上 下
82 / 84
後日談

それとあれとは別ですか?

しおりを挟む
 
「そうなのですね! ルーの好みは、どういう人ですか? ルーが、どういう人を好きになるのか気になります!」
 
 なんだと。
 
 漏れ聞こえてきたティファの声に、イラっとする。
 なぜ、ルーファスが「どういう人を好きになるのか」が、気になるのか。
 そもそも、あれほど言っているのに、ほかの男の名を呼んでいるのは、どういう了見なのか。
 これだから、ティファを、ルーファスと2人にはしたくなかったのだ。
 
 もちろん、ティファのことも、ルーファスのことも信じている。
 2人がおかしな関係になる心配など微塵もしていない。
 が、そういう問題ではないのだ。
 気に食わないものは、気に食わない。
 
 セスは、息室の戸を、ガラッ!と乱暴に開いた。
 ティファは、きょとんという顔をして、こちらを見ている。
 セスの不機嫌さにも、気づいていないようだ。
 
「帰ったぞ」
「お帰りなさいませ」
 
 ティファが、セスのほうに体を向け、床に指をついて頭を下げる。
 正しい作法だ。
 言葉も、テスアのものを使っている。
 ルーファスがいるからだろう。
 
 2人の時は、ロズウェルドの言葉や民言葉を使ってもいいと言っていた。
 セスは、ティファの兄にしごかれ、民言葉も使いこなせる。
 現状、テスアで民言葉が通じるのは、セスとティファだけだ。
 つまり、2人だけの共通言語、とも言える。
 
 無自覚ではあるが、そのことに、セスは、ちょっぴり優越感をいだいていた。
 自分たちにしか分からない会話に、親密性を強く感じる。
 苦労をした甲斐があったというものだ。
 
 テスアの風習や作法を、セスは大事にしている。
 出会った当初は、ティファに強要もしていた。
 さりとて、今となっては、なにやらよそよそしく感じてしまうのだ。
 
 平たく言えば、人前でも自分たちにしかわからない会話をし、いかに親密な関係かを周囲に見せつけたい。
 そんなふうに思うことも、しばしばあった。
 
 ティファの髪や目の色が変わったことについて、周りはとくに気にしていない。
 もちろん、テスアでも、それがいかに「特殊」な色かは知られている。
 とはいえ、実際、ティファがなにかしたわけでなし。
 暮らしに変わりがないのだから、気にする必要もないのだ。
 
 むしろ、好意的な視線が増えている。
 と、セスは感じている。
 それが、うっとうしい。
 煩わしい。
 
(誰だ、ティファを、“スノードロップの君”なんぞと言い出した者は。絞め殺してやろうか。いや、それはできん。皆、俺の民なのだ)
 
 スノードロップとは冬に咲く花の名だ。
 厳しい冬を待っているとされてもいて、儚げな中にも凛とした強さを感じさせると言われていた。
 加えて、見た目に白く、健気で、たおやかな印象も持っている。
 
 その花に、ティファを見たてている者がいるのだ。
 はっきり言って、ティファには、まるでそぐわない。
 ティファは儚くもなければ、たおやかでもなかった。
 凛とした強さというより、無鉄砲な強さだし、健気さの持ち合わせがあるとは、とても思えない性格をしている。
 
 さりとて、そういうティファに、セスは惚れていた。
 簡単に手折られるような花ではないからこそだ。
 実際、手に入れるのに、どれほど苦労したことか。
 なのに、ここにきて、周りから「熱いまなざし」を向けられている。
 なんの苦労もしていない輩どもから。
 
 ティファは王妃としても認められていた。
 そのこと自体は、喜ばしいことだ。
 それ以外で注目されていなければ、苦々しく思うこともなかっただろう。
 
 断然、気に食わない。
 
 だからこそ、見せつけたくなる。
 自分とティファの仲は盤石で、付け入る隙などまったくないと知らしめたい。
 というわけで、最近のセスは、ちょっぴりイライラしているのだ。
 明らかに、ティファに会うことを目的にし、目通付めどおりづけを申し出てくる者がいたりもするので。
 
(これでは、目通付の同伴を減らし、学びの時を増やしたのが逆効果ではないか)
 
 むうっとしながら、ティファのそばに歩み寄った。
 頭を上げたティファが、少し体を乗り出してくる。
 そういえば、さっきもこんなふうに、ルーファスのほうに体を乗り出していた。
 
「先ほど、ルーに婚姻のことを聞……っ……」
 
 セスは、しゃがみこむや、ティファの顎をつかみ、唇を重ねる。
 視界の端で、ルーファスが平伏していた。
 が、関係ない。
 繰り返し、口づけてから、顎を離す。
 
「な……なに……なにするのっ?! 急に!! ルーだって居……っ……」
 
 また口づけた。
 今度は長く深く唇を重ねる。
 抱き寄せていたティファの体が、くたっとなっていた。
 それを感じてから、唇を離す。
 
「な、なんで……こ、こんな……」
 
 ティファは涙目で、セスを睨んでいた。
 悪態をつきたいのだろうが、呼吸が乱れていて、言葉にならないらしい。
 その姿に、ふんっと鼻を鳴らす。
 
「俺は言ったはずだ。今後、ほかの男の名を呼ぶたび、仕置きする、とな。そこがどこであれ、誰がいようと仕置きされると覚悟しておけ、とも言っただろうが」
 
 ティファが、ハッとした顔をした。
 どうやら、ルーファスを名で呼んだのは、無自覚だったようだ。
 それほど、気軽に呼んでいる、ということでもある。
 
「い、いやぁ、大取おおとりが婚姻に興味が出てきたって聞いて、つい……」
「なにが、つい、だ。俺がいなければ、いつも呼んでおるのだろう。そのせいで、癖が出たに過ぎんのだ。俺をたばかれると思ったか」
「今後は気をつけます」
「仕置きされたければ、気をつけぬでもかまわん」
 
 ぷいっと、ティファが、そっぽを向いた。
 セスは床に寝転がり、ティファの膝に頭を置く。
 すると、なぜかティファが、顔を赤くした。
 ティファの感情は、コロコロと目まぐるしく変わるのだ。
 
「それで、お前は、なぜ婚姻に興味を持ち始めた?」
「お2人を見ておりますと、婚姻も悪くはないものだと思ったのです」
「しかし、お前に見合った者がいるか、難しいところだな」
「ですから、ティファ様の……」
 
 キロッと、ルーファスを睨みつける。
 ルーファスらしからぬ失態だ。
 王妃の名を、国王の前で呼ぶなど、有り得ない。
 どれだけ気が抜けているのか、と思う。
 
 すぐに気づいたのだろう、ルーファスが平伏しかかった。
 詫び事を言う前に、ティファが、つんっとした口調で言う。
 
「大取にも仕置きが必要なのではありませんか、陛下?」
「なんだと?」
「同じ失敗をしたのですから、当然でしょう?」
 
 ぴくぴくっと、セスの眉が引き攣った。
 なんという可愛げのない女だろうか。
 だが、そういうところも、可愛く思えてしまうのだから重篤だ、と思う。
 
「そうか。王妃たっての裁定であれば、しかたあるまい」
「へ、陛下……お、お戯れを仰られては……」
「戯れだと? 今まさに王妃より、お前の罰が言い渡されたではないか」
 
 セスは、すくっと立ち上がった。
 そして、ティファに向かって、ニっと笑ってみせる。
 自分をやりこめようだなんて百年早いのだ。
 
「ちょ……セス……あの……さっきのは……冗談……」
 
 焦っているティファに、もう少し思い知らせてやろうとした。
 その瞬間。
 
 バーンッ!!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

どちらの王妃でも問題ありません【完】

makojou
恋愛
かつて、広大なオリビア大陸にはオリビア帝国が大小合わせて100余りある国々を治めていた。そこにはもちろん勇敢な皇帝が君臨し今も尚伝説として、語り継がれている。 そんな中、巨大化し過ぎた帝国は 王族の中で分別が起こり東西の王国として独立を果たす事になり、東西の争いは長く続いていた。 争いは両国にメリットもなく、次第に勢力の差もあり東国の勝利として呆気なく幕を下ろす事となった。 両国の友好的解決として、東国は西国から王妃を迎え入れる事を、条件として両国合意の元、大陸の二大勢力として存在している。 しかし王妃として迎えるとは、事実上の人質であり、お飾りの王妃として嫁ぐ事となる。 長い年月を経てその取り決めは続いてはいるが、1年の白い結婚のあと、国に戻りかつての婚約者と結婚する王女もいた。 兎にも角にも西国から嫁いだ者が東国の王妃として幸せな人生を過ごした記録は無い。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

ご愛妾様は今日も無口。

ましろ
恋愛
「セレスティーヌ、お願いだ。一言でいい。私に声を聞かせてくれ」 今日もアロイス陛下が懇願している。 「……ご愛妾様、陛下がお呼びです」 「ご愛妾様?」 「……セレスティーヌ様」 名前で呼ぶとようやく俺の方を見た。 彼女が反応するのは俺だけ。陛下の護衛である俺だけなのだ。 軽く手で招かれ、耳元で囁かれる。 後ろからは陛下の殺気がだだ漏れしている。 死にたくないから止めてくれ! 「……セレスティーヌは何と?」 「あのですね、何の為に?と申されております。これ以上何を搾取するのですか、と」 ビキッ!と音がしそうなほど陛下の表情が引き攣った。 違うんだ。本当に彼女がそう言っているんです! 国王陛下と愛妾と、その二人に巻きこまれた護衛のお話。 設定緩めのご都合主義です。

みんながみんな「あの子の方がお似合いだ」というので、婚約の白紙化を提案してみようと思います

下菊みこと
恋愛
ちょっとどころかだいぶ天然の入ったお嬢さんが、なんとか頑張って婚約の白紙化を狙った結果のお話。 御都合主義のハッピーエンドです。 元鞘に戻ります。 ざまぁはうるさい外野に添えるだけ。 小説家になろう様でも投稿しています。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

処理中です...