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3話 家族
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朝。
剣崎は布団の中で目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。
昨日から余り寝れず、瞼が重い。目を擦りながら、ベッドの傍に置いてあった鏡を手に取って目の前まで持ってくる。昨日からずっと、黄色く染まった自分の目を観察していた。黄色い目は黒く戻らず、学校にも行くのかさえ絶望していた。両親、友人にこの目についてどう説明すればいい。通り魔に襲われた時になった、常人以上の体となった、と言うのか。いや、そんな事など出来ない。自分の異常を知った者は、気味悪がって離れていくだろう。孤独に過ごしていくなんて、耐えられない。
絶望に打ちひしがれながら、鏡を覗き込む。
目が黒かった。
「え……えぇっ!?」
思いがけない事に思わず声を上げてしまった。
目元を人差し指で下へと引っ張り、鏡に顔を近づける。毎日見る自分の目で、安堵に胸を撫で下ろすのだが、意味が分からない。寝るまで消える事の無かった黄色い目が何事も無かった様に、正常に戻っていたのだ。
「……何で?」
「葵ぃ? 朝から大声出してどうしたのぉ?」
母親が自室のドア越しに声を掛けてくるのが聞こえてきた。どうやら起こしに来たところだったのだろう。
剣崎は慌ててベッドから降りるとドアへと駆け寄ってドアを開ける。
「何でもないよ! ちょっと鼻水が酷かっただけで!」
「あらそう? 早く着替えて下に降りてきなさいね」
母親はそう言い残して階段を下りて行った。
あのような薄っぺらい嘘を簡単に信じてしまう母親に、剣崎は深くため息を吐く。だが、幼少の頃から親に対して嘘を吐いた事も無かったので仕方ないのかもしれない。吐く吐かないというよりも、吐けないと言った方が正解だが。
剣崎はクローゼットを開けると、学校の制服と取り出しては寝間着を脱いで着替える。
着替え終え、自分の部屋から出、リビングがある一階へと降りていく。リビングに入ると父親がテーブルで椅子に座り、朝食を食べている最中だった。剣崎も椅子に座り、テーブルに置かれている白米、味噌汁、サラダと一般的な朝食。それらを頬張りながら、父親に挨拶をする。
「おはよう」
「おはよう。昨日、俺の言う事を聞かなかったな?」
「……ごめんなさい」
「罰は考えておく。覚えておきなさい」
その言葉に軽く俯くと、台所から母親が苦笑いしながら出て来た。
「いいじゃないの。何事も無かったんだから。鼻血は出てたけど」
吐いた嘘に、剣崎の胸を締め付ける。だが、襲われたという事を言えない。言った後の二人の反応を想像するのが、怖い。
父親は朝食を食べ終えると、置かれていたコーヒーを少し飲み、音を立てて机に置いた。
「そういう問題じゃない。通り魔が出ているこの頃に、女の子一人が出歩くのは」
「はいはいはい。終わった事はいいじゃない。仕事行ってきなさいな」
「…………」
無理矢理言葉を遮られ、父親は無言になり、残りのコーヒーを飲み干してしまうと、立ち上がる。そして、こちらを見て何か言いたそうな顔をしていたが、顔を逸らす事でそれを回避する。
「……行ってくる」
少しの間があってからその言葉を発せられ、リビングから出ていった。
「はぁい、行ってらっしゃぁい」
剣崎は彼に一言も言わずに見送る。それがいけなかったのか、母親に軽く頭を叩かれた。
母親は父親が食べ終えた食器を纏めると、台所へと持っていく。カチャカチャと食器同士が当たる音が、鋭くなった剣崎の耳に刺さり、密かに眉を潜める。すると、連続する音の一部が変わった。その音に嫌な予感がし、咄嗟に母親に声を掛ける。
「お母さん、危ないんじゃ」
「えぇ? あぁ!」
母親がそう叫んだと同時に、食器が床に落ち、甲高い音を立てて割れた。それに対して、剣崎は顔を顰めさせる。
「あぁあ……割れちゃった……」
母親のトーンの沈んだ声が台所から聴こえてくる。
「……大丈夫?」
「うぅん、怪我はないわ。けど、どうして危ないって分かったの?」
母親の質問に顔を強張らせると、またどうしようもない嘘を吐く。
「ぐ、ぐらついてるのが見えてね。大丈夫かなぁ、なんて……」
「あら、そんなに目が良かったっけ?」
吐いた嘘で墓穴を掘ってしまう自分に呆れる。
「た、たまにはあるよ……そんな事……」
「ふぅん。ここは片付けるから、早く食べて用意してきなさい」
「……はぁい」
剣崎はそう言うと、いつもよりも食べる速度を上げて朝食を口に運んでいく。食べ終えると、食器を流し台に持っていき、食器を置いてそそくさと洗面台へ向かう。
洗面台の前に立ち、蛇口から水を出すと、コップに立て掛けているピンク色の歯ブラシに手をかける。歯ブラシを持った手とは逆に、歯磨きチューブを持ち、歯ブラシに少量付ける。そして、歯ブラシを口に含み、歯磨きを始める。歯磨きをしている最中、昨日まで変色していた目を目視する。黄色くなく、若干垂れ目な日本人らしい真っ黒な瞳。昨日の事もあり、自分の瞳の黒さに安心出来た。逃げ帰ってきた時は、視界が異常なまでにひらけていたのだが、今は正常に近い状態だ。近い、と言うのは、自分の視力は一・二だ。良くも無ければ悪くも無い数値だ。しかし、今は風景が良く見える。
喜んで良いのか悪いのか。
剣崎はうがいを何度かし、それに続いて顔を洗う。顔から滴る水をタオルで拭き、拭き終えて顔を上げる。変わりない黒い瞳にため息をつく。
「なぁにが罰を考えておくよ……」
剣崎は目に力を入れる。
目尻が上がり、目付きが鋭くなる。人前では決してしないのだが、目に力を加えると目が吊り上がる。吊り上がった目付きは父親にどことなく似ており、不快とは言わないが変な気分になってしまう。もし、生まれつきこの目付きだった場合、この身長を合わせて怖さが倍増してしまっていただろう。只でさえ、男子生徒からは距離を置かれているというのに、学生らしい青春からさらに掛け離れてしまう。
全ての作業を終え、再びリビングに戻ると、ソファに置いていた鞄に手を掛ける。そこで、台所に居た母親が声を掛けてきた。
「今日、職場の人と御飯食べてくるね。晩御飯は冷蔵庫に入れておくから」
「ん、分かった。じゃ、行ってきます」
剣崎は母親に目を向ける事無く返事をすると、鞄を持って玄関へと向かった。
剣崎は布団の中で目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。
昨日から余り寝れず、瞼が重い。目を擦りながら、ベッドの傍に置いてあった鏡を手に取って目の前まで持ってくる。昨日からずっと、黄色く染まった自分の目を観察していた。黄色い目は黒く戻らず、学校にも行くのかさえ絶望していた。両親、友人にこの目についてどう説明すればいい。通り魔に襲われた時になった、常人以上の体となった、と言うのか。いや、そんな事など出来ない。自分の異常を知った者は、気味悪がって離れていくだろう。孤独に過ごしていくなんて、耐えられない。
絶望に打ちひしがれながら、鏡を覗き込む。
目が黒かった。
「え……えぇっ!?」
思いがけない事に思わず声を上げてしまった。
目元を人差し指で下へと引っ張り、鏡に顔を近づける。毎日見る自分の目で、安堵に胸を撫で下ろすのだが、意味が分からない。寝るまで消える事の無かった黄色い目が何事も無かった様に、正常に戻っていたのだ。
「……何で?」
「葵ぃ? 朝から大声出してどうしたのぉ?」
母親が自室のドア越しに声を掛けてくるのが聞こえてきた。どうやら起こしに来たところだったのだろう。
剣崎は慌ててベッドから降りるとドアへと駆け寄ってドアを開ける。
「何でもないよ! ちょっと鼻水が酷かっただけで!」
「あらそう? 早く着替えて下に降りてきなさいね」
母親はそう言い残して階段を下りて行った。
あのような薄っぺらい嘘を簡単に信じてしまう母親に、剣崎は深くため息を吐く。だが、幼少の頃から親に対して嘘を吐いた事も無かったので仕方ないのかもしれない。吐く吐かないというよりも、吐けないと言った方が正解だが。
剣崎はクローゼットを開けると、学校の制服と取り出しては寝間着を脱いで着替える。
着替え終え、自分の部屋から出、リビングがある一階へと降りていく。リビングに入ると父親がテーブルで椅子に座り、朝食を食べている最中だった。剣崎も椅子に座り、テーブルに置かれている白米、味噌汁、サラダと一般的な朝食。それらを頬張りながら、父親に挨拶をする。
「おはよう」
「おはよう。昨日、俺の言う事を聞かなかったな?」
「……ごめんなさい」
「罰は考えておく。覚えておきなさい」
その言葉に軽く俯くと、台所から母親が苦笑いしながら出て来た。
「いいじゃないの。何事も無かったんだから。鼻血は出てたけど」
吐いた嘘に、剣崎の胸を締め付ける。だが、襲われたという事を言えない。言った後の二人の反応を想像するのが、怖い。
父親は朝食を食べ終えると、置かれていたコーヒーを少し飲み、音を立てて机に置いた。
「そういう問題じゃない。通り魔が出ているこの頃に、女の子一人が出歩くのは」
「はいはいはい。終わった事はいいじゃない。仕事行ってきなさいな」
「…………」
無理矢理言葉を遮られ、父親は無言になり、残りのコーヒーを飲み干してしまうと、立ち上がる。そして、こちらを見て何か言いたそうな顔をしていたが、顔を逸らす事でそれを回避する。
「……行ってくる」
少しの間があってからその言葉を発せられ、リビングから出ていった。
「はぁい、行ってらっしゃぁい」
剣崎は彼に一言も言わずに見送る。それがいけなかったのか、母親に軽く頭を叩かれた。
母親は父親が食べ終えた食器を纏めると、台所へと持っていく。カチャカチャと食器同士が当たる音が、鋭くなった剣崎の耳に刺さり、密かに眉を潜める。すると、連続する音の一部が変わった。その音に嫌な予感がし、咄嗟に母親に声を掛ける。
「お母さん、危ないんじゃ」
「えぇ? あぁ!」
母親がそう叫んだと同時に、食器が床に落ち、甲高い音を立てて割れた。それに対して、剣崎は顔を顰めさせる。
「あぁあ……割れちゃった……」
母親のトーンの沈んだ声が台所から聴こえてくる。
「……大丈夫?」
「うぅん、怪我はないわ。けど、どうして危ないって分かったの?」
母親の質問に顔を強張らせると、またどうしようもない嘘を吐く。
「ぐ、ぐらついてるのが見えてね。大丈夫かなぁ、なんて……」
「あら、そんなに目が良かったっけ?」
吐いた嘘で墓穴を掘ってしまう自分に呆れる。
「た、たまにはあるよ……そんな事……」
「ふぅん。ここは片付けるから、早く食べて用意してきなさい」
「……はぁい」
剣崎はそう言うと、いつもよりも食べる速度を上げて朝食を口に運んでいく。食べ終えると、食器を流し台に持っていき、食器を置いてそそくさと洗面台へ向かう。
洗面台の前に立ち、蛇口から水を出すと、コップに立て掛けているピンク色の歯ブラシに手をかける。歯ブラシを持った手とは逆に、歯磨きチューブを持ち、歯ブラシに少量付ける。そして、歯ブラシを口に含み、歯磨きを始める。歯磨きをしている最中、昨日まで変色していた目を目視する。黄色くなく、若干垂れ目な日本人らしい真っ黒な瞳。昨日の事もあり、自分の瞳の黒さに安心出来た。逃げ帰ってきた時は、視界が異常なまでにひらけていたのだが、今は正常に近い状態だ。近い、と言うのは、自分の視力は一・二だ。良くも無ければ悪くも無い数値だ。しかし、今は風景が良く見える。
喜んで良いのか悪いのか。
剣崎はうがいを何度かし、それに続いて顔を洗う。顔から滴る水をタオルで拭き、拭き終えて顔を上げる。変わりない黒い瞳にため息をつく。
「なぁにが罰を考えておくよ……」
剣崎は目に力を入れる。
目尻が上がり、目付きが鋭くなる。人前では決してしないのだが、目に力を加えると目が吊り上がる。吊り上がった目付きは父親にどことなく似ており、不快とは言わないが変な気分になってしまう。もし、生まれつきこの目付きだった場合、この身長を合わせて怖さが倍増してしまっていただろう。只でさえ、男子生徒からは距離を置かれているというのに、学生らしい青春からさらに掛け離れてしまう。
全ての作業を終え、再びリビングに戻ると、ソファに置いていた鞄に手を掛ける。そこで、台所に居た母親が声を掛けてきた。
「今日、職場の人と御飯食べてくるね。晩御飯は冷蔵庫に入れておくから」
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