いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

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 ザイードはキャスと一緒に歩いている。
 
 ルーポには5日ほど滞在し、その後の監視はダイスに任せた。
 それから1ヶ月が経とうとしているが、まだ動きはない。
 
 その間も、たびたびおさを集め、戦の進めかたについて話し合っている。
 キャスが場にいても、アヴィオも、もう不満顔はしなくなった。
 いいことだ。
 
「この辺りだと思うんですけど……似た風景なので……」
「是が非でも見つけねばならぬということもあるまい。見つからずとも、あるのはわかっておるのだ。この辺り一帯に人を近づけさせぬようにすればよい」
「最悪、そうなるでしょうね……」
 
 今日は、キャスと「例の装置」を探しに来ている。
 場所が特定できれば守り易いからだ。
 
 魔物は頭数が少ない。
 点ではなく面で警護するとなれば、ある程度の数を割かなければならなくなる。
 それを、キャスは気にしているのだろう。
 
(装置のことを人は知らぬゆえ、ここが襲撃されるとは考えにくいが……もしもの時を考えておかねばならぬ。しかし、ここに精鋭を置けば、ほかが手薄になろう)
 
 この湿地帯は、ガリダの領地でも北西の奥地にある。
 人が移動に使うだろう道筋からすると、戦場にはなりにくい。
 ルーポにより誘導する予定の場所も、北東側としている。
 罠を張った先には、魔獣の住処があるからだ。
 
 魔物にとって、魔獣は体が大きいだけの知恵のない生き物だった。
 だが、人は、それを恐れる。
 
 魔獣には言葉が通じず、涙を流しても見逃してくれたりはしない。
 たとえ仲間が殺されようと「分がある」うちは、弱いものから順に集団で襲う。
 魔物が魔獣の「天敵」と成り得ているのは、魔力での攻撃が有効だからだ。
 
「人は、あれほどの技術を持っていながら、なぜ魔獣を仕留められぬのか」
 
 言い伝えの「暗がりの洞」を、ザイードはキャスについて歩いている。
 場所はキャスしか知らないので、そうするよりないのだ。
 とはいえ「洞」の中は広く、枝分かれしている。
 かれこれ数時間、装置探しは続いていた。
 
「魔獣が大きいからじゃないですかね」
「確かに図体は大きいが、焼くなり雷を食らわせるなりすればよかろう?」
「そういう魔力攻撃みたいにはいかないんですよ。なんて言えばいいのか……近い場所で、大きな相手と戦うのには不向きっていうか」
「しかし、乗り物があるではないか」
「遅いんです。そりゃあもう、圧倒的にダイスのほうが速いですもん」
「魔獣は、ガリダとルーポの間くらいの速さで走る」
 
 ガリダが魔獣を狩る際には「囲み」をかける。
 逃げ出されると、追うのが難しくなるためだ。
 
 魔獣は群れで行動しており、統率する1匹がいる。
 その1匹が「分が悪い」と判断すると、群れごと逃げ出してしまう。
 そうした本能的な判断の早い奴が、群れを統率しているのだ。
 
「ザイードも乗り物を見ましたよね?」
「魔獣にぶつかって来られると、けられぬであろうな」
「そこを、わぁって襲われて、その襲われてる人を周りは見てるわけで……それは怖いですよ。人にとっては、ものすごい恐怖を感じるでしょうね」
「ゆえに、魔獣をけておるのか」
「予測がつかない動きをするっていうのも、理由のひとつだと思います。たとえば1匹が撃ち殺されても怯まなかったり、無視して襲って来たりされると、混乱してわけがわからなくなったりするんじゃないですかね」
 
 ザイードは、昔の文献を思い出す。
 少し似たような記載があった。
 
「我らも、我らの攻撃が人に効かぬとなった際、相当に混乱をきたしたようだ」
「知恵があったり、知能が高いと、そうなるんだと思います。なぜ? どうして? そういうふうに思っちゃいますから」
「まぁ、魔獣は、さようには思わぬわな」
「なんにも考えず、自分を殺しに来る相手のほうが怖いんですよ」
 
 ザイードは、よそ事のように話すキャスの横顔を見つめる。
 キャスを初めて見つけたのは、魔獣に襲われていた時だ。
 なのに、少しも恐れていないように感じられる。
 
 ガリダでも狩りの最中さいちゅうに反撃され、怪我を負ったものはいた。
 たいていは、しばらくの間、恐怖を忘れられず、狩りに出られなくなる。
 次に狩りに出て、魔獣を仕留めるまで、その恐怖は消えない。
 自分たちの攻撃が有効だとわかっていてすら、そうなるのだ。
 
「そなたは魔獣を恐れてはおらぬのか? 1度は襲われたのだぞ」
「私は……人間のほうが怖いと思っているので……」
「そなたとは違うであろうが、我らも魔獣より人のほうが恐ろしいと思うておる」
 
 資料を読んで、さらに思い知った。
 人の技術は「とんでもない」ものだ。
 ジュポナで、ザイードは、人に「手加減」をしつつも攻撃できている。
 けれど、それは、人が「魔物」に備えていなかったからに過ぎない。
 
「浮いておる乗り物に地を割いても意味がない。雷を逃がす兜に、炎を寄せつけぬ鎧、長時間、水の中におるための装置。さようなもので対処されておるとはな……我らの攻撃なぞ通じるはずもなかったのだ」
「元々、そんなことに使う機械じゃなかったみたいですけどね」
 
 技術は、最初「良き者」の手にのみあった。
 それが「悪しき者」の手に渡り、その結果、用途が変わったのだ。
 ジュポナで、キャスの同胞が頭を下げた、本当の意味を、ザイードも知った。
 
 技術を「悪しき者」の手に渡してしまったラーザという国。
 キャスは、その国の女王であった者の娘なのだという。
 
「だから、なおさら人を狙うより機械を潰すほうが、効果があると思ったんです」
 
 本当は、人として生きてきたキャスに、人を殺させたくはない。
 なので、ザイードとしても「機械」を標的にするほうが楽な気持ちでいられる。
 直接、人と戦わずにすめば、こちらの被害も抑えられるはずだ。
 
「ザイード、こっちに大きな動力源があるみたいです。とりあえず、そっちに行きましょう。近くに装置もあるはずなので」
 
 キャスの手には、四角く縦長をした箱のようなものが握られている。
 表面に「数字」が浮き出ていた。
 それによって「動力源」とやらの場所を探っている。
 理解しきれてはいないが「数字」が大きいほど、動力源に近づいている、ということのようだ。
 
「道が狭うなっておるゆえ、注意いたせ」
「本当に狭いですね……こんなところに、あんなもの……どうやって造ったのか、私にも、さっぱりわかりません」
「そなたの祖が造ったものなのであろう?」
「それはそうなんですけど……私が造ったものじゃないですし、私は機械にうといんですよ。人だからって、誰でも機械をいじれるわけじゃないんです」
「さようか。そなたが簡単そうに機械を操っておるゆえ、なんでも使いこなせると思い込んでおった」
 
 ジュポナから持ち帰った装置の数々。
 ザイードも、それなりに「用途」は把握している。
 だが、資料を読んでも、使いかたまでは理解しきれなかった。
 いくつかは、使う場合に備え、キャスに教えを受けている。
 
「出来てるものを使うのは、そんなに難しくないですし、壊すのはもっと簡単です。機械で、1番、難しいのは、造ることなんですよね。私は機械を使っていても、仕組みまではわかってないんです」
「それでも、壊すのは簡単と言うか?」
「簡単です」
 
 ぴたっと、キャスが足を止めた。
 手元の機械を、じっと見つめている。
 少しずつ動かしながら、数字の変わりかたを確認しているようだ。
 視線は機械に向けたまま、キャスが言う。
 
「人も魔物も、頭や心臓を撃ち抜かれたら死にますよね。それと同じです」
 
 急に、ザイードは言い知れない不安を感じた。
 キャスの口調は、淡々としていて「いつも通り」だ。
 なのに、胸が、ざわざわする。
 不安に駆られ、キャスの腕をつかみたくなった。
 
 死に場所を求めているのではなかろうな。
 
 キャスを、そう問いただしたかったのだ。
 こともなげに「死」と機械とを同列に話す姿に、違和感を覚えている。
 
 魔物は「生きること」を前提に、日々を過ごしていた。
 死ぬ時は死ぬが、それは自然の摂理の中のけられない事態によってだ。
 死を前提にすることは、けしてない。
 
(たとえそうだとしても……余では、キャスを引きめられぬ……)
 
 訊きたかったことを胸の奥に押し込め、感情を抑制する。
 聞けば「そうですよ」と、あっさりキャスが認めそうな気がしたからだ。
 おそらく、その予感は間違っていない。
 そして、キャスの考えを覆すことは無理だという自覚がある。
 
(キャスは嫌がるであろうし、望んでもおらぬが……生き延びさせねばならん……余にできるのは、それだけなのだ)
 
 人の国を出る時、キャスを守りきることができなかった。
 むしろ、ザイードの存在により、キャスに聖者と取引をさせてしまったのだ。
 あんなことは、2度とあってはならない。
 守らないでくれと言われても、やはり守りたかった。
 
 魔物のことわりとして、キャスが死んでも、その死を受け入れはするだろう。
 だが、キャスのいない日常は、とても寂しいものになる。
 
 つがいになどなれなくても、かまわない。
 食事をしたり、ノノマと話をしたりする姿を見ているだけで、ザイードの心には暖かく、穏やかな気持ちが広がるのだ。
 
「こっち……みたいです。もう、かなり近い……」
 
 さっきの言葉など忘れたように、キャスが歩き出す。
 ザイードも黙って歩いた。
 並んで歩くことができないくらいに、道は狭い。
 キャスが前を歩き、その後ろをついて行く。
 
 手を繋ぎたかったが、言い出せなかった。
 代わりに、後ろ姿を見つめて歩く。
 その背を見失ってしまわないように。
 
「これだ……すごい動力石……」
 
 しばらく歩いたあと、急に拓けた場所に出た。
 キャスは周囲を見回している。
 円形の洞には、中央に岩の塊のようなものがそびえていた。
 その岩も壁も、なにかチラチラと光っている。
 
「このままじゃ使えないはず……加工する機械がないと……でも……絶対に、この近くにある……そうだ……隠し通路……あの横穴みたいな……」
 
 独り言をつぶやきながら、キャスが壁に近づいていた。
 後ろにいる自分のことも意識していないのだろう、と思う。
 キャスは目の前にあるものだけに集中しようとしているのだ。
 それが、幻想の中にいるキャスと現実との、唯一の接点となっている。
 
「キャス、ここではないか?」
 
 ザイードは壁に手をあてていた。
 そこから、わずかだが魔力の気配を感じる。
 壁を造る装置には「魔物の魔力」が使われているらしい。
 その魔力が漏れ出ているのではないか、と思ったのだ。
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