妖が潜む街

若城

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3章

8話

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 ピンチだ。
 霧本は迫り来る山姥の事を思い出しながら、居心地の悪い心臓の高鳴りを感じていた。あの死の恐怖よりかはましではあるが、身体に対する痛烈なダメージを考えると嫌な気分になってしまう。
 霧本の目の前で耳にいくつものピアスをつけた金髪の男性、坊主で七分袖から覗く龍の入れ墨を入れた男性がこちらを見下ろしていたのだ。
 特に彼らと何かあった訳ではない。突然、すれ違い様に腕を掴まれ、歩行路の隅へと追いやられてしまった。行き交う人はこちらを一瞥してから、足早と去っていくのを見て、関わりたくない存在なのだなと理解する事が出来た。

「あの、僕に何か用……ですか?」

 恐る恐る問い掛けると、金髪の男性は僅かに口…角を上げ、霧本の額を指で弾いた。

「当たり前。お前、きりもととしやってやつだろ?」
「え……なんで……?」
「最近、噂になってるからよ。俺らを率いてる生意気な人間のガキがいるってよ」

 『俺ら』、『人間』という単語に霧本はふたりが人間ではなく、妖怪であるのを理解した。しかし、別に率いているつもりなど毛頭ない。助けてほしいから、手伝ってほしいから頼んでいるわけであり、友達として接しているだけだ。率いているなど、駒扱いにした覚えはない。

「別に調子に乗ってたわけじゃないです。ただ、友達に助けてもらっただけだ」
「はっ、マジで友達とか言ってるよ。頭の中お花畑だな。まぁいいや、別にしばきに来たわけじゃねぇ。話し合いに来た」
「話し合い?」

 とても話し合いにきた態度ではない。脅しにきたと受け取れる。
 すると、坊主頭の男性が話を引き継ぐ形で口を開いた。

「てめぇが率いてる連中がいりゃあ、ここらをシメるのは簡単だ。俺達に協力しろ。拒否権はねぇぞ」

 おそらく、雪霧と烏丸の事を言っているのだろう。あるいは、時折会う酒呑童子も含まれているのか。どちらにしろ、協力する選択肢はない。そもそも、雪霧はともかく、烏丸が自分のために誰かと戦うといった行動をしてくれるとは思えない。酒呑童子に至っては、赤崎の言うことしか聞かないはずだ。
 それ以前に、友達を暴力の手段に使いたくない。

「お断りします。僕の友達にそんなことさせられません」
「ほう、自分の立場が分かってその口を叩いてんのか?」

 坊主頭の男性はズボンのポケットから携帯電話を出し、何か操作し始めた。そして、耳に持っていくとこう告げた。

「おい、こっちのガキは断った。おう、その赤い髪の女だ」
「赤い……さや姉さんっ!?」
「ちょいと姉ちゃんにはうちに来てもらうことになった。てめぇが素直にならねぇのが悪いんだぞ?」

 坊主頭の男性は携帯電話をハンズフリーモードにするとこちらにディスプレイを見せてくる。

『え、なにあんたたち……』

 携帯電話から困惑した赤崎の声が聞こえ、心臓の高鳴りが加速していく。
 まずい。今の彼女に助けてくれる妖怪はいない。なぜなら、茨木童子との件から酒呑童子や天華が赤崎に対する気にかけが強くなり、彼女に何かあればすぐに駆けつけると誓っていた。そんな彼らが見ず知らずの妖怪と接触されている時点で何処かに居るということになる。

「さや姉さんに手を出さないでっ! 姉さんは何もしてないじゃないかっ!!」
「何もしてねぇよ? だが、お前が何もしようとしないからこうなるんだろうがよ。おい、丁重に扱えよ? 一応客だからよ」

 下品に笑い、通話相手に語りかける。通話相手も笑い、ゆっくりと赤崎へと近づいていく足音をわざと大きくさせていく。

「さや姉さんに何かしたら、許さないぞ……っ」

 彼らの事だ。何処かに連れ去っておしまいにするわけがない。ただでさえ、茨木童子によって怖い思いしたばかりの彼女だ。再び、恐ろしい体験をさせてしまえば、それこそ精神的に崩壊しかねない。普段はつんけんしているが、心の面で弱いところが多くある女性だ。頼りないかもしれないが、そんな彼女を少しでも助けてあげたい。瓦解した関係を修復し、雪霧や酒呑童子達と楽しい日々を過ごしていくために。

「なにをゆるさな……って、てめぇ……なに……っ」

 先程まで人を馬鹿にするような態度を取っていた男性が突然、目を見開き、涼しい季節とは裏腹に大量の汗を流し始める。挙げ句の果てには、その場に膝から崩れ落ち、小刻みに震え始めた。
 予想もしなかった出来事に呆気に取られていると、携帯電話の向こう側で通話相手だった男性から間の抜けた声が聞こえてきた。

『え、は……? いつから……ぐぁっ!?』
『口聞くなら礼儀を守りな。あたいを誰だと思ってんだい?』
「い、茨木童子さんっ!?」

 思いもしない助太刀にきりもとは驚きの声を上げる。

『あん? なんか小僧の声が聞こえ――これかい? 聞こえるかい?』

 彼女の問いかけに、意識が朦朧としている坊主頭の男性から携帯電話を奪い取り、声を上ずらせながら返答する。

「茨木童子さんっ! どうして!?」
『どうしてって……そりゃ酒呑にたのまれて――』

 しかし、茨木童子の言葉の先を、金髪の男性の怒声によって、最後まで聞くことは叶わなかった。

「お、お前……なにしやがった!?」
「え……」

 特に何かをしたわけではない。坊主頭の男性が突然、その場に座り込んでしまっただけだ。自分は人間であって、自分より強い存在である妖怪に何をしでかすことなど、到底出来ない。むしろ、片手で叩きのめされるのが目に見えている。

「鬼塚さんが言ってた通りだ……やっぱりお前は――」
「何をする気だ?」

 いつの間にか男性の背後に人間の姿をした烏丸が立っており、彼の首に腕を回して絞めつけていた。酒呑童子もそうだが、烏丸も大概神出鬼没の傾向があって、何度も驚かされる。

「か、烏丸さん……」
「小僧、こやつは貴様の知り合いか?」
「え、いや違うけど…。けど、僕や烏丸さんを知ってるみたい」
「ほう、どういうことだ?」

 烏丸は絞める力を強め、問いかける。

「か……くぁ……」

 上手く言葉に出来ていないところを見る限り、烏丸の力が強過ぎて喋れないようだった。どれほどの力を込められているのかは定かではないが、金髪の男性の顔がみるみる青ざめていくあたり、尋常ではない力なのだろう。

「ちょ、死んじゃう死んじゃう!」
「ちっ……根性なしめ。吐けっ」

 絞める力を緩め、咳き込む男性に向けて頭突きをかますと、再度問いかける。

「げほっ……お、俺らは言われてやっただけだって……」
「誰にだ? 組織なのか?」
「そんなの……言えるかよ……」
「この後に及んで口を噤むとは、良い度胸だ」

 明らかに危害を加える気である烏丸に、霧本は慌てて駆け寄ろうしたが、携帯電話越しに茨木童子が答えを言った。

『鬼蜘蛛丸じゃないかい? あんたたち』

 その言葉に、金髪の男性の体が大きく揺れる。

「な、なんで……」
「チョット待って、鬼蜘蛛丸ってなに?」

 状況を把握出来ていない霧本は淡々と話を進めようとする茨木童子を止める。すると、口を挟まれたことで舌打ちする音が聞こえてきた。だが、その後に返ってきたのが茨木童子の声ではなかった。

『この街で関わっちゃいけないやつ、でしょ?』

 人間であり、妖怪事情に詳しくない赤崎が言った。
 何故、彼女が鬼蜘蛛丸というグループの事を知っているのか。失礼だが、友人関係が広くない中で、ましてや妖怪の関係に精通するのは考えにくい。もしかすると、自分が知らないところで様々な妖怪達と精通しているのかもしれない。

「さや姉さん、知ってるの?」
『……会ったことはないけど、座敷童に教えてもらったわ』
『へぇ、あの嬢ちゃん、中々物知りだね』
『そいつの反応を聞く限り、鬼蜘蛛丸なのは間違いないわね。どちらにしろ、私達にとって関わりたくないやつと関わったってことね』

 赤崎の発言に、霧本はバーテンダーの男性の言葉を思い出す。『悪い妖怪だって存在する』。それがいま、目の前にいる。弱い存在である人間を脅し、手駒に取ろうとする策が自分達にとってどれだけ脅威なのかが分かる。少しでも力に訴えようとするならば、いとも容易く地面に平伏される、その程度でしかないのだ。

「でも、なんで僕なんかを……」
「し、しらねぇよ……っ。鬼塚さんに言われただけで……なんもしらねぇ……」

 烏丸の腕の中でもがく男性に、烏丸は呆れた様子で鼻を鳴らす。

「理由も知らず動かされるとは、とんだ操り人形だな」

 そう言い、男性を乱暴に振り払うと、顎で促す動作を行う。

「失せろ。次来るのなら、その鬼塚とかいう輩を連れてこい」

 金髪の男性は数歩後退りすると、座り込んでしまった連れを尻目に足早と去っていった。坊主頭の男性は茫然自失といった様子で動くことなく、項垂れている。
 流石に心配になってきたきりもとは彼の顔を覗き込み、医療ドラマの見様見真似で脈を測った。幸い、意識が朦朧としているだけで、命に別状がなく、胸を撫で下ろした。

『それで? 関わっちゃいけない連中に目をつけられたあんたを誰が守るの?』
『そりゃ、そこのカラスだろう?』
「なに?」

 名を挙げられ、烏丸は怪訝な表情を浮かべた後、ゆっくりと携帯電話を睨みつけた。

「我が小僧を?」
『なにさ、友達なんだろ?』
「友達、か。我は小僧をそういう風に思った事などないわ」

 そう言うと、彼はこちらに背を向け、立ち去ろうとする。それを霧本は慌てて彼の腕を掴み、引き止める。しかし、霧本の手を振り払うと、鼻を鳴らした。

「護る護らないのは、雪女に言うのだな。あやつなら、誠心誠意を持って貴様を護るだろう」

 彼はそう言い残し、今度こそ何処かへと立ち去ってしまった。

「あ……」

 人混みの中に消えていく彼の後姿を見送り、手持ち無沙汰となった手をゆっくりと下ろした。その横で赤崎の呆れた声が聞こえてきた。

『いい友達を持ったわね』

 皮肉たっぷりの彼女の言葉に、霧本はため息を吐くしかなかった。
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