妖が潜む街

若城

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2章

9話

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 人間が絶え間なく行き交う街を、女は高層ビルの屋上から醒めた目で見下ろしていた。
 虫唾が走る。
 何故、自分達よりも遥かに劣る種族である人間があのように我がもの顔で蔓延っているのだ。妖怪の血肉となっていた人間が陽に当たり、妖怪が自身の正体を隠し、奴らの中に息を潜ませる。気に入らなければ、殺してしまえばいい。欲しければ、奪えばいい。
 簡単な事なのに、誰もしようとしない。今の地位に満足している連中が多すぎる。人間に対する反抗心を持つ者も居るだろう。しかし、他の妖怪に感化され、本来の自分を見失ってしまっている妖怪が、現在に何体居るのだろうか。

「愚かだねぇ……」

 同じ鬼にしか関心を持たなくなった今となっては、説得する気にもならない。

 今、一番気になっているのは……。
「居るのかい? ここに……」

 彼の気配の欠片。
 彼方此方に小さな彼の気配が散りばめられ、統一性がない。彼の性格上、一か所留まるような事もなく、気が向くままに赴く。長年連れ添ってきたのだから、この不規則なものも理解出来た。
 しかし、

「ここに居る理由はなんだい?」

 散りばめられた気配に向けて、問いかける。だが、あくまで気配であり、その問いかけに応えてくれない、ただ、彼の存在の証明をこの街がしているに過ぎない。
 理由が分からないが、気配の元が感じられない以上、気配が残る場所をしらみつぶしに当たっていくしかないだろう。愛する彼に会う為にも、自分が動かなければ決して会えない。そんな存在なのだ。
 ここに来るまで、たった一つの目的のみ持っていた。
 神をこの手で殺す。
 遠くからやってきた、正しくは追いやられた、名も無き鬼が言っていた。
 天狗の神にやられた、と。
 奴には会った事はないが、天毎逆の存在は知っていた。神の中でも、特に猛威を振るった神であり、誰にも彼女を止める事が出来なかったという。
 名も無き鬼がそんな彼女に敵う筈がない。いや、他の鬼も神には太刀打ち出来ないだろう。しかし、鬼にも結束はある。会って間もなくとも、同じ鬼ならば仇討ちをするものだ。
 他の鬼は遅れてこの街に来るようになっている。自分が神を倒したついでに、街を自分達のd手で支配してやろう。今こそ、妖怪が人間達を支配する時なのだ。
 彼さえ居れば、それも容易いだろう。
 今の自分でも神とそれなりに渡り合える、と自負している。だが、確実の勝利を掴む為にも、まだ足りない。それには、彼の力が不可欠だ。

「さて、と」

 女は首を回し、ある場所に目を向ける。
 不規則に動く、彼の気配の欠片。おそらく、彼と接触した妖怪なのだろう。しかし、その欠片は薄く、接触してからそれなりの時間が経過している事を物語っていた。

「近くて、小さい事からこつこつと……人間の好きな事だねぇ」

 そう言い、屋上から飛び降りる。


「かっ……はな……」

 妖怪の一体が首を絞めてくる女の腕を掴み、もがく。しかし、彼女の手に込められる力は計り知れず、どんなに振りほどこうとも、びくともしない。

「あたいの質問に答えないから、こうなんだよ」

 女は路地裏の地面に突っ伏す二体の妖怪に目をやり、笑みを浮かべる。
 彼らの居た路地裏は、文字通り路地裏であり、ひと三人が並ぶと塞がってしまう程度の広さだ。建物の壁には日本語とも言い難い文字が連なっていた。どのような意味を表しているのか分からないが、彼らからして、禄でもないものだろう。
 彼らが屯する路地裏に訪れ、彼について尋ねた。質問に答えてくれれば滞りなく済んだのに、口答えするのだから困ったものだ。自分の言う事を聞かない者には、聞いてもらうように教育するのが手っ取り早い。これも教育の一つだ。

「言う気になったかい?」
「だか、ら……しらね……っ」

 男は顔を紅潮させながら女に毒づく。

「ふぅん……?」

 女は彼の首から手を放すと、その場で跪き、大きく咳き込む男の頭を軽く撫でる。

「なら、何であいつの気配が付いてんだい ? あいつと会ったって事じゃないか」
「げほっ……何が付いてるか知んねぇけどよ……そんな奴に会った事もねぇ……ぶつかったとかじゃ……」

 その発想は無かった。自分にとって、彼の存在は他とは比べ物にもならないものだ。それが故に、その程度の気配にも何かしら関連しているのではないか、と勝手に思い込んでしまったのだろう。気が先に行ってしまった為に、幼稚なミスを犯してしまったようだ。

「なるほどねぇ。あたいの間違いって事だ。ごめんなさい」

 女は男に軽く頭を下げ――顔を上げると同時に男の顎を蹴り上げた。
 風を切る音と共に、骨が砕ける音が路地裏に響き渡る。しかし、男の悲鳴が聴こえず、その一瞬で気を失ったのが見て取れた。
 足に付着した血を払い、路上で真っ直ぐ歩く人間達へ視線を向け、鼻を鳴らす。

「詰まらない奴らだねぇ……」

 それからも、彼の気配の欠片を感じる場所を次々と訪ねた。しかし、彼と面識のある者は殆ど居らず、先程のように擦れ違いざまにぶつかった程度のものだった。中には、彼と一言二言言葉を交わした者が居て、居場所を聞き出そうとしたものの、大した情報を得られる事は出来なかった。
 女は高層ビルが立ち並ぶ街から離れ、住宅街へと足を運んだ。
 ここでも彼の気配の欠片を感じる。それも、他の物とは違い、非常に濃い。これなら、彼とぶつかった、一言二言の会話のみで終わる、という事はおそらく無いだろう。期待出来そうだ。

「さて、とりあえず……あそこだな」

 女は今居る通りに建つ、ある建物へと目を向ける。

『佐野商店』

 そこにも、彼の濃い気配と妖怪の気配が入り交じっていた。
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