270 / 300
最終章 彼女の会話はとめどない
悠々の季節 2
しおりを挟む「あれを渡さずとも、よかったのではないか?」
「ええ、まぁ……」
「ん? なに? どういうこと?」
キャスは、自分の正面にいるザイードと、隣にいるフィッツを交互に見る。
昼食後、ザイードの部屋に集まっていた。
ノノマは、子供たちの世話をしに行っている。
このメンバーになるのは、久しぶりな気がした。
「銃のことだよね?」
腕組みをしたザイードが、黙ってうなずく。
瞳孔にも尾にも動きがないので、感情が掴めなかった。
フィッツは、言うまでもなく無表情で、なにを考えているのかわからない。
にしても、フィッツの歯切れの悪さが気にかかる。
「渡さないほうがよかったって、どうしてですか?」
「なにも必ず渡すと約束したわけでなし。必ず見つかるとも限らぬではないか」
「それは、そうですけど……現に、見つけてたんですから、犯人を見つけてくれるって言うなら、渡して良かったんじゃないです?」
「そなたを狙う者なれば、こちらで始末すればよい」
いやにザイードが頑固だ。
フィッツが使者に銃を渡したことに、納得がいっていないらしい。
実を言うと、銃は使者が来る前から発見していたのだという。
たびたび洞に行っていたのは、銃を調べていたことも理由だったそうだ。
(分解して、また元通りに組み立ててたって言ってたっけ)
交渉日2日目の夜、ルーポの1頭に頼み、フィッツは、男を捕まえたガリダ領地の辺りから銃撃を受けたルーポ領地まで銃を探しに行った。
そして、ルーポの領地近くで、銃を発見。
持ち戻り、洞で調べていたというわけだ。
「あの男は気づいておらぬし、知らぬのであろう」
「現状は」
「なればこそ、無用であったのではないか?」
「どちらが危険か、という話です」
わかるように話してくれませんかね?
キャスは、そう言いたくなって、口をとがせらせた。
ザイードもフィッツも、互いにわかっているようだが、キャスには意味不明。
意見に食い違いがあるのはわかるが、その意見が、なにかがわからずにいる。
しかし、ザイードとフィッツの間に、ピリついた気配があって、口を挟むのが、なんだか憚れるのだ。
(なんだろ……ザイードも、怒ってるって感じじゃないんだけどさ……フィッツのことを信じてるはずだし……逆に、フィッツは、なんかおかしい)
フィッツは、だいたい淡々としているが、時々は、緊張感を漂わせたりもする。
無表情だし、口調も単調で、感情を露わにしたりしない。
だが、こんなふうに「ピリついた」空気を醸す姿は、見たことがなかった。
歯切れの悪いフィッツも、だ。
恋愛話になった際、歯切れが悪くなることはあった。
だが、今のフィッツは、その時とは違う。
ティニカのフィッツに、恋愛的な要素なんてあるわけがない。
だいたい、そんな雰囲気でもない。
「こちらで片をつけるべきであったな」
「向こうの状況を知る必要がありました」
「それは、さように大きなことか? むしろ、危険を手繰ることになろうぞ」
「その危険を知るためにしたことです」
もう無理だ、と思った。
ここにいるのに、いないように扱われるのも不愉快だ。
なにより、ちゃんと理解して話を聞いておきたい。
「さっきから、私だけ話が見えてないんですけど? ちゃんと筋道を立てて話してくれないかな、とりあえず、フィッツ」
フィッツが、キャスのほうに、薄金色の瞳を向ける。
とくに、表情に変わりはない。
が、ピリついた空気を醸すのはやめていた。
肌感で、その程度はわかる。
キャスは、けして「無神経」ではない。
人と関わらずにいるのだって、難しいのだ。
単純に、無視すればいい、とはならないので。
「まず銃のことですが、帝国製の銃は、誰でもが使えるわけではありません。個体識別がされますから、基本的には所有者のみにしか扱えないのです。私は、それを改変できるので、使えますが」
「ああ、あの、なりすましだね」
こくり、とフィッツがうなずく。
皇宮を逃げる時に、使った手だった。
そこにいるのにいない、いないのに、いる。
フィッツは上手く情報を改変し、別人に「なりすまし」て、監視室を欺いた。
「あの銃は、その個体を識別する装置が破損させられていました。通常では使えない状態です。ですが、動力源を別のものと差し替えることで、使用可能になっていたのですよ。ただ、かなり改造は雑で、銃弾にも歪みがあり、2発の残弾がありました。弾詰まりを起こしたのでしょう」
「つまり、改造の知識はあっても、専門家がしたんじゃないってこと?」
「その通りです、姫様」
キャスは、ちょっと不自然に感じた。
なぜベンジャミンの弟は、そんな「不出来」な実行犯に任せたのか。
それほど恨みが強かったわけではないのだろうか。
それ以前に、実行犯は、銃が「不出来」だったのを知っていたのか。
自分なら、そんな危険な銃は使いたくない。
弾詰まりを起こすということは、想定した弾数で撃てなくなる。
替えの弾倉を持っていたとしても、取り替えている間に捕まるかもしれないのだ。
一応、銃の撃ちかたを習っているので、前よりは知識がある。
もともと銃は危険なものだとの意識も手伝い、なおさら嫌だな、と思った。
「要は、アルフォンソ・ルティエは、あの男を捨て駒にした、ということです」
「捕まろうが死のうがかまわないって思ってたの?」
「そうです。それよりは身元が特定されないことが重要だったのでしょう」
「まぁ、それはね。わかるよ。バレたら捕まるからね」
自分の手を汚さずに事をすませようと考えるのなら、当然に思える。
犯人がアリバイ工作をしたり、トリックを仕掛けたりするのと同じ心理だろう。
捕まらないため、犯人だと知られないための措置だ。
「次に、姫様……ティトーヴァ・ヴァルキアが、姫様の命を心配されていたのを覚えていますよね」
覚えているか、とか、忘れていませんか、ではなく、断定してきたのがフィッツらしい。
とはいえ、朗らかに、うなずくことはできない。
むすっとした顔で、うなずいた。
「奴は、そなたが、聖者との中間種であることも、人を壊す力を持っておることも知らぬのだ。気づいてもおらぬ」
「ああ、はい……はい……? そうなんでしょうか?」
「あの者は、聖魔も魔物も絶滅させると言うておるのだ。中間種も人とは思うておらぬ。今は使い道があるゆえ、生かしておるに過ぎぬ」
だから、中間種だと分かれば、命を助けようなどとはしない。
ザイードは、そう言いたいのだろう。
「でも、人として知り合ってますし……」
口幅ったくて、自分では言いにくかった。
だが、ティトーヴァの自分に対する「好感度」が高いのは知っている。
自信過剰なのかもしれないが、仮に知られても殺そうとはしないのではないかと思っていた。
「そなたは聖者との中間種ぞ? そなたに好意をいだいたは、精神を操られた結果ゆえだと思うに決まっておろう。なれば、あの男はどうするか」
「殺そうと、しますか……」
「いえ、姫様。憎悪感情と執着心が掛け合わさって、むしろ、殺そうとはしないと思います。死ぬまで幽閉、というところですね」
ザイードは不快そうに、フィッツは淡々と、キャスの暗澹たる未来を語る。
キャス自身、ティトーヴァなら思いかねないし、やりかねない、と思った。
なにしろ、自らの「真実」しか見ないような奴なのだ。
その認識の上では「事実」など軽く無視される。
「未だに、そなたを案じているのは、魔人から話を聞いておらぬということだ」
「そうですね。私は、ゼノクルに力を使いましたし、魔人なら魔力も見えたはず」
「なぜ話さなかったのかは不明ですが、なにぶん魔人のすることですから」
「確かに……皇帝のことを陰で笑ってたかった、とかじゃない?」
ゼノクルは、戦争でさえ「娯楽」として楽しんでいた。
自らの「駒」たちが右往左往するのを見るのが好きなのだろう。
キャスたちの理解できない言動をしても、なんら不思議ではない。
「では、姫様。なぜアルフォンソ・ルティエは知っているのでしょうね」
「知ってるって、なにを?」
「姫様がベンジャミン・サレスを壊したことを、です」
「あ…………」
キャスは言葉を失う。
あの時、周りに意識を保っていた者はいなかった。
大勢のアトゥリノ兵は、全員、倒れていた。
そして、ベンジャミン・サレスも。
あの場には、ほかに誰もいなかったのだ。
だから、ティトーヴァは知らずにいる。
魔人もキャスの力の話をしていないようなので、ベンジャミンを壊したのは、おそらくフィッツだと思っているはずだ。
キャスは、当然だが、自分がベンジャミンを壊したと知っている。
なので、弟のアルフォンソに恨まれるのもしかたないと思っていた。
そのせいで気づかなかったのだ。
皇帝でも知らないことを、アルフォンソが知っているわけがない、と。
「でも、フィッツは……」
「最悪となる可能性の話ですよ、姫様。魔人は皇帝には話さなかった。ですが、誰にも話していないとは限らない。では、誰に話すか。姫様を狙うのであれば候補は絞られてきます。そう考えれば、魔人がアルフォンソ・ルティエに話している、と仮定するのが“最悪”だったのです」
「ゆえに、銃を皇帝に渡さぬほうがよかったのだ」
話が最初に戻った。
「あの男なれば、いずれ、その者に辿り着くぞ」
「かもしれません」
「いや、お前とて楽観しておらぬはずだ」
「犯人がアルフォンソだってわかったら、私がベンジーを壊したってこととか、あいつにバレるって話?」
ザイードが、やはり不快そうに、うなずく。
フィッツは黙っていた。
ということは、フィッツも、その可能性を見過ごしているわけではない。
わかっていたが、銃を渡したのだ。
「あの銃から、そこまで辿り着くには時間がかかります。その間に、こちらが先に動けるようにしておきたかったのです」
フィッツの言葉に、ザイードはうなずかずにいる。
まだ納得はしていないらしかった。
キャスは別のことが気になっている。
(先に動くって、どういうこと?)
10
お気に入りに追加
321
あなたにおすすめの小説
【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む
むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」
ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。
「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」
その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。
初めての作品です。
どうぞよろしくお願いします。
本編12話、番外編3話、全15話で完結します。
カクヨムにも投稿しています。
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
ご愛妾様は今日も無口。
ましろ
恋愛
「セレスティーヌ、お願いだ。一言でいい。私に声を聞かせてくれ」
今日もアロイス陛下が懇願している。
「……ご愛妾様、陛下がお呼びです」
「ご愛妾様?」
「……セレスティーヌ様」
名前で呼ぶとようやく俺の方を見た。
彼女が反応するのは俺だけ。陛下の護衛である俺だけなのだ。
軽く手で招かれ、耳元で囁かれる。
後ろからは陛下の殺気がだだ漏れしている。
死にたくないから止めてくれ!
「……セレスティーヌは何と?」
「あのですね、何の為に?と申されております。これ以上何を搾取するのですか、と」
ビキッ!と音がしそうなほど陛下の表情が引き攣った。
違うんだ。本当に彼女がそう言っているんです!
国王陛下と愛妾と、その二人に巻きこまれた護衛のお話。
設定緩めのご都合主義です。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです
たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。
お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。
これからどうやって暮らしていけばいいのか……
子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに……
そして………
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる