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最終章 彼女の会話はとめどない
感性の法則にて 3
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シュザは涙目で走り出て行き、ダイスもぐったり。
妙な空気になったため、今回の集まりは、ここまでにした。
集まること自体は、それほど大変ではないからだ。
もとよりダイスは頻繁に顔を出していたし、最近は、ちょこちょこ供連れでミネリネもキャスに会いに来ている。
「魔物が体にさわられるのを、あれほど嫌うとは知りませんでした」
「いや、場所にもよるのだ。お前とて、さわられとうない部分もあろう」
「これといってありませんね。ティニカでは日常的に検査をしていましたから慣れています」
「ラーザ、での暮らしとは、そういうものか?」
「いえ、ティニカは、ほかの民とは違います。ヴェスキル王族、私で言えば姫様をお守りし、お世話をするために適した身体作りをするのに必要なだけですよ」
フィッツと話していると、会話ができているのか、わからなくなる時があった。
人語のように理解できない、ということではない。
意思の疎通の問題だ。
フィッツとの会話には、心情のやりとりというものを感じない。
たとえば、魚の名を教えてくれたとしても、それをどう調理するのがいいのかを教えてくれたとしても、フィッツ自身が「美味い」と思っているのかは会話の中に含まれない、という感覚がある。
さらに「美味いのか」と問うても、おそらく思うような答えは返ってこない。
(美味いかどうかを判断する立場にない……いや、味などどうでもよい、と言うのではないか? むしろ、なぜ美味いかを気にかけるのかと、問い質されかねぬ……なんというか……話の通らぬ男よな……)
結果はどうでもよくて、フィッツが「どう思っているのか」知りたいだけだったとしても、その「知りたいだけ」を、フィッツは理解できない気がするのだ。
ザイードは、フィッツと会話をしていると、なんとも言えない気分になる。
(こやつには、己の意思が感じられぬのだ)
フィッツが優れた者であるのは認めていた。
だが、自ら「こうしたい」との意思がないように思えてならない。
常に「姫様を守り、世話をする」ために動いている。
それは、魔物には有り得ない考えかただ。
魔物は、必ず自分の意思で動く。
指図された動きであっても、最終的に結論をくだすのは自分の意思だった。
どうしても嫌なら従わないし、従ったほうがいいと判断すれば従う。
誰かのためだろうとなかろうと、判断するのは「自分」なのだ。
フィッツの動きは、キャスにある「人の理」とも異なっている。
キャスは、悩んだり苦しんだりしながらも、己の意思で動いていた。
決断を下す時も、決断できずに悩む時も、そこにはキャスの「心」が伴う。
人の理は理解できなくても、伝わってくるものはあった。
が、フィッツには、それがない。
あるのは「目的」だけだった。
ザイードは、このことについては先送りにする。
フィッツは「そういう者」なのだろうと思ったからだ。
なぜガリダには鱗があるのか、と訊かれても「そういう生じかたをしたからだ」と答えるしかない。
それと同じだ。
「時に……ここでの暮らしは、キャスにとって苦労が多いのであろうな。王族とは立派な家に住み、メイドに囲まれて暮らすものなのであろう?」
「本来はそうあるべきなのですが、姫様は王族としての暮らしを知らずに成長されました。ですから、あまり苦にされていないと思いますよ」
「さようか。なれば、良い」
「正直、私は、泥の湯など話にならない、と考えておりましたが、あれはあれで、良い効能があるのですね」
「さてな。我らは、泥の湯が当然に暮らしておるゆえ、深う考えたことはない」
長たちが引き上げ、ザイードたちも、家に帰っている。
キャスに誘われたノノマも一緒だった。
シュザは衝撃が大き過ぎたのか、ついて来なかった。
夕食をすませたのち、キャスとノノマは湯につかりに行き、今はいない。
「あの泥には目に見えない細かな体の汚れを吸着し、清潔さを保つだけではなく、血流も良くする効果があります。まだ外気が低いので、温まった体で休むほうが、熟睡できるでしょう」
「ガリダはルーポとは違うて、寒さに強い種族ではないのでな。雪の深うなったルーポの領地では動けぬようになることもある」
「では、帝国が、ここより南にあるのは幸いでした」
「そうだの」
例年、冬場になると、ガリダは、ほとんど領地の外には出ない。
獲物となる魔獣が減り、狩りに出ても、手ぶらで戻る日が多くなる。
寒さに耐え、無理をしてまで、狩りをする意味がなかった。
なので、冬場は干し肉や燻した魚で、やり過ごすのだ。
とはいえ、今年は、そういうわけにはいかない。
先制攻撃を加えるためには、春まで待っていては遅過ぎる。
部隊編成ができたら、すぐにでも出立したいほどだ。
「来月の中旬くらいですね」
「やはり、多少の修練は必要か」
「小規模のものでかまいません。ただし反復は必要です。タイミング……ちょうどいい時を見計らうことが、今回の攻撃での要となりますので」
「タイミング、を、間違えば爆発せぬのだな?」
「まったくしない場合もあるでしょうし、爆発したとしても想定より小さなものになってしまう可能性があります」
そうなると、得られる結果も想定以下のものになる。
本来、奇襲とは、相手の不意を突くことを目的としていた。
その一手をもって、最大の効果を得る。
だが、想定していた効果が得られなければ、次の戦闘の不利に繋がる。
相手も馬鹿ではないので、次は奇襲に備えてくる。
フィッツの提案した「先制攻撃」が有利なのは、今だけなのだ。
人が、未だ魔物を見下し、侮っているからこそ、通用する。
「先日の戦い、こちらから打って出なくて正解でした」
「そうだの。おそらく向こうは、自分らがなにもせねば我らも動かぬと思うておるだろうて。我らは襲うて来る者を迎え撃つのみ、とな」
「今頃は、長距離や無人の武器の開発に注力していますよ。悠長と言えば、悠長な話です。そういったものは、年単位でしか結果が出ないというのに」
「だが、侮ることもできぬ、であろう?」
ザイードは、フィッツの薄金色の瞳を、じっと見た。
命を救った時から、キャスがずっと大事に肌身離さず持っていた、あのひし形に似た色をしている。
(あの時……キャスは、あれを持っておったろうか……?)
壁を造る装置を守るため、1人で湿地帯に向かったキャス。
追ったザイードの前で、キャスは壊れかけていた。
ぼうっと空を見上げ、呼びかけにも反応しなかったのだ。
魔人になにかされたらしいのだが、詳しくは訊いていない。
思い出させることで、キャスを苦しませるのではないかと思ったからだ。
「あなたの推測通りですよ」
ザイードは、スッと意識を切り替える。
フィッツがキャスの「想い人」なのはわかっていた。
フィッツの気持ちは掴みどころがないが、2人が特別な間柄なのは間違いない。
今のところ、自分は口を挟む立場にはないのだ。
「たとえ、お前でも防げぬか」
「同じ場所に着弾するよう設定されていればともかく、別々に撃ち込まれるような設定がされていると、私の遠隔操作の範囲から外れるものも出てきます」
「…………次の策は、失敗できぬな……」
この間の失敗から、人は学んだはずだ。
3発のミサイルを同じ場所に集めた結果、潰し合いになった。
であれば、次は距離を離して撃てばいい、と考える。
実際、フィッツの言葉からも、それは有効な手だ。
けれど、それを封じる手がないわけではない。
「あなたは、なぜそこまで姫様を気になさるのですか?」
着弾地点をバラつかせない方法を、フィッツもわかっている。
ザイードが、その方法を嫌がっていることにも気づいているのだ。
皇帝はキャスを傷つけたがらない。
あらかじめキャスが何ヶ所かに姿を現しておけば、たとえ不利になろうと、皇帝は、そこを狙うことができなくなる。
キャスを囮に使うことであり、皇帝の感情を利用することでもあった。
「キャスを好いておるゆえだの」
「それは、求愛の意味においてですね」
「そうだ」
「姫様は、お応えに?」
「まだ求愛しておらぬ。今は、さような時ではなかろう」
フィッツは疑っているに違いない。
こういう時だから求愛するものが増えている。
生存本能が高まっているのだ。
もっとも、そうは言っても、誰でもいいとはならないのだが、それはともかく。
「お前は、キャスが余を選んだら、いかがする?」
「これまでとなにも変わりありません。私の使命は姫様を守り、世話をすることです。仮に、お子ができたとしても、そちらには別のティニカがつきますよ」
「……良いのか、それで?」
「姫様が望まれるのであれば」
ザイードの尾が左右に小さく揺れる。
自分にとってフィッツの答えは都合がいい。
キャスに「気がない」と言っているようなものだからだ。
なのに、苛々する。
(ようわからぬ……キャスだけが、こやつを好いておったとは思えぬが……)
フィッツは、あくまでもキャスに仕えている、という態度を崩さない。
ザイードと番になる可能性を示唆しても、平然としている。
キャスに対する恋慕など微塵もいだいていないように感じた。
なにしろ「子ができる」話まで口にしているのだ。
もちろん、人には王族だのなんだのという縛りのようなものはあるのだろう。
メイドのような、ただ茶を出すだけの働き手がいるくらいだ。
仕える者が、その相手に求愛することなどできないのかもしれない。
だが「キャスが望むのなら」と言った口調には、諦念のようなものがなかった。
つまり、立場が邪魔をしている、というのとも違う。
「お前の考えは、ようわからぬ。だが、キャスが望むのなれば、ということには、同意いたす。それに、キャスを無闇に危険に晒すのも、余の本意ではない」
「姫様を囮にするような策は立てませんよ」
「わかっておるな?」
「当然、姫様の耳にも入らないようにします」
キャスは、なんでも1人で背負うとするところがあった。
自らが囮になることも厭わないはずだ。
そういう策もあると知れば、選択肢から外さないようにと言うに違いない。
おかしな話だが、こういう話が、フィッツと最も意思の疎通ができる。
「さっぱりした~、泥湯に慣れると、普通のお湯じゃ物足りなくなりそうだよ」
「体も、ほくほくにござりまするゆえ、寒い夜には適しておりまする」
キャスとノノマの声が聞こえて来た。
そして、カラっと戸が開く。
ザイードの部屋が最も広いので、なんとなくここに集まるのが習慣になっているのだ。
妙な空気になったため、今回の集まりは、ここまでにした。
集まること自体は、それほど大変ではないからだ。
もとよりダイスは頻繁に顔を出していたし、最近は、ちょこちょこ供連れでミネリネもキャスに会いに来ている。
「魔物が体にさわられるのを、あれほど嫌うとは知りませんでした」
「いや、場所にもよるのだ。お前とて、さわられとうない部分もあろう」
「これといってありませんね。ティニカでは日常的に検査をしていましたから慣れています」
「ラーザ、での暮らしとは、そういうものか?」
「いえ、ティニカは、ほかの民とは違います。ヴェスキル王族、私で言えば姫様をお守りし、お世話をするために適した身体作りをするのに必要なだけですよ」
フィッツと話していると、会話ができているのか、わからなくなる時があった。
人語のように理解できない、ということではない。
意思の疎通の問題だ。
フィッツとの会話には、心情のやりとりというものを感じない。
たとえば、魚の名を教えてくれたとしても、それをどう調理するのがいいのかを教えてくれたとしても、フィッツ自身が「美味い」と思っているのかは会話の中に含まれない、という感覚がある。
さらに「美味いのか」と問うても、おそらく思うような答えは返ってこない。
(美味いかどうかを判断する立場にない……いや、味などどうでもよい、と言うのではないか? むしろ、なぜ美味いかを気にかけるのかと、問い質されかねぬ……なんというか……話の通らぬ男よな……)
結果はどうでもよくて、フィッツが「どう思っているのか」知りたいだけだったとしても、その「知りたいだけ」を、フィッツは理解できない気がするのだ。
ザイードは、フィッツと会話をしていると、なんとも言えない気分になる。
(こやつには、己の意思が感じられぬのだ)
フィッツが優れた者であるのは認めていた。
だが、自ら「こうしたい」との意思がないように思えてならない。
常に「姫様を守り、世話をする」ために動いている。
それは、魔物には有り得ない考えかただ。
魔物は、必ず自分の意思で動く。
指図された動きであっても、最終的に結論をくだすのは自分の意思だった。
どうしても嫌なら従わないし、従ったほうがいいと判断すれば従う。
誰かのためだろうとなかろうと、判断するのは「自分」なのだ。
フィッツの動きは、キャスにある「人の理」とも異なっている。
キャスは、悩んだり苦しんだりしながらも、己の意思で動いていた。
決断を下す時も、決断できずに悩む時も、そこにはキャスの「心」が伴う。
人の理は理解できなくても、伝わってくるものはあった。
が、フィッツには、それがない。
あるのは「目的」だけだった。
ザイードは、このことについては先送りにする。
フィッツは「そういう者」なのだろうと思ったからだ。
なぜガリダには鱗があるのか、と訊かれても「そういう生じかたをしたからだ」と答えるしかない。
それと同じだ。
「時に……ここでの暮らしは、キャスにとって苦労が多いのであろうな。王族とは立派な家に住み、メイドに囲まれて暮らすものなのであろう?」
「本来はそうあるべきなのですが、姫様は王族としての暮らしを知らずに成長されました。ですから、あまり苦にされていないと思いますよ」
「さようか。なれば、良い」
「正直、私は、泥の湯など話にならない、と考えておりましたが、あれはあれで、良い効能があるのですね」
「さてな。我らは、泥の湯が当然に暮らしておるゆえ、深う考えたことはない」
長たちが引き上げ、ザイードたちも、家に帰っている。
キャスに誘われたノノマも一緒だった。
シュザは衝撃が大き過ぎたのか、ついて来なかった。
夕食をすませたのち、キャスとノノマは湯につかりに行き、今はいない。
「あの泥には目に見えない細かな体の汚れを吸着し、清潔さを保つだけではなく、血流も良くする効果があります。まだ外気が低いので、温まった体で休むほうが、熟睡できるでしょう」
「ガリダはルーポとは違うて、寒さに強い種族ではないのでな。雪の深うなったルーポの領地では動けぬようになることもある」
「では、帝国が、ここより南にあるのは幸いでした」
「そうだの」
例年、冬場になると、ガリダは、ほとんど領地の外には出ない。
獲物となる魔獣が減り、狩りに出ても、手ぶらで戻る日が多くなる。
寒さに耐え、無理をしてまで、狩りをする意味がなかった。
なので、冬場は干し肉や燻した魚で、やり過ごすのだ。
とはいえ、今年は、そういうわけにはいかない。
先制攻撃を加えるためには、春まで待っていては遅過ぎる。
部隊編成ができたら、すぐにでも出立したいほどだ。
「来月の中旬くらいですね」
「やはり、多少の修練は必要か」
「小規模のものでかまいません。ただし反復は必要です。タイミング……ちょうどいい時を見計らうことが、今回の攻撃での要となりますので」
「タイミング、を、間違えば爆発せぬのだな?」
「まったくしない場合もあるでしょうし、爆発したとしても想定より小さなものになってしまう可能性があります」
そうなると、得られる結果も想定以下のものになる。
本来、奇襲とは、相手の不意を突くことを目的としていた。
その一手をもって、最大の効果を得る。
だが、想定していた効果が得られなければ、次の戦闘の不利に繋がる。
相手も馬鹿ではないので、次は奇襲に備えてくる。
フィッツの提案した「先制攻撃」が有利なのは、今だけなのだ。
人が、未だ魔物を見下し、侮っているからこそ、通用する。
「先日の戦い、こちらから打って出なくて正解でした」
「そうだの。おそらく向こうは、自分らがなにもせねば我らも動かぬと思うておるだろうて。我らは襲うて来る者を迎え撃つのみ、とな」
「今頃は、長距離や無人の武器の開発に注力していますよ。悠長と言えば、悠長な話です。そういったものは、年単位でしか結果が出ないというのに」
「だが、侮ることもできぬ、であろう?」
ザイードは、フィッツの薄金色の瞳を、じっと見た。
命を救った時から、キャスがずっと大事に肌身離さず持っていた、あのひし形に似た色をしている。
(あの時……キャスは、あれを持っておったろうか……?)
壁を造る装置を守るため、1人で湿地帯に向かったキャス。
追ったザイードの前で、キャスは壊れかけていた。
ぼうっと空を見上げ、呼びかけにも反応しなかったのだ。
魔人になにかされたらしいのだが、詳しくは訊いていない。
思い出させることで、キャスを苦しませるのではないかと思ったからだ。
「あなたの推測通りですよ」
ザイードは、スッと意識を切り替える。
フィッツがキャスの「想い人」なのはわかっていた。
フィッツの気持ちは掴みどころがないが、2人が特別な間柄なのは間違いない。
今のところ、自分は口を挟む立場にはないのだ。
「たとえ、お前でも防げぬか」
「同じ場所に着弾するよう設定されていればともかく、別々に撃ち込まれるような設定がされていると、私の遠隔操作の範囲から外れるものも出てきます」
「…………次の策は、失敗できぬな……」
この間の失敗から、人は学んだはずだ。
3発のミサイルを同じ場所に集めた結果、潰し合いになった。
であれば、次は距離を離して撃てばいい、と考える。
実際、フィッツの言葉からも、それは有効な手だ。
けれど、それを封じる手がないわけではない。
「あなたは、なぜそこまで姫様を気になさるのですか?」
着弾地点をバラつかせない方法を、フィッツもわかっている。
ザイードが、その方法を嫌がっていることにも気づいているのだ。
皇帝はキャスを傷つけたがらない。
あらかじめキャスが何ヶ所かに姿を現しておけば、たとえ不利になろうと、皇帝は、そこを狙うことができなくなる。
キャスを囮に使うことであり、皇帝の感情を利用することでもあった。
「キャスを好いておるゆえだの」
「それは、求愛の意味においてですね」
「そうだ」
「姫様は、お応えに?」
「まだ求愛しておらぬ。今は、さような時ではなかろう」
フィッツは疑っているに違いない。
こういう時だから求愛するものが増えている。
生存本能が高まっているのだ。
もっとも、そうは言っても、誰でもいいとはならないのだが、それはともかく。
「お前は、キャスが余を選んだら、いかがする?」
「これまでとなにも変わりありません。私の使命は姫様を守り、世話をすることです。仮に、お子ができたとしても、そちらには別のティニカがつきますよ」
「……良いのか、それで?」
「姫様が望まれるのであれば」
ザイードの尾が左右に小さく揺れる。
自分にとってフィッツの答えは都合がいい。
キャスに「気がない」と言っているようなものだからだ。
なのに、苛々する。
(ようわからぬ……キャスだけが、こやつを好いておったとは思えぬが……)
フィッツは、あくまでもキャスに仕えている、という態度を崩さない。
ザイードと番になる可能性を示唆しても、平然としている。
キャスに対する恋慕など微塵もいだいていないように感じた。
なにしろ「子ができる」話まで口にしているのだ。
もちろん、人には王族だのなんだのという縛りのようなものはあるのだろう。
メイドのような、ただ茶を出すだけの働き手がいるくらいだ。
仕える者が、その相手に求愛することなどできないのかもしれない。
だが「キャスが望むのなら」と言った口調には、諦念のようなものがなかった。
つまり、立場が邪魔をしている、というのとも違う。
「お前の考えは、ようわからぬ。だが、キャスが望むのなれば、ということには、同意いたす。それに、キャスを無闇に危険に晒すのも、余の本意ではない」
「姫様を囮にするような策は立てませんよ」
「わかっておるな?」
「当然、姫様の耳にも入らないようにします」
キャスは、なんでも1人で背負うとするところがあった。
自らが囮になることも厭わないはずだ。
そういう策もあると知れば、選択肢から外さないようにと言うに違いない。
おかしな話だが、こういう話が、フィッツと最も意思の疎通ができる。
「さっぱりした~、泥湯に慣れると、普通のお湯じゃ物足りなくなりそうだよ」
「体も、ほくほくにござりまするゆえ、寒い夜には適しておりまする」
キャスとノノマの声が聞こえて来た。
そして、カラっと戸が開く。
ザイードの部屋が最も広いので、なんとなくここに集まるのが習慣になっているのだ。
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