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2章
14話
しおりを挟む「ぐっ……」
雪霧は霧本達を逃した路地らの建物の屋上にて、忌々しく舌打ちをし、粉塵が巻き起こる路地を見下ろしていた。
霧本達が立ち去ってから数分後に、女が突如襲いかかってきた。それを雪霧が短い動作で避け、反撃に移ろうと思っていたのだが、想像以上に女の腕力が強く、建物の一部を根こそぎ剥ぎ取ってしまった。巨大な生物によって喰われたような大きな穴が出来たのを見て、山姥の冷酷さを彷彿とさせる。
生半可な戦いをすれば、一瞬で殺されてしまう。
「不意打ちに反応するなんて、雪女の割にはやるねぇ……」
雪霧から少し離れた所で着物に付いたコンクリートの破片を払いながら、感心の言葉を洩らす。
「雪女の割には、とは心外だな。雪女を馬鹿すると痛い目に会うぞ?」
「あの時は一捻りで終わると思ったけど、甘かったようだね。面白い」
その言葉の次には、一瞬にして間合いを詰められ、腰に携えた刀を鞘に納めたまま振るってきた。それを雪霧は悪寒を感じつつ、着物の裾を凍らせ、受け止める。山姥の斬撃程ではなかったが、重い打撃に全身の骨が激しく振動し、不快感が押し寄せてきた。
自分の身体能力では、凄まじい俊足と腕力を振るわせる事は出来ない。雪女と鬼の差がたった一度の接触によって理解させられるのは、非常に悔しい。
鬼というのはそういう存在だ、妖怪の中でも、上位に位置する種族であり、彼らに対抗する者はいない。居たとしても、それは鬼に近しい存在達であるため、自分達のような妖怪がでは太刀打ちなど到底出来ない。させてくれない。
「守りが好きなのかい? 面白くないよ。打ってきな」
「お前の指図など受ける気などない」
女の打撃を受け流しながら、雪霧は吐き捨てる。
好きで守りに入っている訳ではない。入らざるを得ないのだ。女の打撃は強いが、山姥程ではない。しかし、打ってくる速度が次第に速くなってきている。自分の反応速度との差が少しずつ、詰めてきている。その為、反撃に移る隙すら難しい状況にあった。
「隙ありっ」
女は楽しげに口にし、女の打撃を振り払い、がら空きとなった雪霧の腹部に蹴りを放つ。とうとう、反応の出来ない速度での打撃を繰り出され、何の対策も出来ずにまともに喰らう羽目になってしまった。
「ぐふっ……!?」
建物の屋上から投げ出され、人間が行き交う街中へと落下する。何処かに引っ掛かる物があれば良かったのだが、そんな物は見当たらず、雪霧の体は車道へと吸い込まれていく。
鉄で構成された車は、途轍もなく硬い。それは霧本宅のテレビで見た事がある。動いたあれは、少しの速度でも人間を意図も容易く弾き飛ばしてしまう。妖怪であり、身体能力に長けた自分でも十分な速度を持った目の前の車に轢かれれば、深手を負ってしまうだろう。
雪霧は舌打ちをし、体勢を整えると、車道に降り立つ。そして、すぐさま歩道の方へ力の限り跳躍し、車との接触を紙一重で避けた。接触しかけた車から、甲高い音と共に男性の怒声が響き渡ってきた。それに対し、目を向けることなく、手を振って謝罪の意を示す。
遠くから聞こえてくる救急車のサイレンに耳を傾けつつ、女が何処から仕掛けてくるのか身構える。
すると、
「詰まんないってぇ……のっ!!」
車道の方から女の声が聴こえ、声のする方へ目を向けると同時に、金属がひしゃげる音が響く。
視線の先には、先程の車のボンネットが深く減り込み、それ以上の動作を不可能にさせていた。その減り込んだボンネットの上に、女が心底詰まらなそうに胡坐をかき、大きくひしゃげたボンネットの一部を手に持って遊んでいた。
「少しくらい、面白い所見せてくれてもいいんじゃないかい? あたいも暇じゃないんだ」
「おおおいっ!!」
男性が大破した車から降りると、震える声で女に向けて吠えた。
「なななにしてくれたんだよっ!? 買ったばかりなんだぞっ!!」
それ以前に、空から降ってきて無傷な事に疑問に抱くものだと思うのだが、高価な所有物を何処から降ってきたのか分からない者によって破壊された事に、その疑問にまで頭が回っていないようだ。
「うっさいねぇ。あたいはあいつと話してんだよ。邪魔すんじゃないよ」
「そっちより俺だ――」
「二度も言わせんのかい、あたいにさぁ?」
雪霧から男性へと視線が移り、手に持っていた破片を彼に向けて放とうと手を動かす。
「やめろっ!!」
それを雪霧は叫ぶ事で止めようと試みる。これは妖怪と妖怪との戦いだ。関係の無い人間を巻き込む訳にはいかない。妖怪同士の争いに巻き込まれた人間は間違いなく命を落としてしまう。それだけは避けなければならない。人間との共存を望む者として、人間を傷付けずに勝つ事を成し遂げる必要がある。
「これは私とお前の戦いだ。巻き込む事は許さぬぞ」
「……はいはい」
雪霧の言葉に、女は手を止め、ため息を吐く。
「今回は見逃すよ。失せな、死にたくなかったらね」
男性に向け、顎で促す。案の定、男性は納得せず、食い下がろうと口を開く。だが、女の顔を見るなり、みるみる青ざめさせ、慌ただしく何処かへと走り去ってしまった。
「これでいいんだろ?」
こちらを見、不敵に笑う。
「これ以上、人間を巻き込む訳にはいかない。場所を変えるぞ」
車道の出来事は人間の視線を集中させてしまう。車と接触しようもなら、野次馬が出来てしまう人間の習性を考え、全力で避けたのだが、女はこちらの考えを一寸も考える事も無く、車の上に降り立ってしまった。それが原因で、行き交っていた人間達が動かしていた足を止め、女の方へと視線が集中し始める。
『なんかの撮影?』、『なにあれ……』、『あの人達……』、等と各々困惑の声を上げ、雪霧と女に対する疑問の声が耳に届く。
不味い。あまりにも視線を集めすぎている。現代の妖怪が望む、『共存』から掛け離れた光景が、妖怪の存在を知らない人間達の視界に入ってしまっている。自分達が人間とは違う、異色な存在だと認識されてしまうと、非常に都合が悪い。妖怪、化物が存在する事を人間達に認知されると、他の妖怪達のこれからの生き方に大きな影響を及ぼしてしまう可能性が出てくる。
「何で?」
「……は?」
「何で人間の目を気にしないといけないんだい?」
「今のしきたりを破ろうと言うのかっ!?」
「あたいには関係ないよ」
女は車から降りると、減り込んだボンネットを動物の頭を撫でるように触れる。
「そんな糞みたいなしきたり、守るんなら勝手に守りな。人間と一緒にさ」
ボンネットから顔を上げ、雪霧を見ては不気味な笑みを浮かべた。
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