妖が潜む街

若城

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3章

7話

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 自宅まで数百メートルのところで、赤崎は自宅へと向かっていた霧本と出くわした。彼は控え目に手を振ってくると、彼の胸ポケットから顔を出したコロポックルと呼ばれる妖怪も同じように降ってきた。

「ごめん、遅くなって……」
「別に。ほんとに来ようとしてて、逆に引いてるだけだから」
「えっ!?」
「嘘よ。行きましょ」

 霧本の脇をすり抜ける時、彼の脇腹を肘でつく。

「ま、待ってよ……」

 脇腹を押さえながら追ってくるのを横目で確認すると、制服姿に妖怪の同行の二つについて、疑問をぶつけてみる。

「遅くなったのって、その子を迎えに行ったの?」
「うん、烏丸さんに頼まれてね」

 烏丸とは、烏天狗の事か。あの妖怪と話した事はないし、今後も話す機会があるとは思えない。人間と話す義理はないといって雰囲気がひしひしと伝わってくる。酒呑童子がいたからかは知らないが、終始不機嫌そうな表情を浮かべていたのを良く覚えている。

「あの妖怪とちゃんと出来てるの? いっつも顰めっ面だけどさ」
「んー、仲良しって訳ではないけど、それなりに話はするよ。気難しいひとではある、かな?」
「ふぅん、まぁいいわ。とにかく、行くわよ。答え合わせするから。ちゃんとしてきたんでしょうね?」
「もちろんだよ、自信ないけど……」

 困った様子で頭を掻く霧本に、赤崎はため息をつく。

「別に全問正解とか期待してないから。そんなんだったら、そもそも教える必要ないし」
「だ、だよね……」

 そんな会話をしているうちに自宅へと到着した。灯りが点いていないのを見ると、両親はまだ帰ってきていないようだ。自分が手が掛からなくなった歳になったとき、母は休職していた会社に復帰し、女性ながらも積極的に働いている。ここ最近では昇進し、仕事への熱がさらに加速しつつある。働くのはいいのだが、体を壊して欲しくない。
 玄関の鍵を開け、靴を脱いでは二階へと上がっていく。その後ろで、きりもとが『おじゃまします』と呟き、同じように靴を脱ぎ、階段を上がる。
 自室に入ると、ベッドに鞄を置き、彼を勉強机に座るように促す。
 霧本は椅子に座り、自身の鞄から数式が書かれたノートや歴史について書かれたノートなどをそれぞれ出し、広げる。それを赤ペン片手に正解、不正解を分けていく。
 十数分の答え合わせが終わり、赤崎はノートを霧本の前に戻すと口を開く。

「五分の三、正解」
「やっ――」
「やったとか言うんじゃないでしょうね?」

 彼の言葉を遮り、言い放つ。それにより、彼は上げようとしていた両手を静かに机の上に置く、数秒遅れて苦笑いを浮かべる。

「合ってるには合ってるけど、偶然ってとこもあるわよ。本来の数式の使い方じゃないし、少し変えたら殆ど間違えるんだからね」
「うっ……」
「……でもまぁ、前に比べたら解けるようにはなってきてるみたいだし? 復習すれば何とかなるんじゃない?」

 そう言い、幾つかの間違えた問題に数式を書き、それに指差す。

「これを使ってまた解きなさい。それを今度見せて。他のやつも、間違えたやつは完璧になるまでやるのよ」

 勉強もスポーツと同じで反復練習だ。同じ事を繰り返す事で基礎を固め、応用へと繋げていく。単純な計算であっても、それを積み重ねていくことで、変則的な問題にも難なく対処する能力を身に付ける事だって出来る。きりもとには、それが少し欠けているため、基礎問題と応用問題の割合を考えてやらせる必要があった。

「うん、わかった……やってみる。今日は続きしないの?」
「えぇ。時間も時間だし。いつも通りやったら、寝る時間になるわ。それともなに? そんな時間までやりたいの? いやらしい」
「そ、そんなことないよ!? 今日もありがとう」
「ん、あのさ――」

 その時だ。
 足取りの軽い音で階段を駆け上がってくるのを聞き、赤崎は自室のドアへと目を向ける。
 この足音を何度も聞き、そして、開け放たれるドアに何度も驚かされた存在。
 加減のない開け方をされ、ドアを音を立てて開け放たれる。

「たっだいまぁ」

 座敷童だ。

「ちょっと、強く開けないでって何回言ったら分かるのよ……」
「えー? 元気にあたしが帰ってきたっていうアピールじゃん」

 悪びれる素振りもなく、さも当然のように首を傾げさせる。すると、霧本が視界に入ったのか、注意されていた立場なのに関わらず片手を大きく振り上げると可愛らしい笑顔を浮かべた。

「あっ、とっしぃ!」
「と、とっしぃ……?」
「あれ、コロちんもいるぅ。はろんろぉ」

 霧本の胸ポケットから顔を出していたコロにも手を上げ、挨拶をする。それに対し、コロも小さな手を振り、応える。
 実に微笑ましい光景ではあるが、一つの疑問を覚えた。座敷童はいつ、霧本側の妖怪であるコロポックルと出会っていたのか、だ。

「あれ、コロちゃんと知り合いなの?」

 自分が抱いた疑問は彼も同じだったようで、コロの頭を指で撫でながら、首を傾げる。

「うんっ。同じ友達がいるから、それで。ねぇ?」
「うーっ」

 コロが胸ポケットから机に飛び降りると、嬉しそうに手を挙げた。
 霧本から聞くと、コロポックルもこの広い街であらゆる妖怪と短期間で交流を持ち、仲良くなっている妖怪らしい。座敷童自身、本に封じられた間、同じ空間を過ごした妖怪達と確かな信頼関係を築いている。可愛らしい容姿をしていながらも、鬼の頂点と天狗の神を始め、多くの妖怪達のリーダーとして君臨しているのだ。そして、現代の妖怪にでも友達を作り、共通の友達を作っているあたり、彼女達の引き込む能力は凄まじいものだと改めて感じさせられる。

「凄いなぁ。僕も見習わないと」

 苦笑する霧本に、赤崎は彼が言っていた言葉の真意について尋ねる。

「あんたさ、妖怪と仲良くなるって言ってたけど、本気なの?」
「え? う、うん、本気だけど……無謀かな?」
「別にそこまで言ってないわよ。ただ、妖怪にも善し悪しはあるんじゃないって言いたいの。この子達だって、それくらい見極めてるんじゃないの?」

 会話の出来る座敷童の方を見ると、彼女は腰に手を当て、少し考えた後、頷く。

「少し見るかな。始めから悪い事を考えてそうな子は近付かないようにしてるけど、他の子が教えてくれるよ。あの子はだめぇって」
「そ、そうだよね」
「とっしぃが仲良くなりたいってほんとに思うなら、紹介するよー。とっしぃ、良い子だし」
『にしし』と、無邪気に笑う座敷童がとても可愛らしいと思った。だが、それを口に出したらからかわれる対象になりうる上、霧本の前なら、尚のことそんなこと出来ない。
「そうだ、そんなとっしぃに最初に会っていいのとそうでないのを教えとくね!」
「え、うん。どんなひと達なの?」

 すると、座敷童は似合わない真面目な顔をし、慎重に口を開く。

「それはね――」
  

 霧本が帰宅後、赤崎は勉強用のノートから顔を上げ、ベッドの上で寝転がり、漫画を読んでいる座敷童を振り返った。

「ねぇ、あんたがトシに言ってたことだけど」
「んー?」

 座敷童は漫画から顔を上げず、間の伸びた声で返事してくる。ちゃんと聞いているのか甚だ疑問だが、確認することなく、言葉を続ける。

「関わらない方がいいっていう連中は分かるけど、ひとりで動いてる奴の何が危険なのよ? 確かに人間だけなら危ないかもしれないけど、トシには雪霧さんとか居るじゃない」
「あたしも会ったことないし、他の子から聞いただけなんだけど」

 ようやく漫画から顔を上げると、彼女は寝転がるのをやめ、壁にもたれかかるようにして座った。

「簡単に言っちゃえばみんなの敵ってことかな。人間にも妖怪にも良くない」
「なにそれ、どっち側でもないってこと?」
「うん。たぶん、人間寄りなんだと思うんだけど、限りになく妖怪に近いの」

 座敷童の言動に矛盾が生じ、赤崎は首を傾げさせる。
 人間寄りだが、妖怪に近い。人間であって、妖怪のような存在ということなのか。つまり、座敷童が警告した者は『半妖』と言えるのかもしれない。

「意味わかんないんだけど……」
「わからなくていいの、沙綾香は」
  
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