妖が潜む街

若城

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2章

30話

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 茨木童子。鬼の頂点に君臨する酒呑童子が一番に信頼された鬼と言われている、大江山にて、源頼光が率いる四天王によって壊滅させられた唯一の生き残りである。羅生門で現れる鬼がこの、茨木童子だと言われ、その時に片腕を切り落とされている。様々な諸説がある中、女の鬼であり、酒呑童子の恋人だったとも言われている。
 茨木童子は舌打ちをすると、袖を引っ張り、霧本の手から解放させる。そして、窓の縁に腰掛け、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。

「あぁそうだよ。ま、あんたには片手でも勝てたけどね」
「ちょ、ちょっとまって……」

 そこで霧本が彼女たちの間に入り、自身が抱える疑問を茨木童子へとぶつける

「僕、酒呑童子さんの周りの鬼について調べたことあるけどさ……茨木童子さんが片腕を奪われたのは知ってるんだ。けど、奪われたのは……左腕、だよね?」

 そう。茨木童子は酒呑童子含め、鬼達が纏めて襲撃にあった際、左腕を人間達に奪われ、厳重に保管されていた。そして、長い年月を経て、奪い返したという伝記が記されているため、目の前にいる彼女は本来、両腕があるはずなのだ。しかし、今も変わらず隻腕。加えて、伝記とは逆の腕が失われているときている。

「あぁ、それか」

 茨木童子はため息を吐き、当時の事を思い出しているのか、苛立たしげに口を開く。

「たしかに、腕は取り返したさ。けど、また奪われた。100年前にね」
「で、探しに此処に来たってのか?」

 酒呑童子がそう問いかけるが、彼女は首を左右に振った。

「いんや、取り戻すって考えてたらとっくに来てるさ。あたいが来た理由は、天狗の神にやられた鬼に言われて……って事だね」
「天狗の神……?」

 思い当たる節があるのか、雪霧が考え込むように顎に手を当てる。そんな彼女を余所に、酒呑童子が口の橋を上げ、面白げに何度か頷く。

「あぁ、天華の事か」

 その言葉に、隣の雪霧と縁に座っていた茨木童子が一斉に酒呑童子の方を見る。茨木童子の方が驚愕に顔を歪め、動揺のあまり、左手を小刻みに震わせていた。

「あ、あんた……知り合いかい?」
「知り合いもなにも、俺達同様、此処に居座ってるし」

 すると、雪霧が酒呑童子の袖を掴み、乱暴に引っ張る。

「ここに神が住んでいるなど聞いていないぞ」
「いや、言ってねぇし……」

 今となっては当たり前になっているが、本来は雪霧や茨木童子のような反応を見せるのが普通なのだろう。一方、霧本は神という常識外れな存在が実在することが実感出来ていないのか、視線を空中に彷徨わせ、一生辿り着く事のなさそうな思考を繰り広げていた。

「ででで……? 今、そいつは何処に……?」
「何処って、島根だけど」
「え、なんでだいっ!?」
「今、何月だと思ってんだよ?」

 逆質問に茨木童子がこちらを見下ろし、目を細めさせる。どうやら、今何月なのか教えろという意思表示なのだろう。山で生きてきた者にとって、月の感覚を持って生活していないのかもしれない。
 赤崎は深呼吸を何回かに分けて吸い、茨木童子の問いに答えた。

「十……月……」
「神無月だな」

 雪霧が呆れた様子で続け、時期違いに来てしまった事に、茨木童子の顔が青ざめさせていくのがあまりにも哀れだった。

「かん……なづき……」
「来る時、確認くらいしとけよ。カレンダーもってねぇのかよ」
「あたいが住んでんのは山だよ! んなもの、持ってる訳がないじゃないかっ」

 恐ろしい鬼だが、根本的には何処か抜けている性格。目の前に居る茨木童子に恐怖したのが、夢だったのではないかと思えてしまう。凄まじい威圧感を浴びせてくる彼女に、再び牙を向けられる事は、酒呑童子が居る限り、ほぼ無いだろう。しかし、それだけでは問題の解決にはならない。彼女は望まないだろうが、酒呑童子や天華の様に関係を築いていく必要がある。
 今はただ、茨木童子が怖い。それだけはどうやっても拭いきれない事実だ。
 今日はもう疲れた。長時間寝ていたとしても、睡眠と気絶は別物だ。体力の回復なんて全くしない。

「ごめん……もう眠たい……から……」

 自分の意思とは裏腹に閉じていく瞼。視界が狭まっていく中、彼らは言い合いが過熱していく。霧本だけがこちらの状態に気付き、酒呑童子達に口元に人差し指を当て、静かにするように訴えてくれていた。
 おやすみ。
 言葉に出来ず、口だけ動かすと、彼は僅かに頷き、『おやすみ』と返してきた。
 何故か、それが嬉しく、赤崎は安心して眠りにつく事が出来た。
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