いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

戦果の収拾 4

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 キャスは、正座をしている。
 フィッツとザイードと、ノノマもだ。
 ほかのおさは、好き好きの格好で座っていた。
 全員、揃っている。
 
(良かった。みんなが無事で)
 
 最初に帰って来たのは、フィッツとザイードだった。
 次に、コルコとイホラを連れたダイスたち。
 最後が、ガリダだ。
 
 距離としては、ルーポのほうが長かったのだが、ガリダはルーポほど速くない。
 しかも、夜目が利くので、周囲に敵がいないのを確認し、全力疾走しなかったのだそうだ。
 
 急ぐことはないと思った、というシュザの言葉に、ノノマはイラッとした様子を見せていたが、シュザは気づいていなかった。
 その後、雑に食事を置くノノマに、シュザは狼狽うろたえていたが、それはともかく。
 
 一夜明け、ようやく実感がわいてくる。
 今回の作戦は、成功した。
 犠牲を出さずにすんだのだ。
 人間側には犠牲が出ているかもしれないが、それは考えないことにする。
 
(アトゥリノの兵を壊した私が、なにを今さらって感じだし……うかうかしてたらこっちがやられる。みんなが揃ってるってことが、私にとっては大事なんだ)
 
 こうして、みんなの姿を見ていると、誰も欠けることがなくて良かったと思う。
 それに、キャスは自分の心の動きを自覚していた。
 交戦中、人間側を、はっきり「敵」だと認識していたのだ。
 前の戦いの時よりも、明確に感じた。
 
 もちろん、こちらが先制攻撃を仕掛けたのだから、応戦されて当然だ。
 だとしても、撃たれたコルコを見て、相手は敵なのだと意識している。
 敵だから、なにをしてもいいとは思わないが、なにもしなければ、ただ殺されるだけだとも痛感した。
 
(まともな停戦になれば、それがお互いにとって、いいことなんだけどさ)
 
 魔物を知らずにいた頃とは、心境が変わっている。
 どうしても「人間」を信じられない。
 
 ここは、平和だった日本とは違うのだ。
 平和ボケだのなんだのと言われていたが、それでも元の世界では誠意とか善意を信じていたように思う。
 
(そういう中でなら、話し合いで解決っていうのも、アリだったかもしれないね。いきなり撃って来るっていうのがないだけで、マシだよ)
 
 キャスは、この世界の人の国に、がっかりしながら、お茶に手を伸ばした。
 泥から作られたコップは、湯呑と似ている。
 握った手に、ちりっとした痛みがあった。
 思わず、顔をしかめる。
 
「姫様……?」
 
 長たちに説明を続けていたフィッツが、ぴたっと話をやめていた。
 フィッツの説明に不備があったのかとか、気に入らない内容だったのかとか。
 そういう勘違いをしてくれればいいと思ったのだが、その思いはとどかない。
 
「手を見せていただけますか?」
「え……いや、それは……」
 
 いつものようにキャスの後ろに立っていたフィッツが、しゃがみこんでくる。
 昨日から注意してきたことが、水の泡になってしまった。
 キャスは、自分の手のひらがフィッツに見えないよう、気をつけていたのだ。
 
「見せてください」
 
 周りからの視線も痛い。
 なんだ、どうした?という視線にさらされている。
 しかたなく、キャスは両手をフィッツの前に差し出した。
 
 手の甲を上にして。
 
 が、その努力の甲斐もなく、フィッツが、パッとキャスの手を引っ繰り返す。
 直後、無表情のフィッツにしては、有り得ないくらい顔色を変えた。
 
 もとより、この時期なので日焼けはしておらず、フィッツの肌は白いほうだ。
 しかし、さらに白くなっている。
 血の気を失っている。
 
「こ、これは……どうなさったのですか、姫様……」
 
 キャスの手のひらには、赤い点々。
 1つずつは、針の先で突かれたような痕なので小さいが、手のひらじゅうにあるので「よく見なければわからない」とはいかない。
 まるで発疹のように見える。
 
「まさか、キャス、お前、病なのか?」
「病……」
 
 アヴィオの言葉を繰り返しつつ、フィッツがキャスの手を、じっと見つめた。
 顔色が、ますます悪くなっている。
 
「や、違う! 病気じゃないよ!」
「虫だな、虫。ここいらは虫が多いんだ。1箇所でも刺されると体中に広がるってやつもあるだろ? あれは痛いし、痒いし、大変だぞ?」
「あれは夏にしか出ぬ。今時おるはずがないのだがな」
「おかしいわねえ。癒そうとしているのに、上手くいかないわ」
「なにかおかしなものを口にしたのかもしれないぞ。本人が気づかないことも、よくあるからな。血に交じるようなものなら、ミネリネでも癒せない」
「そんじゃ、毒ってことじゃねぇか」
 
 びくっと、フィッツが体を震わせた。
 ダイスに「毒」と言われたことに反応している。
 キャスは、すっかり長たちに取り囲まれていた。
 慌てて、首を盛大に横に振る。
 
「違う! 虫さされでも、毒でもないから! こ、これは……怪我……?」
 
 自分でも、これをどう称していいのか、わからない。
 ただ言えるのは、病気でも虫刺されでも毒でもない、ということだ。
 
「しかし、怪我であればミネリネが癒せよう」
「さっきからやっているのに、治る様子がなくてよ?」
「いや、それは……血を吸われたって言うか……吸引……」
「やっぱり虫じゃねぇか!」
「なんと……このような時期に……新種であろうか……」
 
 もう虫ということにしておいてもいいような気がする。
 機械に血を吸われたと言うのも、おかしな感じがするし、危ない機械だと思われても困るのだ。
 だいたい影響を受けるのは、キャスだけなのだし。
 
(あれを使ったせいでこうなったって言ったら、フィッツは、これからはなるべく使わない方向で考えようとするに決まってる)
 
 だから、見つかりたくなかったし、言いたくなかった。
 あの装置を扱えるのは、ヴェスキル王族のみなのだ。
 使うとなれば、キャスが動かすしかない。
 結果、こうなるとわかれば、キャスを守る使命を持ったフィッツは嫌がる。
 
 とはいえ、あの装置は、魔物の国側の「切り札」だ。
 作戦立案の際に、外してほしくはない。
 使えるものはなんでも使わないと、と思っている。
 
「姫様……痛むのですね?」
 
 さっき湯吞を持って顔をしかめたことを言われているのだろう。
 痛くない、とは言えない。
 さりとて、痛いと言えるほど、常時、痛いわけでもない。
 湯呑の熱に、痛みを意識しただけだっだ。
 
「ちょっとチクチクするって程度だよ。そんなにたいした……」
「私が不甲斐ないばかりに、このような事態となり、申し訳ありません」
「いや、不甲斐ないのはフィッツじゃなくて……」
「今回の作戦は失敗です」
「は……?」
「犠牲をゼロにと言いつかっていたにもかかわらず、姫様自身のお体を犠牲にしてしまいました。私の力不足が招いたことです」
 
 キャスは、そろりと視線を動かす。
 ザイードまでもが、目を「点」にしていた。
 
 大袈裟に過ぎる。
 
 みんな、そう言いたいのだろうが、フィッツの悲壮感から言えずにいるのだ。
 不意に目が合ったノノマだけが、こくっとうなずく。
 そうか、と思った。
 ノノマは理解したのだろう。
 
 フィッツは、少々、頭のイカれた男なのだ。
 放っておいたら、なにを言い出すかわからない。
 と思った矢先。
 
「今後このようなことのないよう、十分に配慮します」
「あ、うん……いや、あのさ、フィ……」
「手が治るまで姫様のお世話は、すべて私にお任せください」
 
 すべて?
 
 それを思い浮かべて、キャスの顔が引き攣る。
 皇宮では、360度の眼で、フィッツは、いつでもキャスを「見守って」いた。
 全部見られているのなら見られていないのと同じと思うほど、どこにいようが、なにをしていようが、フィッツに守られていた。
 
 それはいいとしても「すべての世話」までは任せていない。
 キャスには「すべて」が、なにを意味するか、わかっている。
 あんなことや、こんなこと、そんなことまで、だ。
 
「フィッツ……それは、無理だよ」
「なぜですか? 私が無能だからでしょうか」
「そうではなくてね……」
 
 どう言えばいいのか、悩む。
 
 フィッツは、アイシャから「破廉恥」だと言われ、動揺していた。
 つまり、そうした概念をフィッツに持たせていいのかどうか。
 それが、わからないのだ。
 意識してほしくはあるが、自分を女性だと意識させるのは危険かもしれない。
 
「お前、キャスの体を洗ってやったりする気じゃねぇよな?」
「もちろん、そのつもりです。湯の熱で手が痛むのはわかりきっていますから」
「うーわ。つがいでもねぇ女の裸にさわろうとしてるぜ、こいつ」
「ちょ……ダイス!」
「フィッツも男だったんだな。けど、駄目だぞ、それは番の特権なんだ」
「魔物と人とでは文化が違います」
「そんでも、駄目なもんは駄目だ。教育上、良くねぇだろ」
 
 ほかの長たちも、妙に納得顔でうなずいている。
 キャスが裸を見られることに対して納得しているのとは違う気もするが、この際、流れに乗ろうと思った。
 
「世話をするためなら女性の裸を見てもいいって、ガリダの子たちが思っちゃうのはけないとね! うん、教育上、よろしくない」
「ですが、姫様……」
「フィッツ、この国で暮らしてるんだから、この国に合わせようよ。どうしてもっていう時には、手を貸してもらうようにする」
「……わかりました。必ず、声をかけてくださいね」
 
 渋々といった調子で、フィッツが答える。
 ホッとしたのも束の間、その後、キャスの両手は包帯でグルグル巻きにされた。
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