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第2章 彼女の話は通じない
行きつ戻りつ 4
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考えなければならないことは山積み。
けれど、なんだか頭の中が、ごちゃごちゃだ。
(足手まとい、か……なんでこうなっちゃうんだろ……)
薄金色の、ひし形をした立方体。
それは、琥珀という名の化石に似ている。
けれど、彼女にとっては、化石になんて成り得ない。
今、生きている意味そのものだった。
(どうしたらいいのかな……わからないんだよ、私には……)
ザイードの言うことは理解している。
だからといって、危険があるとわかっていながら同行させるのが正しいことか。
それが、わからない。
(でもさ……確かに、私1人で、なにができるんだって言われたら……)
それも、わからなくなる。
とりあえず行ってみる、では駄目なのだ。
皇宮から「とりあえず」で逃げた時だって、考えてくれていたのは常にフィッツだった。
いつも平気だと言い、大丈夫だと言ってくれて。
その結果がどうであったのかは、日々、思い出している。
フィッツのいない生活だ。
だから「とりあえず」で「なんとかなる」なんて甘い考えではいけないと思う。
足手まといになるのは嫌だから。
そうは思うのだが、足手まといにならない自信もなかった。
自分にある力は、特定の圏内に限られていて、しかも、見破られ易い。
意識を失ったり、激痛が伴う怪我をしたりしても、力の発揮が難しくなる。
言うまでもなく、殺されてしまえば、無力になるのだ。
人間に対しての威力は絶大だが、ある意味では、1度しか通用しないと言える。
(調整すれば、ぶっ倒れさせるだけ、とかできるのかもしれないけど)
たとえば、街を巡回中の騎士に見つかった時などに、相手を昏倒させて、逃げることは可能な気がした。
長短で言葉を使い分ければ、調整できそうだからだ。
だが、そういう手加減をすれば、相手に自分の力が悟られてしまう。
次に遭遇した際には、対策されているに違いない。
(使う時は……壊すって決めて使う……)
たとえ1度きりでも、いや、1度きりだからこそ、最も効果の大きい状況で使う必要がある。
帝国を「ぶっ潰す」くらいの気持ちで、だ。
「あのさぁ、フィッツ……」
返事はない。
自然と、涙がこぼれた。
薄金色のひし形に、その姿がおぼろげに映っている。
「フィッツでも3年かかるのに……それより早くなんて……無理だよ……」
帝国を「ぶっ潰す」つもりはないが、戦いは避けられそうにない。
ロキティスは、こうなる前から準備をしていたのだ。
あとは、口実ができればよかった。
おそらく、壁越えの技術も、間もなく完成する。
想定していたよりも、残されている時間は短い。
両腕で涙を拭いた。
ひとつずつだ。
焦っても、できることはできるし、できないことはできない。
やれる限りの準備をするしかないのだと、キャスは立ち上がる。
家から出ると、外にノノマが立っていた。
キャスを見て、尾を下げている。
魔物は、共感の力が強いのだ。
彼女の「嘆き」にふれて、声をかけられずにいたのだろう。
「ごめん、ノノマ。それと、ありがとね」
「いえ、あの……大丈夫にござりまするか?」
「今は大丈夫。ていうか、ザイードが、どこにいるか知ってる?」
本当なら、さっき話しておくべきだったのだが、感情があふれてしまい、余裕を失ってしまった。
それを察したのか、ザイードは、家から出ている。
気を遣い、1人にしてくれたのだと、わかっていた。
「老体のところに向かわれたようにござりまする」
「私が行っちゃいけない感じ?」
「そのような場所は、ガリダにはござりませぬ。もし行かれるのであれば、案内をいたしまするが」
「じゃあ、お願いするよ。あ、でも、ご老体たちって、私の姿、平気かな?」
老体の中には、人に虐げられていたものもいると聞く。
魔力があるというだけで、キャスの見た目は完全に「人間」だ。
思い出してつらくなる、との気持ちを、彼女は、ついさっき経験していた。
だが、ノノマは軽く首を横に振る。
「私も変化をしておりまするし、気にされることはござりませぬ。我らは魔力の揺らぎを見て、魔物だと判断しておりまするゆえ」
「そう言えば、色や揺らぎ、それに、匂いでわかるって言ってたね」
「キャス様の魔力は、不思議な揺らぎをしておられまする。ですが、あのものは揺らぎがなく、おかしな感じにござりました」
「シャノンのこと?」
こくんと、首を前に倒すようにして、ノノマがうなずいた。
キャスに対しては好意的なノノマだが、シャノンには警戒心を解いていない。
その原因は、魔力の揺らぎにあるようだ。
「でも、空気感はあったよね? ダイスも最初に気づいてたし」
「ルーポに似た空気はござりましたが、揺らぎはござりませんでした。体に纏えぬほど魔力の量が小さいということにござりまする」
「そっか。魔力が小さ過ぎると見えないんだね」
「我らは、この姿をとるために、変化を使いまする。されど、あのものは、元々、耳や尾が隠せぬのでござりまする」
ノノマは、今、変化を使い、人型になっているが、尾が残っている。
それは、ノノマの元の姿が、ザイードと似た爬虫類っぽいものだからだ。
が、シャノンは、そもそも耳や尾を隠せないらしい。
だから、限りなく人に近しい姿にもかかわらず耳や尾がある、といった、どちらつかずの姿になってしまうのだろう。
人には「耳や尾がある魔物」だとされる。
魔物には「耳や尾がある人間」と言われる。
「ダイス様も驚かれておいでにござりました。変化をしておらぬのに、ルーポの姿にはなれぬとは」
「中間種だからなぁ。たぶん、シャノンは人の血のほうが濃いってことだね」
「私も、さように感じておりまする」
つまり、ノノマからすると、キャスは人の姿をしていても魔力が魔物のそれと同じくらい大きいので、魔物に近しいと判断している。
が、シャノンは、魔物よりも人に近しい生き物だと判断し、警戒している。
どうやら、そういうことのようだ。
(やっぱり魔物にとって、人間って敵なんだ……そりゃ、そっか……)
ノノマ自身が実害をこうむったのではなくても、ガリダ全体から見れば、大きな被害をこうむった。
そうした話が代々語り継がれてくれば、悪感情しかいだけなくてもしかたない。
キャスだって、人間がいいものかどうか、明確には答えられなくなっている。
悪い者ばかりではない。
けれど、良い者ばかりでもないのだ。
不意に、フィッツの顔が思い浮かぶ。
にっこりした時のものではなく、馴染み深い無表情。
「ごめんね、ノノマ」
「……なにがでござりまするか?」
キャスはうつむいて、足元を見ながら歩いていた。
隣で、ノノマが、どんな表情をしているのかはわからない。
「ノノマは人が嫌いだよね。私もさ、人間なんか絶滅すればいいのにって思ったこともあったんだ。でもさ……すごく好きだった人がいて……私に味方してくれる人たちもいて……だから、やっぱり……絶滅は駄目だなって……思っちゃうんだ」
自分は魔物の側につくと決めている。
それでも、人間というものを完全には否定できなかった。
フィッツも、そして、ラーザの民たちも人間だからだ。
魔物にとっては、人間なんて絶滅したほうがいい種なのだろうけれども。
「それは謝らねばならぬことではござりませぬ。キャス様がお好きなかたや味方をするかたというのは、キャス様のご同胞にござりますれば」
「人間だけど?」
「それは信用貸しにござりまする」
「信用貸し?」
「キャス様は魔物のために戦うてくださりまする。そのキャス様のご同胞なれば、魔物のために戦うてくださるのではござりませぬか?」
少し考えてから、顔を上げる。
ノノマは、いつものノノマだった。
大きな茶色い目の中で、瞳孔を拡縮させている。
キャスを心配しているのだ。
「そっか。信用貸しか。じゃ、私は、もっとしっかりしないとだなぁ」
少し気持ちが楽になった。
フィッツがいれば、当然に、自分の味方をしてくれる。
もちろん、ラーザの民だって、味方をしてくれるに違いない。
それを「同胞」と呼ぶのなら、彼らは同胞だ。
(味方をしないなら敵っていうのも、微妙だけどさ……でも、完全に敵って言える奴はいる……ロキティス・アトゥリノ……)
今にして思えば、ディオンヌを坑道に行かせたのがロキティスだと確信できる。
少なくとも、ロキティスがなにをしようとしていて、どこまで進捗しているのか知っておかなければならない。
ロキティスを「始末」できればいいが、1度に多くを望むと失敗する。
人の国には、ザイードも同行するのだ。
行き当たりばったりで、ザイードに危険を背負わせるわけにはいかない。
「ありがと、ノノマ。よくわかったよ。誰を敵とするべきかってことがね」
「あのものは、どちらにござりまするか?」
「うーん……はっきりとは言えないから、今はまだ……敵かな」
シャノンは、ロキティスの元にいた。
簡単には信じられない。
ロキティスに対する、腹黒そうだという第1印象は当たっている。
キャスの見立てでは、ロキティスは、自らの手を汚さない。
けれど、なんだか頭の中が、ごちゃごちゃだ。
(足手まとい、か……なんでこうなっちゃうんだろ……)
薄金色の、ひし形をした立方体。
それは、琥珀という名の化石に似ている。
けれど、彼女にとっては、化石になんて成り得ない。
今、生きている意味そのものだった。
(どうしたらいいのかな……わからないんだよ、私には……)
ザイードの言うことは理解している。
だからといって、危険があるとわかっていながら同行させるのが正しいことか。
それが、わからない。
(でもさ……確かに、私1人で、なにができるんだって言われたら……)
それも、わからなくなる。
とりあえず行ってみる、では駄目なのだ。
皇宮から「とりあえず」で逃げた時だって、考えてくれていたのは常にフィッツだった。
いつも平気だと言い、大丈夫だと言ってくれて。
その結果がどうであったのかは、日々、思い出している。
フィッツのいない生活だ。
だから「とりあえず」で「なんとかなる」なんて甘い考えではいけないと思う。
足手まといになるのは嫌だから。
そうは思うのだが、足手まといにならない自信もなかった。
自分にある力は、特定の圏内に限られていて、しかも、見破られ易い。
意識を失ったり、激痛が伴う怪我をしたりしても、力の発揮が難しくなる。
言うまでもなく、殺されてしまえば、無力になるのだ。
人間に対しての威力は絶大だが、ある意味では、1度しか通用しないと言える。
(調整すれば、ぶっ倒れさせるだけ、とかできるのかもしれないけど)
たとえば、街を巡回中の騎士に見つかった時などに、相手を昏倒させて、逃げることは可能な気がした。
長短で言葉を使い分ければ、調整できそうだからだ。
だが、そういう手加減をすれば、相手に自分の力が悟られてしまう。
次に遭遇した際には、対策されているに違いない。
(使う時は……壊すって決めて使う……)
たとえ1度きりでも、いや、1度きりだからこそ、最も効果の大きい状況で使う必要がある。
帝国を「ぶっ潰す」くらいの気持ちで、だ。
「あのさぁ、フィッツ……」
返事はない。
自然と、涙がこぼれた。
薄金色のひし形に、その姿がおぼろげに映っている。
「フィッツでも3年かかるのに……それより早くなんて……無理だよ……」
帝国を「ぶっ潰す」つもりはないが、戦いは避けられそうにない。
ロキティスは、こうなる前から準備をしていたのだ。
あとは、口実ができればよかった。
おそらく、壁越えの技術も、間もなく完成する。
想定していたよりも、残されている時間は短い。
両腕で涙を拭いた。
ひとつずつだ。
焦っても、できることはできるし、できないことはできない。
やれる限りの準備をするしかないのだと、キャスは立ち上がる。
家から出ると、外にノノマが立っていた。
キャスを見て、尾を下げている。
魔物は、共感の力が強いのだ。
彼女の「嘆き」にふれて、声をかけられずにいたのだろう。
「ごめん、ノノマ。それと、ありがとね」
「いえ、あの……大丈夫にござりまするか?」
「今は大丈夫。ていうか、ザイードが、どこにいるか知ってる?」
本当なら、さっき話しておくべきだったのだが、感情があふれてしまい、余裕を失ってしまった。
それを察したのか、ザイードは、家から出ている。
気を遣い、1人にしてくれたのだと、わかっていた。
「老体のところに向かわれたようにござりまする」
「私が行っちゃいけない感じ?」
「そのような場所は、ガリダにはござりませぬ。もし行かれるのであれば、案内をいたしまするが」
「じゃあ、お願いするよ。あ、でも、ご老体たちって、私の姿、平気かな?」
老体の中には、人に虐げられていたものもいると聞く。
魔力があるというだけで、キャスの見た目は完全に「人間」だ。
思い出してつらくなる、との気持ちを、彼女は、ついさっき経験していた。
だが、ノノマは軽く首を横に振る。
「私も変化をしておりまするし、気にされることはござりませぬ。我らは魔力の揺らぎを見て、魔物だと判断しておりまするゆえ」
「そう言えば、色や揺らぎ、それに、匂いでわかるって言ってたね」
「キャス様の魔力は、不思議な揺らぎをしておられまする。ですが、あのものは揺らぎがなく、おかしな感じにござりました」
「シャノンのこと?」
こくんと、首を前に倒すようにして、ノノマがうなずいた。
キャスに対しては好意的なノノマだが、シャノンには警戒心を解いていない。
その原因は、魔力の揺らぎにあるようだ。
「でも、空気感はあったよね? ダイスも最初に気づいてたし」
「ルーポに似た空気はござりましたが、揺らぎはござりませんでした。体に纏えぬほど魔力の量が小さいということにござりまする」
「そっか。魔力が小さ過ぎると見えないんだね」
「我らは、この姿をとるために、変化を使いまする。されど、あのものは、元々、耳や尾が隠せぬのでござりまする」
ノノマは、今、変化を使い、人型になっているが、尾が残っている。
それは、ノノマの元の姿が、ザイードと似た爬虫類っぽいものだからだ。
が、シャノンは、そもそも耳や尾を隠せないらしい。
だから、限りなく人に近しい姿にもかかわらず耳や尾がある、といった、どちらつかずの姿になってしまうのだろう。
人には「耳や尾がある魔物」だとされる。
魔物には「耳や尾がある人間」と言われる。
「ダイス様も驚かれておいでにござりました。変化をしておらぬのに、ルーポの姿にはなれぬとは」
「中間種だからなぁ。たぶん、シャノンは人の血のほうが濃いってことだね」
「私も、さように感じておりまする」
つまり、ノノマからすると、キャスは人の姿をしていても魔力が魔物のそれと同じくらい大きいので、魔物に近しいと判断している。
が、シャノンは、魔物よりも人に近しい生き物だと判断し、警戒している。
どうやら、そういうことのようだ。
(やっぱり魔物にとって、人間って敵なんだ……そりゃ、そっか……)
ノノマ自身が実害をこうむったのではなくても、ガリダ全体から見れば、大きな被害をこうむった。
そうした話が代々語り継がれてくれば、悪感情しかいだけなくてもしかたない。
キャスだって、人間がいいものかどうか、明確には答えられなくなっている。
悪い者ばかりではない。
けれど、良い者ばかりでもないのだ。
不意に、フィッツの顔が思い浮かぶ。
にっこりした時のものではなく、馴染み深い無表情。
「ごめんね、ノノマ」
「……なにがでござりまするか?」
キャスはうつむいて、足元を見ながら歩いていた。
隣で、ノノマが、どんな表情をしているのかはわからない。
「ノノマは人が嫌いだよね。私もさ、人間なんか絶滅すればいいのにって思ったこともあったんだ。でもさ……すごく好きだった人がいて……私に味方してくれる人たちもいて……だから、やっぱり……絶滅は駄目だなって……思っちゃうんだ」
自分は魔物の側につくと決めている。
それでも、人間というものを完全には否定できなかった。
フィッツも、そして、ラーザの民たちも人間だからだ。
魔物にとっては、人間なんて絶滅したほうがいい種なのだろうけれども。
「それは謝らねばならぬことではござりませぬ。キャス様がお好きなかたや味方をするかたというのは、キャス様のご同胞にござりますれば」
「人間だけど?」
「それは信用貸しにござりまする」
「信用貸し?」
「キャス様は魔物のために戦うてくださりまする。そのキャス様のご同胞なれば、魔物のために戦うてくださるのではござりませぬか?」
少し考えてから、顔を上げる。
ノノマは、いつものノノマだった。
大きな茶色い目の中で、瞳孔を拡縮させている。
キャスを心配しているのだ。
「そっか。信用貸しか。じゃ、私は、もっとしっかりしないとだなぁ」
少し気持ちが楽になった。
フィッツがいれば、当然に、自分の味方をしてくれる。
もちろん、ラーザの民だって、味方をしてくれるに違いない。
それを「同胞」と呼ぶのなら、彼らは同胞だ。
(味方をしないなら敵っていうのも、微妙だけどさ……でも、完全に敵って言える奴はいる……ロキティス・アトゥリノ……)
今にして思えば、ディオンヌを坑道に行かせたのがロキティスだと確信できる。
少なくとも、ロキティスがなにをしようとしていて、どこまで進捗しているのか知っておかなければならない。
ロキティスを「始末」できればいいが、1度に多くを望むと失敗する。
人の国には、ザイードも同行するのだ。
行き当たりばったりで、ザイードに危険を背負わせるわけにはいかない。
「ありがと、ノノマ。よくわかったよ。誰を敵とするべきかってことがね」
「あのものは、どちらにござりまするか?」
「うーん……はっきりとは言えないから、今はまだ……敵かな」
シャノンは、ロキティスの元にいた。
簡単には信じられない。
ロキティスに対する、腹黒そうだという第1印象は当たっている。
キャスの見立てでは、ロキティスは、自らの手を汚さない。
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