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4話 刀の過去
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暑い。
先日よりも気温が三度上がっていると天気予報でキャスターが言っていた。それにより、気温が二七度。これくらいの気温では、暑さに文句を垂れる者は少ないのだが、剣崎はその少数に含まれる。しかし、その分寒いのがいいと言う訳でもなく、寒いのも嫌いだ。自分でも理不尽だと思うのだが、それも仕方がない。極端な気温を心地よいと思える人間が居るという事実に、心の底から疑問に思ってしまう。
それよりもだ。
剣崎は片手を顔に当てて、ある違和感について疑問を抱かせる。
今朝は焦りに焦りが付きまとって気付かなかったのだが、家を出てから落ち着く時間を持てるようになって初めて気付いた。
何かの記憶が刷り込まれている。
考え事をしようとすると、必ず身に覚えのない記憶の断片が一瞬浮かんでは消えていく。それがこれ以上にない違和感となってしまっている。この違和感をどうにかする為には、記憶の断片を思い出した方がいいのかもしれない。しかし、記憶の思い出し方が分からない。思い出す切っ掛けが必要だ。
「うぅん……」
「あぁおぉいっ!!」
不意に肩を叩かれ、剣崎は大きく体を跳ねさせ、後ろを振り返る。目の前には、叩いた本人が驚いた表情を浮かべている日向貴美子があった
「び、びっくりしたぁ……って、葵の方がびっくりしたよね?」
「え、あ、うん……おはよう」
剣崎は今出来る精いっぱいの苦笑いをし、日向に挨拶をする。
それに対し、日向は首を傾げさせる。
「どうしたの? 何かあったの?」
「え?」
「ん、朝っぱらからそんな顔されると、気になるじゃん?」
なるべく表情に出さないように努めたが、彼女には分かってしまう程度でしかなかったのか。或いは、ほんの少しの表情の変化に気づける日向の洞察力の賜物か。
「で、何を考えてたの? お姉さんに言ってみなさぁい」
日向の問いに、固まる。
『昨日ねぇ、通り魔に刺されてから体の調子が変なんだぁ』
という事など、口が裂けても言えない。思考を普段以上に回転させ、嘘を考える。今までの嘘は母親が真に受けやすい性格と自分の性格が重なっての些細な嘘だった為、切り抜ける事が出来た。だが、日向に対してあのような嘘が通じるとはとても思えない。彼女が自らこの話題から離れるものを言わなければならない。
剣崎は止めていた足を動かす。その隣を日向が歩き始め、返答を待つようにこちらの顔を覗き込むように見てくる。
「……来年には受験だからどんな参考書がいいかなぁ、ってね」
その言葉を言った途端、日向は顔を引っ込めるなり心底嫌そうな顔へと変えた。
「あぁ……聞くんじゃなかった……」
「貴美子はどこ目指してるの?」
「あたし? そんなに細かい所は決めてないかな。というか、選んでられる程賢くないんよねぇ。国立は目指すつもりだけど……。葵は?」
「私も特にないかな。とにかく勉強して安心したいし。親戚からは帝東大学を目指せとは言われたかな」
「本当に行きそうで怖いわあんた」
帝東大学とは、日本の大学で創立以来トップに君臨している大学だ。勉学に励む人間は、この大学を目標にしている。日本で最高の学歴を持つ事が出来、最高の職種に就く事が出来るとして考えられている。しかし、剣崎自身は学歴に関しては大した興味は無い。それは両親も同じで父親は有名大学を出ているものの、興味が無いようだ。母親は高校卒業後、市役所に就職し、自分を生んでから休職した。その後、自分が中学校入学後に復職した。高校卒業の為、そもそも大学に詳しくない。
「欲を言えば、一緒の大学に行きたい、かなぁ」
ぽつりとそう呟く。
「……一緒、かぁ」
日向は顎に手を当てると、考え込む。唸るばかりで答えが出ない様だ。進学についてなのだから、すぐには答えが出ないだろう。この場で彼女の口から答えが出る事は考えず、通学路を歩いていると、緑原と合流する十字路に差し掛かった。十字路を通ると同時に緑原と鉢合わせとなった。すると、こちらの存在に気付いた緑原が少し眠そうに手を振ってきた。
「おはよぉうっ……ふ」
欠伸しながらの挨拶に、剣崎は首を傾げる。
「寝不足?」
「うぅん、昨日買った本読んでたぁ……。また今度貸すね」
「うん、ありがとう」
「で、貴美子は何悩んでんの?」
緑原が日向に質問を投げ掛けると、日向は顎に当てていた手を下すと彼女の方を見た。
「大学の事ぉ」
「あんたが? 珍しいわね」
少しばかり目を見開かせて驚く。そんな彼女に、日向が口を尖らせて反論する。それらを剣崎は眺めては小さく笑う。これが剣崎、緑原、日向が過ごす毎日。この毎日から自分だけ外れてしまったようで、胸が針に刺された様に痛み、剣崎はスカートの裾をきつく握り締めた。
学校に着き、一限目の授業が始まった。授業を軽く聞き流しながら目を閉じ、記憶の中にある異物を解明していく行動に移ろうと試みる。何もなしで記憶を辿る事は出来なかったので、今回はいくつかのキーワードを元に探っていく事にする。
日本刀。
歯車が合ったように、自身の記憶ではない記憶が脳内に現れた。鍛冶職人らしき人物がくらい所で僅かな火を前に日本刀を打っている光景だった。しかし、それだけで以降のものは出て来なかった。
次は、日本刀から深くいく。
黒い日本刀、白い日本刀。
その瞬間。
血に塗れた鎧を纏った侍や着物を着た女性が悲鳴を上げながら絶命していく場面が現れ、剣崎は閉じていた目を勢い良く開くなり、思わず席を立ち上がってしまった。
立ち上がった事によってクラスの生徒が、剣崎に集中する。その中には、緑原と日向も居た。剣崎は周りを目だけで見渡すと、静かに着席する。すると、授業を行っていた木塚が黒板に書いていた手を止めて質問してきた。
「どうした、剣崎」
「い、いえ……」
「夢で覚めたか? 成績が良くても寝るのは頂けないな」
「すいません……」
「まぁいいけど、次は気をつけろよ」
そう言うと、木塚が再び黒板に集中し始め、手に持っていたチョークを動かし始める。若い男性教師で、赴任三年目である。スーツ姿が良く似合っており、一部の女生徒から人気がある。
周りから少なからず押し殺した笑い声が聞こえてきて、顔が熱くなるのが分かった。しかし、その熱はすぐに冷めさせ、再び記憶を辿る作業に入る。
先程と同じキーワードで辿り、再び同じ悲鳴が脳内に響き渡る。それに顔を引き攣らせながらも、さらに記憶を辿っていく。すると、場面が変わり、黒い日本刀を手に戦をする侍が、瞳を黄色く染めながら前線を切って敵軍を常人では有り得ない身のこなしで薙ぎ払っていく。そして、斬り倒された者はしばらくしてから立ち上がり、味方である人間に斬りかかっていった。そのように、黒い日本刀が斬った人間を次々に手中に治め、戦力を奪っていく様が再生される。
どうやら、あの黒い日本刀は斬った者を意のままに操る性質を持っている様だ。その為、あの時、何かが入り込んで来た感覚に襲われていたのだろう。
そして、黒い日本刀が製造されるまでの過程が映し出された。日本刀を打っていく鍛冶職人が赤く熱しられた日本刀に何かを黒いものを延々と垂らしている。その黒いものが原因であのような禍々しい色となったのだろうか。しかし、次の場面でその黒い液体の正体が分かった。
再び場面が変わり、縄に縛られた何人もの男女が一列に並び、その後ろに同じ人数の侍が日本刀を手に立っていた。そして、位が高いと思われる侍が合図を出し、それに習って一斉に日本刀を振り上げる。怒り、憎しみ、恐怖など、男女は負の感情を渦巻く表情を浮かべながら絶叫する中、無情にも日本刀が振り下ろされる。
また場面が変わり、先程黒い日本刀を打っていた鍛冶職人が映し出され、合図を出していた侍が大きな壷を手に、彼を訪ねていた。それを受け取った鍛冶職人は狂気に満ちた笑みを浮かべては、自家に戻って作業に入る。
あの黒い液体は、処刑された男女の血。どす黒くなった血液が大きな壷に入れられ、負の感情をあの日本刀に注ぎ込んだというのだろう。
剣崎はゆっくり目を開けると、眉を潜める。
あのような不吉な日本刀があっていいのだろうか。妖刀と言っても過言でもない刀ではないか。あのまま黒い日本刀に支配されていたらと考えると、寒気がする。あの白い日本刀があって良かったと、心の底から思った。
次は白い日本刀について探ろうと、目を閉じる。
先程の惨状とは違い、侍が着る様な服装とは違った男性が、木で出来た建物の中で、その一室の中心に突き立てられた白い日本刀を、腕を組んで眺めていた。剣崎はオカルトに対して乏しい知識を使い、彼の服装について思い出す。映画で見た事がある。確か、あれは陰陽道を題材にした作品に出ていた服装だ。陰陽道を使用していた人物があの様な恰好していた記憶が剣崎にはあった。眺められた白い日本刀を中心に読む事が出来ない文字が日本刀を囲むようにして床に描かれていた。男性を主に映された光景が広がり、男性より少し離れた所に白装束を纏った女性二人が立っていた。彼女達は円を外側に向かい合う形で立っており、男性を含むと円を囲んで三角形を形成するような立ち位置となっていた。
三人は何やら日本語かと疑問に思うような言語を発し始めた。
場面が変わり、白い日本刀を持った先程の若い男性と黒い日本刀を持った鎧を纏った武将らしき男性がお互いに血を流しながら向かい合っていた。若い男性は衣服を所々破け、右手に白い日本刀、左手にどこにでもあるような日本刀を持っていた。何故、二刀流なのだろうか。一方、武将である男性は、二つに分かれた兜が男性の近く落ちており、纏った鎧も所々切断され、肌が露出している。しかし、切断されているにも関わらずに切り傷が無い所に違和感を覚える。
二人は怒声を上げて斬りかかる。武将である男性が振った黒い日本刀を若い男性はしゃがみ込む事で紙一重で避けると、白い日本刀を掬い上げる様に振る。日本刀は男性を一閃された様に思われたが、鎧が紙の様に切断されただけで、体には傷一つ無かった。若い男性は次に、左手に持っていた日本刀を少ない動きで男性を斬りつける。その日本刀では、男性の体を斬り、鮮血を舞わせる。男性は激痛に顔を歪めるが、握りしめた拳で若い男性の顔面を捉える。捉えた事で体を仰け反らせた彼に、男性は黒い日本刀で彼の右胸を突いた。黒い日本刀の先端が若い男性の背中から現れ、彼は激しく吐血した。男性は勝ち誇った表情を浮かべ、黒い日本刀を引き抜く。引き抜く事で、大量の血が溢れ、若い男性は片膝をついてしまった。
しかし、彼は両手に持った日本刀を離す事無く、普通の日本刀を、隙を作った男性の露出した腹部に深々と突き刺した。そして、そのまま体当たりをし、白い日本刀を振り上げる。それに負けじと、男性も腹部に刺さった日本刀を引き抜いて黒い日本刀を振り上げる。
二つの日本刀が振れ、凄まじい金属音を響かせた
そこで、強制的に暗転した。
剣崎は目を開けると、深く息を吐いた。
とんでもない物を手に入れてしまったようだ。あの黒い日本刀は憎悪の塊であり、その憎悪によって人間を従えていたのだ。それに対抗するべくして、自身が持っている白い日本刀が何かしら施されて作成されたようだ。日本刀としての機能を取り除かれているようで、人間を斬る事が叶わない様子だった。何故、そのような施しをしたのだろうかと疑問に思った。記憶はこれらだけとは思えず、後日、違う記憶が再生されるのかもしれない。
ふと、剣崎は教室内の時計を見る。
授業終了五分前。
「え……」
いつの間にこんな時間になっていたのだろうか。断片的な映像だけが数分程度が連続で流れていただけで、合計でも一五分程度だと思っていたが、体感に過ぎなかった。
戸惑いを隠せず、視線を泳がせていると、木塚が教科書を教壇に置き、口角を上げる。
「お、剣崎、また寝てたな?」
「……はい……すみません」
木塚は軽く笑い、
「聞かなくても成績が良いからって、百々寝られると流石に俺も傷つくぞ」
と、手に持っていた現代国語の教科書を団扇代わりに煽いだ。
「す、すいません……」
「眠いなら仕方ない。俺も、眠い時は心置きなく寝るようにしてたからな。だが、余りに酷いなら保健室に行くんだぞ?」
「はい」
「おっけい。じゃ、少し早いけど、今日はここまでだ。質問ある奴はこっちこぉい」
先日よりも気温が三度上がっていると天気予報でキャスターが言っていた。それにより、気温が二七度。これくらいの気温では、暑さに文句を垂れる者は少ないのだが、剣崎はその少数に含まれる。しかし、その分寒いのがいいと言う訳でもなく、寒いのも嫌いだ。自分でも理不尽だと思うのだが、それも仕方がない。極端な気温を心地よいと思える人間が居るという事実に、心の底から疑問に思ってしまう。
それよりもだ。
剣崎は片手を顔に当てて、ある違和感について疑問を抱かせる。
今朝は焦りに焦りが付きまとって気付かなかったのだが、家を出てから落ち着く時間を持てるようになって初めて気付いた。
何かの記憶が刷り込まれている。
考え事をしようとすると、必ず身に覚えのない記憶の断片が一瞬浮かんでは消えていく。それがこれ以上にない違和感となってしまっている。この違和感をどうにかする為には、記憶の断片を思い出した方がいいのかもしれない。しかし、記憶の思い出し方が分からない。思い出す切っ掛けが必要だ。
「うぅん……」
「あぁおぉいっ!!」
不意に肩を叩かれ、剣崎は大きく体を跳ねさせ、後ろを振り返る。目の前には、叩いた本人が驚いた表情を浮かべている日向貴美子があった
「び、びっくりしたぁ……って、葵の方がびっくりしたよね?」
「え、あ、うん……おはよう」
剣崎は今出来る精いっぱいの苦笑いをし、日向に挨拶をする。
それに対し、日向は首を傾げさせる。
「どうしたの? 何かあったの?」
「え?」
「ん、朝っぱらからそんな顔されると、気になるじゃん?」
なるべく表情に出さないように努めたが、彼女には分かってしまう程度でしかなかったのか。或いは、ほんの少しの表情の変化に気づける日向の洞察力の賜物か。
「で、何を考えてたの? お姉さんに言ってみなさぁい」
日向の問いに、固まる。
『昨日ねぇ、通り魔に刺されてから体の調子が変なんだぁ』
という事など、口が裂けても言えない。思考を普段以上に回転させ、嘘を考える。今までの嘘は母親が真に受けやすい性格と自分の性格が重なっての些細な嘘だった為、切り抜ける事が出来た。だが、日向に対してあのような嘘が通じるとはとても思えない。彼女が自らこの話題から離れるものを言わなければならない。
剣崎は止めていた足を動かす。その隣を日向が歩き始め、返答を待つようにこちらの顔を覗き込むように見てくる。
「……来年には受験だからどんな参考書がいいかなぁ、ってね」
その言葉を言った途端、日向は顔を引っ込めるなり心底嫌そうな顔へと変えた。
「あぁ……聞くんじゃなかった……」
「貴美子はどこ目指してるの?」
「あたし? そんなに細かい所は決めてないかな。というか、選んでられる程賢くないんよねぇ。国立は目指すつもりだけど……。葵は?」
「私も特にないかな。とにかく勉強して安心したいし。親戚からは帝東大学を目指せとは言われたかな」
「本当に行きそうで怖いわあんた」
帝東大学とは、日本の大学で創立以来トップに君臨している大学だ。勉学に励む人間は、この大学を目標にしている。日本で最高の学歴を持つ事が出来、最高の職種に就く事が出来るとして考えられている。しかし、剣崎自身は学歴に関しては大した興味は無い。それは両親も同じで父親は有名大学を出ているものの、興味が無いようだ。母親は高校卒業後、市役所に就職し、自分を生んでから休職した。その後、自分が中学校入学後に復職した。高校卒業の為、そもそも大学に詳しくない。
「欲を言えば、一緒の大学に行きたい、かなぁ」
ぽつりとそう呟く。
「……一緒、かぁ」
日向は顎に手を当てると、考え込む。唸るばかりで答えが出ない様だ。進学についてなのだから、すぐには答えが出ないだろう。この場で彼女の口から答えが出る事は考えず、通学路を歩いていると、緑原と合流する十字路に差し掛かった。十字路を通ると同時に緑原と鉢合わせとなった。すると、こちらの存在に気付いた緑原が少し眠そうに手を振ってきた。
「おはよぉうっ……ふ」
欠伸しながらの挨拶に、剣崎は首を傾げる。
「寝不足?」
「うぅん、昨日買った本読んでたぁ……。また今度貸すね」
「うん、ありがとう」
「で、貴美子は何悩んでんの?」
緑原が日向に質問を投げ掛けると、日向は顎に当てていた手を下すと彼女の方を見た。
「大学の事ぉ」
「あんたが? 珍しいわね」
少しばかり目を見開かせて驚く。そんな彼女に、日向が口を尖らせて反論する。それらを剣崎は眺めては小さく笑う。これが剣崎、緑原、日向が過ごす毎日。この毎日から自分だけ外れてしまったようで、胸が針に刺された様に痛み、剣崎はスカートの裾をきつく握り締めた。
学校に着き、一限目の授業が始まった。授業を軽く聞き流しながら目を閉じ、記憶の中にある異物を解明していく行動に移ろうと試みる。何もなしで記憶を辿る事は出来なかったので、今回はいくつかのキーワードを元に探っていく事にする。
日本刀。
歯車が合ったように、自身の記憶ではない記憶が脳内に現れた。鍛冶職人らしき人物がくらい所で僅かな火を前に日本刀を打っている光景だった。しかし、それだけで以降のものは出て来なかった。
次は、日本刀から深くいく。
黒い日本刀、白い日本刀。
その瞬間。
血に塗れた鎧を纏った侍や着物を着た女性が悲鳴を上げながら絶命していく場面が現れ、剣崎は閉じていた目を勢い良く開くなり、思わず席を立ち上がってしまった。
立ち上がった事によってクラスの生徒が、剣崎に集中する。その中には、緑原と日向も居た。剣崎は周りを目だけで見渡すと、静かに着席する。すると、授業を行っていた木塚が黒板に書いていた手を止めて質問してきた。
「どうした、剣崎」
「い、いえ……」
「夢で覚めたか? 成績が良くても寝るのは頂けないな」
「すいません……」
「まぁいいけど、次は気をつけろよ」
そう言うと、木塚が再び黒板に集中し始め、手に持っていたチョークを動かし始める。若い男性教師で、赴任三年目である。スーツ姿が良く似合っており、一部の女生徒から人気がある。
周りから少なからず押し殺した笑い声が聞こえてきて、顔が熱くなるのが分かった。しかし、その熱はすぐに冷めさせ、再び記憶を辿る作業に入る。
先程と同じキーワードで辿り、再び同じ悲鳴が脳内に響き渡る。それに顔を引き攣らせながらも、さらに記憶を辿っていく。すると、場面が変わり、黒い日本刀を手に戦をする侍が、瞳を黄色く染めながら前線を切って敵軍を常人では有り得ない身のこなしで薙ぎ払っていく。そして、斬り倒された者はしばらくしてから立ち上がり、味方である人間に斬りかかっていった。そのように、黒い日本刀が斬った人間を次々に手中に治め、戦力を奪っていく様が再生される。
どうやら、あの黒い日本刀は斬った者を意のままに操る性質を持っている様だ。その為、あの時、何かが入り込んで来た感覚に襲われていたのだろう。
そして、黒い日本刀が製造されるまでの過程が映し出された。日本刀を打っていく鍛冶職人が赤く熱しられた日本刀に何かを黒いものを延々と垂らしている。その黒いものが原因であのような禍々しい色となったのだろうか。しかし、次の場面でその黒い液体の正体が分かった。
再び場面が変わり、縄に縛られた何人もの男女が一列に並び、その後ろに同じ人数の侍が日本刀を手に立っていた。そして、位が高いと思われる侍が合図を出し、それに習って一斉に日本刀を振り上げる。怒り、憎しみ、恐怖など、男女は負の感情を渦巻く表情を浮かべながら絶叫する中、無情にも日本刀が振り下ろされる。
また場面が変わり、先程黒い日本刀を打っていた鍛冶職人が映し出され、合図を出していた侍が大きな壷を手に、彼を訪ねていた。それを受け取った鍛冶職人は狂気に満ちた笑みを浮かべては、自家に戻って作業に入る。
あの黒い液体は、処刑された男女の血。どす黒くなった血液が大きな壷に入れられ、負の感情をあの日本刀に注ぎ込んだというのだろう。
剣崎はゆっくり目を開けると、眉を潜める。
あのような不吉な日本刀があっていいのだろうか。妖刀と言っても過言でもない刀ではないか。あのまま黒い日本刀に支配されていたらと考えると、寒気がする。あの白い日本刀があって良かったと、心の底から思った。
次は白い日本刀について探ろうと、目を閉じる。
先程の惨状とは違い、侍が着る様な服装とは違った男性が、木で出来た建物の中で、その一室の中心に突き立てられた白い日本刀を、腕を組んで眺めていた。剣崎はオカルトに対して乏しい知識を使い、彼の服装について思い出す。映画で見た事がある。確か、あれは陰陽道を題材にした作品に出ていた服装だ。陰陽道を使用していた人物があの様な恰好していた記憶が剣崎にはあった。眺められた白い日本刀を中心に読む事が出来ない文字が日本刀を囲むようにして床に描かれていた。男性を主に映された光景が広がり、男性より少し離れた所に白装束を纏った女性二人が立っていた。彼女達は円を外側に向かい合う形で立っており、男性を含むと円を囲んで三角形を形成するような立ち位置となっていた。
三人は何やら日本語かと疑問に思うような言語を発し始めた。
場面が変わり、白い日本刀を持った先程の若い男性と黒い日本刀を持った鎧を纏った武将らしき男性がお互いに血を流しながら向かい合っていた。若い男性は衣服を所々破け、右手に白い日本刀、左手にどこにでもあるような日本刀を持っていた。何故、二刀流なのだろうか。一方、武将である男性は、二つに分かれた兜が男性の近く落ちており、纏った鎧も所々切断され、肌が露出している。しかし、切断されているにも関わらずに切り傷が無い所に違和感を覚える。
二人は怒声を上げて斬りかかる。武将である男性が振った黒い日本刀を若い男性はしゃがみ込む事で紙一重で避けると、白い日本刀を掬い上げる様に振る。日本刀は男性を一閃された様に思われたが、鎧が紙の様に切断されただけで、体には傷一つ無かった。若い男性は次に、左手に持っていた日本刀を少ない動きで男性を斬りつける。その日本刀では、男性の体を斬り、鮮血を舞わせる。男性は激痛に顔を歪めるが、握りしめた拳で若い男性の顔面を捉える。捉えた事で体を仰け反らせた彼に、男性は黒い日本刀で彼の右胸を突いた。黒い日本刀の先端が若い男性の背中から現れ、彼は激しく吐血した。男性は勝ち誇った表情を浮かべ、黒い日本刀を引き抜く。引き抜く事で、大量の血が溢れ、若い男性は片膝をついてしまった。
しかし、彼は両手に持った日本刀を離す事無く、普通の日本刀を、隙を作った男性の露出した腹部に深々と突き刺した。そして、そのまま体当たりをし、白い日本刀を振り上げる。それに負けじと、男性も腹部に刺さった日本刀を引き抜いて黒い日本刀を振り上げる。
二つの日本刀が振れ、凄まじい金属音を響かせた
そこで、強制的に暗転した。
剣崎は目を開けると、深く息を吐いた。
とんでもない物を手に入れてしまったようだ。あの黒い日本刀は憎悪の塊であり、その憎悪によって人間を従えていたのだ。それに対抗するべくして、自身が持っている白い日本刀が何かしら施されて作成されたようだ。日本刀としての機能を取り除かれているようで、人間を斬る事が叶わない様子だった。何故、そのような施しをしたのだろうかと疑問に思った。記憶はこれらだけとは思えず、後日、違う記憶が再生されるのかもしれない。
ふと、剣崎は教室内の時計を見る。
授業終了五分前。
「え……」
いつの間にこんな時間になっていたのだろうか。断片的な映像だけが数分程度が連続で流れていただけで、合計でも一五分程度だと思っていたが、体感に過ぎなかった。
戸惑いを隠せず、視線を泳がせていると、木塚が教科書を教壇に置き、口角を上げる。
「お、剣崎、また寝てたな?」
「……はい……すみません」
木塚は軽く笑い、
「聞かなくても成績が良いからって、百々寝られると流石に俺も傷つくぞ」
と、手に持っていた現代国語の教科書を団扇代わりに煽いだ。
「す、すいません……」
「眠いなら仕方ない。俺も、眠い時は心置きなく寝るようにしてたからな。だが、余りに酷いなら保健室に行くんだぞ?」
「はい」
「おっけい。じゃ、少し早いけど、今日はここまでだ。質問ある奴はこっちこぉい」
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