39 / 64
悪意の先に 3
しおりを挟む
ジョバンニは、一瞬、アシュリーの顔が曇ったのを見逃してはいない。
すぐに消えたが、悲しげな表情だったように思う。
夜会で、子供扱いされていると、気落ちしていたアシュリーを思い出した。
観光地であるサハシーで風船は高値であるため、大人しか買えない。
だが、アドラントで欲しがるのは、風船を初めて見たという子供くらいだ。
たいしてめずらしいものではないし、街では安価で手に入る。
それを、アシュリーが知っているはずはないが、なにか感じるところはあったのかもしれない。
(それとも、我儘を言ったと気にされておられるのだろうか)
リビーに肘鉄をされるまで、ジョバンニは無意識に眉をひそめている。
アシュリーに話した「火が付き易い」との性質のこともあるが、実は、話さずにいる、もう1つの理由があった。
水素は、特殊な魔術道具で水から生成されている。
空気よりも軽い、その水素で、かなり薄く伸ばした梨型のゴムを膨らませたものが、風船と呼ばれていた。
その水素を生成する段階で、魔術道具から魔力が漏れ出るのだ。
そして、風船からも微量ずつ水素とともに魔力が漏れている。
風船が長持ちせず、しぼんでしまうのは、そのせいだった。
風船が長持ちしないのはともかく、魔力が漏れていることに問題がある。
元々、魔術道具は、あらかじめ魔力が供給され、蓄積されていた。
当然だが、魔力が尽きると道具は動かなくなるし、水素も生成できなくなる。
魔術師の持つ魔力とは、質が異なるものなのだ。
しかし、空気中に漂う魔力は、発散元が魔術師だろうが風船だろうが大差ない。
たとえば、川を流れる水とコップにそそがれた水は質が異なるが、どちらの水で地面を濡らしても、その差は、ほとんどわからない、というのと似ている。
結果、ジョバンニの魔力感知が、うまく機能しない。
ある程度の大きさの魔力があれば、魔術師の存在を認識することはできる。
だとしても、魔術師は魔力抑制で、己の魔力を隠せるのだ。
万が一の際の対処が遅れる可能性を、ジョバンニは懸念していた。
アドラントにも、いくらかは魔術師がいる。
たいていは、ロズウェルドに行き、戻ってくる者は少ない。
戻ってきた者の大半は、アドラント王族の護衛をしていた。
ほかに仕事がないからだ。
(ローエルハイドの足元で、おかしな真似をする者はいないはずだが)
そのジョバンニの予想が裏切られる。
まるで、懸念を見透かしたようなタイミングで、風船が膨らみを増したのだ。
咄嗟に、アシュリーを抱き込み、全身で庇う。
バンッ!!
大きな破裂音がした。
アシュリーには、事前に物理防御の魔術をかけている。
もちろん怪我をすることはないとわかっていた。
だが、怪我をさせるためだけに風船を爆発させるとは考えにくい。
騒ぎに乗じて、アシュリーを攫う気だ。
それを防ごうと、ジョバンニはアシュリーを抱き締めていた。
アシュリーが腕の中にいさえすれば守れる。
顔を上げ、より精度の高い魔力感知を走らせた。
魔術師がいるのであれば、即座に離脱するつもりだ。
が、感知の結果に、ハッとなる。
周囲に視線を走らせた。
アシュリーもジョバンニの腕の中で、きょろきょろしている。
それから、彼を見上げてきた。
言いたいことは、わかっている。
「ジョバンニ……」
迂闊だった。
爆発の際、ジョバンニはアシュリーを守ることしか考えられずにいたのだ。
アシュリーの目に、濃い不安が漂っている。
「リビー……リビーが、いないわ……ジョバンニ……」
「はい」
攫われたのは、アシュリーではなく、リビーだった。
ジョバンニがアシュリーを庇った、その一瞬に、リビーは連れ去られている。
連れ去ったのは、魔術師ではない。
街には行きかう大勢の人がいた。
そのうちの誰かだ。
いくら魔力感知がうまく機能していなくても、リビーを攫えるほど近くに魔術師が接近していれば、わかったはずだ。
そして、リビーも黙って転移させられはしなかっただろう。
魔力を持たない、けれど、人を攫うことに手慣れた者の仕業に違いない。
「ま、迷子? あの音にびっくりして、どこかに逃げたのかも……」
言いながら、アシュリー自身、己の言葉を信じていないのだろう。
唇が小さく震えている。
きっと、リビーに「良くないこと」が起きていると察しているのだ。
彼の胸に縋りついている彼女の両手に、力が入っていた。
「ジョバンニ……リビーを探さなくちゃ……」
アドラントに、ハインリヒが来ていないのは確認している。
昨夜も、ジョバンニは夜更けに子爵家を覗いてきたのだから、間違いない。
仮に魔術で移動したとしても、アドラント付近で点門が開けば、気づいていた。
とはいえ、ハインリヒの祖父は商人だ。
アドラントには、その祖父の子飼いの商人が、多数、商売をしている。
攫った者を特定するのは困難だが、目的はリビーではない。
やはり、アシュリーなのだ。
リビーが囮なのは、わかりきっている。
ここでリビーを探し歩くのは危険だった。
「ジョバンニ……早く探さないと、リビー、怖がっているわ……」
青い瞳が、ゆらゆらと揺れている。
ジョバンニは、ひとまず公爵に連絡を取るべく、即言葉を使った。
公爵にアシュリーをあずけられれば、リビーを探しに行けるからだ。
だが、反応がない。
(魔力疎外……? いや、それほど大きな魔力は感じられない)
即言葉は伝達系の魔術でも、高位に属していた。
魔力疎外により断ち切るとするなら、かなり大きな魔力が必要となる。
今、ジョバンニの魔力感知にかかっている程度では遮れはしないはずだ。
そして、相手側から拒絶があれば、それが伝わってくる。
だが、いっさいの反応がない。
あえて無視しているというより、伝わっていない感じがした。
「ねえ、ジョバンニ……お願い……」
街に出ることは、公爵から許しを得ている。
その時に言われたのは「きみの裁量で」だった。
「わかりました」
ジョバンニは、アシュリーをサッと抱き上げる。
人目があったが、かまわず点門を開いた。
アシュリーを連れて、リビーの捜索はできない。
あまりにも危険に過ぎる。
門を抜け、屋敷内のアシュリーの部屋に戻った。
床におろされたアシュリーは、またジョバンニを見上げている。
不安でたまらない、といった様子だ。
ジョバンニは、彼女の両手をとる。
「リビーには、私の魔術がかかっています。自分の魔力を追うことはできるので、すぐに見つけて戻りますよ」
風船を買う前、アシュリーとリビーには、物理防御の魔術をかけていた。
人の魔力に対して「個」を判別することはできないが、自分のものは違う。
その魔力痕を追うのは、それほど難しくはないのだ。
ただし、魔術には制限時間があった。
時間が経つほどに薄くなり、やがて消える。
ずっと掛けっ放しにしておけるのは、公爵だけだ。
つまり、急がなければ追跡が困難になる。
「姫様、ここにいてくださいね。私が戻るまでは部屋にいてください」
「ちゃんと帰ってきてくれる? リビーと一緒に……」
「必ず帰ってまいります」
アシュリーがうなずくのを見て、再び街へと点門を開いた。
彼女の傍を離れることに、一抹の不安を感じながら、ジョバンニは門を抜ける。
すぐに消えたが、悲しげな表情だったように思う。
夜会で、子供扱いされていると、気落ちしていたアシュリーを思い出した。
観光地であるサハシーで風船は高値であるため、大人しか買えない。
だが、アドラントで欲しがるのは、風船を初めて見たという子供くらいだ。
たいしてめずらしいものではないし、街では安価で手に入る。
それを、アシュリーが知っているはずはないが、なにか感じるところはあったのかもしれない。
(それとも、我儘を言ったと気にされておられるのだろうか)
リビーに肘鉄をされるまで、ジョバンニは無意識に眉をひそめている。
アシュリーに話した「火が付き易い」との性質のこともあるが、実は、話さずにいる、もう1つの理由があった。
水素は、特殊な魔術道具で水から生成されている。
空気よりも軽い、その水素で、かなり薄く伸ばした梨型のゴムを膨らませたものが、風船と呼ばれていた。
その水素を生成する段階で、魔術道具から魔力が漏れ出るのだ。
そして、風船からも微量ずつ水素とともに魔力が漏れている。
風船が長持ちせず、しぼんでしまうのは、そのせいだった。
風船が長持ちしないのはともかく、魔力が漏れていることに問題がある。
元々、魔術道具は、あらかじめ魔力が供給され、蓄積されていた。
当然だが、魔力が尽きると道具は動かなくなるし、水素も生成できなくなる。
魔術師の持つ魔力とは、質が異なるものなのだ。
しかし、空気中に漂う魔力は、発散元が魔術師だろうが風船だろうが大差ない。
たとえば、川を流れる水とコップにそそがれた水は質が異なるが、どちらの水で地面を濡らしても、その差は、ほとんどわからない、というのと似ている。
結果、ジョバンニの魔力感知が、うまく機能しない。
ある程度の大きさの魔力があれば、魔術師の存在を認識することはできる。
だとしても、魔術師は魔力抑制で、己の魔力を隠せるのだ。
万が一の際の対処が遅れる可能性を、ジョバンニは懸念していた。
アドラントにも、いくらかは魔術師がいる。
たいていは、ロズウェルドに行き、戻ってくる者は少ない。
戻ってきた者の大半は、アドラント王族の護衛をしていた。
ほかに仕事がないからだ。
(ローエルハイドの足元で、おかしな真似をする者はいないはずだが)
そのジョバンニの予想が裏切られる。
まるで、懸念を見透かしたようなタイミングで、風船が膨らみを増したのだ。
咄嗟に、アシュリーを抱き込み、全身で庇う。
バンッ!!
大きな破裂音がした。
アシュリーには、事前に物理防御の魔術をかけている。
もちろん怪我をすることはないとわかっていた。
だが、怪我をさせるためだけに風船を爆発させるとは考えにくい。
騒ぎに乗じて、アシュリーを攫う気だ。
それを防ごうと、ジョバンニはアシュリーを抱き締めていた。
アシュリーが腕の中にいさえすれば守れる。
顔を上げ、より精度の高い魔力感知を走らせた。
魔術師がいるのであれば、即座に離脱するつもりだ。
が、感知の結果に、ハッとなる。
周囲に視線を走らせた。
アシュリーもジョバンニの腕の中で、きょろきょろしている。
それから、彼を見上げてきた。
言いたいことは、わかっている。
「ジョバンニ……」
迂闊だった。
爆発の際、ジョバンニはアシュリーを守ることしか考えられずにいたのだ。
アシュリーの目に、濃い不安が漂っている。
「リビー……リビーが、いないわ……ジョバンニ……」
「はい」
攫われたのは、アシュリーではなく、リビーだった。
ジョバンニがアシュリーを庇った、その一瞬に、リビーは連れ去られている。
連れ去ったのは、魔術師ではない。
街には行きかう大勢の人がいた。
そのうちの誰かだ。
いくら魔力感知がうまく機能していなくても、リビーを攫えるほど近くに魔術師が接近していれば、わかったはずだ。
そして、リビーも黙って転移させられはしなかっただろう。
魔力を持たない、けれど、人を攫うことに手慣れた者の仕業に違いない。
「ま、迷子? あの音にびっくりして、どこかに逃げたのかも……」
言いながら、アシュリー自身、己の言葉を信じていないのだろう。
唇が小さく震えている。
きっと、リビーに「良くないこと」が起きていると察しているのだ。
彼の胸に縋りついている彼女の両手に、力が入っていた。
「ジョバンニ……リビーを探さなくちゃ……」
アドラントに、ハインリヒが来ていないのは確認している。
昨夜も、ジョバンニは夜更けに子爵家を覗いてきたのだから、間違いない。
仮に魔術で移動したとしても、アドラント付近で点門が開けば、気づいていた。
とはいえ、ハインリヒの祖父は商人だ。
アドラントには、その祖父の子飼いの商人が、多数、商売をしている。
攫った者を特定するのは困難だが、目的はリビーではない。
やはり、アシュリーなのだ。
リビーが囮なのは、わかりきっている。
ここでリビーを探し歩くのは危険だった。
「ジョバンニ……早く探さないと、リビー、怖がっているわ……」
青い瞳が、ゆらゆらと揺れている。
ジョバンニは、ひとまず公爵に連絡を取るべく、即言葉を使った。
公爵にアシュリーをあずけられれば、リビーを探しに行けるからだ。
だが、反応がない。
(魔力疎外……? いや、それほど大きな魔力は感じられない)
即言葉は伝達系の魔術でも、高位に属していた。
魔力疎外により断ち切るとするなら、かなり大きな魔力が必要となる。
今、ジョバンニの魔力感知にかかっている程度では遮れはしないはずだ。
そして、相手側から拒絶があれば、それが伝わってくる。
だが、いっさいの反応がない。
あえて無視しているというより、伝わっていない感じがした。
「ねえ、ジョバンニ……お願い……」
街に出ることは、公爵から許しを得ている。
その時に言われたのは「きみの裁量で」だった。
「わかりました」
ジョバンニは、アシュリーをサッと抱き上げる。
人目があったが、かまわず点門を開いた。
アシュリーを連れて、リビーの捜索はできない。
あまりにも危険に過ぎる。
門を抜け、屋敷内のアシュリーの部屋に戻った。
床におろされたアシュリーは、またジョバンニを見上げている。
不安でたまらない、といった様子だ。
ジョバンニは、彼女の両手をとる。
「リビーには、私の魔術がかかっています。自分の魔力を追うことはできるので、すぐに見つけて戻りますよ」
風船を買う前、アシュリーとリビーには、物理防御の魔術をかけていた。
人の魔力に対して「個」を判別することはできないが、自分のものは違う。
その魔力痕を追うのは、それほど難しくはないのだ。
ただし、魔術には制限時間があった。
時間が経つほどに薄くなり、やがて消える。
ずっと掛けっ放しにしておけるのは、公爵だけだ。
つまり、急がなければ追跡が困難になる。
「姫様、ここにいてくださいね。私が戻るまでは部屋にいてください」
「ちゃんと帰ってきてくれる? リビーと一緒に……」
「必ず帰ってまいります」
アシュリーがうなずくのを見て、再び街へと点門を開いた。
彼女の傍を離れることに、一抹の不安を感じながら、ジョバンニは門を抜ける。
0
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる