世話焼き宰相と、わがまま令嬢

たつみ

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だって嫌なんです 3

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 ルーナは、とても嫌な気分だった。
 だから、即座に転移をする。
 3歳で、初めて転移した際には無意識だったが、今は意識的に転移できるようになっていた。
 11年という時間の中で、魔力や魔術について、理解が深まっていたからだ。
 
 転移は、魔術の中でもめずらしく動作を必要としない。
 代わりに、転移先を頭で特定する必要がある。
 さりとて、ルーナの頭の中には、いつもユージーンがいた。
 思い浮かべるなど簡単なことだ。
 
 とすん。
 
 ルーナの中で「自分の場所」となっているユージーンの膝に、転移成功。
 失敗したことは1度もない。
 ただ、議会の真っ最中に転移し、きょとんとしてしまったことはあるが、それはともかく。
 
「ジーン、聞いて!」
「いつも聞いていると思うが、まぁ、よい。どうした?」
「ドレスを取られたの!」
「取られた?! ウィリュアートンの警備は、どうなっている?! すぐに近衛に言って、その盗人を捕らえねば……」
「そうじゃなくて……横取りされたって意味……っ……」
 
 ユージーンがハンドベルに手を伸ばしかけたので、慌てて訂正する。
 王都で盗人が出たとなれば、近衛騎士総出での捜索が始まるだろう。
 少なくとも、ユージーンなら、そのくらいはすると知っていた。
 
「む。またベアトリクスか?」
「そう……なんで、私にばっかり意地悪するのか、わかんないけど」
「それは、家同士の問題だ。お前に非があるわけではない」
 
 ルーナは、ほとんどの場合、家柄を意識せずにいる。
 ユージーンのことも、父から「王族」とか「身分の高い人」だとか言われていたが、いまひとつピンときていなかった。
 ほかの貴族のように、爵位だの格上だのと言わないからかもしれない。
 ルーナにとって、ユージーンは「ジーン」なのだ。
 
「だったら、トリシーをウィリュアートンの子にすれば、意地悪されなくなる?」
「無駄だ。いっときは仲良くできるかもしれん。だが、実子ということで、いずれやっかまれるに決まっている」
「もお! どうやっても意地悪されるなんて嫌!」
「むしろ、貴族には、そういう者が多いのだ。ウィリュアートンやローエルハイドが普通だと思ってはならんぞ」
 
 なんとなく、そうかなと思っていたところはある。
 自分の家やローエルハイドは、ほかの貴族とは雰囲気が違うと感じていた。
 貴族学校には行かなかったため、ルーナは同じ歳の友人はいない。
 が、友人がまったくいないわけではないのだ。
 
「ジークも、ティアも、トマスだって、ルーナと仲良くしてくれるのになぁ」
 
 ローエルハイドの子息であるジークは1つ年下、令嬢のシンシアティニーは4つ下で、第1王子のトマスはジークと同じく1つ下。
 みんな、ルーナより年下だが、よく一緒に遊んでいる。
 トマスは、現国王の1人息子であり、王位継承者であるにもかかわらず、3人と同じことをしたがっていた。
 身分を振りかざされ、偉そうにされたことなど1度もない。
 
「家での躾もあろうしな。しかたがないことでもある。子は親を選べぬのだ」
 
 ルーナは、ふーん、とうなずいてみせた。
 だとすれば、トラヴィスとサンジェリナを両親に生まれてきて良かったと思う。
 
(リディッシュに生まれてたら、トリシーみたいになってたってことだもん)
 
 そこで、はたと思い出した。
 本題は、ベアトリクスに意地悪をされたことではないのだ。
 
「社交界デビューの夜会に着ていくドレスがないの!」
「それを、横取りされたわけか」
「リリーとエイミーが街に連れて行ってくれてね。人気のお店でドレスを買おうとしたら……私が選んだドレスを、トリシーが先に買っちゃった」
 
 リリーとエイミーというのは、屋敷でメイドをしている。
 勤め人ではあるが、やはりルーナは、あまり気にしていない。
 ユージーンの次に、ルーナの世話をしてくれている2人だからだ。
 
「ほかのドレスを買えばよかったではないか」
「それが良かったの! ほかのドレスは、色や形が気に入らなかったんだもん! それに、トリシーから“どうせ、あなたのエスコート役は、お父さまなのでしょ”って笑われて……周りの女の子たちも笑ってて……店にいられなくなって……」
「完全にイジメだな」
 
 ユージーンが、溜め息をついた。
 それから、緑色の瞳で、じっとルーナを見つめる。
 胸が、どきんと弾んだ。
 最近は、こうしたことが増えていた。
 
 きらきら。
 
 ルーナの心に、新しい感情が生まれかけている。
 もとよりルーナは「きらきら」が好きだった。
 幼い頃から持ち続けた想いも、ルーナの成長に合わせて育っている。
 
「お父さまは、どこかの子息に、エスコート役を頼むって言ってたけど、私は嫌。そんな知らない男の子とダンスなんてしたくない」
 
 生まれて初めての、公の夜会だ。
 エスコート役をしてくれるのなら誰でもいい、とは思えない。
 
「お前のダンスは、かなりものだ。誰とでも……」
「そういうことじゃなくて! 嫌なものは嫌なの! 知らない子は嫌! だから、お父さまにお願いするつもりだったのに!」
 
 ベアトリクスに揶揄されて、頼むに頼めなくなってしまった。
 これで本当に父親をエスコート役に出席すれば、笑い者にされる。
 さらに、もっと嫌なことがあった。
 
 ユージーンから、きっちりとダンスを教わったので知っていた。
 ダンスは、ただクルクル回ればいいものではない。
 否応なく相手の肌にふれ、自分の肌にもふれられることになる。
 考えるだけで、相当な抵抗感を覚えた。
 
「であれば、俺がエスコートすればよかろう」
「え?」
 
 ぴょこんと、ルーナの中に「喜び」が芽吹いた。
 ドレスを横取りされたことも、エスコート役を揶揄されたことも、どうでもよくなる。
 
「で、でも、お仕事は?」
「そのようなものは、どうとでもなる。トラヴィスに頼めぬというのであれば俺が代わりを務めるのが道理ではないか」
 
 ルーナにとって、ユージーンは絵本に出てくる勇者のようだ。
 いつだって自分の窮地を救ってくれ、願いを叶えてくれる。
 
「ジーン、大好き!」
 
 抱きついて、胸に顔をうずめた。
 そのルーナの頭が撫でられる。
 見上げると、緑色の瞳が、ルーナを見ていた。
 ユージーンは、おおむね無表情だ。
 けれど、ルーナには、ちゃんと、そこに感情が見える。
 
「ドレスのことも案ずることはない。俺には、アテがあるのでな」
 
 自信満々な口ぶりに、にっこりしてみせた。
 ユージーンが大丈夫というのなら、疑う余地もなく、大丈夫なのだ。
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