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得手勝手 2

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 ティファの、自分に対する呼びかたが、気に入った。
 かなり短くされてしまってはいるものの、なんとなく響きがいいと感じる。
 
(これからは、それを通り名とするか)
 
 さりとて、国王の名を呼ぶ者などいない。
 ほかの国では、どうだか知らないが、少なくともテスアで国王は「陛下」としか呼ばれないのだ。
 呼ぶとすれば、ティファだけになるだろう。
 
(俺は、ティファの前では、セスだ)
 
 テスアに異国の者が入って来たのは、3百年ぶりほどになる。
 その間、国王は国王以外の何者でもなかった。
 だが、ティファは、この国の者ではない。
 ティファの前でも国王ではあれど、同時に、セス、なのだ。
 
「少しの間だけでかまいません。北方の言葉を使わせてください」
 
 セスは、泥水色の濁った瞳を見つめる。
 同じ色の髪といい、ちっとも可愛らしくも美しくもない。
 なのに、どういうわけか、放しがたかった。
 おそらく、3百年ぶりに訪れた異国の女がものめずらしいのだろうと、自分の心を分析している。
 
「少しの間とは、どの程度の期間を指している?」
「私が……テスアの言葉を覚えるまでです」
「話にならない。それでは、いつまで経っても、慣れることはないだろう。使っていてこそ、身につくのも早くなる。違うか?」
 
 セスは、北方の言葉を使わず、テスアの言葉で話していた。
 自分が理解している言葉の印象とティファの持つ感覚は、どうやら違うようだ。
 セスにとっては「こう話している」と思っていることも、ティファには異なって聞こえているらしい。
 
(テスアの言葉は、北方の言葉の中でも、最も古い言語とされているからな)
 
 この国での「普通」が、ティファに通用しないのは、わかっている。
 とはいえ、ティファは、これからここで暮らすのだ。
 テスアの言葉を理解し、覚えさせる必要があった。
 
「では、今日だけは、北方の言葉を使うことを許す。俺は、お前の学びのために、使うことはないがな」
「わかりました。その代わり、話がうまく伝えられなくても怒らないでください」
「俺が、いつ、お前に怒った? 単語くらいしか伝えられずにいても、怒らず理解してやっただろうが」
「……そうでした……ですが、名のことでは、怒られた気がしました」
「怒ったからな」
 
 さらりと、答える。
 厳密に言えば、怒ったというより不快だった。
 自分より、ルーファスの名を先に呼んだのが、気に入らなかったのだ。
 名を呼ぶのであれば、主を優先するのは当然だと、セスは思っている。
 
「それでは、もうひとつ、怒られることを言います」
「なんだ?」
「私は、メカケにはなりたくありません」
「死にたいのか?」
 
 セスの言葉に、ティファが、ぎょっとした顔をした。
 が、セスからすれば、あたり前の帰結だ。
 
 この国は、一君万民。
 国王だけが特別だった。
 そのため、様々な「特別扱い」がある。
 もっとも、セスは、その中で生きてきたため、特別だとは思っていないが、それはともかく。
 
「この寝所に寝泊まりできるのは、妾だけだ。だが、お前が無事でいられるのも、ここだけだ。外に出れば、確実に、お前は死ぬ」
「意味がわかりません。なぜ、外に出ると死ぬのですか? ほかにも部屋があるのではないですか?」
「宮の中に、女の寝所はない」
「へ……?」
 
 ティファが、間の抜けた顔をする。
 やはり、どこからどう見ても「不器量」としか思えなかった。
 どんな角度でも、どんな表情でも、その評価は変わらない。
 
(不器量な者のほうが、飽きがこないというのは、本当らしいな)
 
 セスは、ここで、ようやくティファの両手を放す。
 それから、体をずらせ、横に座り、足を組んだ。
 両膝を左右に開き、体の前で両足首を組んでいるため、服の裾がはだけているが気にとめない。
 
 ここは、セスの寝所だ。
 楽な姿勢で座るのに、誰に気を遣う必要もなかった。
 そもそも発想自体なかったし、考えたこともない。
 そのせいで、ティファが視線をそらせている理由に、気づかずにいる。
 
「宮に来る女は、全員、あそだ。この寝所を、1歩でも出れば、お前も遊び女と思われる。それはそれとしても、泊まることはできないのだぞ。用がすめば、外に出される。我が地の民は、善良な者が多いが、女が1人で夜歩きできるほど、安穏とした国でもない」
 
 女が夜に出かけなければならない場合、守り役を頼むのが、テスアでの常識だ。
 男であっても美麗な者は、守り役を頼むほど、夜は危ない。
 日中は潜んでいる淫蕩者たちが、さまよい出て来る。
 見回りはさせていても、すべての角に注意をはらうことはできなかった。
 
「仮に、襲われなかったとしてもだ。外は、常に、雪嵐が吹きすさんでいる。俺が見つけていなければ、お前は、とっくに死んでいたぞ」
 
 それ以前に「境」に引っ掛かって出られないのだが、それを話す必要はない。
 さっきのティファの言葉で、セスは確信している。
 彼女が、この国に来たのは「意図的」ではなかったのだ。
 もし、テスアの内情を探りに来たのであれば、外が雪嵐で歩くのもままならないことくらいは知っていただろう。
 だから、よけいなことは話さないに限る。
 
「あの……アソビメ、とは、なんですか?」
「性の欲望を満たす役目をする女のことだ。ああ、いや、中には男もいる」
「…………ここには、そういう女性しか入れないのですか?」
「俺に関わる役を任じられている女は入れるが、泊まりはしない」
「ほかに、宿はないのですか?」
「あるわけがない」
 
 テスアは小さな国だ。
 人口も3万人程度であり、人の移動自体が少ない。
 4つに分けられた区画には、それぞれ田畑があり、そこで収穫した物を売り買いする仲買や問屋がある。
 たいていの物は、区画内で揃えることができ、別の区画に移動してまで手に入れなければならない物は少ないのだ。
 
 そして、外から入って来る者もいない。
 となると、宿など作る必要がなかった。
 作ったとしても、泊り客がいないのでは、職として成り立たない。
 そんなものを、あえてやりたがる者などいないのだ。
 
「旅をしたりは?」
「馬車を使い、道中は馬車で寝泊まりをする。だから、宿を使う用がない」
「馬車で寝泊まりするのは、危なくないのですか?」
「馬車めには、警護役を回しているからな。襲われることは、ほとんどないな」
 
 ティファは、納得したような、わかりかねているような、複雑な表情を浮かべていた。
 長い間、ざされた国となっているテスアの風習や文化には独特なものがある。
 近隣である北方諸国とですら、なにかと違う点が多いのだ。
 ロズウェルド近くの村から来たティファにとっては、わからないことだらけには違いない。
 
「よって、お前は、この寝所から出れば、間違いなく死ぬ。わかったか?」
 
 セスは、何気なく、ティファの泥水色をした髪を撫でる。
 見た目に反して、思いの外、手触りが良かった。
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