妖が潜む街

若城

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43話

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 一つ目入道が自分でも信じられないといった様子で呟く。しかし、彼の言葉通り、こちらに向かって飛来しているのは、紛うことなくトラックだ。
 何故、トラックが宙を舞っている。常識的に考えれば、トラックが一部をへこませ、上空を大きく飛来しない。
 常識から懸け離れた存在。

「こっちきてるよ!? 逃げないと!」

 視界にあるトラックがみるみるうちに大きくなっていく中、霧本はコロを大事に抱えてその場から全力で走る。しかし、雪霧と一反木綿は止まることなく口論を続け、迫り来るトラックに一切気付いていない様子だった。

「ちょ、雪霧さん!?  あぶないって!!」
「うー!」

 霧本は足を止め、コロと共に叫ぶ。そこで、漸く気付いた雪霧がこちらを向き、眉根下げ、口を尖らせる。

「なんだ、私は今忙し――」
「え、うそやろ……?」

 トラックが飛来してくるのを目撃した一反木綿はマシンガンのように撃ち放たれる口を止め、その体をがたがたと震えさせた。

「あれはあかんっ! 死ぬわ!」

 神業とも言えるような速度でその場から離れる一反木綿を見て、雪霧は勝ち誇った面持ちで薄い胸を張り、鼻を鳴らす。

「口喧嘩で私に勝とうなど、百年早いぞっ」
「いや、だから後ろだってば! ゆぎりさんっ!!」
「後ろがなんだと――ん?」

 口を尖らせ、漸く後方へと振り向く。すでにゆぎりとの距離が十数メートルに差し掛かっていたトラックの存在に気付き、彼女は驚愕する。

「なななななっ!?」

 雪霧は慌てて辺りを見回した後に、後方へと跳ぶ。その直後、トラックが瀬の浅い川に墜落し、幾つもの石を砕く音と共に大きな水飛沫を上げた。その際、彼女の『ひゃっ!』という普段の彼女からは想像出来ない可愛らしい声が聞こえた気がした。
 爆発音のような音に耐性があまりなかったのか、着地に失敗し、尻餅をついてしまった雪霧は、腰から尻にかけて痛そうに摩る。

「な、なんなのだあれは?」
「トラックだよ。でも、どこから……」

 霧本は雪霧の下に駆け寄り、尻餅をついた彼女の手を取り、助け起こす。
 雪霧は着物に付いた汚れを落としながら、トラックの荷台にある大きなへこみを見て、唸る。

「あれほどの物を飛ばす力持った者が現代に……? 厄介な……」

 善か悪。どちらの存在の仕業なのかに疑問を、彼女は抱いている様だ。しかし、これを近辺に住む人間の安否関係なく吹き飛ばしてしまう存在は、善であるとはとてもじゃないが言えない。
 己の気分のみで行動する存在以上に、面倒なものはないだろう。

「んだよおい、どういうことだよ……山姥ぁっ!!」

 橋の上から男性の怒声が聞こえてきた。
 突然聞こえてきた男性の声に、霧本は大きく体を震わせ、橋の方を見上げる。すると、視線の先には、目の下に隈を作った不健康そう男性が、怒りに体を震わせながら、何度も手摺りを殴りつけていた。

「てめぇ、一億集める前にやられてんじゃねぇよっ!! 約束と違うだろうがっ!!」

 集め切れていないと思われる金額を、凍りついてしまって動かない山姥に怒鳴りつける男性。姿の見えない犯人、金銭を奪われる度に店内を荒らす謎の風。この二つで推測できるもの。それは、山姥による強奪と立ち去る時の大天狗による突風。

「あの人がニュースでやってた強盗をやらせてた人かな?」
「かもしれないな」

 雪霧も同じようにして彼を見上げる。

「雪霧さん、お願いできる?」
「分かった」

 雪霧は少し屈むと地面を蹴り、一度の跳躍で橋の手摺りの上に降り立った。目の前に降り立たれた男性は、短い悲鳴と共に一歩後ろに下がり、彼女を睨みつける。

「お前が俊哉を襲わせたのか?」
「あぁ? 知るかよ、あの婆が勝手にやったんだ。オレには関係ねぇ」
「そうか。まぁ別に構わん。結局は、お前を警察とやらに突き出せばいい話だからな」
「ぐっ……」

 男性は忌々しく舌打ちをするなり、膝を軽く曲げ、空を仰いだ。
 そして、

「さっさと来いよぉ、大天狗うううううううううううううううっ!!」

 耳を覆いたくなる程の声量が放つ男性に、霧本は顔を顰めさせる。間近で聴いていた雪霧が、両耳を覆いながらも手摺りから降り、捕獲する為に歩み寄っていく。

「無駄な足掻きは――」

 その時だ。
 何の前触れも無く、広範囲に及ぶ強風が霧本達を襲った。まるで、目の前で台風が発生したのではないかと思える程の風に、霧本は一つ目入道に抱きつき、体を持って行かれない様に努めた。そうしていると、月や星が照らす夜空から、翼を羽ばたかせた何かが物凄い速度で飛翔してくる存在が見えた。それは単なる鳥でなく、人の体をし、長い鼻と赤い顔をしていた。

「さっきの天狗だ……」

 自分よりも一回り以上も大きい天狗が男性の居る橋へと一直線に向かっていく。しかし、彼の様子が明らかにおかしい。時折、体を傾いては高度を落とした後、すぐに元の高度に戻る。それを何度か繰り返していた。まるで、羽を怪我した鳥のような、危なげな飛翔。
 何故、あの様な飛び方をしているのかと疑問に思ったが、その理由はすぐに分かった。大天狗の腕等に大きな穴が空いていたのだ。そこから止まる事も無く流し続け、飛び散る血が凍りついた川に落ちては赤く染めていく。
 大天狗は山姥の存在に気付くいなや、一気に急降下し、凍りついた山姥を周りの氷ごと根こそぎ抉り取っていった。再び、高度を上げ、次は男性の下へ短い距離なのにも関わらず、速度を落とす事無く突進した。大天狗が向かう角度を見る限り、雪霧に向かっている。あのままでは、巨体が彼女を弾き飛ばしてしまう。

「雪霧さん、危ないっ!!」

 霧本がそう叫ぶと、彼女はこちらに背を向けたまま橋から飛び降りる。彼女の体が落下し始めたと同時に、大天狗の巨体が紙一重で通り過ぎて行った。凄まじい速度で過ぎていった事で、彼女の近くで女性の体を吹き飛ばす程に強い風が起きただろう。一直線に落ちる事はなく、数メートル横にずれた上、体勢が崩れてしまう。
 雪霧は特に慌てる様子もなく体勢を整え、川原に着地すると、橋の上に降り立った大天狗を見上げた。

「その様子だと、烏丸に負けたか?」

 敵を煽る言葉に反論してくると思われたが、余裕のないのか、彼女を振り返る事もせず男性を、怪我を負っていない腕で抱え上げる。その時、男性が苛立たし気に舌打ちをし、大天狗の事を睨み上げた。

「懐かしい奴を叩くとか言っておきながら、なんて様だよ……大天狗」
「黙れ……、今回は邪魔が入っただけだ……次はそうはいかん」
「言い訳はいい。一旦退くぞ、ぼけが」

 その言葉を受け、大天狗は大きな翼を羽ばたかせて空高く舞い上がり、あっという間にどこかへと飛び去ってしまった。ものの数秒であの巨体が小さくなるのを、霧本達が呆然と眺めていると、後方から大天狗程ではないが、翼を羽ばたかせる音が聞こえてきた。

「ぬ……、大天狗め。もう逃げおったか」

 聞き慣れた不機嫌な声に、霧本は烏丸であると確信出来、振り向き様に彼の下に駆け寄った。殴られてもいい、流れで抱き着いてやろうと思っての行動だったが、衣服が所々擦り切れ、そこから流れる血や汚れに汚れた羽毛に、躊躇ってしまった。

「烏丸、さん……」
「そんな顔をするな、馬鹿め」
「でも、怪我してるし……」
「大したことはない」

 短い返事をし、無駄な体力を使わないでいるのが一目瞭然だ。表に出さないが、いつ倒れてもおかしくない程に、彼の体は限界に来ているように見えた。

「おお、烏丸。無事だったようだな」

 雪霧が彼に歩み寄るなり、気遣うというのは一切せずに乱暴に肩を叩く。それを見ていた一つ目入道と火前坊が、『烏の旦那に……やっぱすげぇな姐さんは』、『俺には絶対できねぇ……』とそれぞれ呟いていた。
 烏丸は彼女を睨むも、特に振り払う事もせず、されるがままに叩かれる。いちいち対応していては、余計に体力を使ってしまうと思ったかもしれない。
 とにかく、怪我をしたとしても友達が無事でいてくれて良かった。敵は逃がしてしまったが、そんな事はどうでもいい。彼らが生きてくれているだけで十分だ。
 霧本は深く息を吐くと、雪霧と烏丸の手を取り、出来る限り強く握った。両手に伝わってくる独特な体温に心の底から安堵出来、するつもりもなかった笑みが零れる。
 それを見た雪霧は、疑問に首を傾げさせるも笑みを浮かべて、握り返してくれた。一方で、烏丸は僅かに唸ると、空いた手で頭を叩いてきた。しかし、その叩きは全く痛くなく、勘違いかもしれないが親しさが伝わってきた気がした。

「さ、帰ろう」

 人間ではない大切な友達を見て、霧本は笑顔で言った。
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