いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

戦果の収拾 3

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 ザイードは、フィッツと同じくらい無表情だ。
 だが、わずかばかり瞳孔が狭まっているのを、フィッツは見逃していない。
 
 考えていることには、予測がつく。
 自分と似た予測に違いない。
 
(魔物で最も古い種……人に置き換えれば、ラーザと同じ立場だな)
 
 そのせいだろうか。
 ザイードは、ほかの魔物とは明らかに思考が異なっていた。
 大きな力を持つだけではなく、頭の回転が早い。
 教えれば教えただけ、新しいものを吸収する。
 
 かと言って、古いものを捨てることもなかった。
 たとえば、思想や価値観は、依然として「魔物」なのだ。
 人のように考え、動こうとはしない。
 ザイードにとって、現状の事態も「なるべくしてなった」に過ぎないのだろう。
 
 そして、生き延びるという本能に従って、対処している。
 だから、新しいものに抵抗を示さない。
 生きるためのすべとして受け入れているのだ。
 
 頼らずにすむ方法があるのなら、頼りはしないのだろうけれども。
 
「ザイードさん、気がかりなことがあれば言ってください」
 
 この場で言わないほうがいいか、とも思ったが、せっかくおさが集まっている。
 通信は使えても、この先の2ヶ月は、全員が集まれる機会は減るだろう。
 ならば、多少、ざわついても、ここで話しておくのがいいと判断した。
 
 現状維持期間であれ、のほほんと過ごされては困る。
 いくぶんかの緊張感は必要なのだ。
 
 停戦は終戦とは違うのだから。
 
 そもそもフィッツは、人間側が約束を守るなどとは思っていない。
 ザイードだって、そう感じている。
 
 なにしろザイードは「皇帝」に会っているのだ。
 あげく、皇帝が「魔物の絶滅」を目的としているのも知っている。
 その話は、あまりに魔物の神経を逆撫でするものだったので、ほかの長たちにはしていなかった。
 
「停戦となれば、どこぞで会合を持たねばならぬ。だが、人と魔物、どちらの国であってもならぬのだ。互いに不利になる場に行こうとは思わぬのでな」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「お互いの国の間になりますね」
「しかし、人は壁の外に出るのを承服せぬのではないか?」
「人にとって聖魔は脅威と成り得る」
「俺たちも人の国に入ることはできないが、あまりにも壁の近くでは奴らが有利になってしまうぞ」
 
 アヴィオたちは、追尾弾と遠距離攻撃を受けた身だ。
 壁の近くにいることの危険をわかっている。
 
「向こうからの条件次第ですが、壁から十キロ程度は出て来てもらいます」
「北東だの」
 
 ザイードの言葉に、フィッツは、こくりとうなずいた。
 ザイードが、ほかの長たちに言う。
 
「人は魔獣も嫌っておるが、聖魔とは異なり、魔獣は攻撃できぬこともない」
「ですが、魔獣を意識させておけば、こちらに易々とは攻撃できません」
「攻撃対象が、2つになるからか」
 
 長の中では、比較的、理論的に物事を考えているナニャも、うなずいていた。
 ダイスは腑に落ちていないような顔をしている。
 おそらく、魔物にとっては、魔獣も脅威ではないからだ。
 むしろ、食料としているので、人が魔獣を恐れる理由がピンとこないのだろう。
 
「当然ですが、人数制限もしますし、こちらも備えておく必要があります」
 
 言いながら、ダイスに視線を向けた。
 ダイスは勘が鋭いので、すぐに気づく。
 
「備えってのは、オレか?」
「こちらで、遠距離の攻撃ができるのはルーポだけと言えますからね」
「おう、そうか。おかしな動きがあったら、亀裂に落としてやりゃいいんだな」
「そんなところです」
 
 フィッツには、より具体的な策が頭に浮かんでいた。
 ダイスは忘れているようだが、人は「乗り物」を使うのだ。
 地に足をつけていなければ、ダイスの攻撃は意味がない。
 が、今は説明を省く。
 
 人側が「おかしな動き」をする可能性は低いと見積もっているからだ。
 まったくないとは言えないまでも、不利なのは向こうだと、わかっている。
 なので、ダイスの「備え」が実行に移される可能性も低いと考えていた。
 だとしても、万が一の備えを怠るフィッツではない。
 
「それはそうとして……余が気になっておるのは、別のことだ」
「別のことって、なんだ、ザイード?」
 
 きょとんとしているダイスと同様、ほかの長も気づいていないらしい。
 カサンドラは眉を下げ、困ったような表情を浮かべている。
 停戦の話をし始めた時にはホッとした雰囲気があったが、少しずつ不安そうな顔に変わっていったのだ。
 
 そのことをザイードも察していたのか、カサンドラを気にしている。
 フィッツは、ザイードの懸念を説明するため、口を開きかけた。
 だが、先に室内に声が響く。
 
「ラーザの民……私の同胞が人質に取られるかもしれないってことだよね」
 
 カサンドラだ。
 
 長たちが、ぴたりと動きを止めている。
 めずらしくアヴィオも噛みついてこなかった。
 同胞という言葉から、単純に「人間」だと、ひと括りにできなかったのだろう。
 
「キャスの同胞だけではない。我らの同胞とて同じことであろう」
 
 ロキティス・アトゥリノは、中間種を作っていたのだ。
 どうやって作られていたのかは、長たちも知っている。
 
「未だ生きておるものがおるかは、わからぬがな」
 
 ロキティスが失脚したことで、帝国では生存すら認められない中間種の存在が、明らかになっているだろう。
 壁ができた際、少数の魔物は帝国から放逐されたが、ほとんどは殺されている。
 仮に、アトゥリノで囚われていた魔物が見つかったとしても、生かされ続ける理由がない。
 
(皇帝の意思が魔物を絶滅させることにあるなら、中間種とともに殺されている)
 
 少なくとも、ラーザの民と扱いが違うのは確かだ。
 カサンドラの同郷人を、皇帝は無碍にはしない。
 近年は、ラーザの民も帝国で、奴隷的な扱いを受けなくなってもいる。
 差別意識が消えたとまでは言えないまでも、帝国の民ではあるのだ。
 
「我らの同胞を盾にすると言うのか」
 
 ナニャの声には、怒りが滲んでいる。
 かつて、魔物が人に敗北したのは、戦いかたを知らなかっただけのことではない。
 つがいや子を取られ、1対1でさえ、まともに戦えなかったのだ。
 
 人の行動を、魔物は知らずにいた。
 相手を屈服させるのは、武力に限られてはいない。
 精神的なものも、人は利用する。
 魔物に「感情」があると知った段階で、その弱味を突いてきたのだ。
 
 ザイードは、カサンドラを「囮」にすることを嫌がっていた。
 彼女を危険にさらしたくないというのもあるだろうが、おそらく皇帝の感情を利用するのも嫌なのだろう。
 武力衝突への抵抗感はないようだが、精神的なものには抵抗感があるらしい。
 
(卑怯だから、ではないようだがな。自然のことわりに反する、といったところか)
 
 フィッツは、カサンドラを守るためなら、なんでもする。
 卑怯だの汚いだのと、誰から言われたって平気だ。
 自然の理なんて、少しも理解できない。
 たとえ、自然な流れを捻じ曲げてでも、状況を好転させるべきだと思っている。
 
 魔物は、川に潜って魚を獲るが、獲れなければ諦める。
 だが、フィッツなら、川を堰き止め、一時的に干上がらせてでも魚を獲る。
 そういう手段を魔物は肯とはしないだろうが、その理由が理解できないのだ。
 つまり、魔物も人の取る行動がわからず、推測もできずにいる。
 
 通常、自分の考えにないことは思いつかないし、予測もできない。
 フィッツの場合は「己」がないため、あらゆる可能性を考えられる。
 ティニカで教わるのは、ヴェスキル王族のために、成すべきことだけだった。
 自分がどうしたいかなど、フィッツの中にはない。
 
「向こうの切り札は、それしかありませんからね」
「じゃ、じゃあ、どうすんだよ?」
「どうもしません」
 
 フィッツの意思は、カサンドラの意思だ。
 彼女の望むこと、望まないことにより判断は変わる。
 
「こちらの条件も同じです」
「同胞の解放を、停戦の条件といたすのか?」
「いいえ。解放では、あちらが納得しませんよ」
「当然だ。切り札を手放すわけがない」
「だが、同胞を取られたままじゃ、俺たちも動きが制限されるんじゃないのか?」
 
 ナニャやアヴィオが指摘してくる。
 ダイスは口を閉ざし、ミネリネは我関せずという雰囲気を漂わせていた。
 ファニは、戦で犠牲を出したこともなければ、囚われたこともない。
 身につまされるという思いがないのだろう。
 
「ラーザの民と魔物の国の民を、1箇所に集めて居住させることを条件とします。場所は、帝国の南東、元ラーザ国領土。廃墟になっていても、ラーザの民がいれば復旧は早いでしょうし、比較的、ここからも近いので」
「オレらの同胞は、それでいい。いざとなりゃ、逃げればいいんだからな。けど、キャスの同胞はどうなんだ? 人は壁を越えられねぇだろ?」
 
 フィッツは、カサンドラに、ちらりと視線を投げる。
 それを受けて、彼女が小さくうなずいた。
 
「こちら側の最大の切り札は、壁を造っている装置が魔物の国にある、ということです。正常に扱えることが、この間の戦で確認できました」
 
 ザイード以外の長が、ぽかんとしている。
 壁を造る装置が、この国にあるとは思ってもいなかったのだろう。
 
「その装置は、姫様の祖がお造りになったものですが、魔物の国のものも協力したと考えられます。秘匿されていたのは、万が一にも壊されることのないようにとの配慮からでしょうね」
「なぜ、俺たちの国のものが協力したと言える?」
「姫様の祖、女王陛下自ら部品を人の国から運んだとは思えないからです。当時、壁はありませんでしたし、魔物を攫っていた国に支援を求めると思いますか?」
 
 装置がガリダに造られたことを考えれば、協力したのはガリダの民に違いない。
 そこに、どういう経緯があったかはわからないが、人の襲来を止められるのなら協力するものもいたはずだ。
 自然の理に逆らってでも。
 
「奴らは、それを知らない」
 
 ナニャの言葉に、フィッツはうなずく。
 ただし、装置が魔物の国にある、というのは危険と隣り合わせなのだ。
 脅しに使えば、逆効果になる可能性もあった。
 機械を壊されては困る人間側が、死に物狂いで魔物の国を制圧しに来かねない。
 
「停戦を望んでいるのは、あちらであって、こちら側ではない、という意思表示が重要になりますので、みなさん、それを覚えておいてください」
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