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そんなことってアリですか? 3

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 ちょっとばかり面白い。
 ティファの瞳は泥水色で濁っているにもかかわらず、様々に感情を宿す。
 目を見つめると、どういう気持ちでいるか、伝わってくるものがあった。
 とくに、怒っている時は、とても分かり易い。
 
 テスアの女にも、感情的な者はいる。
 怒ったり泣いたり笑ったり、感情を露わにされることにも、セスは慣れていた。
 さりとて、ティファは、そういうのとは、少し違うのだ。
 
 目を見れば、怒っているのは明らかなのに、さほど露わにしない。
 わけのわからない言葉をわめき散らすことはある。
 が、それも、いっときのことだった。
 すぐに落ち着きを取り戻す。
 
(頭は悪くないらしい。いつも頭の中で考えを巡らせている。その中には、俺への悪態も交じっていそうだがな)
 
 悪態については、直接にぶつけられない限り、放っておくことにした。
 どうせ聞こえない。
 聞こえなければ、不愉快にもならないのだ。
 むしろ、悪態をつくのなら心の中でだけにしろ、と言いたくなる。
 
 ティファは、気が強く、強情っぱりだった。
 感情の起伏も激しい。
 無礼で、セスの好まない性質の女だと言える。
 それでも、切り替えの早さと頭の良さには、少しだけ感心していた。
 手放し難いのは、そのせいかもしれない。
 
「それで、どのような勝負ですか?」
「お前が決めろ」
「いいのですか?」
「俺が決めて、また不公平だと難癖をつけられたくはないからな」
 
 ティファが、ちょっぴり困ったように眉を下げた。
 少しはわかっているようだ。
 
 この勝負自体が、難癖であった、ということを。
 
 実際、セスは、ティファの望みを2つ叶えている。
 大勢の女を相手にしているのが嫌だというので、寝所役を廃させた。
 訊きたいと言ったことにも、答えている。
 本来、ここで納得すべきなのだ。
 
 この国は、ティファがいた国とは違う。
 この国独自の風習や文化がある。
 そして、今、ティファは、この国、テスアにいるのだ。
 ここにいる以上、この国の風習に従うのが当然だと言える。
 
 ティファが寝屋をともにするのを望んでいないとしても、関係ない。
 セスの言葉は「絶対」なのだ。
 ゆえに、この勝負は、セスの「譲歩」以外のなにものでもなかった。
 それを、ティファも理解はしているらしい。
 
(わかっていれば、それでいい。こんな勝負、俺にとっては、ただの娯楽だ)
 
 ティファが、どのような勝負を挑んでこようと、負ける気がしなかった。
 もとより、勝ちを確信している。
 とはいえ、どんな勝負にするかには、興味があった。
 
「それでは……“じゃんけん”で、お願いします」
「なに……じゃ……?」
「じゃんけん、です」
「じゃんけん? 聞いたことがない」
「私の祖……村にある勝ち負けを決める方法です。公平に勝負したい場合に、よく使われています」
 
 セスは、意外に感じている。
 ティファに選択を委ねたので、なにか必勝の確信をもてる勝負を仕掛けてくると思っていた。
 己の意を通すために、有利な手段を選ぶのは当然だからだ。
 なのに、ティファは「公平に勝負」するための方法を選んでいる。
 
(この女は愚かではない。つまり、真っ向勝負を好む性格なのだな)
 
 思うと、公平な勝負を挑んできたことに、納得できた。
 そもそも、ティファは、泣き落としてきたり、甘えてきたりはしていない。
 ある意味、弱い立場の者が使う常套の手を使わずにいる。
 気位が高いからではなく、ティファ自身が、そういう手を好まないのだろう。
 
「まず、やりかたを説明します。使うのは手。意味のある、3つの形を作ります。まずは、手を開いた形が紙。次に、握ったのが石。最後に、人差し指と中指だけを立てた、この形を鋏とします」
「ふぅん。なるほどな。紙は石に強く、石は鋏に強く、鋏は紙に強い。なにか合図とともに、同時に出して、勝敗を決めるのか」
 
 ティファが、ぱくっと口を開き、間の抜けた顔をしている。
 セスは、ほんの少し目を細めた。
 
「お前は、俺を愚かだと思っているようだな」
「い、いえ……そうではありません」
「このようなことも理解できないほど、俺は愚かではない」
「愚かというより……すごく頭がいいと思いました」
 
 ふん、と、セスは鼻を鳴らす。
 世辞ではないようだが、見縊みくびられたように感じたのだ。
 この「じゃんけん」とやらに勝ち、誰を侮ったのか、思い知らせてやらなければならない。
 今夜、ティファは、寝屋で自分の許しを乞うことになるだろう。
 
(朝まで泣かせてやる。そうすれば、強情っぱりも直るはずだ)
 
 セスとて、強いるのを好んではいなかった。
 ティファが強情を張るので、手段を選ばずにいるだけだ。
 本当に、ここから出れば、ティファは死んでしまうのだから。
 
 セスからすると、これは折衷案。
 
 ティファは外に出れば死ぬ。
 そして、宮に女が寝泊まりするには、セスの「妾」となるよりほかない。
 これはテスアの風習であるため、曲げられないのだ。
 
 寝所役を廃するのは、セス1人にかかる影響ですむ。
 が、妾でもない女の寝泊まりを許すことは、宮全体に影響を及ぼす。
 宮の乱れにも繋がりかねないので、簡単に曲げることはできなかった。
 
 ティファの命を救うことと、風習を守ること。
 この2つを両立させるため、ティファを「妾」にする。
 
 セスの中では理屈にかなった、最善手なのだけれども。
 加えて、ティファは間者ではなかったのだから、外に放り出してしまうほうが、よほど手っ取り早いのだけれども。
 
「始めていいですか? 3回勝負です」
「3回?」
「1度きりだと、偶然に過ぎない結果と思い、後悔や未練が残ります」
「3度の機会があれば、己の力不足に納得できるということだな」
「そういうところです」
 
 ティファに、うなずいてみせる。
 真剣な顔をしているティファに、内心では、首をかしげていた。
 
 ティファにも言ったが、セスに身を委ねたがる女は多い。
 国の頂点である国王の相手を務めるのは、栄誉なことだからだ。
 妾になりたがる女だって大勢いる。
 この先の暮らしや立場が大きく変わるからだ。
 
 たとえ異国の者であろうと、その利がわからないほどティファは馬鹿ではない。
 にもかかわらず、強硬に拒否している。
 その意味が、セスには理解できずにいた。
 
「合図は、お前が出せ」
「じゃんけんぽん、と、私が言います。この、ぽん、のところで出してください」
「いいだろう」
 
 答えると、ティファが手を握った。
 最初は、握ってから始めるようだ。
 セスも真似をして、手を軽く握る。
 
「では……じゃーんけん……」
 
 ぎゅっと、ティファの手に力が入っているのが見てとれた。
 
「ぽん!!」
 
 ぱっ、ぱっ。
 
 同時に出された手。
 
「うっそ……」
 
 セスは紙、ティファは石。
 
 つまり、セスの勝ちだ。
 セスは、口元をゆるめ、形だけティファを慰める。
 
「心配するな。勝負は、まだ2回も残っているぞ?」
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