11 / 84
得手勝手 3
しおりを挟む
最悪だ。
本気で、そう思った。
(宿がないなんて……どれだけ遅れてんだか……女性の泊まる場所もないって……王宮とは、まったく違うんだな……)
国王の住居のようなので、ロズウェルドの王宮のようなものだと思っていた。
王宮は、王族の住居兼政の中心となっている。
重臣たちの執務室もあれば、教育の場、それに社交の場もあった。
重臣の中には女性もいるし、それこそ社交の場は女性のほうが花形だ。
爵位によって出入りが制限されているものの、この「宮」とは意味が異なる。
むしろ、王宮には「アソビメ」のような女性もしくは男性は入れない。
貴族が放蕩しているサロンにだって入れないだろう。
その「アソビメ」が、どういう立場なのかはわからない。
が、ロズウェルドでいう「娼館」にいる女性のような印象があった。
だとしても、貴族は、娼館には行かないものだ。
差別意識が強いため、娼館に行くなど「外聞が悪い」としている。
どんなに低い爵位の貴族であれ、無理をしてでもサロンに通っていた。
娼館は、主に民が利用する施設という扱いなのだ。
(この部屋を1歩でも出たら、私は、アソビメと思われて、街に出たら襲われて、外に出たら雪嵐で死ぬ、ってことだよね……最悪じゃん……)
そうなると、この部屋から出るわけにはいかない気がする。
さりとて、この部屋で「陛下の愛妾」になる気もない。
呼びかたや相手は違えど「することは一緒」だからだ。
「それなら、私に役目を与えてください。メカケではない、ほかの役目です」
せめて「愛妾」でなければ、と思う。
ロズウェルドに帰ることができるという目途が立つまでは、ここに留まらざるを得ない。
しかも、この部屋にいなければならないのだ。
「それもできぬと言うておろう」
すぱんっと、あっさり弾き返される。
言われてすぐに思い出した。
(そうだった……役があって出入りはできても、泊まれないんだっけ……)
なにしろ「宿泊」の壁が厚い。
厚過ぎて、突破できそうになかった。
ティファの頭の中には「最悪」の2文字しか浮かんで来なくなる。
「なにが、さように不満か? 俺の妾になりたがる女は腐るほどおるというに」
うわぁ…と、ティファは、顔をしかめた。
自信満々、傲岸不遜な言い草に、うんざりする。
確かに、国王ともなれば、相手には事欠かないのは、間違いない。
だとしても、ティファは、この国の者ではないのだ。
愛妾にしてやると言われたって、喜べるはずもなかった。
「私は、愛のない相手に、体を委ねることはできません」
「…………愛……」
いや、そんな「微妙」という顔をされても。
面倒なので、国王のことは、セスと呼ぶことにしたのだが、そのセスは、意味がわからない、といった表情を浮かべていた。
というよりも、わかるような、わからないような、わかるけれど納得できない、というような、本当に「微妙」な顔つきをしている。
「セスは、大勢の女性と体の関係を持っているのではないですか?」
「むろんだ。誰を贔屓にしたなぞと、騒がれてはかなわぬのでな」
さらに、うわぁ…と、なった。
自惚れだとは思わない。
きっと事実、そういうこともあるのだろう。
なにしろ、セスは国王だ。
テスアが、どういう国かはわからないが、国王が国の頂点たる存在であるのは、ロズウェルドと変わらない。
(きっと、モテてモテてしょうがないって感じなんだろうね。イケメンだし、国王だし……けど、自分で言うのは、どうかと思うよ……)
この、あたり前という言い草に、ドン引きする。
ロズウェルドで、こんなことを言えば、ただの「痛い奴」だ。
が、それを、どう伝えればいいのかが、わからない。
そもそも、文化が違う。
自分の「常識」が、相手のそれとは合致しないから、理解に苦しむのだ。
「お相手の女性たちも、望んでいることだと思います。それでも、私には、到底、受け入れられません」
「貴様の村の風習はどうなっておる? 長たる者が1人しか相手にせぬとなれば、ほかの者から不平が出よう? その1人とて身が危うきことになりはせぬのか?」
「不平は出ませんし、身が危うくなることもありません」
言ったあと、その両方が有り得ることだ、とは思った。
高位の貴族の間では、正妻の座を争うのもめずらしくない。
その渦中で命を落とす女性もいる。
だからと言って、それを「常識」とすることはできなかった。
命を落とすほどの大事になる事態は、ごくごく稀なのだから。
「だが、貴様には、もう関わりなき話ぞ」
「なぜですか?」
「我が地のやりように従わねば、ここでは生きてゆけぬ」
ティファは、髪を撫でていたセスの手を振りはらう。
落ち着きを取り戻していた感情が、また波立っていた。
当然という言いかたに、腹が立ってしかたがない。
(こんなわけわかんないとこで、わけわかんない理屈で、愛妾になったりしたら、お父さまが、どれほど悲しむか……あ、いや、怒るか……)
「もう結構です」
「なにを怒る? 俺は、貴様を助けておるのだぞ?」
「こんな助けなら、必要ありません。外に出て、雪嵐で死ぬことを選びます」
本当は、もっと手厳しい言いかたをしたかった。
ただ、北方の言葉での言いかたがわからなかったのだ。
ロズウェルドの言葉でなら、セスをどれほど罵倒していたかしれない。
「本気で申しておるのか? せっかく助かった命を、むざむざ放り出すと?」
「かまいません。死にます」
セスが、銀色の瞳を細める。
心の端っこが、ちょっぴり、ギクっとした。
あの凄味のあるまなざしに変わっていたからだ。
それは、怒っている、ということを意味している。
「さように、ソルという男がため、未練がましく貞操を守ってなんとする」
「ちょ……っ……なに言ってんの、このドスケベ男! 私が純潔かどうかなんて、あなたに、わかるはずないじゃん!」
つい勢いで「民言葉」を使ってしまった。
所詮、北方の言葉では感情を伝えきれないのだ。
言いたいことを言えないのが、精神的な負担となっている。
「また俺に悪態をつきおったな。俺がわからぬと思うておると痛い目にあうぞ」
低い声が、空恐ろしい。
緊張に震えるティファを見て、セスが鼻で笑った。
「貴様が生娘かどうかくらい、ひと目で見抜いておるわ。誰が貴様のような不器量な女の相手をしたがるという? おるわけがなかろう」
ティファの中で、恐ろしいと腹立たしいという、2つの感情が混じり合う。
が、腹立たしいのほうが勝り、逃げ出す気力をかき集めた。
本気で、そう思った。
(宿がないなんて……どれだけ遅れてんだか……女性の泊まる場所もないって……王宮とは、まったく違うんだな……)
国王の住居のようなので、ロズウェルドの王宮のようなものだと思っていた。
王宮は、王族の住居兼政の中心となっている。
重臣たちの執務室もあれば、教育の場、それに社交の場もあった。
重臣の中には女性もいるし、それこそ社交の場は女性のほうが花形だ。
爵位によって出入りが制限されているものの、この「宮」とは意味が異なる。
むしろ、王宮には「アソビメ」のような女性もしくは男性は入れない。
貴族が放蕩しているサロンにだって入れないだろう。
その「アソビメ」が、どういう立場なのかはわからない。
が、ロズウェルドでいう「娼館」にいる女性のような印象があった。
だとしても、貴族は、娼館には行かないものだ。
差別意識が強いため、娼館に行くなど「外聞が悪い」としている。
どんなに低い爵位の貴族であれ、無理をしてでもサロンに通っていた。
娼館は、主に民が利用する施設という扱いなのだ。
(この部屋を1歩でも出たら、私は、アソビメと思われて、街に出たら襲われて、外に出たら雪嵐で死ぬ、ってことだよね……最悪じゃん……)
そうなると、この部屋から出るわけにはいかない気がする。
さりとて、この部屋で「陛下の愛妾」になる気もない。
呼びかたや相手は違えど「することは一緒」だからだ。
「それなら、私に役目を与えてください。メカケではない、ほかの役目です」
せめて「愛妾」でなければ、と思う。
ロズウェルドに帰ることができるという目途が立つまでは、ここに留まらざるを得ない。
しかも、この部屋にいなければならないのだ。
「それもできぬと言うておろう」
すぱんっと、あっさり弾き返される。
言われてすぐに思い出した。
(そうだった……役があって出入りはできても、泊まれないんだっけ……)
なにしろ「宿泊」の壁が厚い。
厚過ぎて、突破できそうになかった。
ティファの頭の中には「最悪」の2文字しか浮かんで来なくなる。
「なにが、さように不満か? 俺の妾になりたがる女は腐るほどおるというに」
うわぁ…と、ティファは、顔をしかめた。
自信満々、傲岸不遜な言い草に、うんざりする。
確かに、国王ともなれば、相手には事欠かないのは、間違いない。
だとしても、ティファは、この国の者ではないのだ。
愛妾にしてやると言われたって、喜べるはずもなかった。
「私は、愛のない相手に、体を委ねることはできません」
「…………愛……」
いや、そんな「微妙」という顔をされても。
面倒なので、国王のことは、セスと呼ぶことにしたのだが、そのセスは、意味がわからない、といった表情を浮かべていた。
というよりも、わかるような、わからないような、わかるけれど納得できない、というような、本当に「微妙」な顔つきをしている。
「セスは、大勢の女性と体の関係を持っているのではないですか?」
「むろんだ。誰を贔屓にしたなぞと、騒がれてはかなわぬのでな」
さらに、うわぁ…と、なった。
自惚れだとは思わない。
きっと事実、そういうこともあるのだろう。
なにしろ、セスは国王だ。
テスアが、どういう国かはわからないが、国王が国の頂点たる存在であるのは、ロズウェルドと変わらない。
(きっと、モテてモテてしょうがないって感じなんだろうね。イケメンだし、国王だし……けど、自分で言うのは、どうかと思うよ……)
この、あたり前という言い草に、ドン引きする。
ロズウェルドで、こんなことを言えば、ただの「痛い奴」だ。
が、それを、どう伝えればいいのかが、わからない。
そもそも、文化が違う。
自分の「常識」が、相手のそれとは合致しないから、理解に苦しむのだ。
「お相手の女性たちも、望んでいることだと思います。それでも、私には、到底、受け入れられません」
「貴様の村の風習はどうなっておる? 長たる者が1人しか相手にせぬとなれば、ほかの者から不平が出よう? その1人とて身が危うきことになりはせぬのか?」
「不平は出ませんし、身が危うくなることもありません」
言ったあと、その両方が有り得ることだ、とは思った。
高位の貴族の間では、正妻の座を争うのもめずらしくない。
その渦中で命を落とす女性もいる。
だからと言って、それを「常識」とすることはできなかった。
命を落とすほどの大事になる事態は、ごくごく稀なのだから。
「だが、貴様には、もう関わりなき話ぞ」
「なぜですか?」
「我が地のやりように従わねば、ここでは生きてゆけぬ」
ティファは、髪を撫でていたセスの手を振りはらう。
落ち着きを取り戻していた感情が、また波立っていた。
当然という言いかたに、腹が立ってしかたがない。
(こんなわけわかんないとこで、わけわかんない理屈で、愛妾になったりしたら、お父さまが、どれほど悲しむか……あ、いや、怒るか……)
「もう結構です」
「なにを怒る? 俺は、貴様を助けておるのだぞ?」
「こんな助けなら、必要ありません。外に出て、雪嵐で死ぬことを選びます」
本当は、もっと手厳しい言いかたをしたかった。
ただ、北方の言葉での言いかたがわからなかったのだ。
ロズウェルドの言葉でなら、セスをどれほど罵倒していたかしれない。
「本気で申しておるのか? せっかく助かった命を、むざむざ放り出すと?」
「かまいません。死にます」
セスが、銀色の瞳を細める。
心の端っこが、ちょっぴり、ギクっとした。
あの凄味のあるまなざしに変わっていたからだ。
それは、怒っている、ということを意味している。
「さように、ソルという男がため、未練がましく貞操を守ってなんとする」
「ちょ……っ……なに言ってんの、このドスケベ男! 私が純潔かどうかなんて、あなたに、わかるはずないじゃん!」
つい勢いで「民言葉」を使ってしまった。
所詮、北方の言葉では感情を伝えきれないのだ。
言いたいことを言えないのが、精神的な負担となっている。
「また俺に悪態をつきおったな。俺がわからぬと思うておると痛い目にあうぞ」
低い声が、空恐ろしい。
緊張に震えるティファを見て、セスが鼻で笑った。
「貴様が生娘かどうかくらい、ひと目で見抜いておるわ。誰が貴様のような不器量な女の相手をしたがるという? おるわけがなかろう」
ティファの中で、恐ろしいと腹立たしいという、2つの感情が混じり合う。
が、腹立たしいのほうが勝り、逃げ出す気力をかき集めた。
3
お気に入りに追加
433
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる