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四六時中 3

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 なにか悪態をつくべきだろうか。
 思ったけれど、なにも思いつかない。
 
 夜会では、かなり心が高揚していた。
 浮足立っていたと言ってもいいほどだ。
 なにしろ、ずっと会いたかった相手が目の前に現れ、求婚してくれた。
 平然としていられるほうが、おかしい。
 
 けれど、庭を歩いているうちに、少しずつ冷静になったのだ。
 このまま、本当に婚姻してもいいのだろうか。
 セスが、テスアの国王だということは変わりがない。
 ティファの悩みが解消されたわけではなかった。
 
 そのため、やはり、もっと考えたほうがいいのではないか。
 そうセスに言おうとしたのだけれども。
 
(言わせてもらえなかったし……それに……きっと、みんなが背中を押してくれたんだよね……)
 
 リーヴァイが席を外したのも、おそらくセスが来るのを見計らってのことだ。
 叔父や叔母の協力がなければ、ガルベリーの養子になんてなれない。
 甘やかされているし、また周りに迷惑をかけた、と思う。
 けれど、みんなの気持ちが嬉しかった。
 
(お父さま……許してくれてるんだ……我儘していいって言ってたのは、こういうことだったんだね……)
 
 父は、あの時から、今日の日のことを考えていたに違いない。
 それだけに、今回で最後にしよう、とも思う。
 これからは、セスを支えられる自分になって、父の気持ちに報いたかった。
 迷惑をかけた分、みんなの心遣いを無にしないためにも。
 
「……私にできることは……頑張るよ……セスの……妻として……」
 
 気恥ずかしくて、ぽそぽそっと言葉を落とす。
 なのに、なぜか、セスが、ニっと笑った。
 非常に、嫌な感じがする。
 ティファの、この予感は外れた試しがない。
 
「ヤキモチであれば、好きなだけ妬けばよい」
「は……?」
「お前が、ぶっ倒れるほど、ほかの女に嫉妬をしていたとはな。それならそうと、素直に言えば良かったのだ」
「な……なに、なに言って……」
「気に入らなかったのは茶屋ではなく、茶屋遊びであったのだろう?」
 
 顔から耳から首まで、痛いくらいに熱くなる。
 確かに嫉妬はしていたが、本人から言われたくはなかった。
 恥ずかしくて顔から火が出る、というのは、まさに、こういうことなのだろう。
 
「ちょ、ちょっと民言葉を覚えたからって調子に乗ってるよね?! なにヤキモチとか言っちゃってさ! セスだって、ヤキモチ妬きじゃんか!」
「否定はしない。俺も、たいがいヤキモチ妬きだ」
 
 うっと、ティファは呻く。
 セスは平然としていた。
 平然と、ティファの言葉を肯定しているのだ。
 ムキになってしまった自分が、なおさらに恥ずかしくなる。
 
 なんだかもう、足元が、ふわふわしていた。
 改めて見てみると、ホワイトタイなセスは、とても恰好がいいし。
 自覚があるのかはともかく、甘い言葉を平気で投げてくるし。
 
「せ、せ、せっかく、こ、ここ、ここまで来たんだから、さ、さ、散歩しようよ」
「そうだな。テスアでは町歩きもできずじまいであったし、逢瀬のやり直しとしよう。ああ、そうだ。デート、というのだったか」
 
 かくんっと、地面に膝をついてしまいたい。
 物の言いかたも仕草もセスには違いないのだが、いかにも「恋人」という雰囲気に、ティファは1人で照れている。
 そのせいで、手を引かれ、大人しく歩き出した。
 
「……ホントに、勉強したんだね」
「………………それなりにな」
 
 セスが返事をするのに、奇妙な間があったのを不思議に思う。
 見上げた横顔のセスは、眉間に皺を寄せていた。
 なにか嫌なことを思い出しているようだ。
 そういえば、さっきも「思い出したくない」と言っていた。
 
(あんまり突っ込んで訊かないほうが良さそう……すごく大変だったんだろうな)
 
 ロズウェルドの言葉だけはでなく「民言葉」まで使えるようになっている。
 相当に、苦労したに違いない。
 
 ティファはテスアの言葉を、元々、少しは使えていた。
 セスもロズウェルドの言葉は使えていたようだ。
 だが、ティファは、テスアの町で、民の言葉は理解不能。
 対して、セスは、それも理解できている。
 
 貴族っぽい立ち居振る舞いも、ダンスも完璧。
 人あしらいさえ、堂に入っていた。
 しかも、ほんの数ヶ月で、だ。
 
「……えっと……あの……テスアのほうは、本当に大丈夫なの? 国王が、こんなところまで来てて……目通付めどおりづけだってあるのに……」
「それは、ルーファスに投げてきた」
「投げてって……」
「ルーファスならば、うまくやっているだろうよ。とは言っても、長くは空けてもおられんからな。せいぜい半月が限度だ」
 
 その言葉に、ティファは驚く。
 というより、焦った。
 
「いやいやいや、半月は長いでしょ?! 町にだって行けなくなるじゃん!」
「民から許しは得ている。むしろ、お前を連れて戻らねば、小言を言われかねん」
「小言って……」
「お前がいないと、俺は金をバラ捲くのでな」
「それ、ルーに……あ、いや……大取おおとりにやってもらってるんじゃないの?」
 
 ジロッと睨まれ、ロズウェルドでも「これ」は駄目なのか、と思う。
 ほかの男性の名を呼ぶのは、どこにいても「NG」らしい。
 そういうころは、理不尽で威張りん坊なままだ。
 
「俺は、町歩きをする時は、常に1人だ。宮仕えを連れていると民が気を遣う」
「そうなんだ。それで、支払いもセスがしてたの?」
「袋から金を掴んで、バラバラとな」
「え~、それ、超迷惑じゃん。勘定できるんだから、ちゃんと支払いなよ」
「釣りは取っておけばよいと思っているし、なにより細々こまごまと数えるのは面倒だ」
 
 はあ…と、溜め息つく。
 これで、ようやく町の人たちが喜んでいた理由が理解できた。
 金を適当にばら撒かれたのでは、いちいち勘定をし直さなければならない。
 あの町の人たちの雰囲気を考えれば、釣りを懐に入れる者はいないはずだ。
 
「我が地では、財布は妻にあずけておくのが、家庭を円満にすると言われている」
「セスの場合は、ちょっと違うと思うけどね……」
「ともかく、俺の財布は、今後は、お前にあずける。よいな?」
「……わかった。町の人たちが気の毒だから、私があずかるよ」
 
 文句じみた言いかたをしつつも、なんだか嬉しかった。
 あの時にはもう、町の人たちは、ティファを、セスの妻として受け入れてくれていたのだ。
 そして、セスは、今後についてを語っている。
 妻として、ティファが隣にいるのが、当然のごとく。
 
「ロズウェルドは、思っていたのと違っていた」
 
 唐突に、セスが、そう言った。
 横顔が、いつも以上に、凛としている。
 
「我が地は長くざしていたので、知らぬことも多かった。良い面、悪い面はあるが、概ね、この国は良い国だと思う。貴族は面倒だがな」
「そうだね。でも、ウチは貴族らしくない貴族だから、ほかの貴族より気は楽かもしれないなぁ。それに、セスは貴族じゃないし」
「その点については安堵している。国王の配慮に感謝せねばならん」
 
 未だに、ティファには、なにがどうなったのか、よくわからないことばかりだ。
 セスがロズウェルドにいることもそうだし、どういう経緯で叔父の養子になったのかも、不明なままだった。
 
「トマス叔父さまとは、どうやって会ったの?」
「まだ会っていないが、お前の父が話をつけてくれたそうだ。宰相が、そのように言っていた」
「あ。キースとも会ったんだ」
「お前の叔母にも会ったぞ」
「ティア叔母さまは、正妃だもんね」
 
 なにを思い出したのか、セスが、ふっと笑う。
 ティファは、セスが、こんなふうに笑うのを見るのが好きなのだと気づいた。
 物憂げな顔をしているより、ずっとずっといい。
 
「お前の周りには、風変わりな者が多いな」
「私も、そう思う。私が1番まともなんじゃないかって」
「お前が? 見知らぬ土地に来て、開口一番、悪態をつく女がか?」
「そ、それは、セスが……っ……不器量って言うばっかりするから……!」
 
 ぴた、と、今度は、セスが足を止める。
 心臓が、とくり…と、音を立てた。
 セスの銀色の瞳が、ティファを見つめている。
 
「お前のような不器量な女は、そうはいない。憐れに思って、俺が拾ってやる」
 
 言う割には、悪態をつく気になれないくらいに、セスの口調はやわらかく、優しかった。
 そして、2人の唇が、再び、重なる。
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