いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

欠落の心はいかばかり 1

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 特別室に、今夜は3人。
 ティトーヴァとセウテル、そして、アルフォンソ。
 
 ロキティスは呼んでいなかった。
 呼んでも、良い提案ができるとは思えなかったからだ。
 それどころか、自らをさといと誇示するため、見当違いなことを言い出しかねず、邪魔にしかならない。
 
「どうなのだ? ゼノクルは無事か?」
 
 生きているのは、わかっている。
 セウテルと通信できているのだから、死んではいない。
 
 予定より、ずいぶんと時間が経っていた。
 当初の見通しでは、もう撤退していてもいい頃なのだ。
 だが、現実には、ゼノクルたちは、まだ魔物の国にいる。
 
 通信を切ったセウテルが、ティトーヴァの横に立った。
 イスに座っているのはティトーヴァとアルフォンソだけだ。
 アルフォンソも向かい側から、セウテルに気遣わしげな視線を投げている。
 
「兄上……兄は無事のようですが、想定していた以上に苦戦を強いられてしまったようです。まずい状況だと、兄は申しておりました」
「後方支援は、どうなっている?」
「兄から言われ、中型のリニメアを50基用意しておりました。それを北西に大きく迂回させ、魔物の国に向かわせておりましたが、ちょうど今、兄の指定した合流地点に着いたところにございます」
 
 うなずいたものの、落ち着かない。
 
 ゼノクルの部隊は、総勢約1万5千人で出征した。
 リニメア50基では、せいぜい4千人程度しか収容できないのだ。
 にもかかわらず、ゼノクルは合流しようとしている。
 それほど戦況が悪化しているということにほかならない。
 
「陛下! 兄上から連絡が……っ……」
「すぐ繋げ!」
 
 秘匿回線が、ぱっと開かれた。
 セウテルに視線だけで、アルフォンソにも開示するよう伝える。
 今後、帝国騎士団を動かすことも視野に入れてのことだ。
 とはいえ、少し先になると予感していた。
 
「ゼノクル、状況を報告しろ」
「は! 陛下……大変、申し上げにくいのですが……ロキティス・アトゥリノに裏切られました」
「なんだと……? ロキティスが裏切った?」
「はい。私も……想像すらしておらず……」
 
 ゼノクルの口調には、悔しさが滲んでいる。
 
 あたり前だ。
 ゼノクルはロキティスと懇意にしていた。
 ティトーヴァへの忠義心を優先はしたが、それでもロキティスを擁護している。
 2人がどの程度親しかったのはともかく、ゼノクルはロキティスを信用していたはずだ。
 
「その上、ロキティスは……あまりにもむごい……」
「どういうことなのだ、ゼノクルっ?」
 
 ゼノクルが言葉を詰まらせている。
 戦場で兵が死ぬのはしかたがない。
 犠牲が少ないに越したことはないが、ゼロにはできないのだ。
 
 魔物との戦も2百年ぶりになる。
 当時と異なる状況も考え、今回は「偵察」を目的とした。
 そのため、戦況が苦しくなったら撤退するようにと指示したのだ。
 いくら状況が悪かったとしても、ゼノクルの言う「惨い」とは結びつかない。
 
「……陛下……聖魔封じの装置ですが……」
「成功したのではないのか? 効果がなく聖魔に……」
「いえ、効果はありました。ただ……その装置に、人が使われていたのです」
「人……人とは、どういうことだ? なんの話だ、ゼノクルっ?」
 
 まったく意味がわからなかった。
 
 通常、機械というものは「部品」からできている。
 細かな原理や仕組みはそれぞれだが、部品はただの部品でしかない。
 装置を人が使っている、ならば、普通のことだ。
 しかし「装置に」人を使うなどとは、有り得る話ではなかった。
 
「私も装置が完成したとしか聞いておりませんでした。こちらに来て初めて知ったのです。ロキティスは……人を装置の部品として組み込んでおりました」
「な……」
「その組み込まれた者たちは全員死亡しております。その死にざまからすると、装置によって心身に大きな負荷がかかった結果かと……」
 
 ティトーヴァは、本気で言葉を失っている。
 セウテルも無表情を保っていられなかったのか、顔を蒼褪めさせていた。
 アルフォンソも同様だ。
 3人とも動揺している。
 
「陛下……その者たちは……ラーザの民にございました……」
 
 ざあっと、ティトーヴァの全身から血の気が失せる。
 眩暈がして、体が斜めに傾いた。
 
「陛下……っ……」
 
 セウテルがティトーヴァの体を支えてくる。
 アルフォンソも立ち上がり、ティトーヴァのそばひざまずいていた。
 額を押さえ、なんとか呼吸を整える。
 
「なぜ、そのような……」
「……わかりません。ただロキティスが裏切ったのは確かです」
「しかし……聖魔封じの装置は、俺が作れと……」
 
 自分がロキティスを追い詰めたのかもしれない。
 焦ったロキティスがなんとしても装置を完成させようと「非道」な手段を取ったことは考えられる。
 
 だとすれば、ラーザの民を犠牲にしたのは、自分だと言えるだろう。
 カサンドラに対して、さらに罪を重ねたことにもなる。
 詫びても詫びきれない罪だ。
 
「いいえ、陛下。陛下が、お命じになられるより前から、ロキティスは装置を考案していたのです」
「俺が命じるより前……?」
「さようにございます。なぜなら、私は、こちらで中間種を見ました。人と魔物の間にできた者どもです。その者たちをロキティスは使役し、我々の邪魔を……そのせいで隊列が崩れ……陛下からおあずかりした兵を無為に死なせてしまうことになりました……私が、もう少し早く気づいていれば……申し訳ございません……」
 
 驚愕が去り、怒りがわいてくる。
 ロキティスの身勝手な行いで、多くの命が失われた。
 
 ジュポナでのことを想えば、確かにラーザの民は罪人とされてもしかたがない。
 だとしても、裁くのはティトーヴァであって、ロキティスではないのだ。
 あげく中間種を使役していたとは、許されることではない。
 
「兄上! 兄上のせいではございません!」
「セウテル、よせ。陛下の前だぞ」
「ですが、兄上は命懸けで兵を守ろうとしておられるではありませんか! 陛下! なにとぞ兄上をお責めにな……」
「よせと言ってるだろう、セウテル! 陛下のご心痛がわからないのか! 俺のことなどどうでもいい! 今は陛下をお支えすべき時だ!」
 
 セウテルが、両手を握りしめ、うつむく。
 ティトーヴァは、自分の体を支えているセウテルの手を初めて握った。
 大丈夫だと、深くうなずいてみせる。
 
「ゼノクル、お前に非はない。よくぞ持ちこたえた。残りの兵は、どの程度になる? 帰りは……聖魔封じが効かないのだぞ? わかっているか?」
「残存兵は、およそ4,5千。今、こちらに退避させております。収容し次第……撤退させます」
 
 アルフォンソが緑の瞳をティトーヴァに向けた。
 そして、静かな声で指摘する。
 
「ゼノクル殿下。殿下は、お1人で残られるおつもりなのではありませんか?」
 
 ゼノクルは返事をしない。
 セウテルの手が震えていた。
 きっとセウテルも察していたのだ。
 
「……まだカサンドラ王女様を確認できておりません」
 
 ぐっと、言葉に詰まる。
 カサンドラを取り戻したい気持ちはあった。
 だが、そのためにゼノクルを、あえて死地に向かわせることはできない。
 想定していた以上に、魔物は「強かった」のだ。
 
 きっと、ジュポナで暴れた、あの大きな魔物もいる。
 
 ティトーヴァのファツデを振り切って逃げた姿が、鮮明に記憶されていた。
 自分が、その場にいれば細切れにしてやっただろう。
 しかし、今はもう「聖魔封じ」の装置さえない。
 たとえあったとしても、事実を知った以上、使おうとは思わなかった。
 
「撤退しろ、ゼノクル。これは命令だ。いいな? 今後の帝国のためにも、お前を失うことはできん」
「陛下、この機を逃せば、次がいつになるかわかりません。今回は偵察を目的としておりましたが、聖魔封じの装置は、もう使えないのです。ならば、せめて王女様のご無事だけでも確認し、陛下にお伝えしたく存じます」
 
 ティトーヴァは、しばし黙り込む。
 ゼノクルの言うことは、もっともだった。
 当面、魔物の国への出征は見送らなければならない。
 壁の外に出ることは可能だとしても、聖魔対策が取れないからだ。
 
 かつて人は聖魔に操られ、多くの戦をした。
 ヴァルキアスが建国を急いだのも、それが理由となっている。
 ほかの集落との小競り合いを延々と続け、人間は疲弊していた。
 聖魔が絡んではいたが、人間同士の生き残りをかけた戦いだったのだ。
 
 それほどに、聖魔は人にとって脅威となる。
 
 なんの対策もないまま出征などすれば、帝国の基盤が揺らぐことになるだろう。
 そんな皇帝には誰もついて来ないと、わかってもいた。
 
「ゼノクル……数時間、時を稼ぐことはできるか?」
「陛下?!」
 
 セウテルが、驚きというよりも非難の混じった声を上げる。
 だが、ゼノクルの言葉にすがるしかなかったのだ。
 
「アルフォンソ、その間に準備をしろ」
「かしこまりました。ゼノクル殿下、およそ……4時間です」
「その程度、私1人でなんとかなります。いえ、いたしますよ、陛下」
 
 ぎゅうっと、無意識にセウテルの腕を掴んでいた。
 ティトーヴァとて、ゼノクルを死なせたいわけではない。
 むしろ、生きて帰ってほしいと思っている。
 それでも、魔物の国への出征は、早くとも数年後になるのだ。
 
 ゼノクルの言うように、カサンドラの無事だけは確認しておきたかった。
 ロキティスは帝国を裏切り、魔物にくみしていたのだ。
 そして、ラーザの民を「捨て駒」にしている。
 カサンドラが同様に使われていないとは断言できない。
 
「リュドサイオの北東から魔物の国まで、3百キロ前後。到達まで5分です」
 
 地対空ミサイル。
 
 外敵への対策として開発してきた武器だった。
 帝国内でも、限られた者しか、その存在は知らない。
 場合によっては、周辺諸国に使う可能性もあったからだ。
 
 今回の戦では使うつもりはなかった。
 射程が3百キロ前後しかないため、魔物の国に着弾させられる場所は多くない。
 しかも、カサンドラがどこにいるのかわからないのだ。
 迂闊に使えば、彼女を危険にさらすことになる。
 
 それも踏まえて、ゼノクルは「無事を確かめる」と言った。
 
「セウテル、準備ができたら、お前が連絡をくれ。頼むぜ、頼りになる俺の弟よ」
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