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46話
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『――された、盛岡正治容疑者は、「鬼が……天狗が……骸骨……」などと意味不明の供述をしており、今後も事情聴取を――』
「鬼とか天狗とか……、仲間割れもでもしたのかな? でも、骸骨?」
ソファに座り、制服姿で霧本はテレビに映るキャスターの話す情報について、首を傾げていた。
山姥達との争いが終って数日経った。何件もの強盗を行った犯人について、連日報道しているが、妖怪の存在を知らない報道陣にとって、途方の無いものとなっているようだ。雪霧の方は、何か知っているような態度を取っていたのだが、どうにも問いただす事出来なかった。知るべきでない事が関わっている、という事が彼女の表情から見て取れ、質問の機会を自ら逃してしまっているのが現状だ。
「美味しいな、こーひーというものは」
彼の隣に座り、ニュースを尻目に、雪霧はカップに入れられたコーヒーを飲みながら満足げに呟く。
先日出くわした盛岡という男性について興味を持っていないようだ。『所詮は妖怪を顎で使った小者に過ぎない』、と帰路についている時に言っていただけあって、一切の反応を見せない。
「雪霧さん、ほんとにどうでもいいんだね……」
「この前も言っただろう。悪事を働く事に、己の手を色に染めない輩は小者でしかない。やつは、運良く大天狗などを捕まえていたが、弱い妖怪ならば実行に移す前に、私達に潰されていただろう」
その言葉には、何の偽りもない、真実のみが語られていた。実際のところ、雪霧自身が戦いやすい環境を作り上げた途端、鬼である山姥を圧倒してしまっている。余裕を見せていた山姥を見る限り、鬼にとって雪女は脅威となる存在ではなかったのだろう。
雪霧が他の雪女とは違う、そうとしか思えない。
「さて……俊哉、準備は出来ているのか?」
「え、あ、うん」
霧本はテーブルに置かれたリモコンでテレビを消し、ソファから立ち上がる。
「母上様は、早く出て行かれたのだな」
カップを台所へ持っていきながら、彼女はそう問いかけてくる。
「うん、運動会が近いから、色々用意する事があるんだって」
「うんどうかい? 何やら楽しそうだな」
「んー、楽しい人には楽しいかな?」
霧本自身、運動会が特別好きという訳ではない。身体能力は全学年で見ると、真ん中あたりに位置し、面倒な競技を押し付けられる事もしばしばあった。中学最後の体育祭が来月に控えているが、最後くらい精一杯楽しんでしまおうかと思っている。
歯切れの悪い返答に雪霧は首を傾げ、カップを水に漬けて戻ってくると、食卓の椅子に置かれていた霧本の鞄を彼に投げ渡す。
「まぁいい、行くぞ。戸締りは忘れるな?」
「おっとと……。あれ、雪霧さんももう出るの? 早くない?」
霧本は鞄を受け取り、首を傾げさせる。
「今回、仕入れが多くてな。それを手伝うんだ」
「そっか。じゃあ行こう」
二人は家から出ると、鍵を閉め、同じ道ではあるが、佐野商店と学校とそれぞれ目的地へと歩を進めていく。肩を並べて歩く中、会話は無く、何処かで囀る鳥を聴き、元気良く駆けて抜けていく小学生を眺める。
「なんだ、貴様らは。気色悪い」
不意に烏丸の声が聞こえ、霧本は体を震わせ、声がする頭上を見上げた。
コロを頭に乗せた烏丸は、人間の姿で電柱の天辺に腰掛け、不機嫌そうに口を歪めていた。
「気色悪いとはなんだ、気色悪いとは」
雪霧が烏丸を見上げ、口をへの字に歪ませ、睨みつける。
確かに、気色悪いというのは心外だ。自分で言うのは恥ずかしいが、仲は良いと思う。リビングでも、食事時でも、寝る前にも、良く話をする。彼女について、幾つか知る事も出来たし、知ってもらえた。しかし、常に話す訳でもない。このように、会話が無い事だってある。それ自体、特別気まずいと感じないし、これもまた落ち着ける瞬間でもある。
「言葉の通りだ」
烏丸は電柱から音もなく、地に降り立ち、呆れた様子でため息を吐く。しかし、その態度がコロの気に触れたのか、眉を吊り上げさせ、彼の頭を連続で叩き始める。
「うーっ」
「ぬっ……小僧、以前言っていた事だが」
「前って?」
「それは――」
烏丸が少し言い淀んだ時だ。
「お、俊哉じゃん。いっつもギリギリなのに、今日は早いなぁ」
その声に、霧本が振り向くと、そこにはクラスメイトの武谷だった。その際、コロが普段からは想像出来ない素早さで、烏丸の髪の中へと頭を引っ込めるのが視界に入り、
内心驚愕する。
彼は霧本の後ろに居る雪霧達に見るなり目を見開かせ、一歩後ずさる。
「うお……、綺麗なお姉さんと、男気溢れるおじさん方は一体……?」
彼は友人の前に立つ、存在感溢れる二つの存在に警戒心を抱かせている様子だった。
子供から見れば、とっつきにくい容姿をしているだろう。しかし、霧本にとって、雪霧と烏丸、コロは壁を作る事無く接せられる存在だ。
霧本はそんな彼に小さく笑うと、彼女達を差す様に腕を伸ばす。
彼にも教えてあげよう。自分とは違う存在であるが、頼りになる友達を。これから先、途轍もなく長い付き合いになる、大切な友達を。
「紹介するよ――」
「鬼とか天狗とか……、仲間割れもでもしたのかな? でも、骸骨?」
ソファに座り、制服姿で霧本はテレビに映るキャスターの話す情報について、首を傾げていた。
山姥達との争いが終って数日経った。何件もの強盗を行った犯人について、連日報道しているが、妖怪の存在を知らない報道陣にとって、途方の無いものとなっているようだ。雪霧の方は、何か知っているような態度を取っていたのだが、どうにも問いただす事出来なかった。知るべきでない事が関わっている、という事が彼女の表情から見て取れ、質問の機会を自ら逃してしまっているのが現状だ。
「美味しいな、こーひーというものは」
彼の隣に座り、ニュースを尻目に、雪霧はカップに入れられたコーヒーを飲みながら満足げに呟く。
先日出くわした盛岡という男性について興味を持っていないようだ。『所詮は妖怪を顎で使った小者に過ぎない』、と帰路についている時に言っていただけあって、一切の反応を見せない。
「雪霧さん、ほんとにどうでもいいんだね……」
「この前も言っただろう。悪事を働く事に、己の手を色に染めない輩は小者でしかない。やつは、運良く大天狗などを捕まえていたが、弱い妖怪ならば実行に移す前に、私達に潰されていただろう」
その言葉には、何の偽りもない、真実のみが語られていた。実際のところ、雪霧自身が戦いやすい環境を作り上げた途端、鬼である山姥を圧倒してしまっている。余裕を見せていた山姥を見る限り、鬼にとって雪女は脅威となる存在ではなかったのだろう。
雪霧が他の雪女とは違う、そうとしか思えない。
「さて……俊哉、準備は出来ているのか?」
「え、あ、うん」
霧本はテーブルに置かれたリモコンでテレビを消し、ソファから立ち上がる。
「母上様は、早く出て行かれたのだな」
カップを台所へ持っていきながら、彼女はそう問いかけてくる。
「うん、運動会が近いから、色々用意する事があるんだって」
「うんどうかい? 何やら楽しそうだな」
「んー、楽しい人には楽しいかな?」
霧本自身、運動会が特別好きという訳ではない。身体能力は全学年で見ると、真ん中あたりに位置し、面倒な競技を押し付けられる事もしばしばあった。中学最後の体育祭が来月に控えているが、最後くらい精一杯楽しんでしまおうかと思っている。
歯切れの悪い返答に雪霧は首を傾げ、カップを水に漬けて戻ってくると、食卓の椅子に置かれていた霧本の鞄を彼に投げ渡す。
「まぁいい、行くぞ。戸締りは忘れるな?」
「おっとと……。あれ、雪霧さんももう出るの? 早くない?」
霧本は鞄を受け取り、首を傾げさせる。
「今回、仕入れが多くてな。それを手伝うんだ」
「そっか。じゃあ行こう」
二人は家から出ると、鍵を閉め、同じ道ではあるが、佐野商店と学校とそれぞれ目的地へと歩を進めていく。肩を並べて歩く中、会話は無く、何処かで囀る鳥を聴き、元気良く駆けて抜けていく小学生を眺める。
「なんだ、貴様らは。気色悪い」
不意に烏丸の声が聞こえ、霧本は体を震わせ、声がする頭上を見上げた。
コロを頭に乗せた烏丸は、人間の姿で電柱の天辺に腰掛け、不機嫌そうに口を歪めていた。
「気色悪いとはなんだ、気色悪いとは」
雪霧が烏丸を見上げ、口をへの字に歪ませ、睨みつける。
確かに、気色悪いというのは心外だ。自分で言うのは恥ずかしいが、仲は良いと思う。リビングでも、食事時でも、寝る前にも、良く話をする。彼女について、幾つか知る事も出来たし、知ってもらえた。しかし、常に話す訳でもない。このように、会話が無い事だってある。それ自体、特別気まずいと感じないし、これもまた落ち着ける瞬間でもある。
「言葉の通りだ」
烏丸は電柱から音もなく、地に降り立ち、呆れた様子でため息を吐く。しかし、その態度がコロの気に触れたのか、眉を吊り上げさせ、彼の頭を連続で叩き始める。
「うーっ」
「ぬっ……小僧、以前言っていた事だが」
「前って?」
「それは――」
烏丸が少し言い淀んだ時だ。
「お、俊哉じゃん。いっつもギリギリなのに、今日は早いなぁ」
その声に、霧本が振り向くと、そこにはクラスメイトの武谷だった。その際、コロが普段からは想像出来ない素早さで、烏丸の髪の中へと頭を引っ込めるのが視界に入り、
内心驚愕する。
彼は霧本の後ろに居る雪霧達に見るなり目を見開かせ、一歩後ずさる。
「うお……、綺麗なお姉さんと、男気溢れるおじさん方は一体……?」
彼は友人の前に立つ、存在感溢れる二つの存在に警戒心を抱かせている様子だった。
子供から見れば、とっつきにくい容姿をしているだろう。しかし、霧本にとって、雪霧と烏丸、コロは壁を作る事無く接せられる存在だ。
霧本はそんな彼に小さく笑うと、彼女達を差す様に腕を伸ばす。
彼にも教えてあげよう。自分とは違う存在であるが、頼りになる友達を。これから先、途轍もなく長い付き合いになる、大切な友達を。
「紹介するよ――」
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