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第2章 彼女の話は通じない
幻想にしか生はなし 3
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うつむき加減で、ザイードが考え込んでいる。
人型の顔立ちは日本人風で、俳優になれそうだと感じるくらい整っていた。
すっとした切れ長の目に、鼻はツンと高く、唇はやや薄い。
言葉にすれば、精悍とか凛々しいとかいう表現になるのだろう。
けれど、ほんの少し言葉と雰囲気がズレている。
(なんだろ……フィッツより背は高いんだけど……?)
がっちり体形ではなく、前の世界で言うところの「体育会系」ではない。
むしろ、すらりとしている。
なのに、黙って座っているだけで、存在感があるのだ。
なるほど、ガリダたちが、ザイードを長に推したのも、うなずけた。
(フィッツは、なんでもよく知ってて、備えの人だから……)
ザイードは頭の回転が速く、新しいことも、どんどん吸収する。
経験のないものを試すのに躊躇いもしない。
壁越えの時も、そうだった。
壁を抜けること自体、命の危険があったかもしれないのに、躊躇なく進んだ。
(進んでみないとわからない、って言ってたもんね)
前に進んでいるのか、その先が行き止まりなのか。
それも、その道を進んでみなければわからない。
もし行き止まりだったら、また別の道を探す。
自分たちがすべきなのは「別の道を探して進む」こと、そのひとつだけ。
ザイードは、そう言った。
フィッツとは、真逆な考えだと言える。
フィッツは、いつも多くの道から最も安全性が高く、確実な道を選んでいた。
あらかじめ、いくつもの複雑な想定をし、想定する必要もないほど些細な可能性すらも選択肢に含め、その中から、たったひとつを選ぶ。
フィッツは、ありとあらゆる状況を計算して動いていた。
皇宮にいた頃も、皇宮を逃げ出したあとも、フィッツが、よく口にした言葉。
『問題ありません』
言った時には、結果が見えていたに違いない。
その言葉を疑ったことはなかった。
ただ1度、否定したことはある。
フィッツが怪我をすることになっても彼女自身の意思を優先させてほしいと、言われた時だ。
フィッツは、フィッツが怪我をすることになっても「問題ない」と言った。
彼女は、それを否定している。
常に、ほとんど即答のフィッツが、言葉に窮する姿を覚えていた。
(私が自分を大事にしてないから……周りに肩代わりさせちゃうのかな……)
彼女は前もって自分の考えを示している。
それを口にした時と今とでは意識は変わっているが、内容的な差はなかった。
彼女の願いは変わっていないのだ。
身を挺して守ろうとしないでほしい。
どちらかになにかが起きても、各自の責任。
いずれも「命懸け」はやめてくれという、意思を伝えている。
なのに、フィッツもザイードも、彼女を守ろうとした。
フィッツは命を落とし、ザイードも死ぬところだったのだ。
(私だってさ……私のことより、自分のこと、大事にしてほしかったよ……)
ザイードがキャスを守るつもりはないと言ったので、同行を承諾した。
守るためであれば承諾しないとの意思を、ザイードは理解していたはずだ。
だからこそ、嘘をついた。
わかるから、気が滅入る。
なぜ、そうなってしまうのか。
血だらけで動かなくなったフィッツを思う。
血塗れで倒れたザイードを思い出す。
そうまでして守ってもらえるほど、自分に価値があるのか。
自分の命と、フィッツやザイードの命とを考えると、そんな価値はないと思ってしまう。
彼女は、自分の命に重きを置いて来なかったから。
「ザイード」
ザイードが顔を上げ、キャスに視線を向ける。
まっすぐに繋がった視線の先に、金色の瞳孔があった。
人型はとっていても、髪も濃い緑。
あの「完璧な」人型は、ナニャとミネリネの協力なしには成り得ないのだ。
細く狭められた瞳孔を見つめて、言う。
「私を守ろうとしないでください。ザイードは私を助けた責任があると思ってるんだと思いますけど、私が生きているのは、私の意思なので」
ザイードに助けられ、ここで目覚めたあと、最初に考えたことだ。
ガリダを出て、野たれ死ねばいい。
魔獣に襲われて死のうがかまわない。
けれど、キャスは、ガリダに留まり、生きている。
ザイードに助けられた命ではあるが、繋いでいるのは自分の意思だ。
そして、フィッツを「いなかったこと」にしたくないという身勝手さでもある。
今のキャスの命に、ザイードは、なんの責任もない。
「それはできぬ……できぬのだ、キャス」
まただ、と思った。
ザイードは、淡く微笑んでいる。
だが、ひどく傷ついているように見えた。
なぜか、死の間際にフィッツが見せた笑顔を思い出す。
キャスの胸を苦しくさせる笑み。
そのため、なぜできないのかと訊くことができなかった。
同時に、悲しくなる。
同じことの繰り返し。
それを止めるすべがない。
ザイードは、守ろうする。
命を懸けることも厭わず、その背にキャスを庇おうとするのだ。
この間は助けることができた。
だが、次はどうなるかわからない。
フィッツの時のようになるかもしれない。
「そなたは余のため取引をした。されど、もう1つの取引は断ったのであろう? それは、なぜか? そなたにとって、余の命より大事であったはずだ」
キャスは、机の上に戻した薄金色のひし形に視線を向ける。
ラフロは「それこそが魂」だと言った。
あのひし形には、フィッツの記憶や思い出が詰まっている。
ティニカがどう思おうと、キャスにとっても、ただの「データ」ではない。
「私が……耐えられないから……」
ぽつん、と言葉を転がす。
取引上、話したけれど、ラフロは理解していないようだった。
当然だ。
ラフロに、わかるわけがない。
「フィッツを取り戻せるんなら、どんな犠牲もはらえる……そう思ったよ……」
無意識に、独り言になっている。
ラフロに取引を持ち出された際に感じたものが蘇っていた。
綺麗事に身をおけなくなる感覚だ。
ディオンヌの時にも、アトゥリノの兵を壊した時にも似た感覚はあった。
だが、それ以上の感情にのみこまれていたと知っている。
「フィッツが戻ってくるんなら、なにがどうなったって……誰がどうなろうが……かまわないって……本当に、そう思った……」
思い出すのは、フィッツと過ごした日々ばかり。
呼べば、必ず返事がもらえる、そういう日常。
どんなにか恋しかっただろう。
あの日々、あの時間を、また手にできるのなら、なんでもできそうな気がした。
初めて、自分の意思で関りたいと思った人。
それは、フィッツだけだ。
自分のことさえどうでもいいのに、フィッツだけは、そう思えない。
「こんなに大勢の人間がいるのにさ……なんでフィッツが犠牲にならなきゃいけないんだって……フィッツじゃなくたっていいじゃんって……どうしてフィッツだったんだろうって……ほかの人が犠牲になれば良かったのにって……」
その犠牲には、彼女自身も含まれている。
自分が死ねば良かったのだと、そう思っていた。
今でも。
「だから、あいつの……ラフロの取引に……飛びつきたかった……」
こういうのを「喉から手が出るほど」と言うに違いない。
本当に、それくらい取引したかったのだ。
フィッツと抱きしめ合い、再会を喜びたかった。
自分の選択を、フィッツが否定しないこともわかっていたし。
「でも……無理だったんだよ、私が……私が駄目で……」
知らず、涙がこぼれる。
わずかに喉がしゃくりあげ、肩が震えた。
それで、自分が泣いていることに気づく。
「私は弱くて……弱くてさぁ……」
無理だと思ったのだ。
耐えられないと感じたのだ。
進んでみなければわからない道を、彼女は進むことができなかった。
せっかく生き返らせてもらえるチャンスを掴めなかった。
いや、掴まなかった。
「フィッツは……私を全力で……命懸けで守ろうと……するから……いつだって、私のことが優先で……だから……」
自分が危険な状況になれば、また同じことをする。
命を懸けてしまう。
どんなに頼んでも、それだけは、フィッツは、うなずいてくれない。
「自分のこと大事にしてって……もし死ぬなら一緒がいいって言っても……」
フィッツは、うなずかないのだ。
大丈夫だとか平気だとか言って。
「また……フィッツが……」
安全は確約されていない。
むしろ、状況は前よりも危険度を増していた。
犠牲を伴うであろう戦だ。
ドラマや小説の中なら、どんなにピンチになっても「仲間」が無事であることは多い。
だが、現実では、犠牲のない戦争なんて有り得なかった。
そして、大事に抱きしめていた「幸せ」を簡単に消し飛ばす。
また目の前で倒れるところを見なければならないのか。
何度、同じ場面を繰り返さなければならないのか。
フィッツは、彼女にとってのすべて。
簡単に「生き返らせる」なんて決断ができないくらいに、その存在は大きかったのだ。
今でさえ思い出や記憶をかき集め、フィッツのためにだけ生きている。
彼女に「次」はない。
なかった。
人は、言葉で心を伝え合う。
けれど、呼びかけても呼びかけても、返事はなかった.。
自分の言葉はとどかず、相手の言葉も、もらえなくなる。
人が死ぬ、というのは、そういうことなのだ。
今度、同じことが起きたら、フィッツを思い出すこともできなくなる。
たとえ、それがフィッツを生かすことだと言われても、あまりにも苦し過ぎて心が拒絶するに違いない。
優しい思い出すら手放すことになる。
ぐっと、喉が詰まった。
両手を握りしめ、奥歯をぎゅっと噛み締める。
そうしなければ、大声で泣いてしまいそうだったのだ。
泣く資格もないくらい、弱い心しか持っていないくせに。
「……もう……嫌だったんだ……でも、フィッツは……絶対に……」
絶対に約束してくれない。
彼女を守らない、とは。
人型の顔立ちは日本人風で、俳優になれそうだと感じるくらい整っていた。
すっとした切れ長の目に、鼻はツンと高く、唇はやや薄い。
言葉にすれば、精悍とか凛々しいとかいう表現になるのだろう。
けれど、ほんの少し言葉と雰囲気がズレている。
(なんだろ……フィッツより背は高いんだけど……?)
がっちり体形ではなく、前の世界で言うところの「体育会系」ではない。
むしろ、すらりとしている。
なのに、黙って座っているだけで、存在感があるのだ。
なるほど、ガリダたちが、ザイードを長に推したのも、うなずけた。
(フィッツは、なんでもよく知ってて、備えの人だから……)
ザイードは頭の回転が速く、新しいことも、どんどん吸収する。
経験のないものを試すのに躊躇いもしない。
壁越えの時も、そうだった。
壁を抜けること自体、命の危険があったかもしれないのに、躊躇なく進んだ。
(進んでみないとわからない、って言ってたもんね)
前に進んでいるのか、その先が行き止まりなのか。
それも、その道を進んでみなければわからない。
もし行き止まりだったら、また別の道を探す。
自分たちがすべきなのは「別の道を探して進む」こと、そのひとつだけ。
ザイードは、そう言った。
フィッツとは、真逆な考えだと言える。
フィッツは、いつも多くの道から最も安全性が高く、確実な道を選んでいた。
あらかじめ、いくつもの複雑な想定をし、想定する必要もないほど些細な可能性すらも選択肢に含め、その中から、たったひとつを選ぶ。
フィッツは、ありとあらゆる状況を計算して動いていた。
皇宮にいた頃も、皇宮を逃げ出したあとも、フィッツが、よく口にした言葉。
『問題ありません』
言った時には、結果が見えていたに違いない。
その言葉を疑ったことはなかった。
ただ1度、否定したことはある。
フィッツが怪我をすることになっても彼女自身の意思を優先させてほしいと、言われた時だ。
フィッツは、フィッツが怪我をすることになっても「問題ない」と言った。
彼女は、それを否定している。
常に、ほとんど即答のフィッツが、言葉に窮する姿を覚えていた。
(私が自分を大事にしてないから……周りに肩代わりさせちゃうのかな……)
彼女は前もって自分の考えを示している。
それを口にした時と今とでは意識は変わっているが、内容的な差はなかった。
彼女の願いは変わっていないのだ。
身を挺して守ろうとしないでほしい。
どちらかになにかが起きても、各自の責任。
いずれも「命懸け」はやめてくれという、意思を伝えている。
なのに、フィッツもザイードも、彼女を守ろうとした。
フィッツは命を落とし、ザイードも死ぬところだったのだ。
(私だってさ……私のことより、自分のこと、大事にしてほしかったよ……)
ザイードがキャスを守るつもりはないと言ったので、同行を承諾した。
守るためであれば承諾しないとの意思を、ザイードは理解していたはずだ。
だからこそ、嘘をついた。
わかるから、気が滅入る。
なぜ、そうなってしまうのか。
血だらけで動かなくなったフィッツを思う。
血塗れで倒れたザイードを思い出す。
そうまでして守ってもらえるほど、自分に価値があるのか。
自分の命と、フィッツやザイードの命とを考えると、そんな価値はないと思ってしまう。
彼女は、自分の命に重きを置いて来なかったから。
「ザイード」
ザイードが顔を上げ、キャスに視線を向ける。
まっすぐに繋がった視線の先に、金色の瞳孔があった。
人型はとっていても、髪も濃い緑。
あの「完璧な」人型は、ナニャとミネリネの協力なしには成り得ないのだ。
細く狭められた瞳孔を見つめて、言う。
「私を守ろうとしないでください。ザイードは私を助けた責任があると思ってるんだと思いますけど、私が生きているのは、私の意思なので」
ザイードに助けられ、ここで目覚めたあと、最初に考えたことだ。
ガリダを出て、野たれ死ねばいい。
魔獣に襲われて死のうがかまわない。
けれど、キャスは、ガリダに留まり、生きている。
ザイードに助けられた命ではあるが、繋いでいるのは自分の意思だ。
そして、フィッツを「いなかったこと」にしたくないという身勝手さでもある。
今のキャスの命に、ザイードは、なんの責任もない。
「それはできぬ……できぬのだ、キャス」
まただ、と思った。
ザイードは、淡く微笑んでいる。
だが、ひどく傷ついているように見えた。
なぜか、死の間際にフィッツが見せた笑顔を思い出す。
キャスの胸を苦しくさせる笑み。
そのため、なぜできないのかと訊くことができなかった。
同時に、悲しくなる。
同じことの繰り返し。
それを止めるすべがない。
ザイードは、守ろうする。
命を懸けることも厭わず、その背にキャスを庇おうとするのだ。
この間は助けることができた。
だが、次はどうなるかわからない。
フィッツの時のようになるかもしれない。
「そなたは余のため取引をした。されど、もう1つの取引は断ったのであろう? それは、なぜか? そなたにとって、余の命より大事であったはずだ」
キャスは、机の上に戻した薄金色のひし形に視線を向ける。
ラフロは「それこそが魂」だと言った。
あのひし形には、フィッツの記憶や思い出が詰まっている。
ティニカがどう思おうと、キャスにとっても、ただの「データ」ではない。
「私が……耐えられないから……」
ぽつん、と言葉を転がす。
取引上、話したけれど、ラフロは理解していないようだった。
当然だ。
ラフロに、わかるわけがない。
「フィッツを取り戻せるんなら、どんな犠牲もはらえる……そう思ったよ……」
無意識に、独り言になっている。
ラフロに取引を持ち出された際に感じたものが蘇っていた。
綺麗事に身をおけなくなる感覚だ。
ディオンヌの時にも、アトゥリノの兵を壊した時にも似た感覚はあった。
だが、それ以上の感情にのみこまれていたと知っている。
「フィッツが戻ってくるんなら、なにがどうなったって……誰がどうなろうが……かまわないって……本当に、そう思った……」
思い出すのは、フィッツと過ごした日々ばかり。
呼べば、必ず返事がもらえる、そういう日常。
どんなにか恋しかっただろう。
あの日々、あの時間を、また手にできるのなら、なんでもできそうな気がした。
初めて、自分の意思で関りたいと思った人。
それは、フィッツだけだ。
自分のことさえどうでもいいのに、フィッツだけは、そう思えない。
「こんなに大勢の人間がいるのにさ……なんでフィッツが犠牲にならなきゃいけないんだって……フィッツじゃなくたっていいじゃんって……どうしてフィッツだったんだろうって……ほかの人が犠牲になれば良かったのにって……」
その犠牲には、彼女自身も含まれている。
自分が死ねば良かったのだと、そう思っていた。
今でも。
「だから、あいつの……ラフロの取引に……飛びつきたかった……」
こういうのを「喉から手が出るほど」と言うに違いない。
本当に、それくらい取引したかったのだ。
フィッツと抱きしめ合い、再会を喜びたかった。
自分の選択を、フィッツが否定しないこともわかっていたし。
「でも……無理だったんだよ、私が……私が駄目で……」
知らず、涙がこぼれる。
わずかに喉がしゃくりあげ、肩が震えた。
それで、自分が泣いていることに気づく。
「私は弱くて……弱くてさぁ……」
無理だと思ったのだ。
耐えられないと感じたのだ。
進んでみなければわからない道を、彼女は進むことができなかった。
せっかく生き返らせてもらえるチャンスを掴めなかった。
いや、掴まなかった。
「フィッツは……私を全力で……命懸けで守ろうと……するから……いつだって、私のことが優先で……だから……」
自分が危険な状況になれば、また同じことをする。
命を懸けてしまう。
どんなに頼んでも、それだけは、フィッツは、うなずいてくれない。
「自分のこと大事にしてって……もし死ぬなら一緒がいいって言っても……」
フィッツは、うなずかないのだ。
大丈夫だとか平気だとか言って。
「また……フィッツが……」
安全は確約されていない。
むしろ、状況は前よりも危険度を増していた。
犠牲を伴うであろう戦だ。
ドラマや小説の中なら、どんなにピンチになっても「仲間」が無事であることは多い。
だが、現実では、犠牲のない戦争なんて有り得なかった。
そして、大事に抱きしめていた「幸せ」を簡単に消し飛ばす。
また目の前で倒れるところを見なければならないのか。
何度、同じ場面を繰り返さなければならないのか。
フィッツは、彼女にとってのすべて。
簡単に「生き返らせる」なんて決断ができないくらいに、その存在は大きかったのだ。
今でさえ思い出や記憶をかき集め、フィッツのためにだけ生きている。
彼女に「次」はない。
なかった。
人は、言葉で心を伝え合う。
けれど、呼びかけても呼びかけても、返事はなかった.。
自分の言葉はとどかず、相手の言葉も、もらえなくなる。
人が死ぬ、というのは、そういうことなのだ。
今度、同じことが起きたら、フィッツを思い出すこともできなくなる。
たとえ、それがフィッツを生かすことだと言われても、あまりにも苦し過ぎて心が拒絶するに違いない。
優しい思い出すら手放すことになる。
ぐっと、喉が詰まった。
両手を握りしめ、奥歯をぎゅっと噛み締める。
そうしなければ、大声で泣いてしまいそうだったのだ。
泣く資格もないくらい、弱い心しか持っていないくせに。
「……もう……嫌だったんだ……でも、フィッツは……絶対に……」
絶対に約束してくれない。
彼女を守らない、とは。
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