13 / 84
そんなことってアリですか? 1
しおりを挟む「キース! 大変なことになっちまったッ!」
「どうした、ジーク?」
突然、室内に現れても、相手は驚かない。
彼の後見人であった男の息子は、こうしたことに慣れているのだ。
そして、父親に生き写し。
眩しいほどの金髪も、翡翠色の瞳も、横柄な物言いも、とてもよく似ている。
相手が年上だろうが、関係ない。
平気で「タメ口」を使って話す。
キースは、執務机の前に座り、手にしていた書類を机の上に戻した。
その様子を目にすることもなく、ジークはわめく。
声を出していなければ、頭がおかしくなりそうだったのだ。
ダークグレイの髪は、かきむしってばかりいたので、ぐしゃぐしゃ。
同じ色の瞳には、不安と苛立ちが入り混じっている。
「ティファがいなくなったんだよッ!」
「いなくなったとは、どういうことだ?」
「オレのせいだ! オレが、あいつを、ちゃんと見てなかったから……っ……」
「お前が慌てていては話にならんだろ。落ち着いて、事と次第を話せ」
年下に諭され、大きく深呼吸。
少しだけ落ち着いた、という気にはなれた。
なにしろ1人娘が行方不明になったのだ。
実際には、落ち着いてなどいられない。
彼、ジーク・ローエルハイドは、公爵家の当主だ。
ロズウェルド王国、アドラント地方の領主でもある。
が、ローエルハイド公爵家は、ロズウェルドでも稀有な存在だった。
ジークの代で領民のいる領地を持ったが、新しい領民の受け入れは、特殊な事情でもない限り、行っていない。
特異な魔術師の家系でもあるのに王宮には属さず、独立独歩を貫いている。
公爵家でありながら、国や貴族という枠組みにはとらわれていないのだ。
そして、ジークが訪ねているのは、宰相キーシャン・ウィリュアートン。
王族であるガルベリーの血筋だった。
だが、キースの父親が婚姻を機に、ウィリュアートン公爵家に養子に入ったため、ウィリュアートンを受け継いでいる。
ジークとは倍近く、歳が離れていた。
キースは25歳で、ジークの息子の1つ年下。
ジーク自身は、今年で46になった。
それでも、元後見人の息子であるキースは、その父親に似て、頼りになる。
去年、キースの父親が亡くなったあとも、ジークは、なにかと頼りにしていた。
なにしろ、ジークは、領主としては、あまり「有能」とは言えなかったので。
ここは、キースが宰相としてあてがわれている王宮の執務室の中。
広い室内を、ジークは、うろうろと歩き回る。
やはり、どうしたって動揺が抑えきれずにいた。
真っ暗な声で、キースに言う。
「リドレイから連絡があったんだ。ティファが戻らねぇって……」
「今日は、王宮での勉強会に出ていたのではないのか?」
「そっから先が、わかんねーんだよ……」
「王宮にはいないのだな?」
ジークは、力なく、うなずいた。
ソファに腰を落としたい気分だが、座る気にもなれない。
ティファは1人娘であるという以上に、ジークにとっては大事な存在なのだ。
その娘の消息がわからなくなってしまった。
「あいつには、魔術がかけてある。どこにいたって、わかるはずなのに……」
「魔力感知に、かからないのか?」
「ああ……。なんでなのかわかんねーんだよ、キース……フィオナの忘れ形見……オレの大事な、たった1人の娘が……学校なんか行かせるんじゃなかったぜ……」
ジークの妻フィオレンティーナは、ティファの出産後、この世を去っていた。
ティファは、母親を知らずに育っている。
顔も、写真でしか見たことがないのだ。
きっと寂しい思いをさせている。
そう感じ、ジークは、ティファを誰よりも大事にしていた。
本当には、領地から1歩も外には出したくなかったほどだ。
「ティファは頭のいい子だからな。学びたいという気持ちを無碍にはできんさ」
「けど、それで、こんなことになっちまったんだぞ! オレが、もっと……もっと気をつけてりゃ、こんなことには……」
ティファは頭がいい。
そして、好奇心旺盛でもあった。
ジークは反対だったが、貴族学校に行くといい、そこを卒業しても、まだ高等な教育を受けたいと言ったのだ。
見張りをつけ、部屋に軟禁するわけにもいかない。
勝手に抜け出されるよりはと、結局、ティファの願いを聞き入れている。
ジーク自身が、自由に生きてきた。
窮屈な思いは、本来、させたくない。
それに、妻のこともあった。
彼女は、長らく窮屈な思いを強いられていたのだ。
娘に同じことはできなかった。
「悔やんでいても始まらん。攫われたのではないのだろ?」
「そのほうが、探せただろうぜ……」
攫われたのではないから、ジークは、大変だと言っている。
何者かに攫われたのだとすれば、必ず痕跡が残るのだ。
それを追えば、居場所など簡単にわかる。
が、ティファは、攫われてはいなかった。
そのため、追うべき痕跡もなく、現状、ティファは、本当に消息不明なのだ。
「お前は、ついて来るなと釘を刺されていたのだったか」
「ああ……けど、もちろん、護衛はつけてたんだぜ? どっさりとな」
直接、ティファを囲ませてはいなかったが、常に数十人もの護衛をつけている。
近衛騎士もいれば、魔術師だっていた。
なるべくティファに見つからないようにと指示はしていたが、危険を見逃せとは言っていない。
「くそっ! やっぱり、オレがついてくべきだったんだ!」
バンッと、壁を叩く。
後悔に、押し潰されそうだった。
「まさか開き損なった点門に巻き込まれたのかッ?!」
父親に似て、キースも、ものすごく頭がいい。
すべてを話さなくても、状況を把握していた。
ジークは、細かな話をするのが苦手なので、とても助かっている。
今は、悠長に細々とした話をする気にもなれずにいるし。
「王宮内で騒ぎになっていたからな。魔術訓練中に、事故が起きたという連絡は、こちらにも入っている」
「事故じゃねえ! そんな危険な訓練、王宮でやることじゃねーだろ!」
「立ち入りを禁じていた時間帯だったそうだ。勉強会とは重複しない時間だったと思うのだが……理由はどうあれ、ティファが、早めに切り上げて出てきたところに巻き込まれたと考えるのが妥当だろう」
「理由なんざ、どうだっていい! ティファの居場所がわかんねーってのが、問題なんだよ!」
点門は、特定の場所にある点と点を繋ぎ、移動を可能とする魔術だ。
が、未熟な者が扱い、失敗すると、意図しない場所に繋がってしまう危険なものでもある。
「向こう側は、見えなかったのだな?」
「警護につけてた魔術師が言うには、ティファは、門にのまれるみたいにして消えちまったらしい……」
感情が昂っていて、抑えつけるのも容易ではない。
警護についていた者たちを、皆殺しにしたいくらいだった。
誰1人、ティファを守れなかったのだから。
「まずは、ティファを、どのようにして探すかを考えねばならん」
キースの言う通りだった。
それを考えてほしくて、ジークは、ここに来ている。
「あいつは……ティファは……知ってんだろ、キース……」
キースも、難しい顔をしていた。
どこに転移したかがわからないティファを探すのは、非常に困難なのだ。
ロズウェルド王国は、この大陸で、唯一、魔術師のいる国だった。
魔力が顕現することで、魔術を操れるようになる。
魔力を有している者を、魔術師は、感知することができるのだけれども。
キースが深刻な表情で、小さくうなずいた。
ジークの1人娘は、ローエルハイドとしては、特殊な体質と言える。
「わかっている。ティファは、魔力顕現しておらん」
3
お気に入りに追加
433
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(11/21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる