妖が潜む街

若城

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2章

5話

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 午後四時半。
 霧本と赤崎は図書館を出、家路に続く街を歩いていた。

「あんた、要領悪すぎ。どんだけ勉強してなかったのよ」
「……テスト前くらいはしてるよ」

 ここ二時間、地獄のようだった。解答が間違える度にシャーペンで腕を軽く突いてくるのだ。図書館という理由で大きな声を出せない故の行動なのだろうが、地味に痛い。
 しかし、彼女の教えることは分かりやすく、二度目の間違いというものはあまりなかった。さすが、一番の新学校に通っているだけのことはある。
 赤崎はテスト前という言葉を聞き、鼻を鳴らし、霧もとの額を指で弾いた。

「日頃予習復習しとけば、テスト前勉強なんていらないのよ。私、したことないわよ」
「毎日勉強なんて、滅入っちゃうよ……」
「はぁ? 今日からするのよ。今日やったとこ、復習しときなさいよ。次、同じミスしたら乱れ突きするから」
「えええ……」

 ただでさえ、一回の突きが痛かったのに、それが一度に複数回受けるのは避けたい。逃げる手もあるが、彼女なしでは受からないだろうとこの二時間で実感してしまったため、その選択肢は出来ない。

「でさ、なんか奢ってよ」
「え?」

 唐突に何を言いだすのか。

「え? じゃないわよ。教えてあげるんだから、デザートくらい食べさせてくれてもいいんじゃない?」

 自分が勝手に教えると言ってきて、それは如何なものかと思う。

「自分から教えるって言ったじゃん。なんで僕が――」
「前払いとしてよ。あんたが受かったら、また奢ってもらう。高校受かるのに、デザート二個。お手軽よ?」
「お手軽って」

 小遣いも決められている中学生に、食べ物を強要する高校生なんて存在するのだろうか。逆ならば、何処にでも居ると思うが、この関係、おかしいのではないだろうか。

「僕、そんなに持ってないよ?!」
「別に一つ千円超えるやつとか頼んでないわ。美味しいのを食べたいだけ」

 美味しい=高いイメージしか湧かない霧本にとって、美味しいという言葉は罠でしか感じない。
 安くて美味しい店。人で溢れかえる街から安くて美味しい店を探すなど、至難の技だ。人口が多い分、美味しさに追求する店が殆どだ。それが故、必然的に商品の値段も上がり、小遣い制の子供にとって中々有り付けない状況が殆どだろう。

「美味しい……美味しい……あっ」

 ふと霧本の視界に入ったのは、一軒の喫茶店だ。
 喫茶店、『のろのろ』。
 何処かの小学生が適当名付けたような店名を見て、声を上げた彼に対し、赤崎は僅かに眉をひそめさせる。

「なに、あそこに入るっての? あんなしょうもない店に?」
「名前は確かにあれだけど、美味しい店なんだよ」
「中坊が一丁前に喫茶店の常連とか……」
「なにさっ! お手軽な値段なんだよ!?」
「あーうっさいうっさい。この際、どこでもいいわよ。それで変なもの食わしたらタダじゃ済まさないわよ」

 ジロッと霧本を睨むと、喫茶店、『のろのろ』に向かっていく。
 あそこまできつい口調を続けられるのは逆にすごいと思う。些細なことでストレスを抱き、間髪入れずに発散しているようにも見え、忙しない。
 霧本は彼女に気づかれないようにため息を吐くと、喫茶店を開ける赤崎の後ろをついていく。
 ドアが開いたときに軽く鳴り響く鈴と共に、若い女性の声が重なって聞こえてきた。

「いらっしゃいませぇ」
「え……」

 入り口でまるで岩のように固まってしまった赤崎の背中に、霧本はぶつかり、一歩後ろ後ずさる。
 何故、急に止まってしまったのだろうか。店名は少し変だが、内装は特段変わったところはないはずだ。むしろ、女性らしいオシャレな内装になっており、一部の客には評判がいい。同性である彼女も、きっと感動すると思うのだが、彼女の上げた声はそれとは間逆なものだと感じた。

「あ、店長さん、こんにち……わ……」

 店内を見て、赤崎が固まってしまった理由が分かった。
 喫茶店、のろのろの従業員は店長を含めて三名。二十代後半の金髪ショートヘアの女性、僅かに緑がかかった独特な色をし、肩に掛かるくらいの髪の少女。日本人にしては色が抜けた黒髪をし、髪を左右に縛った少女。全て女性で構成されており、接客を二人、料理を店長である羽原が賄っている体制だ。しかし、今日ばかり三人目の少女の姿は見受けられず、フロントにいるのは二名のみとなっている。
 普段ならば、店長がオーダーメイドしたフリルの可愛らしい制服を身に纏っているのだが、今回はそれだけでてはなく、頭に猫耳が装着されていた。

「こんちわ、としくーん」

 緑髪の少女は呆然と立ち尽くすきりもとのあたまを叩き、どのような仕組みで動いているのか分からない猫耳をぴこぴこと動かす。

「え、なにこれ……」
「今週限定、キャットウィークでーす。どう、かわいいでしょ?」
「あ、あぁ……うん……」

 霧本がゆっくりと赤崎の方へ視線を向けると、彼女はこちらを侮蔑するかのような目で見てきていた。

「へぇ、あんた……ここによく来てるんだぁ……」
「ふ、普段はこういうのとは違うよ!?」
「でも、女の子しか居ないじゃない……って思ったけど、そうじゃないわね」

 こちらから兼調理場となっているカウンターへと目を向けられ、霧本も彼女にならって厨房を見る。すると、カウンターではこちらを満足気に眺めている店長とは別に、黙々と皿洗いをしている少年が居た。歳は自分とそう変わらないように見えるが、働いているということは、少なくとも自分より年上ということだろう。
 そして、キャットウィークということもあって、もれなく猫耳を付けている。少女に付けるなら可愛げがあるが、男が付けると一気に可哀想に見えてくる。その証拠に、俯いていても眉間に皺が寄っているのが確認して出来た。

「新しいバイトくん。よろしくね。ほら、君も挨拶しなって」

 店長が皿洗いしている少年の肩を突くと、彼は上目遣いでこちらを見て、僅かに頭を下げるだけだった。

「ごめんねぇ、普段は喋るんだけど、これが気に入らないみたい」

 少年の頭につけられている猫耳を指差し、笑みを浮かべる。
 普通に考えて嫌に決まっている。まさか、アルバイト先で猫耳を付けさせられるのはサプライズの最上級にすら達するだろう。その上、見てる側からでも不敏に思うのだから、被害者である彼にとって、バツゲームこの上ない。

「別にいいけど……もう一人は休みなの?」
「あぁ、あの子? そだよー。ま、平日だから暇だしね。じゃあ座ってぇ」

 緑髪の少女に空いている席へと促され、二人は彼女に従い、席につく。席につくと、ねこから幾つもの食べ物が掲載されているメニューを渡され、晩飯前ということもあり、きりもとはパンケーキ、赤崎はイチゴパフェを注文することにした。

「パンケーキって……乙女か」
「サヤ姉さんだって、御飯食べれなくなるよ?」

 猫が注文されたものを楽しげに作っているのを尻目に、二人は互いに注文してしたものに対して毒づく。
 現在、自分の他にのろのろで食事をしているのは二組。どこかの高校の制服を着た三人の女子高生、幼い子供を連れた女性だ。

「それはそうとさ、あんたのとこの雪霧さん。なんなの?」
「なにってなにさ?」
「一体、どういう経緯で知り合ったのよ。あんな綺麗な妖怪にさ」

 百人一首のような小さい札の中に入っていたと言って、信じてくれるのだろうか。何の変哲のない日常を過ごしていた時の彼女であれば、頭を打ったのかとあしらわれてしまっただろうが、彼女自身、酒呑童子と行動を共にしている。
 きっと信じるだろう。

「お母さんとこの実家に行ったんだけど、そこでカルタみたいなの見つけてさ。そこに描かれてた模様消したら……出てきた」
「……は?」

 あからさまに顔を引き攣らせる彼女に、き霧本は胸を針のようなもので突かれたような痛みを受けた。
 ――そんな顔にならなくても。
 赤崎は顔を元に戻し、一瞬だけ目を逸らすのと、身を乗り出して問いかけてくる。

「……他に妖怪居るの?」
「え、居るけど」
「何体?」
「雪霧さん含めて、三」

 三という数字に目を見開かせ、乗り出していた体を引っ込め、椅子の背凭れに躊躇いもなく、強く当てるが如く預ける。

「すくなっ」
「え、それどういう――」
「雪霧さん、佐野商店の時だけそこから出るの?」

 こちらの問いかけを遮るように、次の質問をぶつけられ、霧本は喉を通ろうとした言葉を飲み込み、返答する。

「家に居るときバレて……今は一緒住んでるよ」
「……住んでる? 一緒に?」
「うん、お姉ちゃんの部屋を借りてね」
「嘘でしょ……意味わかんない。おばさんやおじさんは妖怪って知ってるの?」

 頭を抱える赤崎を見ると、雪霧と生活を共にしている事があまりにも衝撃だったのだろう。一瞬の内に疲弊してしまっているのが自分にとって衝撃的だ。

「さすがに知らないよ……。言えないし」
「……そうよね。いくらおばさんとかでも、そこまで受け入れないわよね……」
「サヤ姉さんはどうなの? 酒呑童子なんて、どこで知り合うのさ……。鬼で一番の妖怪でしょ?」
「……あんたには関係ない」

 言わせるだけ言わせて自分だけ言わないのは、人として酷くないだろうか。しかし、彼女の表情から見て、あまり良い出会いではなかったようだ。

「でもまぁ、それなりにはやっているわよ。親には見せられないけど」
「……だよね」

 妖怪に対する接し方に苦労しているのが自分だけではなかったのが、安心した。今まで疎遠だったが、妖怪を通して再び関係を持てた事が、言えないが嬉しい。
 霧本はテーブルに置かれた水の入ったコップを口に持っていきながら、感謝した。
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