淡く光る君へ

若城

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四十三話 いつの日か

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 その言葉に、体が強張った。
 それはセレカティアも同じで、明らかに動揺した表情を浮かべていた。
「な、なに言ってんのよ。冗談やめてよ……」
 しかし、ミリの顔を見る限り、冗談を言っているようには見えなかった。
 彼女はミリではない。ミリカ・ハイラントなのだ。
 ミリはこちらに目を向けると細い首を傾げさせ、同じ質問をしてきた。
「あの……どなた……?」
 カイトはあれほど会話を重ねてきた少女に名前を聞かれる事に、胸を締め付けられる感覚に襲われながらも答えた。
「カイト・ローレンス。還し屋だ。こいつはセレカティア。あんたが階段から落ちて気を失ってところを病院に運ばせてもらったんだ」
「そうだったんですね……。すみません、疑ってしまって……」
「別に構わないさ。体の方は大丈夫か?」
「はい。少し頭が痛むくらいですね……」
 ミリは自分の体を見下ろし、小さく笑う。
「そうか。とにかく、目が覚めてよかった。医者には伝えておくから、ゆっくり休んでくれ」
「……はい、ありがとうございます」
 カイトは俯くセレカティアに目をやった後、もう一度ミリを見る。
「また来てもいいか? こいつ、お前の事が心配みたいだからよ」
 ミリはセレカティアを見て、微笑みながら頷いた。
「はい」
「ありがとな。あと――」
 服の内ポケットから、自分の名が記された事務所の名刺を取り出し、彼女を手渡す。
「興味があったら、来てくれ。ここからだと少し遠いけどな」
 そう言い、セレカティアの手を引き、病室を後にしようとしたその時、
「すみません」
 ミリに呼び止められた。
 カイトは彼女を僅かに振り返る
「なんだ?」
「父は今どこにいるかご存知ですか?」
言っていいのか憚られたが、隠していても仕方ない。
「……刑務所の中だ」
 彼の言葉を聞いたミリは僅かに俯き、呟く。
「そう、ですか……ありがとうございます」
「……あぁ」
 病室から出て、近くのベンチにセレカティアを座らせると、体を震わせている彼女の服が涙で濡れているのが分かった。
 彼女の気持ちは痛いほど分かる。
 未来の事を話し、友達として、仕事仲間としてやっていく気持ちを交わした矢先にこちらの事を忘れている事実を突きつけられたのだ。
「どうして……どうしてよぉ……」
 セレカティアは止まらない涙を拭い、カイトの腹部を殴る。
「こんなのってないじゃない……っ。これから……これからだったのにぃ……」
「……泣いてもミリが俺達の事を思い出す訳じゃないだろ」
「あんた……っ!」 
 こちらを見上げ、睨みつけてくる。
「何も思わないわけっ!? ミリがあたし達の事を忘れたってことは……今までの事が……何も……」
「んな訳ねぇだろ」
 鋭く、重いものが胸を突かれ、痛みながらもセレカティアに語りかける。
「あれで何も思わない筈がねぇ。けど、それで終わるつもりか? このまま、ミリとの関係を終わるのか? 違うだろ」
 カイトはセレカティアの頭に手を置く。
「あいつが忘れても、俺達は覚えてる。全部がなくなってないんだ。いくらでもやり直す事だってできる。近くに居るお前がやらねぇで、誰がやるんだ?」
 出会う前に戻り、孤独感に苛まれてしまうミリを導く事が出来る筈だ。異性である自分よりも、同性であるセレカティアの方が適任。これからを任せられる。
 セレカティアは鼻をすすり、何度も涙を拭って無理矢理堰き止めてしまう。
「やってやるわよ。毎日通って……もう一回仲良くなって……一緒に遊びいく……。勉強も教えて、一緒に還し屋として頑張るわ」
「頑張れよ、先輩」
「言われなくてもやるわよ。てか、手を退きなさいよ後輩」
 置かれた手を振り払い、立ち上がる。
「すぐにあんたなんか追い抜くわよ。ミリはそんな子よ!」
 そして、脇腹を手加減無しで殴ってくる。
 まともに受けてしまうも、カイトは痛みに顔を歪ませつつ、鼻で笑ってみせる。
「いつまでもこのままじゃねぇよ。俺はミリの先輩だからな」
 ミリのこれから先はわからない。セレカティアに支えられながら生きていき、仕事に励むかもしれない。還し屋になりたいという夢を秘めている彼女の障害がなくなったことで本格的に志すかもしれない。全て、彼女が決める事だ。
 還し屋になってほしい、という気持ちは強い。だからこそ、セレカティアを傍にいてくれるようにした。そして、自分の名刺を渡した。
 自分とミリが二度と関わりを持たなくなったとしても、彼女が幸せなってくれたらそれでいい。
 セレカティアと一緒なら安心出来る。
 カイトは少女、ミリカ・ハイラントの幸せを願いながら、帰路に着いた。
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