いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

いくら望んだところとて 3

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 シャノンが鎖に繋がれ、体を震わせている。
 だが、ザイードの心には、まるで同情心がわかない。
 というより、その怯えた様子に、怒りの抑制すら難しくなっている。
 
 ガリダに帰ったのは今朝だった。
 帰る途中、ファニの領地に入った際、ルーポに連絡を頼んでいる。
 シャノンを拘束するよう言付けた。
 その後、ザイードは、ノノマとシュザを含めた何頭かに事情を話して、そのままルーポに向かったのだ。
 
「お前が人と連絡を取っておったのはわかっておる」
「人は魔力が使えねぇし、魔力じゃ遠くにいる奴との連絡は取れねぇんだ。なんか隠し持ってんだろ? 今さら、そんな演技しても意味ねぇぞ」
 
 隣で、ダイスも冷たくシャノンを突き放す。
 
 ルーポ特有の土を盛ってできた家のひとつ。
 子供でも土を巻き上げられるのは、将来のための本能のようなものなのだ。
 ルーポは「家」の出来で、器量を測られる。
 粗末なものしか作れないと、異性に好まれない。
 
 ここは、そういう「粗末」な家だった。
 間口は狭いし、天井も低い。
 壁から天井までは、ゆるやかな曲線となっているのだが、最も高い位置でさえ、ダイスの耳が当たっている。
 人型に変化しているというのに。
 
「……し、知りません……私は……れ、連絡なんて……」
「嘘をつくか、白蟻が」
「だから、家は土で作るのがいい。けど、オレもシロアリは嫌いだぜ? だって、あいつら、アリじゃなくてゴキブリだろ。ゾッとするね」
 
 シャノンは体を丸め、ザイードたちから顔を背けている。
 その様子は、幼く半人前のルーポが、大人を怖がっているようにしか見えない。
 けれど、見た目に惑わされていられるほど、ザイードは平静ではなかった。
 シャノンよりも、キャスのほうが、ずっと「大事」だからだ。
 
「お前は同胞に非ず。余が、お前をくびり殺さぬなぞとは思うぬがよい」
「オレも止めねぇよ。ていうか、もう殺しちまったほうが安全じゃねぇか?」
 
 ダイスの言葉に、やっとシャノンが反応する。
 青色をした大きな瞳を向けられ、苛々した。
 ダイスも「同胞ではない」と判断したからか、少し嫌そうに鼻にしわを寄せる。
 
 ルーポに青い瞳のものはいない。
 シャノンは「人」なのだ。
 そして、魔物に味方をする者でもない。
 
「わ、私は……し、知らなかった……だけ……」
「知らなかった? なにをだ?」
「……こ、これ……」
 
 シャノンが自らの首元を見せる。
 そこには傷跡が残されていた。
 怪我を負ったのかはわからないが、雑な治療しか成されなかったようだ。
 傷跡が、くっきりと見てとれる。
 
「……に、逃げても……い、居場所……わかるように……」
「なにか仕込まれておるのか」
「で、でも……っ……か、壁の外に出れば……使えなく、なる……」
「だが、それだけではなかろう」
「し、知らなかった……っ……つ、追跡、そ、装置だと思っ……ぅぐ……っ」
 
 ザイードは、足を鎖で繋がれたシャノンの首を掴み上げた。
 ダイスからの制止はない。
 ザイードに任せると、決めているのだろう。
 
 シャノンは同胞ではなく、キャスは同胞なのだ。
 魔物は同胞を優先する。
 
「そのような戯言は信じぬ。お前が通じておらねば、あのように都合良く人の兵たちが我らの場所をつきとめられるはずがない」
「ち、ちが……っ……私は、な、なに……も……っ……」
「お前以外、さようなことはできぬ」
 
 首を掴んだ手に力をこめる。
 あくまでも、白を切るような言い草に腹が立った。
 どうせ生かしておいても害になるだけだ。
 本当は、キャスに意見を求めたい。
 
 だが、キャスは、ここにいないのだ。
 
 シャノンの耳と尾が、パタパタと揺れている。
 口を開き、両手でザイードの手を掴んでいた。
 もがく足から、カチャカチャと鎖の音がする。
 
「……っ……人、語……っ……」
 
 微かな声に、ザイードは、わずかに手の力を緩めた。
 たとえ殺すにしても、情報があるのなら、手に入れておく必要がある。
 
「話すべきことがあるのなら申せ」
「つ、追跡、そ、装置に……つ、通信、機能ついていても……伝わるのは……人語だけ……っ……私は……通信できる、とは……知らなかった……っ……」
「しかし、人語を解すものなど、ルーポにはおらぬ。ガリダでも……」
 
 ザイードは、言葉を止めた。
 魔物の中で、最も古い歴史を持つのがガリダだ。
 老体には人語を解するものもいる。
 その「身内」にも。
 
「ガ、リダ……の……女……っ……私に、話しかけて……っ……あの時……」
 
 情報が漏れた。
 シャノンは意図的ではなかったと言いたいらしい。
 ガリダの女が「人語」で話したがために、通信装置をしかけた「人間」に情報が漏れてしまった、と言っているのだ。
 
「……ザイード……それって……」
 
 バサッと、ザイードの手からシャノンが落ちる。
 むせこんでいるシャノンを見下みおろした。
 すべてを信じることはできない。
 とはいえ、嘘とするには「真実味」がある。
 
「ダイス、このものとヨアナが接触したかどうか、確認いたせ」
「ああ……わかった……」
 
 シャノンの魔力は小さいが、会話は魔力で行っていた。
 つまり、魔力での会話をしてさえいれば、情報が漏れることはないのだ。
 魔物と人とでは「会話」の方法が異なる。
 そもそも「言葉」としては伝わらないのだろう。
 
「わ、私は……に、逃げて来ただけ……ろ、ロキティスは、怖い人……悪いことを、たくさんしてるアトゥリノ人……カサンドラ王女様を……殺そうと、してる……」
 
 ぴくっと、ザイードの尾が反応した。
 瞳孔も狭まっている。
 アトゥリノとは聞いたことがある名だ。
 
「なにゆえ殺そうとする」
「自分の悪事が……皇帝に……伝わる、から……」
「口封じか」
 
 シャノンがザイードの目を見て、ゆっくりとうなずいた。
 そのあと、ぶるっと身震いする。
 ロキティスという人間を、それほど恐れているようだ。
 思うザイードの背後で、ダイスの気配がした。
 
「ザイード、すまねぇな。悪ィ答えしか返せねえ。そいつの言ったことは本当だ」
「では、ヨアナが……」
 
 もちろん、ヨアナもシャノンに、そんな通信具がつけられているとは思いもしなかったのだろう。
 ヨアナはキャスに関わるのを反対していた。
 ザイードは知らずにいたが、人の国に行くことにも反対していたのだ。
 だから、なにか阻止する方法はないかと考え、シャノンに接触したに違いない。
 
「あの前の日、ヨアナはルーポに来てたんだ。いつも通りの商売さ。コルコから帰る途中で寄ったって言ってたな」
「それで、翌朝、お前がおらぬことに気づいたか」
「だろうな。ほかの奴らに、オレがどこに行ったか聞いてたみてぇだ。はっきりと口止めしてなかった、オレも悪い」
 
 それは、ザイードも同じだ。
 シャノンがガリダにいても、状況は変わらなかったと言える。
 魔物は同胞に対して警戒心が薄いし、疑う理由もなかった。
 巻き込まないためや、迷惑をかけないために隠すことはあっても、猜疑心からのものではない。
 
 事が起きるまで、シャノンに害があるとの決定的な判断もしていなかった。
 なので、ヨアナがシャノンを見たいと言えば、拒否する必要がない。
 めずらしい中間種を見に来た、とでも思って、接触を許したのだ。
 
「こいつ、どうする? やっぱり殺しとくか?」
「……キャスが帰ってくるまで保留といたす。だが、警戒は厳重にせよ」
「そうだな。関わるのはオレの身内だけにしとく。ほかの奴は近づけさせねぇよ」
「それが良い」
 
 ルーポは気の良いものが多く、シャノンに同情的なものもいる。
 疑っているというよりは、そういう気質につけこまれる可能性を危惧した。
 ダイスも、自らの種族の性質を知っているだけに、用心したがっている。
 ヨアナのように、知らず敵にくみすることになってはいけない、と。
 
 シャノンを殺さなかったのは、ヨアナが関わっているからだった。
 無自覚だったとしても、ザイードの命が危険にさらされ、キャスがさらわれることに繋がっている。
 
 キャスを、同胞を害したからシャノンを殺した。
 
 そう公にするのは、ヨアナの罪も明らかにすることを意味する。
 シャノンを殺す理由と無関係にはできないからだ。
 事実が伝われば、ノノマやシュザは、ヨアナを許さない。
 ほかのガリダの民も、これまでと同じように接することはなくなる。
 
 わざとであろうがなかろうが、同胞を危険に晒したことに変わりはないのだ。
 魔物は集団で互いを守りあっているからこそ、生きていられる。
 たった1頭の勝手な振る舞いが、種を絶滅させることも有り得た。
 だから、周囲の目が厳しくなるのは当然なのだ。
 
「万が一、キャスが帰れぬようなことがあれば、このものもヨアナも処断いたす」
「そんなことにはならねぇさ」
「そうよな」
 
 ザイードは、146歳。
 壁ができる以前のことは知らない。
 
 毎日が平和であるのを、あたり前に受け止めていた。
 穏便に物事を解決するほうを選び、事を荒立てるのを好まずに生きてきたのだ。
 けれど、それでは、なにも守れない。
 
 壁は壊れようとしている。
 
 そんな予感がした。
 2百年、保たれていた平和が崩れ去る日は遠くない。
 
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 人の持つ武器の凄まじさを、ザイードは身をもって知った。
 すべての魔力を解放してさえ、最後には鱗を貫かれたのだ。
 
(キャス、そなたは、あのようなものと戦うておったのだな)
 
 キャスが喪った相手に、自分が成り代われるとは思っていない。
 ただ、互いに助け合い、支え合って、生き残りたかった。
 
(余は、そなたがおらぬと、たまらなく寂しいのだ、キャス)
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