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後日談

それとあれとは別ですか?

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「そうなのですね! ルーの好みは、どういう人ですか? ルーが、どういう人を好きになるのか気になります!」
 
 なんだと。
 
 漏れ聞こえてきたティファの声に、イラっとする。
 なぜ、ルーファスが「どういう人を好きになるのか」が、気になるのか。
 そもそも、あれほど言っているのに、ほかの男の名を呼んでいるのは、どういう了見なのか。
 これだから、ティファを、ルーファスと2人にはしたくなかったのだ。
 
 もちろん、ティファのことも、ルーファスのことも信じている。
 2人がおかしな関係になる心配など微塵もしていない。
 が、そういう問題ではないのだ。
 気に食わないものは、気に食わない。
 
 セスは、息室の戸を、ガラッ!と乱暴に開いた。
 ティファは、きょとんという顔をして、こちらを見ている。
 セスの不機嫌さにも、気づいていないようだ。
 
「帰ったぞ」
「お帰りなさいませ」
 
 ティファが、セスのほうに体を向け、床に指をついて頭を下げる。
 正しい作法だ。
 言葉も、テスアのものを使っている。
 ルーファスがいるからだろう。
 
 2人の時は、ロズウェルドの言葉や民言葉を使ってもいいと言っていた。
 セスは、ティファの兄にしごかれ、民言葉も使いこなせる。
 現状、テスアで民言葉が通じるのは、セスとティファだけだ。
 つまり、2人だけの共通言語、とも言える。
 
 無自覚ではあるが、そのことに、セスは、ちょっぴり優越感をいだいていた。
 自分たちにしか分からない会話に、親密性を強く感じる。
 苦労をした甲斐があったというものだ。
 
 テスアの風習や作法を、セスは大事にしている。
 出会った当初は、ティファに強要もしていた。
 さりとて、今となっては、なにやらよそよそしく感じてしまうのだ。
 
 平たく言えば、人前でも自分たちにしかわからない会話をし、いかに親密な関係かを周囲に見せつけたい。
 そんなふうに思うことも、しばしばあった。
 
 ティファの髪や目の色が変わったことについて、周りはとくに気にしていない。
 もちろん、テスアでも、それがいかに「特殊」な色かは知られている。
 とはいえ、実際、ティファがなにかしたわけでなし。
 暮らしに変わりがないのだから、気にする必要もないのだ。
 
 むしろ、好意的な視線が増えている。
 と、セスは感じている。
 それが、うっとうしい。
 煩わしい。
 
(誰だ、ティファを、“スノードロップの君”なんぞと言い出した者は。絞め殺してやろうか。いや、それはできん。皆、俺の民なのだ)
 
 スノードロップとは冬に咲く花の名だ。
 厳しい冬を待っているとされてもいて、儚げな中にも凛とした強さを感じさせると言われていた。
 加えて、見た目に白く、健気で、たおやかな印象も持っている。
 
 その花に、ティファを見たてている者がいるのだ。
 はっきり言って、ティファには、まるでそぐわない。
 ティファは儚くもなければ、たおやかでもなかった。
 凛とした強さというより、無鉄砲な強さだし、健気さの持ち合わせがあるとは、とても思えない性格をしている。
 
 さりとて、そういうティファに、セスは惚れていた。
 簡単に手折られるような花ではないからこそだ。
 実際、手に入れるのに、どれほど苦労したことか。
 なのに、ここにきて、周りから「熱いまなざし」を向けられている。
 なんの苦労もしていない輩どもから。
 
 ティファは王妃としても認められていた。
 そのこと自体は、喜ばしいことだ。
 それ以外で注目されていなければ、苦々しく思うこともなかっただろう。
 
 断然、気に食わない。
 
 だからこそ、見せつけたくなる。
 自分とティファの仲は盤石で、付け入る隙などまったくないと知らしめたい。
 というわけで、最近のセスは、ちょっぴりイライラしているのだ。
 明らかに、ティファに会うことを目的にし、目通付めどおりづけを申し出てくる者がいたりもするので。
 
(これでは、目通付の同伴を減らし、学びの時を増やしたのが逆効果ではないか)
 
 むうっとしながら、ティファのそばに歩み寄った。
 頭を上げたティファが、少し体を乗り出してくる。
 そういえば、さっきもこんなふうに、ルーファスのほうに体を乗り出していた。
 
「先ほど、ルーに婚姻のことを聞……っ……」
 
 セスは、しゃがみこむや、ティファの顎をつかみ、唇を重ねる。
 視界の端で、ルーファスが平伏していた。
 が、関係ない。
 繰り返し、口づけてから、顎を離す。
 
「な……なに……なにするのっ?! 急に!! ルーだって居……っ……」
 
 また口づけた。
 今度は長く深く唇を重ねる。
 抱き寄せていたティファの体が、くたっとなっていた。
 それを感じてから、唇を離す。
 
「な、なんで……こ、こんな……」
 
 ティファは涙目で、セスを睨んでいた。
 悪態をつきたいのだろうが、呼吸が乱れていて、言葉にならないらしい。
 その姿に、ふんっと鼻を鳴らす。
 
「俺は言ったはずだ。今後、ほかの男の名を呼ぶたび、仕置きする、とな。そこがどこであれ、誰がいようと仕置きされると覚悟しておけ、とも言っただろうが」
 
 ティファが、ハッとした顔をした。
 どうやら、ルーファスを名で呼んだのは、無自覚だったようだ。
 それほど、気軽に呼んでいる、ということでもある。
 
「い、いやぁ、大取おおとりが婚姻に興味が出てきたって聞いて、つい……」
「なにが、つい、だ。俺がいなければ、いつも呼んでおるのだろう。そのせいで、癖が出たに過ぎんのだ。俺をたばかれると思ったか」
「今後は気をつけます」
「仕置きされたければ、気をつけぬでもかまわん」
 
 ぷいっと、ティファが、そっぽを向いた。
 セスは床に寝転がり、ティファの膝に頭を置く。
 すると、なぜかティファが、顔を赤くした。
 ティファの感情は、コロコロと目まぐるしく変わるのだ。
 
「それで、お前は、なぜ婚姻に興味を持ち始めた?」
「お2人を見ておりますと、婚姻も悪くはないものだと思ったのです」
「しかし、お前に見合った者がいるか、難しいところだな」
「ですから、ティファ様の……」
 
 キロッと、ルーファスを睨みつける。
 ルーファスらしからぬ失態だ。
 王妃の名を、国王の前で呼ぶなど、有り得ない。
 どれだけ気が抜けているのか、と思う。
 
 すぐに気づいたのだろう、ルーファスが平伏しかかった。
 詫び事を言う前に、ティファが、つんっとした口調で言う。
 
「大取にも仕置きが必要なのではありませんか、陛下?」
「なんだと?」
「同じ失敗をしたのですから、当然でしょう?」
 
 ぴくぴくっと、セスの眉が引き攣った。
 なんという可愛げのない女だろうか。
 だが、そういうところも、可愛く思えてしまうのだから重篤だ、と思う。
 
「そうか。王妃たっての裁定であれば、しかたあるまい」
「へ、陛下……お、お戯れを仰られては……」
「戯れだと? 今まさに王妃より、お前の罰が言い渡されたではないか」
 
 セスは、すくっと立ち上がった。
 そして、ティファに向かって、ニっと笑ってみせる。
 自分をやりこめようだなんて百年早いのだ。
 
「ちょ……セス……あの……さっきのは……冗談……」
 
 焦っているティファに、もう少し思い知らせてやろうとした。
 その瞬間。
 
 バーンッ!!
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