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四六時中 2

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 セスは、ティファの手を引き、庭園のほうへと向かう。
 セスの足取りから、どこに行こうとしているのか、察したらしい。
 隣を歩きつつ、セスを見上げてきた。
 
「あのさ、こっちは……」
「知っている。迷いの庭だろう?」
 
 人の身長より高い木が、道を作りながら生い茂っている庭だと聞いている。
 そして「資格を有さない者」が入ると、道に迷うのだそうだ。
 とはいえ、心配はない。
 
「俺は、資格を有しているのだぞ」
 
 セスは、現国王より正式に養子として迎えられている。
 庭園の資格とは「王族であること」だ。
 襟の刺繍以外にも、セスには、手続きの際、様々な魔術がほどこされていた。
 魔術に関しては門外漢なため、なにをされているのか不明だったが、必要なことだとして受け入れている。
 
「あ……そか……ていうか、セス……テスアの言葉で話していいんだよ?」
「ここはロズウェルドだ。ならば、ロズウェルドの言葉で話すのが筋ではないか。お前にも、俺は、それを強いていた」
 
 手を繋いだまま、庭園に入り、少し歩いた。
 セスは、背後からの気配が消えるのを感じる。
 現国王から、この庭園について教えられた時から、ティファと、ここに来ようと思っていた。
 それは、邪魔者を排除できると考えたからだ。
 
(俺が“本物”かどうか、まだ疑っていたのか。呆れるほど頭の悪い男だ)
 
 後ろにあった気配は、テレンスとかいう男のものだった。
 あの男が、ティファの頬をはたいたのだと、聞かされている。
 
 なぜティファがテスアに来ることになったのか。
 
 その話をしたのは、宰相キーシャン・ウィリュアートンだ。
 3日前に、セスがロズウェルド入りした時、これまでの経緯と、これからすべきことをキースは語っている。
 キースは、セスより3つも年下だったが、非常に頭のいい男だった。
 
 最初、ティファが叩かれたと聞き、セスは憤っていたのだ。
 すぐにも叩き斬ると言ったのだが、キースに止められた。
 それよりも、貴族社会で生きていけないようにするほうが、命を奪うよりも重い罰となるらしい。
 
 『テレンスには弟が2人いる。夜会で、こっぴどく面目を失わせてやればよい』
 
 セスには、よくわからないが、貴族は体裁をなにより重んじるのだという。
 そのため、面目を失ったテレンスという男は当主の座から外されることになる。
 キース曰く「辺境地にでも蟄居ちっきょ」させられるだろうとのこと。
 アドルーリットとかいう公爵家の「格」が高いからこそ、家名に傷をつける真似をした息子を許すことはないのだそうだ。
 
 どのように「こっぴどく」するかは、セスに任せられていた。
 その話をする現国王と宰相が、とても楽しそうに笑っていたのを覚えている。
 
(この国の国王は、なんというか……器が大きい。それに、気さくであったな)
 
 正直、ソルに言われても、国王が簡単に許すはずはないと覚悟をしていた。
 が、拍子抜けするほど、あっさりと、トマス・ガルベリーは認めたのだ。
 
 『この国では直系男子しか後継になれないのだよ。だから、きみに王位継承権をあげられなくて、悪いね。きみなら、いい国王になれると思うのだけどなぁ』
 
 などと言われ、セスは唖然としている。
 さらには、ティファの叔母、すなわち、今では、セスの義母となった正妃には、「圧」をかけられた。
 義理とはいえ息子となった以上、求婚を断られるなどという無様は許さないと。
 が、しかし、ティファに無理強いをしたら、瓶詰めにするとも言われている。
 
(……ティファが物怖じしないのも、わかる。あのような者たちに囲まれていたのなら、なにを恐れることがある……変わり者ばかりではないか)
 
 とはいえ、ティファに求婚したのは、それが理由ではない。
 そもそも、ロズウェルドに来たのも、現国王の養子になったのも、ティファとの婚姻への道筋をつけるためだ。
 セスは、ティファ以外の妻を求めてはいない。
 
 不意に、ティファが、ぴたりと足を止める。
 そして、セスを見上げてきた。
 眉を下げ、なにやら困った顔をしていた。
 口を開きかけたのを見て、セスは、ティファを抱き寄せる。
 
「セ……」
 
 黙れ、と言う代わりに、唇をふさいだ。
 やわらかな感触に、やはりな、と思う。
 ティファとは「心身」の相性がいい。
 初めて口づけをかわしたというのに、ひどく心地良かった。
 
 唇を離したとたん、ティファが、ぱちんっとまばたきをする。
 すぐに顔を真っ赤にした。
 その赤く染まった頬を、ゆるく撫でる。
 
「俺は、駄目な国王になったりはしない」
 
 ティファが望むのなら、と思ったが、判断基準を、そこにしてはならないのだ。
 たとえ、ティファが望むことであっても、それを叶えられず、悲しませることになったとしても。
 
「だが、お前がいなければ、俺は駄目な国王になるかもしれん」
「え……そ、そんなことはないんじゃない……?」
「お前が、目通付めどおりづけで差配をした時に、気づいたのだがな。俺は、言わずともわかるだろうと思っていることも多い。俺は……常に、独りだったのだ」
 
 ティファの黒い瞳が、小さく揺れる。
 きゅっと抱き締め返された。
 この小さなぬくもりが、どれほど自分を暖めてくれるか。
 ティファは、わかっているだろうか。
 
「俺は、お前の言葉すら、わかってやろうとはしていなかった。異国の地で、どれほど頑張っていたかも、わかっていなかった。それが、当然と思っていたからだ」
 
 ティファが追い詰められ、涙をこぼしても、まだ気づいていなかったのだ。
 ロズウェルドのことを学ぶようになって、初めて知った。
 異国を知り、それにならうということが、どれほど困難なことかを。
 
 まず発想もなければ、理屈も不明。
 ひとつずつ紐解き、理解していかなければ、自分のものにはできない。
 
 言葉ひとつとっても。
 
「まぁ……テスアにいたわけだから……その土地の風習に倣う必要はあるよ……」
「むろん、暮らしの上では必要だ。だが、寄り添うことは当然ではない」
 
 暮らしていくだけなら、表面上を取り繕うだけで事足りる。
 ティファのように、受け入れようとしたり、寄り添おうとしたりする必要まではなかったのだ。
 それでも、ティファは、そこまでやろうとした。
 
 セスの「妾」として、己の生活のことだけではなく、セスの国王としての立場やテスアという国のことまで考えてくれている。
 だからこそ、嫌だと思うことも、言えなかったのだ。
 
「お前に負担をかけるのは、わかっている。苦労もひとしおであろうな。それでも俺は、お前に隣にいてほしい。俺の妻として、俺とともに国を支えてほしいと、そう思っている」
 
 ティファの瞳は、もう濁っていない。
 髪も瞳も、泥水色ではなかった。
 だが、セスがじいっと見つめると、やはり、じいっと見つめ返してくる。
 まっすぐに。
 
「それにな」
 
 両手で、ティファの頬をつつんだ。
 ソルの問いに、今なら、即座に応えられる。
 
「俺は、お前が愛おしい。たとえ王妃になるのを拒まれても、だ」
 
 もちろん、セスと婚姻すれば、どうしたって、そういう負担はかけてしまう。
 セスの妻は、必然的にテスアの王妃となるのだから、責任もつきまとうのだ。
 だから、ティファが、それを望まないのであれば別の手を考えるつもりでいた。
 ただ、立場や国などとは関係なく、セスは、自分の気持ちを伝える。
 
「俺は、お前を愛している。ゆえに、お前を妻にしたい」
 
 ティファの瞳を見つめながら、もう1度、口づけを交わした。
 寝所役とは違う。
 とても自然な行為に感じられる。
 唇を離し、ふっと笑った。
 そして、赤い顔のティファに言う。
 
「どうした? 悪態はつかんのか?」
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