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2章
26話
しおりを挟む「――っ」
雪霧は目の前に繰り広げられている光景をただただ眺め、唇を噛み締めた。
同じ妖怪だとしても、こればかりは自分の力を介入することができない。する気すら起こらない。それほどまでに、彼らの戦い。いや、誰からも邪魔されない圧倒的な暴力が想像を遥かに超えてしまうものだった。
酒呑童子とがしゃどくろが鬼達に囲まれ、瀕死の状態にある女を護りながらというのは、たとえ恐れられる妖怪二体でも無理がある、と思った。しかし、そんな不安を簡単に打ち破られる。死角から襲いくる鬼に目もくれず、妖怪でも疑いたくなる速さで、地面へと叩きつけた。瞬き一つしてしまうと、何が起きたのか分からないほどの速さに、息を飲むことしか出来ない。一方で、がしゃどくろはその巨体故に格好の的となっているように見えた。だが、鬼達の攻撃を受けても大した反応もなく、攻撃した者達を大きな腕でなぎ払っていく。
鬼と髑髏。異様な光景ではあるが、違和感を一切与えない不思議な光景だ。同じ本に数百年封印され、その間に築き上げられた友情なのかもしれない。
「烏丸……お前はあのような戦い方出来るか?」
「ふん、愚問だな」
烏丸は酒呑童子達の戦いを見ながら、吐き捨てるように言った。
「無理だ。そもそも、我らの戦いの基本から逸脱している。やつら…特に鬼の方は目的というものが定まっていない。倒すのか、殺すのか、中途半端だ。故に、他の鬼共が重傷を負う事になる」
あちこちに散らばる、傷だらけの鬼達を見ては舌打ちをする。
酒呑童子達が鬼達と交戦して一五分。たった一五分で三〇にも及ぶ敵が蹴散らしてしまった。そして、最初に宣言した通り、誰ひとり殺していない。だが、骨を砕かれたと重傷に重傷を重ねた有り様で、再起するのにも長期間の猶予が必要となってしまうだろう。
最後の一体の顎を蹴り上げ、勝負を終わらせた酒呑童子は、大きく背伸びすると、こちらを振り返った。
「はあぁ、終わった終わった。がしゃどくろ、ありがとな」
がしゃどくろに礼を言うと、彼は唸り声を上げ、本の中へと消える。
「これで面倒事はおしまいだな。めでたしめでたし」
いつものように軽い口調で言ってはいるが、雪霧には分かった。
「よく不殺を遂げたな」
我慢していたのだ。
「少し、見直したぞ」
彼の瞳には殺意が込められていた。当時からの仲間だった女を目の前で裏切られ、嘲笑われたのが、心底腹が立ったのだろう。しかし、人間の友である赤崎との関係を大切にするために、たとえ仲間が瀕死に陥ったとしても、不殺を実行した。常識が通用しないと言われた鬼だったが、想う気持ち、先の事を考える者も存在すると思うと、少しだけ許せてしまう。
酒呑童子は僅かに視線を外し、地面に伏す女を見下げる。
「あぁ……、こいつは気が済むかは別だけどな」
返事をする気力もないのか、小さな呻き声を上げるだけで、どのような意思表示をしているのか全く分からない。
「ま、とりあえず、雪霧さんをそのみどり……なんたら公園に連れていってやれさ、少年」
「え、でもこのひと……」
「これくらいじゃ、まだまだ死なねぇよ。傷の方もアテがあるから心配すんな。少年は雪霧さんのことだけ考えとけ」
「う、うん……」
頷いてはみせたものの、敵とはいえ、重傷者が目の前に居るのに、自分達だけ何処かへ向かうというのは気が引けるのだろう。
「じゃあ、サヤ姉さんもお願い……。雪霧さん、行こう」
一度目を固く瞑り、再び目を開けると雪霧へ目を向ける。その目は、決心がついていても心の何処かでは彼女達の事が気になって仕方がない様だった。
若さ故の未熟。
雪霧は霧本の頭を撫でた後、酒呑童子へと目を向ける。
「言葉に甘えさせてもらう。沙綾香さんをしっかり家まで送り届けるのだぞ」
「わぁってるって。お前こそ、さっさと行けって」
雪霧は頷き、次に烏丸を見る。
「烏丸、すまないが、俊哉を抱えて行ってくれないか? この腕では心許ないんだ」
「……今回だけだぞ」
烏丸が間を置いてから了承したのはおそらく、自分を思っての事だと思う。本来ならば、誰かの頼み事など、拒否の一択しか存在し得ない。しかし、片腕が作り物同然で動かないのであれば、下手をすればきりもとを移動中に落としかねないと考えたのもあるだろう。
一月と少ししか経っていないが、彼の考えが確実に変わってきている。
「会いに行こう、昔の友に」
雪霧は不安と希望の二つ気持ち持ちながら、地面を強く蹴った。
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