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5話 不調
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その授業の休み時間、剣崎の座っている席に緑原と日向が歩み寄ってくると、心配そうな顔を浮かべた。特に、緑原がこちらの顔色を入念に窺ってくる。
「大丈夫? 今日、どこか調子悪いの?」
「ん、ううん。葉菜ちゃんみたいに、ちょっと眠いかな」
「そう? やばくなったら早退しなよ?」
「うん、ありがとう。でも、本当に大丈夫だから」
すると、緑原の隣に居た日向が、剣崎の額を指先で突いた。
「いいや、絶対無理してる。そんな顔してる」
日向はそう言うと、剣崎の手を引くなり立ち上がらせる。
「貴美子ちゃん?」
「保健室。いくよ」
「だ、だからだいじょ――」
「嘘はやだよ。本音は?」
普段の口調と打って変わって真剣な言葉に、剣崎は押し黙る。
実際は、自分の物ではない記憶を思い出した事で、酷い頭痛に襲われていた。痛みに顔を歪めない様に心掛けていたつもりだったのだが、見破られてしまったようだ。
剣崎は諦めた様子で頷き、我慢する事を止める。
「すいません、さっきから頭が痛いです……」
「ほらぁ……。どれくらい?」
「だいぶ……」
その言葉に、日向は呆れた表情を浮かべると、頭痛で痛む頭への攻撃から、脇腹への突きへと変更した。
それによって、剣崎は『ふぐっ』と体を僅かに曲げ、脇腹を押さえる。
「そうなら私達に隠すなっての。葉菜、葵の鞄もって」
「ん、了解」
緑原は机の横に掛けていた鞄を持つと、そのまま廊下へと出て行った。その後ろを、剣崎と日向がついていく。
廊下を歩いている間、三人は会話も無く保健室へと向かう。頭痛に悩む剣崎を気遣っているのだろう。しかし、隠していた手前、少し気まずい。その証拠に隣で歩いている日向が心なしか不機嫌そうだ。
保健室に着くと、先に歩いていた緑原が保健室のドアを開け、中に入る。
「失礼しまぁす」
「いらっしゃい。どうかした?」
ショートヘアの茶髪で右側にヘアピンを二つ付け、柔らかい口調で挨拶をする保険医、矢倉希美が緑原を見た後、後ろに居る剣崎と日向に視線を移す。日向は軽く彼女に会釈し、自分も会釈しようとしたが、頭痛に顔を歪めるだけで、会釈する余裕が無かった。
「誰が調子悪いの?」
「剣崎葵さん、です」
「ん? あぁ、君ね。初めて見かけたけど、背が高いわね」
気にしている事をさらっと言われ、複雑な気持ちになる。剣崎は保健室の中に入り、矢倉の前に用意された椅子に腰を下ろした。
「剣崎さんって頭痛持ち?」
「いえ、今日は偶々……」
そう聴いて、矢倉は数回頷く。
「貧血かしらね。今日はもう帰る? 送っていってあげるから」
頭痛の原因は分かっているのだが、言えないし言っても信じてもらえる筈が無い。そうなれば、彼女の言葉通りに帰った方が気も楽だ。それに、この頭痛では授業に集中出来そうにない。
「帰らせてもらいます……」
「はぁい。貴方達は教室に戻っていいわよ、ご苦労様」
矢倉は緑原達にそう告げる。それに対し、ブスッとした表情を浮かべる日向。それを緑原が軽く宥め、剣崎に鞄を渡させると頭を下げるなり保健室から出て行った。
保健室を余り利用した事の無い剣崎は、保健室を見渡す。棚には保健体育についての本が数冊並べられており、違う段には薬品がきちんと整理された状態で置かれていた。保健室に置かれているベッドが二つ、並ぶ様に設置されている。現時点では、体調不良者は居らず、空となっている。
「ここからお家は近いの?」
矢倉が外出する用意しながら質問を投げ掛けてきた。見渡していた剣崎は、彼女の方を振り返り、彼女の質問に答える。
「は、はい。車でだと十五分も掛からないかと……」
「分かった。じゃあ、行こうか」
矢倉は車の鍵を指で回しながら、笑った。
剣崎は矢倉の所有している車に送られ、自宅に着いた。運転中、大した会話が無かった。分の人見知りが相まって何を話せばいいか分からなかった。彼女は今年、赴任してきたばかりで質問をいくつか投げ掛けた方が良かったのだが。
剣崎は助手席から降りると、運転席に座る矢倉に頭を下げる。
「ありがとうございます、矢倉先生」
「ん、どう致しまして。無理せずに家で寝てること。OK?」
「はい」
「よろしい。じゃね」
矢倉は笑顔でそう言うと、手を振り、車を前進させて学校の方向へと走り去っていった。
剣崎は彼女を見送ると、こめかみを押さえながら自宅の中へと入った。玄関で靴を脱ぎ、二階へと上がっていく。自室に戻り、着ていたブレザーをハンガーに掛ける気力も無く、床に脱ぎ捨てる。そして、そのままベッドへと身を投げた。
ふかふかとしたベッドに身を沈めるのだが、頭痛のせいで心地良いものも台無しだ。
「あ、お母さんにメールしておかないと……」
剣崎は時間を掛けて起き上がると、脱ぎ捨てたブレザーのポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出す。そして、そのままベッドに後ろから倒れた。ディスプレイをなぞり、メール画面に移動させ、美紀へと送る内容を打ち始める。
『今日、早退しました。帰ってくる時にオレンジジュースお願いします』
他人口調な内容だが、家族には基本的にはこのような文章で送っている。緑原達からは、距離取っていそうで可哀相って言っていた。別に距離は取っているつもりはない。自然とこのような文章を送っていたので、今更変えるのも恥ずかしい、が理由だ。
メールを送信すると、顔の近くに置いた。
「はぁ……」
ため息を吐き、天井を凝視する。
この先の事を考えようと思考するのだが、頭痛により、それを遮られる。頭痛に対して舌打ちをすると、目を閉じて無理矢理睡眠へと入る。痛みに眠気は永久に来ないだろうと思っていたのだが、不思議な事に、目を閉じた途端に眠気が襲ってきた。
眠い。
そう思った時にはもう、剣崎は夢の中へ旅立った。
「大丈夫? 今日、どこか調子悪いの?」
「ん、ううん。葉菜ちゃんみたいに、ちょっと眠いかな」
「そう? やばくなったら早退しなよ?」
「うん、ありがとう。でも、本当に大丈夫だから」
すると、緑原の隣に居た日向が、剣崎の額を指先で突いた。
「いいや、絶対無理してる。そんな顔してる」
日向はそう言うと、剣崎の手を引くなり立ち上がらせる。
「貴美子ちゃん?」
「保健室。いくよ」
「だ、だからだいじょ――」
「嘘はやだよ。本音は?」
普段の口調と打って変わって真剣な言葉に、剣崎は押し黙る。
実際は、自分の物ではない記憶を思い出した事で、酷い頭痛に襲われていた。痛みに顔を歪めない様に心掛けていたつもりだったのだが、見破られてしまったようだ。
剣崎は諦めた様子で頷き、我慢する事を止める。
「すいません、さっきから頭が痛いです……」
「ほらぁ……。どれくらい?」
「だいぶ……」
その言葉に、日向は呆れた表情を浮かべると、頭痛で痛む頭への攻撃から、脇腹への突きへと変更した。
それによって、剣崎は『ふぐっ』と体を僅かに曲げ、脇腹を押さえる。
「そうなら私達に隠すなっての。葉菜、葵の鞄もって」
「ん、了解」
緑原は机の横に掛けていた鞄を持つと、そのまま廊下へと出て行った。その後ろを、剣崎と日向がついていく。
廊下を歩いている間、三人は会話も無く保健室へと向かう。頭痛に悩む剣崎を気遣っているのだろう。しかし、隠していた手前、少し気まずい。その証拠に隣で歩いている日向が心なしか不機嫌そうだ。
保健室に着くと、先に歩いていた緑原が保健室のドアを開け、中に入る。
「失礼しまぁす」
「いらっしゃい。どうかした?」
ショートヘアの茶髪で右側にヘアピンを二つ付け、柔らかい口調で挨拶をする保険医、矢倉希美が緑原を見た後、後ろに居る剣崎と日向に視線を移す。日向は軽く彼女に会釈し、自分も会釈しようとしたが、頭痛に顔を歪めるだけで、会釈する余裕が無かった。
「誰が調子悪いの?」
「剣崎葵さん、です」
「ん? あぁ、君ね。初めて見かけたけど、背が高いわね」
気にしている事をさらっと言われ、複雑な気持ちになる。剣崎は保健室の中に入り、矢倉の前に用意された椅子に腰を下ろした。
「剣崎さんって頭痛持ち?」
「いえ、今日は偶々……」
そう聴いて、矢倉は数回頷く。
「貧血かしらね。今日はもう帰る? 送っていってあげるから」
頭痛の原因は分かっているのだが、言えないし言っても信じてもらえる筈が無い。そうなれば、彼女の言葉通りに帰った方が気も楽だ。それに、この頭痛では授業に集中出来そうにない。
「帰らせてもらいます……」
「はぁい。貴方達は教室に戻っていいわよ、ご苦労様」
矢倉は緑原達にそう告げる。それに対し、ブスッとした表情を浮かべる日向。それを緑原が軽く宥め、剣崎に鞄を渡させると頭を下げるなり保健室から出て行った。
保健室を余り利用した事の無い剣崎は、保健室を見渡す。棚には保健体育についての本が数冊並べられており、違う段には薬品がきちんと整理された状態で置かれていた。保健室に置かれているベッドが二つ、並ぶ様に設置されている。現時点では、体調不良者は居らず、空となっている。
「ここからお家は近いの?」
矢倉が外出する用意しながら質問を投げ掛けてきた。見渡していた剣崎は、彼女の方を振り返り、彼女の質問に答える。
「は、はい。車でだと十五分も掛からないかと……」
「分かった。じゃあ、行こうか」
矢倉は車の鍵を指で回しながら、笑った。
剣崎は矢倉の所有している車に送られ、自宅に着いた。運転中、大した会話が無かった。分の人見知りが相まって何を話せばいいか分からなかった。彼女は今年、赴任してきたばかりで質問をいくつか投げ掛けた方が良かったのだが。
剣崎は助手席から降りると、運転席に座る矢倉に頭を下げる。
「ありがとうございます、矢倉先生」
「ん、どう致しまして。無理せずに家で寝てること。OK?」
「はい」
「よろしい。じゃね」
矢倉は笑顔でそう言うと、手を振り、車を前進させて学校の方向へと走り去っていった。
剣崎は彼女を見送ると、こめかみを押さえながら自宅の中へと入った。玄関で靴を脱ぎ、二階へと上がっていく。自室に戻り、着ていたブレザーをハンガーに掛ける気力も無く、床に脱ぎ捨てる。そして、そのままベッドへと身を投げた。
ふかふかとしたベッドに身を沈めるのだが、頭痛のせいで心地良いものも台無しだ。
「あ、お母さんにメールしておかないと……」
剣崎は時間を掛けて起き上がると、脱ぎ捨てたブレザーのポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出す。そして、そのままベッドに後ろから倒れた。ディスプレイをなぞり、メール画面に移動させ、美紀へと送る内容を打ち始める。
『今日、早退しました。帰ってくる時にオレンジジュースお願いします』
他人口調な内容だが、家族には基本的にはこのような文章で送っている。緑原達からは、距離取っていそうで可哀相って言っていた。別に距離は取っているつもりはない。自然とこのような文章を送っていたので、今更変えるのも恥ずかしい、が理由だ。
メールを送信すると、顔の近くに置いた。
「はぁ……」
ため息を吐き、天井を凝視する。
この先の事を考えようと思考するのだが、頭痛により、それを遮られる。頭痛に対して舌打ちをすると、目を閉じて無理矢理睡眠へと入る。痛みに眠気は永久に来ないだろうと思っていたのだが、不思議な事に、目を閉じた途端に眠気が襲ってきた。
眠い。
そう思った時にはもう、剣崎は夢の中へ旅立った。
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