妖が潜む街

若城

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39話

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 霧本達は人目が付かない様に、高い位置で飛行する事で橋へと向かう。向かっている最中、老婆が迫っていないか確認する為、振り返るが彼女の姿は見えない。どうやら、ぬりかべがしっかり足止めをしてくれている様だ。
 その事で、霧本はホッと胸を撫で下ろしていると、妖怪である雪霧、コロ、一反木綿が辺りを見渡し、眉を潜めさせては唸っていた。

「どうしたの?」

 そう訊ねると、雪霧がこちらを見る事もなく返答してきた。

「他の妖怪達が警戒し始めている。おそらく、大天狗と老婆が原因だろうな」
「そうやな。壁の向こう側の気配、鬼やろ? 鬼がこんなとこに降りてくるなんて今まで無かったぞ」
「鬼と会った事がないのか?」
「ある訳ないやろ。鬼は滅びたって聞いてるしな。他の連中もそう思っとるわ」

 それに、と彼は付け加え、

「もう一体の鬼の気配もあるなぁ。こっちの方は、どえらいわ。会いとうない」

 吐き捨てる。
 どうやら、鬼の存在は妖怪の中でも異質の存在の様だ。その証拠に、彼の顔が見えないが、声の低さで計り知れない存在についての恐怖が窺えた。
 妖怪の位の高低がどういった基準で成されているのかは分からない。一反木綿は脅威となる力を持ち合わせていないだろう。精々、相手を驚かせる程度。コロもそうだ。平凡に暮らし、人目に付かない場所でひっそりと暮らしていたとされている存在であり、戦闘に不向きなのが一目で分かる。雪霧は冷気によってあらゆるものを凍らせることが可能だ。その為、敵となる存在を殺す事さえ出来、人間にとっても、妖怪にとっても脅威になる存在だと言える。単純に力の差で位に影響しているともとれるのかもしれない。
 この疑問は、彼女達から聴いたとしても完璧に理解出来る日がくるのか怪しい。だが、霧本にとってはどうでもいいものだ。友達で居られるのなら、位の高低など関係ない。
 そうこうしている内、目的地に近づいてきた。一反木綿は緩急をつけない様に、ゆっくりと高度を落としていき、石が散らばる川原へ降り立つと、早く降りろと言わんばかりに体を揺らしてくる。

「あ、ありがとう。一反木綿さん」

 霧本は雪霧に肩を貸してから降り、疲労困憊という言葉が似合う程に川原に突っ伏した彼に礼を言った。

「お前の為ちゃうわ……、嬢ちゃんの為や……」

 息絶え絶えといった様子で言葉を連ねていき、言葉を発する事も億劫になっている様だった。そんな彼を、コロが霧本の胸ポケットから彼の背中に飛び降り、良くやった言わんばかりに撫でる。

「そんなんええから……嬢ちゃんの心配したれや……」
「そ、そうだ。雪霧さん、どうすればいいの?」

 傍に居る雪霧に目を向けると、彼女は顔を歪めつつ川の方へ指差す。季節の事もあり、凍結させていた傷口が溶け始め、再び傷が滲み始めていた事が歪めさせる理由の様だ。急いで指差す場所に連れて行こうと歩を進めるが、痛みに呻く声を聞き、足を止めてしまう。

「構わん、急いでくれ……」
「う、うん……」

 そう言われてしまえば、従うしかない。罪悪感に抱きつつ、歩く速度を速める。呻き声に胸を痛めるもなんとか辿り着くと、雪霧は霧本から離れ、水の透き通った川に倒れる。手で顔を庇う事もせず、尖った石などが散りばめられた川へ突っ伏したのだ。
 突然の行為に霧本は目を丸くさせる。顔から倒れた事で傷付いたのか、透明に赤色が混じっては薄くなって消えていき、一向に動こうとしない彼女に不安が募る。体力の限界に達し、気を失ってしまったのかもしれない。

「雪霧さんっ!?」

 身を沈める彼女に駆け寄ろうとした時だ。氷が軋む音がどこからか聞こえ、思わず立ち止まる。音の場所は彼女の足からであり、そこに目を向けると、抉れていた傷口がみるみる内に塞がっていくのが見えた。

「えっ……」

 尋常ではない速度に驚愕していると、微動だにしなかった雪霧が長い髪を振って起き上がった。水に滴る髪や着物だったが、軽く振っただけで乾かしまい、何事も無かったかのように川から上がってくる。そして、驚きを隠せていない霧本を見るなり、困った様子で笑みを浮かべてみせた。

「怖いか?」
「う、ううん。雪霧さんは僕の友達だよ。どこも怖いところなんてないよっ!」
「そうか、ありがとう」

 雪霧が霧本の頭を軽く叩くようにして撫でると、一反木綿の方に視線を向けた。

「さて、これからどうするか」
「何か策はあるの?」
「単純だ。凍らせる」

 先程失敗した策をもう一度実行に移す様だ。しかし、彼女の目にははっきりとした自信に満ち溢れていた。

「長引かせれば面倒だから、なるべく早く終わらせる。お前は奴らと――」

 そこで、彼女は言葉を切ってしまう。視線は一反木綿ではなく、それよりも奥に居る誰か。橋の下に、不良と言っても過言ではない服装をした男が二人。蹲って何か話しているようだったが、自分達が見ている事に不服に思ったのか、立ち上がり、肩で風を切る歩き方で歩み寄ってくる。

「うわ……こっち来ちゃった……」

 不良に絡まれた事がなかった霧本にとって、今置かれている状況の次に嫌なものになった。喧嘩もした事もない為、いざとなったら体が硬直してしまう。彼女に対処してもらえれば、大いに助かるのだが、護ってもらっている手前、頼みづらい。

 ――やる時はやるってところを見せないと……。

 緊張に生唾を呑み、拳を握り締める。
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