若輩当主と、ひよっこ令嬢

たつみ

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壊れた天秤 1

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 なんとなく、こうなるのではないかという、漠然とした予感があった。
 3人の魔術師に囲まれている。
 ローブ姿だからというのもあるのだろうが、全員、似た感じだ。
 体格や持っている雰囲気が似ている。
 
 ジョバンニは街に戻ってから、自分の魔力痕を追い、リビーを見つけた。
 裏路地を抜けたところにある、人気ひとけのない場所に置き去りにされていたのだ。
 それだけであれば、リビーはジョバンニたちの元に帰ろうとしただろう。
 けれど、ジョバンニが来るまで動かずにいた。
 
「ジョバンニ……私……」
「言う通りにして正解だよ、リビー」
 
 動くなと命じられていたのは、わかっている。
 リビーの足元に、魔術での罠が仕掛けられていたからだ。
 動いていれば、リビーは死んでいた。
 その罠は、ジョバンニが解除している。
 
(あれは、たいした魔術ではなかった。それに……)
 
 アドラントはかつての文化が、ほとんど手つかずで残っている。
 街並みも、どちらかといえば北方諸国に近い造りになっていた。
 王都の放射状に広がる道とは異なり、細かい正方形に区切られた、その4辺が、道になっているのだ。
 
 区切られている正方形の区域の中には、寂れている場所もある。
 領主であるローエルハイドに申し入れをすれば、借り受けて店を構えることもできるのだが、あえて申し入れをする者は少なかった。
 現在、寂れている土地は、なんらかの理由があり、元から寂れていたからだ。
 金や手間をかけてまで開発したところで、利益は出ない。
 
 ここは、そういう場所だった。
 割に開けていて広くはあるが、建屋はなく、膝丈ほどの草が生い茂っている。
 
 ジョバンニは壁際に寄り、リビーを背中に庇って立っていた。
 左右と正面に、1人ずつ魔術師がいる。
 リビーがいるため、転移はできない。
 点門てんもんを開くことは予測されているだろうから、動作に入った途端に襲われる。
 
 だが、3人の力は、さほど大きくなかった。
 倒すのも可能だと判断している。
 逃げるのが困難であれば戦ったほうが早い。
 
 リビーにかけておいた物理の防御魔術が切れていた。
 今度は、魔術の防御魔術をかけておく。
 気をそらすため、ジョバンニではなく、リビーを狙ってくるのは明白だ。
 
 魔術師には、物理の攻撃をしかけてくる者もいるが、この3人は違う。
 彼らが剣や武術を身につけているのなら、とっくに仕掛けてきている。
 仕掛けて来ないのは、ジョバンニの魔術動作を見切るためだ。
 3人で連携しなければ勝てないとわかっているのだろう。
 
 そうは思うのだが、なにかがおかしい。
 気持ちの悪さを感じつつ、3人に向かって光の矢を放つ。
 当たるとは思っていなかった。
 牽制の意味で攻撃しただけだ。
 
 案の定、軽く弾かれる。
 すぐに攻撃に備えたが、彼らは一定の距離を保ち、様子見をしていた。
 どうにも奇妙だ。
 
 ちき。
 
 ジョバンニの心に痛みが走る。
 瞬間、気づいた。
 もとよりあった「漠然とした」予感。
 
 彼らは、単なる足止めに過ぎない。
 ジョバンニは、無駄な時間を費やしたのだ。
 屋敷が安全だとの思い込みに、足をすくわれている。
 怒りが、彼の全身をつつみこんでいた。
 
 動作を見切られようが、関係ない。
 3人の足元から草が伸び、腰のあたりまでを覆い尽くす。
 動きを封じたと同時に、頭上から鉄の楔、そして地面から火柱を発生させた。
 いくら魔術防御をかけていたとしても防ぐことはできない。
 楔は、防御を打ち壊すためのものだった。
 
 3人は、それらの攻撃をかわすのに精一杯だったはずだ。
 だが、ジョバンニは、それすら確認せずにいる。
 2つの攻撃魔術を放った直後、点門を開いていた。
 魔術師3人が体勢を整える前に、リビーとともに門を抜ける。
 
「姫様……っ……」
 
 声をあげたのは、リビーだった。
 ジョバンニは、予測していた事態に対処できなかったことを理解している。
 
 部屋に、アシュリーの姿はない。
 床には、割れた花瓶。
 うっすらとした魔力痕。
 
 どれもが、アシュリーがさらわれたことを意味していた。
 リビーも気づいたらしく、ジョバンニのほうへと振り返る。
 目からは、涙がこぼれていた。
 自らを責めているに違いない。
 
「風船を買うように、あなたに言わなければ良かった……」
「リビー、風船の仕掛けに気づかなったのは私だ。ここが安全だと判断したのも、私なのだよ。生きていてくれただけで、きみは責任を果たしている」
「攫われそうになった時、私は意識があったのです。抵抗をしていれば……」
「殺されていただろうね。彼らにとって、生きているほうが都合が良かったというだけのことで、きみが死んでいたとしても、大きな変化はなかったはずだから」
 
 ジョバンニは、リビーに歩み寄り、肩に手を置く。
 ある意味で、リビーが取り乱してくれて良かったのだ。
 でなければ、ジョバンニが取り乱していた。
 
「きみが殺されていれば、どれほど姫様が悲しまれたか。わかるね? 生きていてくれたから、姫様を悲しませることはなくなったのだよ」
「でも、姫様が……」
「私が、必ず取り返す。どこに連れ去られたかの見当はついているからね」
 
 現状、アシュリーに固執しているのはハインリヒだけだ。
 ハインリヒの祖父であれば、魔術師を雇う財力もある。
 ジョバンニを足止めした3人は、アドラント王族の護衛役として、領内にいた者たちだった。
 そもそも、それ以外で、領内を出入りできる魔術師はいない。
 
(奴の祖父は、王族とも商売をしている。お付きの魔術師を懐柔することくらい、造作もなかったのだろう)
 
 ハインリヒの祖父について、調べてはいる。
 とはいえ、なにからなにまで、というわけではなかった。
 商売の内容や、アドラントでの取引、セシエヴィル子爵家周りは徹底して調べ尽くしていたが、王族の内部にまでは踏み込んでいない。
 どの魔術師に影響を与えているのか、1人1人を調べてはいなかったのだ。
 
 『ああ、それと、奴の後ろには商人の祖父がいる。その辺りは、調べておく必要がありそうだ。ああいう手合いは、なにをするかわからないからね』
 
 公爵から言われていたのに、認識が甘過ぎた。
 まさかローエルハイドの領域で、魔術師を使うとは思わずにいた。
 ジョバンニの主は、無意味なことは、けして言わないのに。
 
「きみが襲われることはないと思うが、みんなと一緒にいてくれ。ただし、姫様が攫われた件は黙っていてほしい」
 
 念を押さなくとも、リビーがうなずく。
 みんなが知れば、屋敷内に混乱をもたらすとわかっているからだ。
 リビーにうなずき返してから、ジョバンニは点門を開く。
 門を抜ける前、床に落ちていた物に気づいた。
 
 いびつで茶色い猫の置物。
 
 生成の魔術を練習中に、ジョバンニが造ったものだ。
 本当は、陶器となるはずだったのだが、失敗した。
 そのせいで、形も整っておらず、奇妙な弾力性のあるものになっている。
 
(お嬢様……)
 
 アシュリーが、それを握り締めている姿が頭に浮かんだ。
 初めて、この屋敷に来た時も、そうしていた。
 ジョバンニの頭に、赤色の風船を渡した時の、アシュリーの表情が浮かぶ。
 一瞬だけではあったが、どこか悲しそうな顔をしていた。
 
 『次は赤色も一緒に見られるものね。大好きよ、ジョバンニ』
 
 彼女は、あの日のことも覚えていないはずだ。
 彼が約束を守れなかったのも、わかっていないだろう。
 なのに、なぜか、その言葉が思い出される。
 
 結局、スナップドラゴンの赤い花を一緒に見ることはできなかった。
 その年の夏、アシュリーは死にかけ、ジョバンニは公爵の元に来たからだ。
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