いつかの空を見る日まで

たつみ

文字の大きさ
上 下
171 / 300
第2章 彼女の話は通じない

知識の乗算 3

しおりを挟む
 ルーポに来てから、3日目の昼。
 各種族のおさと、キャス、それにノノマが、ダイスの「別宅」に集まっている。
 
 本来なら、ノノマは同席する立場にない。
 が、ここにはシャノンを見張る装置を置いていた。
 昼に動きがあるとは思わないが、念のため、ノノマに画面を監視させている。
 
 長たちも、その装置に興味を示していたが、集めたのは、そのためではない。
 キャスから話したいことがあると言われ、緊急に招集したのだ。
 今日はキャスも交えて円座している。
 ザイードの横にキャスが座っていること以外、いつも通りの並びだった。
 
「私の推測では、少なくとも1万ほどの兵が、近いうちに壁を越えて来ます」
「1万?! そいつは、どっから出た数字だ、キャス?!」
 
 ダイスが、体を前のめりにしている。
 室内はナニャの部屋より広かったが、ダイスは変化へんげしていた。
 長が集まる場では、そうするのが癖になっているのかもしれない。
 当然だが、ザイードはガリダ姿だ。
 
「帝国には、いくつかの部隊があるんですけど……その中で、偵察に動くとすれば近衛騎士団になるはずです。ええと、ほかの2つは動かしにくいって言うか……」
「ひとつは親衛隊という部隊があるが、その者らは、皇帝を守る役目があるゆえ、簡単には動けぬのだ」
「あとひとつが主力か。それを動かすとなれば大がかりになる」
 
 ザイードは資料を基にして言ったのだが、ナニャは、自分なりに推測して語っているのだろう。
 人の襲来で大きな犠牲を強いられたこともあり、新しい情報や知識に、ほかの種族の長よりもナニャは積極的だった。
 ザイードを呼びつけ、しばしば話し合ってもいる。
 
「数で言えば、親衛隊が2万、近衛騎士団が5万、帝国騎士団は……20万以上の軍勢です。ただ、今回は試験と偵察も兼ねたものに過ぎないので、それほど戦力を投入するとは考えにくいんです」
「それでも、1万かよ……人ってのは、本当に数が多いんだな」
「少なく見積もって、という話ではないのか?」
 
 アヴィオが低い声で言う。
 前回の話し合いで、コルコが「参戦」することが決まった。
 だが、キャスに「なにができる」かについては、まだ疑いを残している。
 
「そうですね。最低でも近衛騎士団の5分の1……ただ、半数もは割かないと思うので2万を越えることはないですよ」
 
 アヴィオの視線にも、キャスは怯んでいなかった。
 しっかりと返事をしている。
 湿地帯でアヴィオと対面した時とは、雰囲気が異なっていた。
 それほど深刻な事態だと、ザイードは察している。
 
「魔物と違って人は聖魔を恐れてます。なので、効果がわからない状態で、多くの戦力を割くような無謀な真似はできません」
「あいつらの、なにが怖いのかわからねぇけど、人にとっちゃ脅威なんだな」
「奴らが、我らに加勢することはないだろうが、人の足枷にはなる」
 
 ダイスとナニャの言葉にも、キャスの表情は硬いままだ。
 聖魔の脅威が、脅威にならないような対策を人は講じようとしている。
 それをキャスは予測しているらしい。
 
「聖魔を封じる手立てを人は見つけたのであろう?」
「具体的にはわかりません。でも……壁と似たようなものを作っているはずです。なにを原理としているかはともかく、一定の領域には聖魔の力が及ばないような、そういう機械じゃないかと……」
「それじゃあ、俺たちも弾かれるんじゃないのか?」
 
 アヴィオが、いよいよ声を低くした。
 自分たちの力が通用しないとの危惧が先に立っている。
 壁と似たもので守られているとすれば、そう考えるのも不思議はなかった。
 ほかの長たちも、同様に表情を曇らせている。
 
「確かに、その可能性がないとは言えません。でも、壁を壊す必要はないんです」
「どういうことだ? 壁を壊さねぇと、こっちの攻撃も当たらねぇだろ?」
「直接、壁を壊さなくてもいいって話ですよ。壁を作る装置を壊せばいいんです」
「その機械が使えなければ、壁を作ることもできない」
 
 ナニャの言葉に、キャスがうなずいた。
 だが、いまひとつ、ザイードはわからずにいる。
 装置を壊せばいいというのは、理解できた。
 キャスが聖魔の国で「壁を壊せ」と言われたのと同じ理屈だ。
 
 キャスの力で壁は壊せない。
 だとしても、ガリダにある「装置」を壊せば、必然的に壁は壊れる。
 壁は機械により作り出されるものなので、大元を断ってしまえばいいのだ。
 
「しかし、壁があっては、その装置自体を壊せぬのではないか?」
 
 ザイードが気にしているのは、そこだった。
 ガリダにある装置は、壁からは離れている。
 装置自体を守るものは、なにもないと言えた。
 けれど、壁とともに進軍して来るとなると、装置を壊すことすらできないのではなかろうか。
 
「機械って、そんなに強靭なものでもないんですよね。ちょっとしたことでも壊れますし、1ヶ所でも正常に動かなくなれば使いものにならなくなったりするので」
「周りから攻めればよいのだな?」
「そういうことです」
「どういうことだ?」
 
 ダイスが首をかしげている。
 その姿に、ナニャだけではなく、アヴィオまでもが呆れ顔をしていた。
 
 装置を見つめているノノマも、微妙な表情を浮かべている。
 会話に入ってくることはないが、聞こえてはいるのだ。
 なにか言いたそうにしつつも、黙っていた。
 
「ルーポの動きが肝心になるというのに、お前がそんなことでどうする」
「え? オレたちにどうしろってんだ? 囮になるってなら、まぁ、ちょうどいいかもしれねぇけどな」
「そうじゃない。お前は資料を読んでいないのか?」
「まったくだわ。ザイードの苦労が報われないわねえ」
 
 一斉に否定され、ダイスは、きょときょとしている。
 ザイードは、大きく溜め息をついてから、説明した。
 
「前に、キャスが言うておったはずだ。人は乗り物を使うとな。ルーポには、その足止めができよう。動けぬようになれば、抜かりも出て来る」
「おお……そういうことか」
「どこから来るかが、最大の問題なんですけど……」
「それは、我らに任せてほしい。些細な空気の揺らぎでも、捉えることができる」
「どのくらいまで判別できそうですか?」
「2,3百キロ程度だ」
 
 キャスが、驚いたように、少し目をしばたたかせる。
 それから、小さくうなずいた。
 
 やるべきことに集中している時の目には、光が宿っている。
 いつも、こんなふうであればいい。
 そう思うと同時に、戦が終わったあとのことが心配になった。
 
 すべきことがなくなったら、キャスはどうなるのか。
 
 自分と結ばれることはないとしても、ガリダにいてほしいと思う。
 そして、できれば、自分のそばで生き続けてほしかった。
 
「お前、なにか考えはあるんだろうな」
 
 アヴィオのきつい言いかたに、少し苛とする。
 キャスは味方であり、魔物の力になろうとしているのだ。
 優しくしろとは言わないまでも、わきまえというものは必要だと感じる。
 が、ザイードがアヴィオをとがめる前に、キャスが明確な答えを返した。
 
「まず、ルーポに、特定の場所に誘導するように仕向けてもらいます」
「ああ、例のアレだな。土を盛り上げるってやつ」
「そうです。行く手を阻んで、進行方向を変えさせるんですよ」
「その先に罠を仕掛ける、か?」
「仕掛けるのは地下。そうであろう、キャス」
 
 ザイードは、実際に見た壁と資料の内容から、その結論に至っている。
 空から見た壁は灰色をしていて、どこまでも続いていた。
 穴を空けられたのも一瞬だ。
 それほど強固なものだった。
 
 にもかかわらず、人の国には「魔物」が囚われている。
 弾き出されることもなく、死ぬことさえなく、生きていたのだ。
 そのため、ロキティスに利用されることになった。
 つまり「壁」の影響を受けない場所がある、ということになる。
 
「あの光景からすれば、壁の作用する範囲は地上のみ。地下には及ばぬのだ」
「私も、そう考えています」
「壁は、このルーポの家と似ておる。中におれば安全であろうが、床下から攻撃をされれば防ぐことはできぬはずだ」
「オレの家をけなすんじゃねぇよ……でも、まぁ、それはそうだ。穴でも掘られたら床が抜けるのは間違いねぇからな」
 
 あとは、どういう「罠」にするか、だ。
 より効果的に攻める必要がある。
 だが、多くの手を使うことはできない。
 
 今回は、あくまでも「偵察」だと、キャスは言っている。
 2度、3度があると想定し、次に使える手段を残しておかなければならない。
 
「では、ガリダが沼を作るといたそう」
「沼、ですか?」
「地下が弱点であると、なるべくなら悟られぬほうがよい。沼地に誘導したと見せかければ、少しは混乱させられるのではないか?」
 
 ガリダは、ほかの種族よりも先に生じた魔物だ。
 そのせいなのか、扱える魔力の種類が、個々によってまちまちだった。
 コルコのように炎を扱えるものもいれば、イホラのように風や水を扱えるものもいるし、もちろんルーポのように土を扱えるものもいる。
 
「うまく組み合わせて使えば、簡単に沼地を作れるのだ」
「あ……それで……」
 
 キャスが、なにか思いついたように、ごくわずかに笑みを浮かべた。
 その表情に、胸が、とくりと音を立てる。
 たとえ幻想の中にいたとしても、キャスは生きているのだ。
 その命がキャスのものではなくとも、感情だけはキャス自身のものだと感じる。
 
「ガリダには、やたら沼地が多いからな」
「体を洗うのに適しておるゆえ、わざわざ作っておるのだぞ」
「毛が泥まみれになるなんて、ゾッとする。キャスも大変だろうぜ」
「泥落としは、ちゃんとしておりまする!」
 
 耐えきれなくなったのか、ノノマが口を挟んできた。
 その勢いに、ダイスが、きゅっと首をすくめる。
 深刻な話をしていても、ダイスが絡むと、どうも気が抜けるのだ。
 悪いことではないのだけれど、それはともかく。
 
「そ、それじゃあ、沼地でいきましょう……ところで……」
 
 キャスが、視線をアヴィオに向けた。
 気づいて、アヴィオも目を細める。
 
「コルコは沼の中で動けますか? 息ができないとかだと困るので」
「いや、それは問題ないが……」
「そうですか。なら、沼にひそんでもらいます」
 
 キャスの、きっぱりとした言いざまに、アヴィオが気圧されていた。
 これで少しはキャスに対する態度も変わるはずだ。
 ザイードは、心の中で小さく溜め息をつく。
 
(キャスは、どんどん遠うなる。余がおらぬでも、独りで戦えておるのだ)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?

真理亜
恋愛
「アリン! 貴様! サーシャを階段から突き落としたと言うのは本当か!?」王太子である婚約者のカインからそう詰問された公爵令嬢のアリンは「えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?」とサラッと答えた。その答えにカインは呆然とするが、やがてカインの取り巻き連中の婚約者達も揃ってサーシャを糾弾し始めたことにより、サーシャの本性が暴かれるのだった。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

処理中です...