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34話
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「痛そうだなぁ。また泣くか?」
「……泣きはしない。今は神を名乗っておるのでな……泣くわけにはいかない」
「はっ、そうかよ」
鬼は次に投げる車を探す為、周囲見回す。そこで見つけたものを見て、笑みを浮かべる。
目を止めた先には、他の車よりも遥かに大きく、三、四台分に相当するものだった。あれを上から落とされれば、いくら怪力と謳われた者でもひとたまりもないだろう。
「そろそろ終わりにでもするか」
一度の跳躍で距離を詰めると、その車両の中心部分の下へと潜り込む。そして、車体に両肩、両手を当てるなり、全身に力を込める。
その瞬間、車両がどれ程の重量を持っているのか認識することが出来た。
ここ数百年、あらゆるものを持ち上げてきた。気に入らない者ならば、たとえ、自分よりもふた回り大きくとも、この手でねじ伏せてきた。木で出来た家だって持ち上げ、人間から食べ物を奪ってきた。
しかし、今触れるこの車は、それら全てを凌駕する重量を誇っていた。力を込める度に、全身から悲鳴が上がり、骨が絶えず軋む。
「あ……ああぁぁっ……!!」
ぶつん、と腕の内側から何かが切れる音がした。腕に目を向けると、自身の肌がみるみるうちに赤く染まっていく。
血管が切れ、内出血を起こしたのだ。
激痛が腕を中心に駆け巡っていく。しかし、ここで力尽きてしまえば、目の前にいる神を殺す事が出来ない。やつの絶望に歪む顔を見たい。やつの目の前で人間の娘を食らってやりたい。
「てめぇの……前で……あの女を喰ってやろう……じゃねぇか……っ! そんぐらいしねぇと、俺の気がすまねぇ!!」
車両全体が浮き上がる事で、更にから食べ物が悲鳴を上げる。噛み締めた歯の一部が砕け、両方の腕が赤く染め上げていく。しばらく、腕は使えなくなるのが目に見えているが、そんなものはどうでもいい。
「くたばれ……くそがみがぁ!!」
鬼は激昂し、投げる。その瞬間、重量から解放された血液が鬼の皮膚を突き破り、鮮血が舞う。ただでさえ走る激痛に拍車をかけたが、この痛みも気持ち良ささえ感じた。
空高く舞う車両に目を見開かせる天華が見える。腕を押さえ、動こうとしない。痛みに身動きが取れないのだろう。
「は……はは……ははははははぁっ!! てめぇの負けだくそがみよぉ! 安心しな、あの女は俺が時間かけてゆっく――」
そこで、自分が何を喋ったのか聞き逃した。一瞬にして、何かの音が周辺の音を奪い去る、支配する。自分の喉から、口から発せられた言葉が自分の耳に、最後まで届かなかった。
耳鳴りのようなものが、鬼に耳を激しく揺さぶり、痛みさえ与えてくる。
なにが起きた。状況が掴めない。
あの車はどこにいった。
周囲に視線を這わせていると、頭上から何か細く、固いものがぱらぱらと降ってきた。目を凝らし、その物体が何なのか確認する。
鉄屑だ。
「あっ……」
あの一瞬で何が起きたのか理解した。
やつは、片手で――。
「全てを出し終えたようじゃな、鬼よ」
前方から天華の低い声が聞こえてくる。しかし、顔を上げられない。今の彼女の顔を見るのが、恐ろしいのだ。
無理だ。やはり勝てない。神というのは、自分たちが考える常識を、嘲笑うかのように踏み砕いてくる。
自分だけでは勝てない。大天狗と山姥も連れて来なければ八つ裂きにされてしまう。いや、二体連れて来ても、神であるてんかを倒す事は出来ないかもしれない。出来ない可能性の方が何倍もある。
「ぐっ……あ……あぁ……」
逃げよう。このようなこと、命がいくつあっても足りない。
鬼は彼女の顔を見ることなく背を向け、走りだした。
つもりだった。
「貴様、どこに行くのじゃ?」
声がすぐ後ろにまで聞こえてくる。首筋に彼女の吐息がかかり、神である存在をひしひしと感じた。汗が止まらない。止めたくても、全身の毛穴がそれを拒否する。
「妾の番がまだではないか。それに……」
天華は細い指で鬼の顎を妖艶の手つきを撫でた。
「先程の貴様の言葉、じっくりと聞かせてもらおうか?」
顎を撫でる動作から首元を掴む動作へと移り、尖った爪がゆっくりと首を裂いていく。
死ぬ。間違いなく死ぬ。
今まで彼女と人間の娘に行った諸行を、今から返される。乞いても、慈悲のない暴力が彼女の細い腕によって、繰り出される。
逃げる術が、失われた。
「簡単に楽になると思うなよ? 愚かな鬼よ」
絶望の声が耳もとで囁かれ、鬼は叫ぶ。
今まで感じたことのない、最大の恐怖を抱きながら。
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁっぁっぁあああぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」
「……泣きはしない。今は神を名乗っておるのでな……泣くわけにはいかない」
「はっ、そうかよ」
鬼は次に投げる車を探す為、周囲見回す。そこで見つけたものを見て、笑みを浮かべる。
目を止めた先には、他の車よりも遥かに大きく、三、四台分に相当するものだった。あれを上から落とされれば、いくら怪力と謳われた者でもひとたまりもないだろう。
「そろそろ終わりにでもするか」
一度の跳躍で距離を詰めると、その車両の中心部分の下へと潜り込む。そして、車体に両肩、両手を当てるなり、全身に力を込める。
その瞬間、車両がどれ程の重量を持っているのか認識することが出来た。
ここ数百年、あらゆるものを持ち上げてきた。気に入らない者ならば、たとえ、自分よりもふた回り大きくとも、この手でねじ伏せてきた。木で出来た家だって持ち上げ、人間から食べ物を奪ってきた。
しかし、今触れるこの車は、それら全てを凌駕する重量を誇っていた。力を込める度に、全身から悲鳴が上がり、骨が絶えず軋む。
「あ……ああぁぁっ……!!」
ぶつん、と腕の内側から何かが切れる音がした。腕に目を向けると、自身の肌がみるみるうちに赤く染まっていく。
血管が切れ、内出血を起こしたのだ。
激痛が腕を中心に駆け巡っていく。しかし、ここで力尽きてしまえば、目の前にいる神を殺す事が出来ない。やつの絶望に歪む顔を見たい。やつの目の前で人間の娘を食らってやりたい。
「てめぇの……前で……あの女を喰ってやろう……じゃねぇか……っ! そんぐらいしねぇと、俺の気がすまねぇ!!」
車両全体が浮き上がる事で、更にから食べ物が悲鳴を上げる。噛み締めた歯の一部が砕け、両方の腕が赤く染め上げていく。しばらく、腕は使えなくなるのが目に見えているが、そんなものはどうでもいい。
「くたばれ……くそがみがぁ!!」
鬼は激昂し、投げる。その瞬間、重量から解放された血液が鬼の皮膚を突き破り、鮮血が舞う。ただでさえ走る激痛に拍車をかけたが、この痛みも気持ち良ささえ感じた。
空高く舞う車両に目を見開かせる天華が見える。腕を押さえ、動こうとしない。痛みに身動きが取れないのだろう。
「は……はは……ははははははぁっ!! てめぇの負けだくそがみよぉ! 安心しな、あの女は俺が時間かけてゆっく――」
そこで、自分が何を喋ったのか聞き逃した。一瞬にして、何かの音が周辺の音を奪い去る、支配する。自分の喉から、口から発せられた言葉が自分の耳に、最後まで届かなかった。
耳鳴りのようなものが、鬼に耳を激しく揺さぶり、痛みさえ与えてくる。
なにが起きた。状況が掴めない。
あの車はどこにいった。
周囲に視線を這わせていると、頭上から何か細く、固いものがぱらぱらと降ってきた。目を凝らし、その物体が何なのか確認する。
鉄屑だ。
「あっ……」
あの一瞬で何が起きたのか理解した。
やつは、片手で――。
「全てを出し終えたようじゃな、鬼よ」
前方から天華の低い声が聞こえてくる。しかし、顔を上げられない。今の彼女の顔を見るのが、恐ろしいのだ。
無理だ。やはり勝てない。神というのは、自分たちが考える常識を、嘲笑うかのように踏み砕いてくる。
自分だけでは勝てない。大天狗と山姥も連れて来なければ八つ裂きにされてしまう。いや、二体連れて来ても、神であるてんかを倒す事は出来ないかもしれない。出来ない可能性の方が何倍もある。
「ぐっ……あ……あぁ……」
逃げよう。このようなこと、命がいくつあっても足りない。
鬼は彼女の顔を見ることなく背を向け、走りだした。
つもりだった。
「貴様、どこに行くのじゃ?」
声がすぐ後ろにまで聞こえてくる。首筋に彼女の吐息がかかり、神である存在をひしひしと感じた。汗が止まらない。止めたくても、全身の毛穴がそれを拒否する。
「妾の番がまだではないか。それに……」
天華は細い指で鬼の顎を妖艶の手つきを撫でた。
「先程の貴様の言葉、じっくりと聞かせてもらおうか?」
顎を撫でる動作から首元を掴む動作へと移り、尖った爪がゆっくりと首を裂いていく。
死ぬ。間違いなく死ぬ。
今まで彼女と人間の娘に行った諸行を、今から返される。乞いても、慈悲のない暴力が彼女の細い腕によって、繰り出される。
逃げる術が、失われた。
「簡単に楽になると思うなよ? 愚かな鬼よ」
絶望の声が耳もとで囁かれ、鬼は叫ぶ。
今まで感じたことのない、最大の恐怖を抱きながら。
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁっぁっぁあああぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」
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