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得手勝手 3

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 最悪だ。
 本気で、そう思った。
 
(宿がないなんて……どれだけ遅れてんだか……女性の泊まる場所もないって……王宮とは、まったく違うんだな……)
 
 国王の住居のようなので、ロズウェルドの王宮のようなものだと思っていた。
 王宮は、王族の住居兼まつりごとの中心となっている。
 重臣たちの執務室もあれば、教育の場、それに社交の場もあった。
 重臣の中には女性もいるし、それこそ社交の場は女性のほうが花形だ。
 
 爵位によって出入りが制限されているものの、この「宮」とは意味が異なる。
 むしろ、王宮には「アソビメ」のような女性もしくは男性は入れない。
 貴族が放蕩しているサロンにだって入れないだろう。
 
 その「アソビメ」が、どういう立場なのかはわからない。
 が、ロズウェルドでいう「娼館」にいる女性のような印象があった。
 だとしても、貴族は、娼館には行かないものだ。
 差別意識が強いため、娼館に行くなど「外聞が悪い」としている。
 
 どんなに低い爵位の貴族であれ、無理をしてでもサロンに通っていた。
 娼館は、主に民が利用する施設という扱いなのだ。
 
(この部屋を1歩でも出たら、私は、アソビメと思われて、街に出たら襲われて、外に出たら雪嵐で死ぬ、ってことだよね……最悪じゃん……)
 
 そうなると、この部屋から出るわけにはいかない気がする。
 さりとて、この部屋で「陛下の愛妾」になる気もない。
 呼びかたや相手は違えど「することは一緒」だからだ。
 
「それなら、私に役目を与えてください。メカケではない、ほかの役目です」
 
 せめて「愛妾」でなければ、と思う。
 ロズウェルドに帰ることができるという目途が立つまでは、ここにとどまらざるを得ない。
 しかも、この部屋にいなければならないのだ。
 
「それもできぬと言うておろう」
 
 すぱんっと、あっさり弾き返される。
 言われてすぐに思い出した。
 
(そうだった……役があって出入りはできても、泊まれないんだっけ……)
 
 なにしろ「宿泊」の壁が厚い。
 厚過ぎて、突破できそうになかった。
 ティファの頭の中には「最悪」の2文字しか浮かんで来なくなる。
 
「なにが、さように不満か? 俺の妾になりたがる女は腐るほどおるというに」
 
 うわぁ…と、ティファは、顔をしかめた。
 自信満々、傲岸不遜な言い草に、うんざりする。
 確かに、国王ともなれば、相手には事欠かないのは、間違いない。
 だとしても、ティファは、この国の者ではないのだ。
 愛妾にしてやると言われたって、喜べるはずもなかった。
 
「私は、愛のない相手に、体を委ねることはできません」
「…………愛……」
 
 いや、そんな「微妙」という顔をされても。
 
 面倒なので、国王のことは、セスと呼ぶことにしたのだが、そのセスは、意味がわからない、といった表情を浮かべていた。
 というよりも、わかるような、わからないような、わかるけれど納得できない、というような、本当に「微妙」な顔つきをしている。
 
「セスは、大勢の女性と体の関係を持っているのではないですか?」
「むろんだ。誰を贔屓にしたなぞと、騒がれてはかなわぬのでな」
 
 さらに、うわぁ…と、なった。
 自惚うぬぼれだとは思わない。
 きっと事実、そういうこともあるのだろう。
 なにしろ、セスは国王だ。
 テスアが、どういう国かはわからないが、国王が国の頂点たる存在であるのは、ロズウェルドと変わらない。
 
(きっと、モテてモテてしょうがないって感じなんだろうね。イケメンだし、国王だし……けど、自分で言うのは、どうかと思うよ……)
 
 この、あたり前という言い草に、ドン引きする。
 ロズウェルドで、こんなことを言えば、ただの「痛い奴」だ。
 が、それを、どう伝えればいいのかが、わからない。
 そもそも、文化が違う。
 自分の「常識」が、相手のそれとは合致しないから、理解に苦しむのだ。
 
「お相手の女性たちも、望んでいることだと思います。それでも、私には、到底、受け入れられません」
「貴様の村の風習はどうなっておる? 長たる者が1人しか相手にせぬとなれば、ほかの者から不平が出よう? その1人とて身が危うきことになりはせぬのか?」
「不平は出ませんし、身が危うくなることもありません」
 
 言ったあと、その両方が有り得ることだ、とは思った。
 高位の貴族の間では、正妻の座を争うのもめずらしくない。
 その渦中で命を落とす女性もいる。
 だからと言って、それを「常識」とすることはできなかった。
 命を落とすほどの大事おおごとになる事態は、ごくごく稀なのだから。
 
「だが、貴様には、もう関わりなき話ぞ」
「なぜですか?」
「我が地のやりように従わねば、ここでは生きてゆけぬ」
 
 ティファは、髪を撫でていたセスの手を振りはらう。
 落ち着きを取り戻していた感情が、また波立っていた。
 当然という言いかたに、腹が立ってしかたがない。
 
(こんなわけわかんないとこで、わけわかんない理屈で、愛妾になったりしたら、お父さまが、どれほど悲しむか……あ、いや、怒るか……)
 
「もう結構です」
「なにを怒る? 俺は、貴様を助けておるのだぞ?」
「こんな助けなら、必要ありません。外に出て、雪嵐で死ぬことを選びます」
 
 本当は、もっと手厳しい言いかたをしたかった。
 ただ、北方の言葉での言いかたがわからなかったのだ。
 ロズウェルドの言葉でなら、セスをどれほど罵倒していたかしれない。
 
「本気で申しておるのか? せっかく助かった命を、むざむざ放り出すと?」
「かまいません。死にます」
 
 セスが、銀色の瞳を細める。
 心の端っこが、ちょっぴり、ギクっとした。
 あの凄味のあるまなざしに変わっていたからだ。
 それは、怒っている、ということを意味している。
 
「さように、ソルという男がため、未練がましく貞操を守ってなんとする」
「ちょ……っ……なに言ってんの、このドスケベ男! 私が純潔かどうかなんて、あなたに、わかるはずないじゃん!」
 
 つい勢いで「民言葉」を使ってしまった。
 所詮、北方の言葉では感情を伝えきれないのだ。
 言いたいことを言えないのが、精神的な負担となっている。
 
「また俺に悪態をつきおったな。俺がわからぬと思うておると痛い目にあうぞ」
 
 低い声が、空恐ろしい。
 緊張に震えるティファを見て、セスが鼻で笑った。
 
「貴様が生娘かどうかくらい、ひと目で見抜いておるわ。誰が貴様のような不器量な女の相手をしたがるという? おるわけがなかろう」
 
 ティファの中で、恐ろしいと腹立たしいという、2つの感情が混じり合う。
 が、腹立たしいのほうが勝り、逃げ出す気力をかき集めた。
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