妖が潜む街

若城

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2章

31話

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『――このように、謎の現象により凍結した道路が再び通行可能となったのは――』

 テレビの中で、綺麗な女性キャスターが凍りつけになった街を見つめながら淡々と告げていく。
 誰かの、ではなく、異常現象によって怒った事になっており、きりもとは内心ホッとした。あれほどの騒動で、誰かが何をしたと発言していないことが奇跡のようだ。もしかすると、常識離れした事に脳が付いて行かなかったのか、テレビで映し出された『異常現象』という解釈に行き着いたのかもしれない。幽霊に遭遇したようなものだ、自分勝手に解釈してくれたほうが都合がいい。

「すごいわねぇ、まだ一〇月よ?」

 休日の朝、母が朝食を食べながらのんびりとした口調で言った。ふと、隣に座る雪霧の方へ目を向けると、顔を伏せ、黙々と朝食を食べている。

「日本でも竜巻起きるくらいだし……おかしくないよ……たぶん」
「そうよねぇ、ここも変わったもんだわ。ご馳走さま」

 そう言い、食器を流し台にもっていき、テーブルの上に置いていたショルダーバックを手に持ち、

「じゃ、お母さん出掛けるから。鍵はちゃんと閉めてでるのよ?」
「はいはぁい……」

 霧本は母が家を出ていくのを確認すると、顔を伏せている雪霧に目を向け、苦笑いする。

「騒ぎになっちゃったね……」
「にゅうすというものは恐ろしいものだな……たった一日で知れ渡るとは……」

 テレビを上目遣いで眺め、箸を唇に当ててもそもそと呟く。

「だが幸い、私達の姿を映っていなかったようだ」

 薄い胸を撫で下ろし、安堵する。
 しかし、あれほどの騒ぎがあってあの光景を映している人がほんとうにいなかったのだろうか。このご時世だ。危機感を遅く感じとる人が遊び半分で携帯電話などで撮影してもおかしくない。実際、彼女達の戦闘を呆然と眺め、携帯電話を手に持っていた人も少なからず存在していた。
 不都合なものの流出を何処かで遮断されたのか。メディアに対する圧力を掛けられる誰かが行った可能性もある。
 そこまで考え、背筋が寒くなる。
 どちらにしろ、自分達にとっても都合の良いものだ。彼女が近所から恐れられるということが避けられた。この時代を好きになり始めている彼女を、幻滅させられない。恐れられるというトリガー以外にも、幻滅する要素はいくらでもある。栄えた反面、それを利用して当時では考えられないモラルの欠けた行為がなされる時代でもある。一部の人間を見て、見限られないためにも、自分が彼女と接していかなければならない。
 霧本は食器を流し台に持っていくと、雪霧に問いかける。

「雪霧さん、このあとさ、さや姉さんとこに行くけど来る?」

 騒動から一日しか経過していないが、赤崎は激しい疲労のため、家で大人しくしている。せっかくの休日をベッドの上で過ごすのはさすがに可哀想なので、話し相手にでもなれたらと思っての提案だ。これを機に、関係の修復をも目指すといった少しいやらしい思惑もあるが、決して口には出せない。

「ん? あぁもちろんだ。何かもっていこうか?」

 テレビから視線を外し、こちらへ目を向けてくる。

「んー、コンビニは逆道だし、家のお菓子でも持って行こうっか」

 そう言い、霧本は脇に置いてある籠に入ったお菓子を幾つか掴み、ビニール袋へと入れていく。

「よし、いこう」

 食器を持ってきた雪霧から受け取り、流し台へと滑り込ませた後、玄関へと向かう。靴を履いていると、後ろをついてくる雪霧が低い声で問いかけてきた。

「なぁ、俊哉」
「なに?」

 振り返り、首を傾げさせる。

「今回の件で気付いた。私はまだまだ弱い。お前達を護るためにも、強くならなければならないと思うんだ」
「えっと……急にどうしたの?」

 何の前触れもなく深刻な悩みを打ち明けられ、戸惑いを隠せない。彼女の顔を見る限り、とても悩んでいるようで、未だに動かない腕を押さえ、苦渋に歪めさせていた。

「奴らは鬼といえど、現代の妖怪だった。この街にも、あのように残酷な考えを持つ妖怪がこの街にもいるのかもしれない。そんな奴らから、お前を護れるのか……自信がない」
「いいよ、そんなこと」
「なに?」

 それは雪霧が悩むことではない。そもそも、彼女は誰かと戦うような戦闘向けな妖怪ではない。そのような物騒なものは他の妖怪に任せてしまえばいい。

「そういうのは酒呑童子さんとかに任せようよ。雪霧さんはそこに甘えればいいと思う」
「しかしだな……」
「今回のことで改めて思ったよ。雪霧さんは戦うのに向いてない。そばに居てくれたらそれでいいよ、僕は」

 そう告げた瞬間、雪霧の白い顔がみるみるうちに赤くなっていく。視線を泳がせ、普段落ち着いている彼女には似合わず、両手を落ち着きなく絡ませる。

「え……あぁ……そうだな……」

 雪霧は霧本の額を指で突き、僅かに顔を伏せ、上目遣いで言ってきた。

「そういうのは……相手を勘違いさせるぞ……?」

 彼女の言葉の意味が理解出来ず、目を瞬かせた後、自分が発言した意味を遅れて気付く。

「――あっ!!」
  

 秋となり、紅葉が目立ち始める日々が待ち受ける。四季が巡る中で霧本俊哉という少年は、この先起こる妖怪との出会いに喜怒哀楽の感情を抱き、少しずつ成長していく。
 妖怪、雪霧の心を揺らしながら。
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