのである。
大公は、特別かつ大きな力を持っていた。
レオナルドは、戦後生まれのため、実際に見たことはない。
史実で知っているだけだ。
中には、その史実を疑わしく思う者もいるが、現実に、諸外国は、大公と、その妻を危険視している。
黒髪、黒眼は、この世界に、たった2人。
ロズウェルド内よりも外の国のほうが、2人が特別な力を持っていてもおかしくないと感じているのだろう。
そのため、戦後40年以上経っても、戦争をふっかけられていない。
結果、誰もローエルハイドに口出しはできずにいる。
もし「国替え」でもされたら、とんでもないことになるからだ。
民は、王宮も含め、貴族を、けして許さないとわかっている。
(縛られない生きかた、というのを、僕もしてみたいものだ)
レオナルドは、ルーナと話している2人の幼馴染みを見て、嫌な気分になった。
たいていの貴族は、爵位に縛られている。
下位貴族は、生まれながらに、上位貴族に従属する立場なのだ。
反抗すれば、報復を受ける。
対抗するだけの手段も力も、下位貴族は持たない。
だから、上位貴族がどれほど「愚か」であれ、つき従う者は多かった。
レオナルドにしても、ある程度のつきあいを余儀なくされている。
嫌で嫌でたまらないが、しかたがない。
自分が、つまはじきにされるくらいですめばいいが、報復は、家絡みでなされるのだ。
たちまち生活が困窮するのは目に見えていた。
(それにしても……もったいないな……ルーナは、僕の好みだ)
16歳にしては幼く可愛らしい風貌と、あどけなさの漂う雰囲気。
それでも体つきは年頃の女性らしく、ふくよかで肌も艶めいている。
肩にかかる赤味を帯びた髪もサラサラで、手触りが良さそうだ。
大きくて薄茶色い瞳は輝いていて、とても魅力的に感じられる。
あの2人がいなければ、間違いなく声をかけていた。
ダンスに誘い、次の約束を取りつけるくらいの熱心さで。
(彼女が、あんなふうに成長していると知っていたら、もっと強く、反対していたかもしれないね。だが、もう遅い)
彼らは、ルーナに「思い知らせる」つもりでいる。
今は、お追従に精を出しているようだが、ルーナを誘い出したとたん、本性を、露わにするだろう。
2人は、ルーナに乱暴をしようとしている。
レオナルドに持ちかけられた話では、そんなようなことを言っていたのだ。
(女性をベッドに誘うのではなく、力づくとは呆れるよ。僕は、そこまで野蛮ではない。奴らとは、嗜好が違うのさ)
2人も気づいているには違いない。
レオナルドにも、わかる。
ルーナは、まだ男性経験がない。
仕草や話しかけられた時のそぶりで、たいていは判断がつくものだ。
舞踏会に出て来たのも初めてだろう。
ウォーレンは、ほかの貴族主催の舞踏会にも、欠かさず出席している。
自身が、舞踏会を主催することも多い。
レオナルドも「しかたなく」出席していた。
そのすべてで、ルーナの姿を見た記憶はなかった。
だから、あの幼かった女の子が、どんなふうに成長したかを知らずにいたのだ。
社交界デビューの夜会に、レオナルドは出席していない。
ウォーレンが執着しているベアトリクスが、なぜだか、レオナルドに声をかけてきたからだ。
エスコート役を頼まれたものの、当然に断っている。
引き受けたが最後、ウォーレンに睨まれ、面倒なことになるとわかっていた。
(あの夜会のことで、いっとき彼女は噂になっていたっけ。トリシーなんて、話題にもなっていなかったのにね)
しばらくは、貴族の間で、その噂がもちきりになったほどの衝撃があったのだ。
ルーナは、エスコート役に大層な人物を連れて来た。
この国の宰相であり、王族でもあるユージーン・ガルベリー。
金色の髪と翡翠色の瞳を持つ彼に、大勢の貴族令嬢たちが憧れている。
婚姻したがっている女性も多く、ルーナは垂涎の的。
(トリシーは、彼女がウィリュアートンの権力を行使しただのと揶揄していたが)
たぶん、そうではない。
見る限り、ルーナには、ベアトリクスのような、計算高さの持ち合わせはなさそうだ。
それに、レオナルドは、2人が親しいことを知っていた。
幼い彼女を、宰相は大事そうに抱きかかえていたのだから。
(だとすると……やはり来るとすれば宰相様のほうかな)
彼女が、なぜ今さら舞踏会などに出る気になったかは、わからない。
が、宰相が放っておくとも思えなかった。
ここが、どんな場所だか、知らないはずもなし。
(状況次第では、まぁ、僕が彼女を助けてもいいか)
ウォーレンとコンラッドを切り捨てて、宰相に、恩を売るのもひとつの手だ。
後ろには大公もいる。
2人を裏切ることで生じる損と、その代わりに手にできる利を、天秤にかけてもいいような気分になっていた。
その動きを目で追ってはいたが、あえて距離を取っていた。
ウォーレンやコンラッドと、行動をともにしようとは考えていない。
一緒にいて、いらぬとばっちりを食うのはごめんだ。
彼らは、ルーナの後ろ盾が誰なのかを知らずに、行動を起こそうとしている。
レオナルドにとって、それは愚かに過ぎた。
つきあいをする気にもならない。
課題を肩代わりするのとは、わけが違う。
代償の大きさを思えば、関わらないのが身のためなのだ。
舞踏会に出席しているだけでも危ういと感じている。
それでも、ここにいるのは、2人のためではない。
下位貴族としての義理でもなかった。
レオナルドは、興味があったのだ。
ルーナの身に「何か」が起きた際、どうなるのか。
その状況を見物したくて、危険な領域に足を踏み入れている。
(できれば、あの人が来てくれるといいのだけれど。それは、無理かな)
レオナルドが大公の姿を見たのは、あれきりだった。
もちろん、ローエルハイドの屋敷は王都にあるのだから、会いには行ける。
とはいえ、屋敷を訪ねる貴族は、ほとんどいないのだ。
貴族であっても、ローエルハイドは独立独歩。
ほかの貴族連中とは異なる法則の中にいる。
たとえ、それを苦々しく思っていたとしても、誰も何も言えない。
この国の平和は、ジョシュア・ローエルハイドによって保たれている。
それがロズウェルドという国の常識だった。
40年以上前に起きた隣国との戦争を、たった1人で終結させた英雄。
今もって近隣諸国への抑止力ともなっている存在。
それが、唯一、大公の地位を与えられている理由でもあった。
ロズウェルドで、大公と言えば、ジョシュア・ローエルハイド、その人なのである。
大公は、特別かつ大きな力を持っていた。
レオナルドは、戦後生まれのため、実際に見たことはない。
史実で知っているだけだ。
中には、その史実を疑わしく思う者もいるが、現実に、諸外国は、大公と、その妻を危険視している。
黒髪、黒眼は、この世界に、たった2人。
ロズウェルド内よりも外の国のほうが、2人が特別な力を持っていてもおかしくないと感じているのだろう。
そのため、戦後40年以上経っても、戦争をふっかけられていない。
結果、誰もローエルハイドに口出しはできずにいる。
もし「国替え」でもされたら、とんでもないことになるからだ。
民は、王宮も含め、貴族を、けして許さないとわかっている。
(縛られない生きかた、というのを、僕もしてみたいものだ)
レオナルドは、ルーナと話している2人の幼馴染みを見て、嫌な気分になった。
たいていの貴族は、爵位に縛られている。
下位貴族は、生まれながらに、上位貴族に従属する立場なのだ。
反抗すれば、報復を受ける。
対抗するだけの手段も力も、下位貴族は持たない。
だから、上位貴族がどれほど「愚か」であれ、つき従う者は多かった。
レオナルドにしても、ある程度のつきあいを余儀なくされている。
嫌で嫌でたまらないが、しかたがない。
自分が、つまはじきにされるくらいですめばいいが、報復は、家絡みでなされるのだ。
たちまち生活が困窮するのは目に見えていた。
(それにしても……もったいないな……ルーナは、僕の好みだ)
16歳にしては幼く可愛らしい風貌と、あどけなさの漂う雰囲気。
それでも体つきは年頃の女性らしく、ふくよかで肌も艶めいている。
肩にかかる赤味を帯びた髪もサラサラで、手触りが良さそうだ。
大きくて薄茶色い瞳は輝いていて、とても魅力的に感じられる。
あの2人がいなければ、間違いなく声をかけていた。
ダンスに誘い、次の約束を取りつけるくらいの熱心さで。
(彼女が、あんなふうに成長していると知っていたら、もっと強く、反対していたかもしれないね。だが、もう遅い)
彼らは、ルーナに「思い知らせる」つもりでいる。
今は、お追従に精を出しているようだが、ルーナを誘い出したとたん、本性を、露わにするだろう。
2人は、ルーナに乱暴をしようとしている。
レオナルドに持ちかけられた話では、そんなようなことを言っていたのだ。
(女性をベッドに誘うのではなく、力づくとは呆れるよ。僕は、そこまで野蛮ではない。奴らとは、嗜好が違うのさ)
2人も気づいているには違いない。
レオナルドにも、わかる。
ルーナは、まだ男性経験がない。
仕草や話しかけられた時のそぶりで、たいていは判断がつくものだ。
舞踏会に出て来たのも初めてだろう。
ウォーレンは、ほかの貴族主催の舞踏会にも、欠かさず出席している。
自身が、舞踏会を主催することも多い。
レオナルドも「しかたなく」出席していた。
そのすべてで、ルーナの姿を見た記憶はなかった。
だから、あの幼かった女の子が、どんなふうに成長したかを知らずにいたのだ。
社交界デビューの夜会に、レオナルドは出席していない。
ウォーレンが執着しているベアトリクスが、なぜだか、レオナルドに声をかけてきたからだ。
エスコート役を頼まれたものの、当然に断っている。
引き受けたが最後、ウォーレンに睨まれ、面倒なことになるとわかっていた。
(あの夜会のことで、いっとき彼女は噂になっていたっけ。トリシーなんて、話題にもなっていなかったのにね)
しばらくは、貴族の間で、その噂がもちきりになったほどの衝撃があったのだ。
ルーナは、エスコート役に大層な人物を連れて来た。
この国の宰相であり、王族でもあるユージーン・ガルベリー。
金色の髪と翡翠色の瞳を持つ彼に、大勢の貴族令嬢たちが憧れている。
婚姻したがっている女性も多く、ルーナは垂涎の的。
(トリシーは、彼女がウィリュアートンの権力を行使しただのと揶揄していたが)
たぶん、そうではない。
見る限り、ルーナには、ベアトリクスのような、計算高さの持ち合わせはなさそうだ。
それに、レオナルドは、2人が親しいことを知っていた。
幼い彼女を、宰相は大事そうに抱きかかえていたのだから。
(だとすると……やはり来るとすれば宰相様のほうかな)
彼女が、なぜ今さら舞踏会などに出る気になったかは、わからない。
が、宰相が放っておくとも思えなかった。
ここが、どんな場所だか、知らないはずもなし。
(状況次第では、まぁ、僕が彼女を助けてもいいか)
ウォーレンとコンラッドを切り捨てて、宰相に、恩を売るのもひとつの手だ。
後ろには大公もいる。
2人を裏切ることで生じる損と、その代わりに手にできる利を、天秤にかけてもいいような気分になっていた。
0
お気に入りに追加
606
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる