206 / 300
最終章 彼女の会話はとめどない
思想の差異 2
しおりを挟む
家の建て増しが終わったのは、フィッツが手掛け始めて15日ほどだった。
その間もフィッツは、キャスが過ごし易い空間を残しつつ作業してくれている。
隣にあった納屋は平気でぶっ壊していたが、それはともかく。
(十分、広くなったと思うけど、地下が造れないって言ってたよなぁ)
ガリダの領地には沼地が多い。
考えなくとも地盤が緩いことは明白だ。
コンクリートで地盤を固めでもしない限り、地下室なんて作れるはずもない。
(フィッツならコンクリートくらい造っちゃいそうだよね。まぁ、たとえコンクリートが造れたとしても、それはそれで危険って気がするけど)
土地や建物に詳しいわけではないが、なんとなく危ないと感じる。
あの「ティニカの隠れ家」でさえ地下から攻め落とされたのだ。
沼地であれば、地面には、たっぷり水がしみこんでいるだろう。
コンクリートで変に水脈を塞いでしまったりすれば、別の場所が地盤沈下することも有り得る。
なんてことは、フィッツも考えたに違いない。
自分でも思いつくようなことを、フィッツが思いつけないはずがなかった。
だから、造るのを、早々と断念したのだ。
資材が運ばれて来るや、黙々と1人で作業。
ガリダたちは手伝うと言ったらしいが、それをフィッツは断っている。
キャスは、そんなフィッツの姿を、ただ見ていた。
あの戦から、1ヶ月弱。
魔物の国は落ち着きを取り戻している。
人との差を、ここでもキャスは感じた。
簡単ではなかったはずだ、とは思う。
けれど、魔物たちは「死」を受け入れていた。
しかたがなかったと諦めているわけではない。
国を守るための尊い犠牲だともしていない。
悲しくないとか、平気だとかいうのとも違う。
それでも、その存在が消えてしまったことを受け入れ、記憶を語り合っていた。
そして、生き残った自分たちを責めたりもしないのだ。
キャスの中には、いろんな後悔がある。
拭いきれない罪悪感もいだいていた。
元の世界で死ぬ間際には、未練も後悔もなかったのに、今は後悔ばかりだ。
悔やんでも取り返しがつかないとわかっていても、悔やむ。
あの時、無理をして人の国に戻っていなければ、アイシャの祖父や父を巻き込むことはなかったのだろうか、とか。
おそらく結果は同じだ。
ロキティスは、そもそも魔物の国を襲撃するつもりでいた。
そのために聖魔封じは必須であり、仮にラーザの民を利用するしか手がなかったのだとすれば、キャスがなにをしてもしなくても結果は変わらなかっただろう。
そう思いはすれど、割り切れなさがある。
なぜなら、ラフロとの取引を拒否したのは、自分の我儘に過ぎなかったからだ。
フィッツを再び死なせなくない、という思いしかなかった。
けれど、もしフィッツを生き返らせていたなら、より良い選択をしてくれたかもしれない、と考えてしまう。
壁を壊してなお、最善を選べた可能性があったのではないか。
実際、取引に対する決断をくだしたあと、フィッツを生き返らせたほうが戦争を有利にできたはずだ、とは思っていたのだから。
フィッツのいない中、自分で選択し、決断せざるを得なかった。
考えが至らないことも多かった。
自分の精一杯と、フィッツの精一杯とでは、大違いだとわかってもいる。
だから、思ってしまうのだ。
結局、フィッツが生き返ることになるのなら、あの時と今と。
どちらを選ぶのが「最適」であったのかと、複雑な心境になる。
今のフィッツは、以前のフィッツとは違うのだ。
たぶん、ラフロも言っていた、あの「魂」が砕かれたからだと推測している。
散り散りになった記憶や思い出や感情を、自分は拾い損ねた。
薄金色のひし形を砕かれる前、すなわちラフロとの取引をしてフィッツを取り戻していれば、こんなことにはなっていない。
(こんなグダグダ考えてるから……よけい気まずいっていうかさ……)
建て増し作業を横目にしながらも、フィッツにあまり声をかけられずにいる。
声をかけても、どこかぎこちなくなる。
勝手と言わざるを得ないが、複雑な感情がキャスを縛りつけていた。
思ったように言葉が出なかったり、行動できなかったりするのだ。
キャスは、フィッツがいなかった間に起きた出来事を、おおまかに話している。
その中で、恐れていたというか、予想通りの反応があった。
ラーザの民3百人の死。
ただし、3百人というのは、ゼノクルの言葉でわかった数字だ。
遺体を確認できたのは、2百人もいない。
沼地以外にあった2台のリニメアからは、ほとんど見つからなかった。
亀裂から噴き上げた水で横倒しになったリニメアはドアが破損しており、遺体は流されてしまったのか、半数も残っていなかったのだ。
そして、アイシャの祖父と父の乗っていた小型のリニメアは、ゼノクルが逃亡に使っている。
遺体ごと乗り逃げられてしまったので、あの時、垣間見たのが最期になった。
中にアイシャの姿がなかったのは確認できていたけれども。
そのラーザの民の死を告げた際のフィッツの反応が、予想通りだったのだ。
ある意味では、キャスの期待に沿うものではなかった。
もちろん、それだって、しかたがないとわかっている。
フィッツは「アイシャを知らない」のだ。
アイシャと出会ったのは戦車試合の日だった。
けれど、知り合ったのは、隠し通路を抜けた先にあった狩猟地の森の中。
森狩り中に現れたアイシャはエガルベの騎士だと名乗り、囮になってくれたのだ。
それ以降、2人の逃亡に同行し、手を貸してくれている。
とはいえ、フィッツの記憶は、皇宮の地下室で途切れていた。
戦車試合で助けたバレスタンの女性騎士がエガルベだったと知っても、それほど感情の変化は見受けられなかったのだ。
一緒に過ごした日々がないフィッツにとっては、アイシャがどういう人物であるかもわからない。
ネセリックの坑道で別れる頃には信頼関係ができていたように感じたが、それも当然に消えていた。
『ラーザの民であれば姫様のなさったことに同意していたはずです。なにも気に病まれることはありません。むしろラーザの民であるにもかかわらず、姫様の身を危険に晒したことを恥じるべきですね』
ラーザの民の死を話したキャスに、フィッツは、そんなふうに言っている。
予想通りと言えば、予想通りだ。
ティニカのフィッツであれば、なんら不思議ではない。
だが、キャスは、別の反応を期待していたのを自覚している。
心の隅で、ほんの少し。
ラーザの民の死を悼み、自分の後悔や罪悪感をわかってほしかったのだ。
一も二もなく、当然のように受け流されたのが悲しかった。
自分の中途半端な力が招いたことなのに。
そういうあれこれがあり、キャスの心境は複雑になっている。
簡単にできていたはずのことが、とても難しく感じられた。
フィッツに変化を望まないのなら、迂闊に距離を縮める真似もできないし。
(でも、私は自分勝手なんだよなぁ……戦争が終わったらフィッツとのんびりできるのかとか……考えてるんだからさ……我ながら、人でなし体質だと思うよ)
魔物にも人にも、そしてラーザの民さえも犠牲にしておいて、のうのうと先々の幸せについて考えている。
なのに、人の国でティニカに匿ってもらうとの選択もせずにいるのだから、偽善もいいところだ。
フィッツが大事で死なせたくないのなら、魔物の国から手を引くべきだった。
ここにいる限り、人との戦争は避けられず、危険が伴う。
わかっているのに、手を引けない。
最も大事なものはなにか。
それを決めきれずにいる。
心ではフィッツだと決めていても、やはり割り切れなかった。
親しくなった魔物たちの顔が浮かんでくるからだ。
自分たちが逃げてしまったら彼らはどうなるのだろうか、と。
『あなたは、やり直したいとは思いませんか?』
本物の「カサンドラ」から聞かれたことだった。
今なら、この世界に来た日だと答えるかもしれない。
(坑道でも、ティニカの隠れ家でも……2度目だったら、もっと上手くやれるはずだもんね。できるもんなら、そうしたいけど)
純血種ではない自分には、そこまでの力はない気がする。
ラフロは「私の力を直接に与えなければできないこと」だと言っていた。
そして、生き戻りの力を与えたはずなのに、その力はフェリシアではなく、その娘のカサンドラに宿ったのだ。
なんでも思う通り、ということにはならない。
元の世界には持たなかった未練や後悔を感じ、同じく元の世界では求めなかった「やり直しの人生」を求めている。
これが「生きる」ということなら、生きるというのは、なんとしんどいことか。
淡々と生き、苦痛もなく死ねたであろう、あの一瞬が、自分にとっての最初で最後の「ラッキー」だったのだ。
(おかしいよね。そのラッキーな時点じゃなくて、この世界に来た最初の日に戻りたいだなんてさ……フィッツを知らなかった頃には戻りたくないってことか……)
フィッツを知った今となっては、もう「ラッキー」ではなくなっている。
その記憶をかかえたままでは、未練も後悔もなく死ねないからだ。
フィッツが死んだ日に感じた多くの未練や後悔が、自分の死にも重なってくる。
もう1度、好きだと言っておけば良かった、とか。
きっと思うに違いない。
今のキャスには、どんなに苦痛のない「死」でも、幸運には成り得なかった。
フィッツと出会わなければ良かった、とは思えないからだ。
生きるのが苦しかったりしんどかったりしても。
やり直しの人生が選べたとしても。
フィッツと出会う人生を選び、生きる道を進むことだけは確かだった。
なのに、そのフィッツを相手にぎこちなくなっているのだから、自分の曖昧さ加減に嫌気がさす。
振り切ってしまいたいのに、振り切れない。
フィッツが生き返ってからずっと、キャスは複雑な心境に振り回されている。
「キャスよ、そろそろ行くが、用意はできておるか?」
ザイードが顔を覗かせたので、つきかけた溜め息を飲み込んだ。
建て増し後、元ザイードの部屋がキャスの部屋となり、元キャスの部屋の半分がフィッツの部屋、残りの半分と納屋だった場所にザイードの部屋ができている。
そのため、ザイードは以前のように簡単に、ひょいと顔を出さなくなった。
間に、フィッツの部屋を挟んでいるからだ。
(ザイードが下心なんて持つはずないのに。過保護なとこは変わってないんだね)
その間もフィッツは、キャスが過ごし易い空間を残しつつ作業してくれている。
隣にあった納屋は平気でぶっ壊していたが、それはともかく。
(十分、広くなったと思うけど、地下が造れないって言ってたよなぁ)
ガリダの領地には沼地が多い。
考えなくとも地盤が緩いことは明白だ。
コンクリートで地盤を固めでもしない限り、地下室なんて作れるはずもない。
(フィッツならコンクリートくらい造っちゃいそうだよね。まぁ、たとえコンクリートが造れたとしても、それはそれで危険って気がするけど)
土地や建物に詳しいわけではないが、なんとなく危ないと感じる。
あの「ティニカの隠れ家」でさえ地下から攻め落とされたのだ。
沼地であれば、地面には、たっぷり水がしみこんでいるだろう。
コンクリートで変に水脈を塞いでしまったりすれば、別の場所が地盤沈下することも有り得る。
なんてことは、フィッツも考えたに違いない。
自分でも思いつくようなことを、フィッツが思いつけないはずがなかった。
だから、造るのを、早々と断念したのだ。
資材が運ばれて来るや、黙々と1人で作業。
ガリダたちは手伝うと言ったらしいが、それをフィッツは断っている。
キャスは、そんなフィッツの姿を、ただ見ていた。
あの戦から、1ヶ月弱。
魔物の国は落ち着きを取り戻している。
人との差を、ここでもキャスは感じた。
簡単ではなかったはずだ、とは思う。
けれど、魔物たちは「死」を受け入れていた。
しかたがなかったと諦めているわけではない。
国を守るための尊い犠牲だともしていない。
悲しくないとか、平気だとかいうのとも違う。
それでも、その存在が消えてしまったことを受け入れ、記憶を語り合っていた。
そして、生き残った自分たちを責めたりもしないのだ。
キャスの中には、いろんな後悔がある。
拭いきれない罪悪感もいだいていた。
元の世界で死ぬ間際には、未練も後悔もなかったのに、今は後悔ばかりだ。
悔やんでも取り返しがつかないとわかっていても、悔やむ。
あの時、無理をして人の国に戻っていなければ、アイシャの祖父や父を巻き込むことはなかったのだろうか、とか。
おそらく結果は同じだ。
ロキティスは、そもそも魔物の国を襲撃するつもりでいた。
そのために聖魔封じは必須であり、仮にラーザの民を利用するしか手がなかったのだとすれば、キャスがなにをしてもしなくても結果は変わらなかっただろう。
そう思いはすれど、割り切れなさがある。
なぜなら、ラフロとの取引を拒否したのは、自分の我儘に過ぎなかったからだ。
フィッツを再び死なせなくない、という思いしかなかった。
けれど、もしフィッツを生き返らせていたなら、より良い選択をしてくれたかもしれない、と考えてしまう。
壁を壊してなお、最善を選べた可能性があったのではないか。
実際、取引に対する決断をくだしたあと、フィッツを生き返らせたほうが戦争を有利にできたはずだ、とは思っていたのだから。
フィッツのいない中、自分で選択し、決断せざるを得なかった。
考えが至らないことも多かった。
自分の精一杯と、フィッツの精一杯とでは、大違いだとわかってもいる。
だから、思ってしまうのだ。
結局、フィッツが生き返ることになるのなら、あの時と今と。
どちらを選ぶのが「最適」であったのかと、複雑な心境になる。
今のフィッツは、以前のフィッツとは違うのだ。
たぶん、ラフロも言っていた、あの「魂」が砕かれたからだと推測している。
散り散りになった記憶や思い出や感情を、自分は拾い損ねた。
薄金色のひし形を砕かれる前、すなわちラフロとの取引をしてフィッツを取り戻していれば、こんなことにはなっていない。
(こんなグダグダ考えてるから……よけい気まずいっていうかさ……)
建て増し作業を横目にしながらも、フィッツにあまり声をかけられずにいる。
声をかけても、どこかぎこちなくなる。
勝手と言わざるを得ないが、複雑な感情がキャスを縛りつけていた。
思ったように言葉が出なかったり、行動できなかったりするのだ。
キャスは、フィッツがいなかった間に起きた出来事を、おおまかに話している。
その中で、恐れていたというか、予想通りの反応があった。
ラーザの民3百人の死。
ただし、3百人というのは、ゼノクルの言葉でわかった数字だ。
遺体を確認できたのは、2百人もいない。
沼地以外にあった2台のリニメアからは、ほとんど見つからなかった。
亀裂から噴き上げた水で横倒しになったリニメアはドアが破損しており、遺体は流されてしまったのか、半数も残っていなかったのだ。
そして、アイシャの祖父と父の乗っていた小型のリニメアは、ゼノクルが逃亡に使っている。
遺体ごと乗り逃げられてしまったので、あの時、垣間見たのが最期になった。
中にアイシャの姿がなかったのは確認できていたけれども。
そのラーザの民の死を告げた際のフィッツの反応が、予想通りだったのだ。
ある意味では、キャスの期待に沿うものではなかった。
もちろん、それだって、しかたがないとわかっている。
フィッツは「アイシャを知らない」のだ。
アイシャと出会ったのは戦車試合の日だった。
けれど、知り合ったのは、隠し通路を抜けた先にあった狩猟地の森の中。
森狩り中に現れたアイシャはエガルベの騎士だと名乗り、囮になってくれたのだ。
それ以降、2人の逃亡に同行し、手を貸してくれている。
とはいえ、フィッツの記憶は、皇宮の地下室で途切れていた。
戦車試合で助けたバレスタンの女性騎士がエガルベだったと知っても、それほど感情の変化は見受けられなかったのだ。
一緒に過ごした日々がないフィッツにとっては、アイシャがどういう人物であるかもわからない。
ネセリックの坑道で別れる頃には信頼関係ができていたように感じたが、それも当然に消えていた。
『ラーザの民であれば姫様のなさったことに同意していたはずです。なにも気に病まれることはありません。むしろラーザの民であるにもかかわらず、姫様の身を危険に晒したことを恥じるべきですね』
ラーザの民の死を話したキャスに、フィッツは、そんなふうに言っている。
予想通りと言えば、予想通りだ。
ティニカのフィッツであれば、なんら不思議ではない。
だが、キャスは、別の反応を期待していたのを自覚している。
心の隅で、ほんの少し。
ラーザの民の死を悼み、自分の後悔や罪悪感をわかってほしかったのだ。
一も二もなく、当然のように受け流されたのが悲しかった。
自分の中途半端な力が招いたことなのに。
そういうあれこれがあり、キャスの心境は複雑になっている。
簡単にできていたはずのことが、とても難しく感じられた。
フィッツに変化を望まないのなら、迂闊に距離を縮める真似もできないし。
(でも、私は自分勝手なんだよなぁ……戦争が終わったらフィッツとのんびりできるのかとか……考えてるんだからさ……我ながら、人でなし体質だと思うよ)
魔物にも人にも、そしてラーザの民さえも犠牲にしておいて、のうのうと先々の幸せについて考えている。
なのに、人の国でティニカに匿ってもらうとの選択もせずにいるのだから、偽善もいいところだ。
フィッツが大事で死なせたくないのなら、魔物の国から手を引くべきだった。
ここにいる限り、人との戦争は避けられず、危険が伴う。
わかっているのに、手を引けない。
最も大事なものはなにか。
それを決めきれずにいる。
心ではフィッツだと決めていても、やはり割り切れなかった。
親しくなった魔物たちの顔が浮かんでくるからだ。
自分たちが逃げてしまったら彼らはどうなるのだろうか、と。
『あなたは、やり直したいとは思いませんか?』
本物の「カサンドラ」から聞かれたことだった。
今なら、この世界に来た日だと答えるかもしれない。
(坑道でも、ティニカの隠れ家でも……2度目だったら、もっと上手くやれるはずだもんね。できるもんなら、そうしたいけど)
純血種ではない自分には、そこまでの力はない気がする。
ラフロは「私の力を直接に与えなければできないこと」だと言っていた。
そして、生き戻りの力を与えたはずなのに、その力はフェリシアではなく、その娘のカサンドラに宿ったのだ。
なんでも思う通り、ということにはならない。
元の世界には持たなかった未練や後悔を感じ、同じく元の世界では求めなかった「やり直しの人生」を求めている。
これが「生きる」ということなら、生きるというのは、なんとしんどいことか。
淡々と生き、苦痛もなく死ねたであろう、あの一瞬が、自分にとっての最初で最後の「ラッキー」だったのだ。
(おかしいよね。そのラッキーな時点じゃなくて、この世界に来た最初の日に戻りたいだなんてさ……フィッツを知らなかった頃には戻りたくないってことか……)
フィッツを知った今となっては、もう「ラッキー」ではなくなっている。
その記憶をかかえたままでは、未練も後悔もなく死ねないからだ。
フィッツが死んだ日に感じた多くの未練や後悔が、自分の死にも重なってくる。
もう1度、好きだと言っておけば良かった、とか。
きっと思うに違いない。
今のキャスには、どんなに苦痛のない「死」でも、幸運には成り得なかった。
フィッツと出会わなければ良かった、とは思えないからだ。
生きるのが苦しかったりしんどかったりしても。
やり直しの人生が選べたとしても。
フィッツと出会う人生を選び、生きる道を進むことだけは確かだった。
なのに、そのフィッツを相手にぎこちなくなっているのだから、自分の曖昧さ加減に嫌気がさす。
振り切ってしまいたいのに、振り切れない。
フィッツが生き返ってからずっと、キャスは複雑な心境に振り回されている。
「キャスよ、そろそろ行くが、用意はできておるか?」
ザイードが顔を覗かせたので、つきかけた溜め息を飲み込んだ。
建て増し後、元ザイードの部屋がキャスの部屋となり、元キャスの部屋の半分がフィッツの部屋、残りの半分と納屋だった場所にザイードの部屋ができている。
そのため、ザイードは以前のように簡単に、ひょいと顔を出さなくなった。
間に、フィッツの部屋を挟んでいるからだ。
(ザイードが下心なんて持つはずないのに。過保護なとこは変わってないんだね)
10
お気に入りに追加
321
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
公爵夫人の微笑※3話完結
cyaru
恋愛
侯爵令嬢のシャルロッテには婚約者がいた。公爵子息のエドワードである。
ある日偶然にエドワードの浮気現場を目撃してしまう。
浮気相手は男爵令嬢のエリザベスだった。
※作品の都合上、うわぁと思うようなシーンがございます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる