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第2章 彼女の話は通じない
利害の模索 3
しおりを挟む「キャスー!!」
「これ、やめぬか!」
ザイードは、へろへろになった体を動かし、ダイスの背から降りる。
今日はルーポに出向いていたのだが、ファニ族のものから連絡が来た。
ほか4種族の領地を取り囲む形で、ファニ族の領地はある。
そして、ファニ族は、一定の場所に留まらず、領地を周回していた。
なので、誰かをつかまえて言付けをすれば、すぐに連絡がつく。
「ダイス? と、ザイード? ああ、ダイスのところに行ってたんですね」
「それでそれで? なんか面白いもん拾ったらしいな? 隣か? 納屋か?」
「少し落ち着け。そう矢継ぎ早では、キャスが返答できぬであろう」
ザイードは、ルーポが持っている書物を取りに行っていた。
どこになにがあるか、ダイスは管理していなかったからだ。
探している途中、連絡が入ったせいで、こうなっている。
なにしろルーポでも、好奇心旺盛さにかけてはダイスの右に出るものはいない。
呼んでもいないのに、一緒に行くと言って聞かなかった。
あげく、ザイードを、ひょいっと背に乗せて駆け出す始末。
振り落とされないよう、必死でしがみつくはめになったのだ。
ダイスは、ザイードの、およそ倍の速度で走る。
木の枝も岩もおかまいなしだ。
そのせいで、服は着崩れ、腕も尾も、細かな傷だらけ。
治療が必要なほどではないが、痛くなかったわけではない。
「なあなあ! オレにも見せてくれよ、キャス!」
「あ、うん……どっちにしてもダイスに確認するつもりだったので……」
変化していないダイスから、ずいっと寄られ、体を引き気味にしつつ、キャスが答える。
すると、ダイスが、くるっとザイードのほうを見た。
ものすごく「自慢げ」な顔つきが、癪に障る。
「オレに確認だってよ」
「ついて来て良かったとでも思うておるのか」
「手っ取り早くなったってのはあるだろ」
ふふんとばかりに振られている尾の毛を、むしってやりたくなる。
しかし、大人気ない気がしたので、やめておいた。
年齢的には、ダイスのほうが年上なのだが、それはともかく。
「ん? んん?」
「いかがしたのだ」
「いや、なんか変な感じしねぇか?」
「そうだの」
「オレたちの纏う空気に似てるけど、違うな」
ザイードは、ちらっとキャスに視線を投げる。
つられたように、ダイスもキャスのほうに顔を向けた。
「私の推測ですけど、たぶん、ルーポ族と人との中間種だと思います」
「中間種ねえ。だとしたら、ルーポの血は、それほど多くねぇな」
「この程度となると、魔力は持っておらぬも同然のようだが」
「人に近い中間種なのかもしれません」
「なぜ、そう思うたのだ?」
魔物同士であれば、体の周辺に魔力の色や揺らぎが見えるし、匂いもする。
種族によって、色も見え方も、匂いも違うのだ。
だから、ザイードもダイスも「ルーポに似ているが違う」と判断できた。
だが、キャスには、魔力を見分ける力がない。
ノノマから聞いていたが、魔力を使っていることにも自覚がなかったという。
「目が青かったからです。ルーポに青い目はいないと、ノノマが言っていました。人の国には、青い目を特徴とする者がいます」
「なるほどな。だから、こんなおかしな感じがすんのか」
「それに……人の国に住んでいた者の名を知っていました」
キャスが、きゅっと唇を小さく横に引く。
言いたくないことを言った、というふうに、ザイードは感じた。
また「大事な誰か」を思い出しているのだろう。
(まだ3ヶ月ほどしか経っておらぬのだ。体は癒えても、心は癒えぬ)
気づけば、ダイスが、またザイードを見ていた。
ちょっぴり困った顔をしている。
ダイスはダイスなりに、キャスの感情を察しているらしい。
大雑把な奴ではあるが、無神経ではないのだ。
「そなたは、その者をどうすべきと思うておる?」
キャスは、迷っているのか、すぐに返事をせずにいる。
とはいえ、ザイードは、自分が決めようとは思っていない。
もちろん、キャスだけに決断を迫るつもりもなかった。
みんなが、それぞれに考えや思いがあるからだ。
したいことも、正しいと思うことも違う。
ザイードには、キャスを助け、ガリダに迎え入れた責任がある。
ダイスには、ルーポの血が流れているという意味で、種族としての責任がある。
キャスには、人の国から追われる者としての責任がある。
ほかの3種族にも、同胞を守る責任がある。
背負っているものが違えば、異なる意見を持つのは当然だった。
だからこそ、単身で決めてはいけない。
最終的な判断を誰がするにしろ、それは「取りまとめ」であって、決定事項には全員が責任を負うべきだと、ザイードは考えていた。
1人で背負える責任など、たかが知れている。
大きな決断をするには、みんなで責任を分け合うことが大事なのだ。
そのために、各自の意見を聞いておく必要があった。
「……正直……先々の危険を考えると……殺すのが確実だとは思います……」
「まぁな。オレも、怪しいってなら殺しちまってもいいと思うぜ? ただよ、どこまで怪しいかってのもあるだろ? 一応、ルーポの血が入ってんだ。そこんとこ、はっきりさせとかねぇと、反対する奴も出てくるからな」
「余も、殺すこと自体に反対はせぬ。しかし、ダイスの言うように、同胞ではないという確信がほしい」
魔物は、同胞同士での殺し合いはしない。
単に「怪しい」だけでは、正当性に欠けるのだ。
アヴィオなどは、捨てて来いと言うに違いないが、それだって明確に「殺せ」と言っているわけではない。
おそらく、コルコとファニは「関わらない」ことを選びたがるだろう。
「……危険はあると思いますが、泳がせてみますか?」
「その者が、なにか企んでおるのか否か見定めるのだな」
キャスが、無表情にうなずく。
ほかにも、なにか気にかかっていることがありそうだ。
確信もなく「殺す」選択を口にしたのには、相応の理由があるに違いない。
単純な「怪しさ」ではない、なにかがある。
「キャス。なにを気にしておるのか話してみよ。ほかのものに知られたくなくば、口外はせぬと約束いたす」
ザイードの言葉に、近くにいた、シュザとノノマが、スッと立ち上がった。
自分たちが聞くべき話ではないと思ったらしい。
その2頭を、キャスが呼び止める。
「そんなに、たいした話じゃないから、シュザとノノマも、ここにいて」
3ヶ月の間に、キャスはシュザとノノマに対しては少しだけ距離を縮めている。
自覚はないかもしれないが、口調が、それを証していた。
ちょっぴり羨ましい気持ちになる。
ザイードは、未だに「距離のある」話しかたしかしてもらえていないのだ。
「名を聞いたんです」
「シャノンと言うておったのでしょう?」
シュザの言葉に、キャスがうなずく。
魔物にも人にも、個体を識別する「名」があるのは、おかしなことではない。
種族全体の名しかないのは、動物や植物、それに魔獣くらいのものだ。
「シャノンは、人の国で実験材料にされそうになったので逃げて来たそうです」
「なんと……」
「人ってのは、どんだけ残虐な生き物だよ! 人の血だって入ってんだろうが!」
ザイードは言葉をなくし、ダイスは憤っている。
シャノンを殺すにしても、同胞でないとの確信が必要。
それが魔物の考えだ。
そして、殺すのは「危険」があるからであり、実験のためではない。
獲物である魔獣に対してだって、実験なんてしたことはなかった。
「その話が本当であれば、名があること自体が不自然なんですよ」
「どういうことだ?」
「……実験に使うものに対して、ほとんどの場合、人は名をつけません。実験する者の性格にもよるでしょうが、たいていは番号で管理されます」
「そなたは、シャノンの話が真であれば、番号で管理されていたはずだと確信しておるのだな」
キャスは、その「実験をする者」を知っている。
だから、確信を持っている。
シャノンが実験材料であったなら、名などあるはずがない、と。
「よし!」
ダイスが、急に立ち上がった。
全身をつつむ銀色の毛が、ふぁさっと揺れる。
「そいつは、オレのところであずかるってので、どうだ?」
「危険な相手かもしれないんですよ?」
「忘れんな、キャス」
ダイスが、鼻面をキャスの顔を近づけた。
銀色の瞳孔が、細くなっている。
「1番、危ねぇのは、お前なんだ。狙われるとしても、オレたちじゃあない」
「そうだの。キャスとは引き離しておくのが肝要であろう」
「でも……もし……っ……もし、ルーポ族が、人質……違う……こ、拘束! 拘束されて、殺されたくなきゃ言うこと聞けって言われたら、どうするんですか?」
ふはっと、ダイスが笑った。
ザイードも、その心配は杞憂だと言おうとした。
のだけれども。
ぺろん。
「な……っ……」
ダイスが、キャスの頬を舐めている。
瞬間、ザイードの尾が勝手に床を、バシーン!
家が、揺れた。
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