いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

感性の法則にて 4

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 そろそろ雪が降る。
 
 ノノマが、そう言っていた。
 戦が終わってから、一緒にお風呂をするのが、ほぼ日課になっている。
 フィッツには、ついて来ないように、厳しく言ってあった。
 ノノマがいるので大丈夫だと言い聞かせている。
 
 そもそもガリダにキャスの敵はいない。
 そして、風呂を覗くようなものもいない。
 当面、人が襲って来ることもないのだから、見張りは必要ないのだ。
 
(フィッツに見られるのが嫌ってことじゃないけどさ……)
 
 フィッツとの距離感に、キャスは悩んでいる。
 自分が良くない事態を引き起こすのではないかと、常に気を張ってしまうのだ。
 過ごした時間をなかったことにはできないので、出会った当初の頃のようには、感情をコントロールできなかった。
 
 そのため、ノノマとの時間は、肩から力が抜け、のんびりした気分になれる。
 他愛もない話をしていると、気疲れが取れるのだ。
 
 ギダ以外の魔獣や、冬場の食事、鱗の手入れの話と、内容は様々。
 元の世界ではしてこなかった女の子同士の話というのは、こういうものだったのだろうと、彼女は思っている。
 
(アイシャとも話はしたけど……やっぱりこう……ノノマとは、上下みたいなのがないからなぁ)
 
 アイシャは、キャスをヴェスキル王族として扱っていた。
 それはしかたのないことだが、どうしても気さくに話すというふうではない。
 その点、ノノマとは、すっかり馴染んでいる。
 お風呂でノノマは、変化へんげをしていないガリダ姿なのだが、それも影響しているのかもしれない。
 
(私の前では、変化するのが当然みたいだったのにね)
 
 1度、見せたからか、ノノマも気楽になったようだ。
 それでも、フィッツがいるとなると、たちまち変化してしまうのだけれども。
 
「そうだ、フィッツ。ノノマから聞いたんだけどさ。そろそろ雪が降るらしいよ? ガリダは、ザイードの膝あたりまで積もるんだって」
「ホバーレが使えないとなると、ますます遠征は考えられなくなりますね」
「私も、そう思ったし、実際、昔に人が来てたのは、秋が多かったみたい」
 
 ザイードの部屋に、フィッツとキャス、ノノマが来ている。
 ザイードの正面にフィッツ、フィッツの横にキャス、キャスの向かいにノノマが座るのが、定位置になっていた。
 説明したり、されたりするのに、ちょうどいい配置なのだ。
 
「では、明日にでもルーポのおさを呼び、領地に行くことにします」
「ん? どういうこと?」
「私が走っても日帰りはできないので、長に……」
「いや、移動方法の話じゃなくて……理由を訊いてるんだよ」
 
 今日の明日で、ダイスは来てくれるだろうか。
 這う這うほうほうの体で帰って行く姿は、実に憐れだったのだ。
 ザイード曰く「1日寝れば忘れる」とのことだったが、さすがに懲りたのではと思わなくもない。
 
「こちらを、ご覧ください」
 
 パッと、横長の画面が現れる。
 ボロ小屋の地下室で見せたもらったのと同じ地図が表示されている。
 
 ただし、修正をかけたのか、帝国だけではなく魔物の国も追加されていた。
 その中でもガリダだけが、帝国と同程度の細かさになっている。
 ザイードに案内してもらった成果だろう。
 
「姫様の作られた地図から推定して、おおよそのものを作りました」
 
 キャスは、自分の手書き地図を思い出して苦笑いしたくなった。
 フィッツの地図と比較すれば、子供の落書きに近い。
 おおよそどころか、キャスのものは「だいたい」でしかないのだ。
 ガリダですら、それほど詳しくは描いていなかった。
 
「前回のように、向こうが攻めて来るとわかっていて迎え撃つのであれば、姫様の作られた地図が有効でした。どこを拠点にすべきか判断するのに、よけいな情報は不要ですからね。ですが、今回は、こちらが仕掛けるため、国の守りが手薄になるのはけられません。前線に、どのくらい割けるかを見定める必要もあります」
「ゆえに、我らの領地の詳細な地図がいるのだな」
「こちらが攻められる恐れはないと考えられますが、可能性がゼロではない以上、備えておくべきでしょう」
 
 それぞれの種族で、残存戦力は異なっている。
 戦えないものの数も違うのだ。
 
 どこに避難場所を作り、残った戦力をどう配置するのが最善か。
 それを弾くために、フィッツは詳細な地図を必要としている。
 
 たぶん、前線に赴く数は、すでに決定事項として頭にあるのだろう。
 差し引きすれば、国に残るものの数も決まってくる。
 万が一、ミサイルを撃たれても、犠牲を出さない手段を考えるつもりなのだ。
 土地に被害は出るだろうが、生き残ることを優先すればいい。
 
「ルーポはガリダより北にありますし、さらに雪が深くなると考えられますので、早めに把握しておきたいと思っています」
「そうさな。ほんの数日で、あっという間に大雪になることもある。早めに足を運んでおくのがよかろう」
「では、私が帰り道でファニに言付けておきまする」
「いつも、ありがとね、ノノマ」
 
 ノノマが目をぱちぱちさせ、キャスに嬉しそうな表情を見せる。
 よくわからないが、こうした「作戦会議」みたいなものに参加するのが、ノノマは好きらしい。
 お風呂で話した時に、長たちの集まりにも同席したいということを言っていた。
 
(魔物は同胞意識が強いからなぁ。役に立てるっていうのが嬉しいのかもしれないけど……ノノマには、あんまり危ないことさせないようにしないとだね)
 
 頼めば、ノノマは、ふたつ返事でうなずく。
 無茶や無理も聞こうとするはずだ。
 なので、こちらが気をつけてセーブさせるようにしないと、と思う。
 贔屓ということではないが、アイシャのように騎士の訓練を受けている者とは違うのだ。
 
「帝国側の、この色のついた点は何ぞ?」
「黄色が研究や開発施設、赤色が軍の施設です」
「赤は、やっぱりリュドサイオに多いね。アトゥリノには黄色が多いのか」
 
 財のアトゥリノ、忠のリュドサイオ。
 
 そう呼ばれているだけのことはある。
 リュドサイオには、軍の拠点がいくつもあるようだ。
 帝国で最も多くの騎士を輩出している国なので、なにも不思議ではない。
 
 アトゥリノに、研究・開発施設が多いのもうなずける。
 そういうものには「お金」がかかるものだ。
 ロキティスのこともあったので、こちらも当然に感じられた。
 
「アトゥリノの施設は、装備品や乗り物などの開発を主としています。大型の武器などの開発は、帝国本土の施設で行っているようですね」
「ここか……点の大きさからすると、かなり大きな建物のようだの。それに……」
「大きな建物ではありますが、やりようはありますので、ご心配なく」
「……さようか。お前が、そう言うのなれば、それでよい」
 
 なにか、おかしな空気が、一瞬、漂ったような気がする。
 だが、すぐにその雰囲気が消えた。
 フィッツが地図を消し、まるで違う話題を振ってきたからだ。
 
「ところで、ジュポナで手に入れたという資料の中に、ロキティス・アトゥリノが中間種を作っていたというものがありましたが、脅威になりそうですか?」
「我らにとっては、さほど脅威ではなかろうな」
「あなたがたにとっては、ということは、人にとっては脅威になるのですか?」
「人より俊敏かつ体力もある。戦うすべを身に着けておれば、むしろ、人の脅威となろう。だが、あのような微々たる量しかないのでは、魔力での攻撃などできぬ。その上、我らのように己を守る身体の持ち合わせもないのだ」
 
 キャスは、シャノンやフード姿たちを思い出す。
 耳や尾はあっても、それだけだ。
 ルーポのような硬い毛も、それ以上に硬いガリダのような鱗もない。
 ほとんど人に近い身体だと言える。
 
「魔力で攻撃すれば殺せるのですね」
「かなり手加減でもせぬ限り、一撃で殺せる」
 
 ザイードは、ジュポナで「かなり手加減」をしていた。
 あえて効果の弱い魔力攻撃をしたのも手加減のうちだろう。
 
「でも、ロキティスは失脚してると思うよ? 私を追って来てた中間種は、全員、ゼノクルが殺したみたいだし……残った中間種がどうなったかはわからないけど」
「ゼノクル……ゼノクル・リュドサイオですか?」
「あ~……えっと、ゼノクルはゼノクルなんだけど……」
 
 ちらっと、ザイードに視線を投げる。
 どう説明していいのか、わからなかったのだ。
 
「その者は、魔人に体を乗っ取られておるのだ」
「では、魔人を利することになっているというのは、ティトーヴァ・ヴァルキアが魔人であるゼノクルに操られているということですか?」
「魔人とは思うておらぬのであろうよ。人は魔力が見えぬゆえ。あの者、見た目は人であったが、余には、おぼろげに魔力が見えたのだ。しかも、その色は黒」
「そのようなことが、できるのにござりまするか?」
「壁ができる前は、めずらしくなかったと聞いています。しかし、壁ができた際に聖魔は弾き出されたはずなのですが……」
 
 フィッツは「カサンドラ」の出自を知っている。
 とはいえ、その過程を詳細には知らないのだ。
 
 フェリシア・ヴェスキルは乱暴をされたのではなく、聖者ラフロと取引をした。
 そのラフロは、ティニカの体を乗っ取っていたのだ。
 ラフロは「借りた」と言っていたが、そんなものは詭弁だと思っている。
 
「第1王子にもかかわらず、ゼノクルがうとまれているのは魔人の血が混じっているからだという話を聞いたことがあります」
「いつから乗っ取られてたのかは知らないけど、元々のゼノクルは、意思の弱い人だったんじゃないかと思う。意思が強いと、精神干渉自体、受けにくいからね」
 
 キャスは、当たり障りのない程度に、必要なことを話した。
 が、しかし。
 
「そうですか。では、私も気をつけなければなりませんね」
「フィッツ……」
「聖魔に遭遇せず、ここに来られたのは幸いでした」
「フィッツ!」
「姫様、ティニカに意思はありません。ご存知でしょう?」
 
 ぐ…と、言葉に詰まる。
 胸が苦しくて、痛かった。
 つい、違うと言いたくなる。
 
 フィッツには、ちゃんと「意思」があったのだと。
 
 自らの意思で選び、決断し、したいことを語ったフィッツが、キャスの中には存在している。
 だが、そうなることで、フィッツは、自らのこめかみに銃をつきつけていたも同然だった。
 
 最後の引き金を引いたのは、自分かフィッツか。
 
 わからなくて、キャスはフィッツに「意思」を望めなくなる。
 ティニカのフィッツであれば、最善を選ぶことを躊躇ためらったりはしないのだ。
 
「なれば、お前の近くには魔物を必ず置けばよい。魔物は聖魔など簡単に消し飛ばしてしまえる。問題とせねばならぬのは、人のなりをした、その魔人ぞ」
「なにか対処方法を考えておくことにします」
 
 淡々としたフィッツの言葉が、キャスの耳を通り過ぎていく。
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