いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

人であり人でなし 2

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 ティトーヴァの話が、すべて本当だとは限らない。
 だが、無意味に名前を出してきたとも思えなかった。
 だいたい皇帝が単独で敵地に来たこと自体、無謀に過ぎる。
 はっきり言って、顔も見ていたくないし、話だってしたくはないのだけれど。
 
「キャスよ、いかがいたす?」
 
 ザイードは、ある程度、人語がわかるため、ティトーヴァの話も理解している。
 
 追い返すか、殺すか、話をするか。
 ティトーヴァは、キャスと話をしに来たのだ。
 判断を委ねるつもりなのだろう。
 
 キャスは、ぎゅっと目をつむる。
 あの日にあったことなんて思い出したくもなかった。
 とはいえ、キャスのほうにも訊きたいことはある。
 
 なぜベンジャミン・サレスは「話」ができるのか。
 
 予想はついているものの、はっきりさせておきたかった。
 いろいろな状況が重なって「最悪」は起きている。
 中でも、情報不足が最も大きな要因だと言えた。
 
 ベンジャミンが目覚めていたことやアルフォンソについて、自分たちは知らずにいたのだ。
 とはいえ、それは交渉前日の銃撃が「想定」されるまで、魔物の国に影響がある要素とは言えなかった。
 
 そもそも交渉にしたって、魔物の国が有利だったのだ。
 フィッツの考えた「ガリダが襲われる」という想定も「最悪」に過ぎず、可能性として高く見積もっていたわけではない。
 
(私が狙われてるっていうのが確実になって……たぶんフィッツはティニカと連絡を取ったんだ。それで、ベンジーのことに気づいた)
 
 ティニカの実態は、よくわからない。
 ただ皇宮から逃げたあとも、フィッツはティニカと連絡を取ってはいなかった。
 エガルベが連絡役をしていたというようなことも、アイシャから聞いている。
 おそらく「緊急事態」だと判断しない限り、連絡しないことになっているのだ。
 
 技術は、使う者の善悪によって結果が変わる。
 
 ティニカの技術には、凄まじいものがあった。
 あの隠れ家で、キャスは、それを体感している。
 あそこまでではない、民の持つ技術の流出でさえ、ラーザの民は恐れていた。
 ティニカなら、なおさらだっただろう。
 
 キャスの中にも、そうした想いはあった。
 帝国には絶対に渡してはならないと思ったから、隠れ家を壊している。
 そして、ティニカにかくまわれることを拒み、魔物の国に残った。
 
 ティニカに連絡をするのは、それしか方法がない時だけだ。
 もしくは、逆に隠れ家のような、ティニカしか知らない場所にいる時。
 
 銃撃後まで、そんな状況にはなっていなかった。
 だから、フィッツがティニカに連絡しなかった気持ちもわかる。
 
 キャスは目を開き、ティトーヴァに視線を向けた。
 ここで訊けることは訊いておかなければならない。
 フィッツの意識がない以上、ティニカとの連絡手段はないのだ。
 だからこそ、これ以上、情報不足に陥るのをける必要がある。
 
「ベンジーは、いつ目が覚めたの?」
「……この国に帝国が攻撃された1ヶ月ほどあとだ」
「ほかのアトゥリノ兵で目覚めた人は?」
「…………いない」
 
 やっぱり、と眉をひそめた。
 ティトーヴァに苛立ちを感じる。
 
 しかたがないことではあったと、頭ではわかっていた。
 人に魔力は見えないのだから、わかるはずがないのだ。
 それでも、言わずにはいられなかった。
 
「ベンジーだけ目覚めたってこと、おかしいと思わなかった? ほかの誰も目を覚ましてなかったのに? なんで?って、少しも思わなかったなんて……」
「そう言われてもしかたがない。俺は、単純に喜んでいたのだからな」
「しかたがない……? しかたがないって、なんなの……?」
 
 知らず握りしめていた両手が震える。
 本当に「しかたがなかった」のだと、わかっていても。
 
「アルフォンソが、なにしたと思う? あんたが返した魔物の子……あんたは顔も覚えてないだろうけどね……あいつは爆発物を仕掛けてた」
「爆発物だと……では、死んだというのは……」
「子供と、その近くにいた魔物が、大勢、死んだ。子供なんだよ? わかってる? 人間で言えば、まだ4,5歳の子供だったんだよ?」
 
 ティトーヴァは黙っていた。
 
 魔物を絶滅させると思っていた奴だ。
 こんな話をしても無駄かもしれない。
 どうせ魔物に対しての感情移入なんてしないだろう。
 
 そう思うのに、言葉が止められずにいる。
 
「あんたにとっても、あいつにとっても、魔物は魔物でしかないんだろうね。人と違うって思ってる。でも、あんたたちと同じように感情があって、人と同じように家族や友達を大事にしてる。生きてるんだよ? 誰かの大事な命なんだよ? それを奪ったって、わかってんのかって訊いてるんだっ!」
 
 ティトーヴァは、黙っていた。
 反論もしてこない。
 そのせいで、よけいに怒鳴りたくなる。
 が、しかし。
 
「キャス、もうよい」
 
 ザイードがキャスの肩に手を置き、引きめてきた。
 ほかのおさたちも静かだ。
 
「我らとて、人の命を奪うておる」
「でも、それは……」
 
 先に手を出してきたのは人間側だった。
 魔物たちは、国を守るために迎え撃っただけだ。
 人間のした「殺し」とは意味が違う。
 
「その者らにも大事な者はおったのではないか? 子を持つ親もおったであろう。むろん、だからと言うて許せるはずもない。だがな、キャス。親を我らに殺された子らもまた、今、そなたが言うたのと同じことを、我らに言いたかろうぞ」
 
 キャスは、ザイードに言われたことを思い出した。
 
 『そなたの言う、いんがおうほう、とは……どこで、終わる?』
 
 きゅっと、唇を噛んだ。
 許せないし、許す必要もない。
 だが、ティトーヴァを責めても罵っても。
 
 ノノマもシュザも、ラシッドも、子供たちも、誰も還ってはこない。
 
 元の世界で、ずっと思ってきた。
 分かり合えるなんて幻想で、分かり合えた気持ちになっているに過ぎないと。
 その考えが、フィッツと出会って変わった。
 わかってあげられることなんてなにもなくても、努力するつもりだと。
 
 だが、その前には、歩み寄りたいという共通認識が必要なのだ。
 
 人と魔物は「生きる摂理」が異なる。
 理解し合えれば共存できる、なんていうのは実現不可能な理想論。
 互いに守りたいものも正しさも違うのに、折り合いなんてつけられはしない。
 
 魔物は強いが、人は弱い生き物なのだ。
 
 魔物たちのような考えかたはできない。
 どちらも知るキャスだからこそわかる。
 
「ベンジャミン・サレスは、あんたの友達のベンジーじゃない。中に魔人がいる。言っとくけど、ゼノクルも、そうだった」
「な……っ……まさか……」
「信じる信じないは、好きにすればいい」
 
 キャスは、冷たく言い放った。
 
「あんたの友達のベンジーを壊したのは、私だよ」
「……そんなことが、お前にできるわけが……」
「私は、聖者との中間種だからね。人を壊すことくらいできる」
 
 ティトーヴァが目を見開いて、キャスを見つめている。
 信じてもらいたいとは思っていない。
 ただ、分からせる必要があった。
 
『皇帝のくせに』
 
 うっと、ティトーヴァが呻く。
 ひざまずいた視線のまま、さらに前へと体を折っていた。
 意図せずフィッツに力を使ってしまった時のことを鑑み、分量は加減している。
 ティトーヴァの演算能力が、フィッツと同等とは思えなかったので。
 
「あんたの訊きたいことには答えた。でも、せっかく、あんたがここに来たから、言っとく。私は、もう交渉なんてしない。これは、私の一存だけどね」
 
 ザイードがなにか言いかけたが、首を横に振って、それを制した。
 守りたいものを守るためには、覚悟と決断が必要なのだ。
 顔を上げた、ティトーヴァに向かって言う。
 
「帝国にいる魔物を、全員、返せ。それと、今後、一切、この国に関わるな」
 
 キャスは、交渉を白紙に戻すと決めていた。
 ザイードには、また「1人で責任を負っている」と叱られるだろう。
 だが、そうしなければならない。
 
 守りたいものが増え過ぎたのだ。
 大事なものが多過ぎる。
 
 それを守るための「力」とは、なにか。
 
 ノノマたちを喪い、意識の戻らないフィッツを見つめながら、考えていた。
 ずっとずっと考え続けていた。
 
「もし魔物を返さなかったり、この国に手を出したりしたら、私は帝国を亡ぼす」
 
 自分には、それができる。
 その力を持っている。
 守りたいものを守るためなら、いくらでも使う。
 
 そういう意志をこめて、ティトーヴァを見ていた。
 これは脅しではない。
 キャスは、本気だった。
 本気で、そうする、と決めている。
 
「私には、それができる。あんたなら、それが理解できるんじゃない? 帝国皇帝ティトーヴァ・ヴァルキア」
 
 ティトーヴァの銀の瞳からは、すでに動揺の色は消えていた。
 キャスの意志を感じ取っている。
 
 それがわかるような瞳で、キャスを見つめ返していた。
 そのティトーヴァに、あえて言う。
 自分の覚悟と決断を、自分自身に刻むために。
 
「私は、ラーザの女王、カサンドラ・ヴェスキルだから」
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